感想があったら頑張る。
がんばるぞ(20210519)
事実上のクリスマスデートが終わった次の日のこと。
サクラバクシンオーは、デートを焚きつけた同じクラスのウマ娘たちから当日の様子を、狼の群れに襲われる羊めいた様子で根掘り葉掘り聞かれていた。誇り高い思春期女子は恋バナに食らい付いたら決して離さない。
数日前までは年末の有馬を目前に控えた娘がクラスにいたため、教室にはどことなくピリピリした雰囲気が漂っていた。だが、その彼女は中山に向け出発した後であり、反動で教室にはどこか浮ついた空気が流れていた。そのため、思春期女子が狩をしやすい環境が形成されていたのだ。
真面目な学級委員長(爆進)は気づいていないが(もしくは仲良しだなー程度に思っている)、学園内で手を繋ぐウマ娘はそれなりにいる。情緒面の成長において差が開きやすいため、仲良しの子供同士のようにガッと手を繋ぐウマ娘がいれば、探るように指先から絡めるのもいる。アグネスデジタルはユリ科の雑食性なので両方好みだ。
では、我等の学級委員長、爆進王さんはというと……。
予習はバッチリです!という掛け声とともに、ハイ!と手を差し伸べ、 色々察して瞬時に諦めたトレーナーが内心で大焦りしつつ誰にも見られないようにと祈りながら手を重ねると(さながら頭痛に悩む猫のお手のようであった)、違いますよ!と素早く手を返し指を絡めた。クリスマスの過ごし方について予習不足のトレーナーさんに教えるように、こうです!とお互い見えるように目の前で繋いだ両手を浮かせると完成。バクシン流恋人繋ぎである。
完全に記憶が蘇ってきた。
蘇った記憶と目の前の教本を照合する。
結果的に、クリスマス当日の事を思い出し今更ながら、もしかしてワタシとんでもない事をしていたのでは!?、と気づいたサクラバクシンオーは混乱に陥った。
そこにウマ娘Aが畳み掛ける。スプリンターに対して何たる重圧!
「ですが、トレーナーさんは何とも無いようでした!」
「そりゃそーでしょ。トレーナーが担当のウマ娘に、しかも未成年に手ぇ出したら不味いに決まってんだから」
「そうそう。てか委員長はトレーナーのことどう思ってんの?」
「立場的に自分の気持ちを伝えられる訳じゃ無いんだから、待ってんじゃないのかなー、委員長から告ってくるのをさ」
サクラバクシンオー、少し考えた風に見えたが、ややもして顔を上げると、宣言した。
「私は!トレーナーさんに直接聞いてきます!」
がっきゅういいんちょうとしてぇぇぇ、というドップラー効果めいた余韻を残しつつサクラバクシンオーは駆けて行った。
「あっ、ちょっと待って……。行っちゃった」
ウマ娘Bは顔だけ廊下に出しながら後ろ姿を伺った。
トレセン学園の廊下は広く作られている。たまに暴走するウマ娘がちょくちょく出てくるのを見越しての設計だったのだが、それを悪用して集団を抜ける練習に使うウマ娘がいたりする。悪用といっても「楽しそう!」とか「面白そう!」という理由が殆どだ。残りの少数は分かっててやってるか何も考えずに走っている(マチカネタンホイザはよく衝突される)。
サクラバクシンオーは1番後者のタイプだ。本人は真面目な学級委員長を自認しているのでふざけて走ることはないが、ああして暴走することが多々ある。今も教室から出てきたニシノフラワーと衝突しそうになっていた。
いや、あちらこちらでぶつかりそうになっているのか、チョワッ!、とかスイマセン!、という声が聞こえて来る。余程冷静さを欠いているのだろう。
「あんた少し焚き付けすぎじゃないの?」
ウマ娘Bは非難めいた視線をウマ娘Aに向ける。しかしウマ娘Aはこれといって気にした様子もない。「べっつにー」
「逆に、あの娘が今のトレーナーさんを逃して幸せになれると思う?」
「へ? いや、なれるんじゃない普通に」
「ないない」
ウマ娘Aは、分かってないなー、とでも言わんばかりに手をふりふり息を吐く。ウマ娘Bが、なんやこいつと更に非難めいた視線を向ける。コワイ!
