篠原明里様
遠野貴樹です。随分とご無沙汰しています。
連絡が遅くなってごめんなさい。ここ10日間ぐらい旅行に行っていたので、メールの確認が遅れてしまいました。
それにしても、僕の高校時代の同級生だった佐々木さんが、明里さんと大学が同じだなんて、そんな偶然があるんだなと驚きました。
さて、佐々木さんから聞いているかもしれないけれど、僕は今フリーのプログラマーをしています。たまに顧客との打ち合わせが入ったり、今回みたいに旅行に出かけていることもあるけれど、時間の融通はかなりつきます。
なので明里さんのご都合の良い日を教えてもらえれば、多分大丈夫です。場所も指定してもらえればどこでも行けますが、できれば山手線かその中がありがたいです。
随分と久しぶりなので、こうやってメールに書くよりもやはり会って話がしたいです。できるだけ早く会いたいです。
それではご連絡をお待ちしています。
090-xxxx-xxxx
東京都xxxxxxxxx
遠野 貴樹
明里は貴樹くんからの、短いメールを何度も読み返した。なにかのビジネスレターみたいだ。このメールから読み取れるのは貴樹くんも明里に会いたいと思ってくれていること、それだけしか伝わってこない。
明里が自分の気持ちを何度まとめようとしてもうまくいっていないように、貴樹くんは貴樹くんで感情を整理できていないのかもしれない。「明里さん」という呼び方と「早く会いたい」という言葉から、そういったものを察してしまう。
明里はまずは佐々木さんにお礼のメールを送ってから、貴樹くんと会う日を決めた。次に明里が休みになる平日の午前中にしよう。場所は少しでも知り合いにあう可能性を減らすため、池袋の喫茶店を指定した。
挨拶と待ち合わせ場所と、佐々木さんから伝わっていると思うけど、念のために明里の携帯の番号とメールアドレスを書いた。それ以外に書くべきことは無かった。
ものの数分で、簡潔で事務的なメールが返ってきた。
わかりました。楽しみにしています。
この返答の速さと素っ気なさが、やはり嚙み合わない気がする。本当に会いたいと思ってくれているのがわかる。その一方で何を書けば良いのかわからない気持ちもわかる。明里と一緒だ。でも約束の日まではあと3日しかない。これまで考えてもわからなかったものが、この3日でまとまるはずがない、明里は深く考えるのを止めた。
明里は期待と不安が混じったまま、仕事に没頭し、約束の日を迎えた。
その日明里は自分に一番似合うと思う服を選んで、きっちりとナチョラルメイクを施して、十分に早い時間に電車に乗った。駅までも、電車に乗ってからも随分と短く感じた。その間、貴樹くんと何を話せばよいのかを改めて考えたけれど、やはりなにも思いつかない。考えがまとまらないまま、明里は約束の喫茶店に着いてしまった。
早すぎるけど、いいや。
そう思って喫茶店に入って店内を見渡す。この時間でも二人でゆったり座れそうな席はもう埋まっていた。どうせ今、ここにいる人たちはサラリーマンだろうから、9時が近くなればいなくなる。その時に移動すればいい、そう思った時、比較的目立つ席に、明里と同じ年恰好の男性が座っていた。
貴樹くんだ。
明里と目が合うと、貴樹くんは軽く手を上げた。明里の心臓が鳴る。明里はまず貴樹くんにうなずくと、一旦お店のカウンターに並んで、一番普通のコーヒーを頼んだ。普段より大きめのサイズのものを選ぶ。店に着くまでの時間はすごく短く感じたのに、客の列に並ぶのも、カウンターで注文したコーヒーが出てくるまで待つのも、随分と長いように感じた。
明里はようやく出されたコーヒーを片手に、貴樹くんが待つテーブルへと足を運んだ。コーヒーを持った手と、テーブルに向かう足が少し震えるのを感じた。少し逃げ出したくなっている自分を感じた。
その時、明里は、貴樹くんが座っていたはずの席から貴樹くんがいなくなっているのに気が付いた。いや違う。ソファ側の席を明里のために空けてくれて、貴樹くん自身は椅子の方に移動しただけだということに気が付いた。貴樹くんの後ろ姿が見える。それだけで明里は自分がほっとした気持ちになったことを感じた。
明里は貴樹くんが空けてくれたソファの前のテーブルにコーヒーを置く。
「貴樹くん、久しぶり」
「久しぶりだね、明里」
明里はソファに腰かけた。まだ暑いのに、先ほどまで貴樹くんが座っていたソファから彼の体温を感じた。