年速36キロメートル   作:多手ててと

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05.仕事も趣味もプログラミング

前略 篠原明里様のご両親様へ。

 

大変ご無沙汰しております。遠野貴樹と申します。覚えてらっしゃらないかも知れませんが、昔、東京にお住まいだった頃に、明里さんと仲良くさせて頂いた者です。

 

先日東京で、明里さんではないか、と思われる方をお見かけしました。とても幸せそうに見え、私も小学生の頃の明里さんを思い出しました。残念ながらその時はお話できなかったので、お近くにいらっしゃるなら、是非明里さんとお会いして、昔話ををしたいと思った次第です。

 

ご存じかもしれませんが、明里さんとは中学に入ってからも、しばらく文通をさせて頂いていました。ですがそれも長続きせず、明里さんには随分と不義理をしてしまったと思います。

 

ですが小学校を卒業してから、もう10数年の時が経っています。明里さんを御見かけしたご様子から、失礼かもしれませんが、もうご結婚されているのではないかと、と推測しました。

 

いろいろと私にはわからないことばかりなので、まずはご両親にこの手紙を明里さんご本人にお渡ししてよいかの御判断をお願いできないでしょうか。そして(もしご結婚していらっしゃるなら)旦那様、そしてご本人様のご了解を得ることができましたら、下記にご連絡を頂ければ幸いです。

 

[email protected]

090-xxxx-xxxx

東京都xxxxxxxxx

遠野 貴樹

 

 

次の日、その日の仕事を片付けた後で、貴樹は数年ぶりに葉書を書いた。この前に書いた葉書は、なんと小学生の時に出した明里宛の年賀状以来だ。その間、もちろん封書は出したことはある。明里との文通も封書だった。

 

葉書の方がオープンなので、今回の場合はこのほうが警戒心を与えないに違いない。内容も極めてシンプルに、できるだけ相手に疑念を与えないようにした。いろいろと書きたいこともあったがそれらは削った。下書きはPCのテキストエディタをつかったが、葉書にはブリンターを使わず肉筆でできるだけ丁寧に書き上げた。これもとても懐かしい感覚だ。

 

明里の両親への手紙を書き上げた後、貴樹はもう一通の葉書を見た。それは、高校の同窓会のお知らせだ。これは今日届いた両親からの小包に同封されていた。会場は種子島ではなくて東京になっていて、学年を超えた母校の卒業生に広く出しているとのことだった。

 

学年を超えるなら東京やその周辺にいる卒業生も少なくないだろう。幹事から見たら、実家の長野も東京もすぐ近くに思えるかもしれない。

 

実はこれまで卒業してから何度か同窓会があったが、それらは正月かお盆の頃、つまり皆が種子島の実家に戻る時期に、島で行われる。あんな遠いところに、わざわざそのためだけに行くのは合理的ではない、そう考えていた。そしてこれまでの貴樹であれば、もし会場が東京であったとしても、行くはずは無かった。時間の無駄だと考えていたからだ。

 

だが今はどうだろう? 一度あの頃の知り合いに会うのもいいかもしれない。そのように自分の考え方が変わっていることを、改めて知る。知らない人ばかりの可能性もあるが、もしかしたら知っている同期や先輩に出会えるかもしれない。

 

もしかしたら澄田に会って、ようやくありがとうと、彼女に伝えることができるかもしれない。澄田が今どこで何をしているのか、貴樹は知らないけれど、東京やその近郊に住んでいても、おかしなことではないと思う。

 

 

その後、昨日作ったカレーの続きを食べる。あと数日、夕飯はこれでいけるはずだ。もちろん朝食と昼食は簡単だが別のものを作って食べている。

 

食べ終わった後、貴樹はPCに向かって。いつものようにプログラミングに必要な環境を立ち上げる。今の仕事の納期には十分な余裕がある。だから仕事の続きをここでしようというのではない。

 

昨夜から新たな趣味について考えていたが、結局貴樹はコンピューターが、プログラミングが好きだということに気が付いた。これまでは仕事にしか使っていなかったが、趣味としてのプログラミングを始めることにした。誰かに依頼されたものではなく、本当に自分で作りたいソフトウェアを作ってみよう。これが貴樹が考えた末での新しい趣味だった。

 

もし貴樹の友人がそれを見たら、それは本当に趣味なのかと尋ねるだろう。だがこれは本当に趣味だ。自分のやりたいことを、なんの見返りも期待せずにするのだから趣味以外のなにものでもない。貴樹は簡単に自分の作ろうとしているものをまずはテキストに起こした。

 

もし金儲けが目的ならば、スマートフォンに関するものがいいだろう。これから日本だけでなく、世界中で爆発的に広がっていくに違いない。だがこれは趣味であって金儲けが目的ではない。自分の作りたいものを、作って満足できるものを、自分の好きなように、作り上げてみたかった。それで誰かにスゴイと言ってもらえれば最高だ。

 

貴樹が作ろうと考えたのはデータの分散処理システムだ。世の中には膨大なデータがあって、それらをコンピュータで処理するためには様々な方法がある。分散処理システムは既に理論が何本も発表されているし、現にに実装されているソフトウェアも世の中に存在する。だが、それらには、はっきり言って満足できないものを貴樹は感じていた。処理に無駄が多すぎる。もっと効率的に大量のデータを処理する仕組みを作ることができるはずだ。そして貴樹は自分のアイデアを形にするための力を持っている。すなわちソフトウェア設計とプログラミングだ。

 

ここ数日、貴樹はアウトラインだけの簡単な設計を書いていたが、詳細な設計はせず、早速プログラミングに入った。仕事じゃないんだから、設計書を書いてから作るより、思いついたところからコーディングした方が早い。最も自分ひとりの力だけで作れるはずもないので、ある程度ちゃんと動くものができれば、開発系コミュニティに投稿することになるだろう。それを見越してコードにはコメントを多めに入れる。もちろん英語だ。この業界に限らないが、英語で書かれていなければ、この世界ではなかなか広まらないのが実情だ。貴樹は夢中にキーボードを叩いた。

 

明里の両親への手紙の下書きを書いていた時よりも、はるかにスムーズに10本の指が動いた。

 

 

翌朝、貴樹は出席に丸をつけた同窓会の案内と、明里の両親あての手紙とを一緒にポストに投函した。その時、まだ明里と文通していた頃のような、自宅のポストで明里からの手紙を見つけた時と同じような、あの時の高揚感を思い出した。




澄田花苗は本作には出てきません。念のため。
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