年速36キロメートル   作:多手ててと

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09.同窓会

貴樹はほぼ時間通りに同窓会の会場に着いた。受付で卒業年次と名前を告げると、リストに氏名と最新の連絡先を記入するように言われた。住所と電話番号は書かず、メールアドレスだけを書く。携帯ではない方だ。そして名札を受け取った。それほど広い会場ではないとは言え、ご年配の方から大学生らしき若者まで、いくつかのグループが既に出来上がっていた。

 

まずは会場を一巡りして、同期や先輩など顔見知りがいれば声をかけてみる。いなければ年配の裕福そうな人に声をかけて人脈を作る。そういう作戦だ。

 

そう考えていると、会場の四分の一も回らないうちに声がかかった。

 

「おーい、遠野、遠野じゃないか」

 

そこにはかつての同級生たちが小さな集団を作っていた。予想どおり進学組である貴樹と同じ1組の生徒が多い。

 

「おお、久しぶりだな。もう10年近くぶり?」

 

貴樹も笑顔で返す。

 

「卒業以来、遠野に会うのは初めてだな。みんなもそうだろ?」

「遠野は島の同窓会には来ないからなあ」

 

これまでに何度か同窓会の報せが長野の実家に届いたことがあるが、出席したことはない。

 

「遠野って今なにやってるの?」

 

だから卒業してからの貴樹のことを、同級生は誰も知らない。

 

「3年ぐらいソフトウェアの会社で働いたけど、半年ほど前に辞めてしばらく引きこもってた。今はフリーのプログラマーだね」

 

同級生たちが驚いているのがわかる。

 

「でも、ちゃんと食べていけてるよ。なんか美味しい仕事があったら回してよ。マズい仕事は受けないけど」

 

同級生たちも笑ってくれた。だが、もしかしたらこの国で仕事をする時間はそんなにないかもしれない。

 

「驚いたわ。遠野くんが来るとは思ってなかったし、それに今もあの頃みたいに、ずっと張りつめたまま生きているんだと思ってたから」

 

そこにはこれまた懐かしい顔があった。名札はわざとかどうかは分からないが見え辛い。指輪はしていないけど結婚しているのは間違いない。裕福な主婦で、おそらく複数の子どもがいる。

 

「懐かしいな。今の名前は知らないから昔どおり佐々木って呼ばせてもらうよ。相変わらず人の内面を見抜くのがうまいよね」

 

遠野くんほどじゃないわよ、と佐々木が返す。

 

「会社を辞めた時も、その後引きこもっていた頃も、まだ佐々木が言うように、無駄に張りつめていた。だから3、4か月前だったらここには来なかったと思う。その後いろいろあって吹っ切れたんだ」

 

高校生の頃、貴樹は彼女とそれなりに仲が良かった。男女の仲というわけではなくて、友人としての仲だ。鋭い観察眼とややシニカルなものの捉え方は貴樹にとって小気味よかった。

 

おそらく、貴樹自身も観察されていたのだろう。彼女はある一線をひいていて、それ以上貴樹の内面に触れようとはしなかったし、既に年上の彼氏がいたのも気が楽だった。

 

そんな佐々木は、外見はともかく内面は高校の頃から変わっていないように思えた。その彼女は、今貴樹の内面に触れようとしている。これは彼女が変わったのか、それとも貴樹が変わったことを見透かしたのか。どちらだろう。後者のような気がする。

 

「どうして吹っ切れたの? 個人的はすごく興味があるわ。もし聞いてよければだけど」

 

貴樹はうなずいた。

 

「別にいいよ。いろいろあったけど、会社を辞めて余計な重しが無くなったこと、あとELISHって覚えているかな、僕らが高校生の時に打ち上げられた探査機が海王星まで辿りついたニュースを耳にしてちょっと感動したこと、あとは立て続けに2回女性に振られたことかな」

 

佐々木でなく、他の男どもが食いついてきた。

 

「遠野でも振られるんだ?」

 

「振られる振られる。自慢じゃないけど、これまで付き合った女性に振られなかったことが一度もないんだ。最近だと3年付き合った彼女に振られて、その後初恋の女の子にばったり出会ったんだけど逃げられた」

 

貴樹はそうやっておどけてみせる。

 

「どちらもその時は苦しかったけど、さっき言ったように、逆に吹っ切れたところもあるんだよ。その後は独り身だけど、まあ楽しく趣味を満喫してるよ」

 

今度は別の男が話しかけてくる。

 

「遠野の趣味ってなに? まだ弓道やってるとか?」

 

「いや、プログラミング」

 

周りの皆が、それは仕事だろう、などと予想通りのことを言う。

 

「仕事じゃなくて、自分の好きなものを作ってる。ネットで公開してると評価してくれる人もいるから、やりがいがあるよ。AKARIって名前のソフトだけど誰も知らないよね?」

 

ふーん。同窓生たちは皆微妙な顔をしていた。AKARIは貴樹に新しい道を開いてくれる存在になっている。だが、同窓生たちは誰もAKARIを知らないし、興味もないようだ。佐々木は私も知らないわ、と言ってそのまま話を続ける。

 

「楽しそうね。実は最近再会した大学の同級生が、高校時代の遠野くんに少し似てたのよ。外見じゃなくて、雰囲気がね」

 

佐々木は高校の時のように笑った。

 

「今の遠野くんを見たら随分様子が変わっていたけど、むしろ今の遠野くんの方が、彼女に近いかな。相変わらず遠くを見ているけど、今はちゃんと近くも見ている。いい感じに年を取ったと思うわよ」

 

年をとったか。女性に言い返すには失礼かな、と貴樹は思ったが佐々木なら気にしないだろうと思って言い返した。

 

「お互いにね。僕はたまたまた、ごく最近そうなれたと思う。佐々木は昔から自由に生きている感じがとてもいいと思うよ。僕も今は身軽だからもうちょっと好きなことをやってみようかな」

 

「そう。今の私は子どもがいるから、全然身軽じゃないけどね」

「ええっ!!」

 

貴樹以外の全員が驚いていた。

 

今日ここに来てよかった。こうやって旧友と話をできてよかった。手紙を出しても明里には会えなかったけど、こうやって自分のルーツを一つ確認することができた。これで僕はもっと遠くまで行くことができる。もっと世界の深淵を覗こうとすることができる。かつて失ったもっと遠くまで行くんだという衝動、それを貴樹は取り戻すことができたと思った。

 

やはり誘いに応じてみよう。貴樹はそう思った。

 

 




本作の第8話「another side」に出てきた明里の大学の同級生の佐々木さんと、原作(映像版)の「コスモアウト」で「美人で頭のいい」と名前だけ出てくる貴樹の同級生の佐々木さん。この両者が同一人物なのかは断定できません。

コミカライズ版では出番は短いですがちゃんと登場します。貴樹と同じクラスで彼と仲がいいけれども、一方で彼の本質を見抜いていて、深入りするならば覚悟が必要だというようなセリフを花苗たちに伝えるシーンがあります。

明里や貴樹と同い年であることと、原作で東京の大学に行く、という噂があることぐらいしか情報がなく、逆に否定する材料は、コミカライズ版では大阪の大学に行くという噂になっていることぐらいです。

本作では同一人物として扱っています。

「秒速5センチメートル」は、人物の固有名詞がほとんど出てこない作品です。その中で、(コミカライズ版では登場シーンがあるが、それ以外では)名前しか出てこないとはいえ、わざわざ同じ名前を使っているから、そのように解釈しました。
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