ウマ娘Aは観念したように続きを喋り出した。
「暴走する自分の手綱を、ここまでしっかり考えて握ってくれる人がいるなんてめちゃくちゃ幸せでしょ。あの娘ひとりだけだったり、ヘタクソがパートナーだったりしたらすぐ駄目になっちゃうわよ、あの委員長は」
「そういうもんかな」
そういうもんよー、とぽつり。もうまともに答えるつもりは無いようだ。
ウマ娘Aは頬杖を突きながら窓の方を見つめていた。校舎の外に出たサクラバクシンオーの声が聞こえて来る方向だった。
今の時間はちょうど教室に夕陽が降りている。
ウマ娘Aの目線は、今ここにいないサクラバクシンオーを見ているようであり、羨んでいるようであった。もしくは、全力で信頼を捧げられる相手のいない自分自身のことを見ているようであり、未だにそんな相手を得られない自身の力不足を見つめているようでもあった。
ウマ娘Aの、複雑な色の混じったその横顔に、ややシリアスな雰囲気が苦手なウマ娘Bが何かを言いかけたのだが、ニシノフラワーがちょうどこちらの教室に入ってきたこともあってタイミングを逃してしまった。
「あ、ニシノフラワーじゃん。どったの?」
とウマ娘A。
「ああ、いえ、サクラバクシンオーさんをご飯に誘おうと思って……。あの、何かあったんですか? 凄い慌ててましたけど」
やや呆けた感のあるニシノフラワーであったが、衝突しかけた事に怒った様子もなく、サクラバクシンオーを純粋に心配しているようであった。
サクラバクシンオーを食事に誘いにきたニシノフラワーに対して、ウマ娘Bはことの顛末を話した。真面目委員長(爆進)がクリスマスデートをしたこと、恋であること、ウマ娘Aが煽ったこと、たった今爆進して行ったこと。
「うわぁ……、サクラバクシンオーさん、そうなんだ」
話を聞いたニシノフラワーは興奮に頬と目を潤していた。いつも爆進、爆進と言っていて、色恋のいの字も無さそうなサクラバクシンオーの恋模様に興味津々なようだ。
ニシノフラワーはその佇まいから引っ込み思案のように思われるが、その実は年相応に恋愛に興味のある強かな乙女である!
「だから食事は諦めなさい。多分今日は無理よ」
「えー、帰ってきたら色々聞こうよ。根掘り葉掘りさ!」
「えっと、多分、サクラバクシンオーさんは話せる状態にならないと思います」
「あー確かに、じゃあさ3人でご飯食べに行こうよ! この前ネイチャが入ってた純喫茶のとこ」
「おっ、いいねー。ていうか、ニシノフラワーは予定とか大丈夫?」
「あ、大丈夫です。もともとサクラバクシンオーさんを誘う予定でしたから」
「やった! じゃあ決まり! ねえねぇ部屋でのサクラバクシンオーってどんな感じなの? やっぱあんな感じ?」
「そうですね、多分想像してる通りだと思います」
「流石委員長、ブレないなー」
教室を出る準備を整えたウマ娘3人の会話が人気の少ない教室に姦しく響く。
楽しい会話の中で、ウマ娘Bは先程の光景を思い出していた。夕陽と横顔、大切な友人の。あの時の自分は何を言おうとしていたのだったか、どんな言葉が出ていこうとしたのか。忘れてしまったが、それでよかったと思う。その場で慰めるような言葉など、プライドが邪魔して友人は受け取らないはずだ。器用なようで不器用な友人は寂しがっている。だから、言葉には時間をかけて、想いを尽くすべきだ。向こうがどう思っているかは知らない。分かっているのは私にとっては大切な友人だということだ。そうだ、大切な。だから言葉を届かせる。心に。届かせるのだ。忘れるな、私が居るぞ、側に居るぞ、と。
上手く想いを伝えられた将来を想像してウマ娘Bは顔を綻ばせた。想像の中でウマ娘Aが笑っていた、心から、憂いなど一切ないと。
だが、取り敢えず今はご飯を食べよう。ネイチャが食べていたナポリタンはウマそうだった。
残された教室で、諸々の電波を受信したユリ科友人目雑食性アグネスデジタルが悶えていた。
ところ変わってグラウンド。
今日はトレーニングの待ち合わせをしていたのだが、サクラバクシンオーはさっきのあれに加え、その後に色々あって時間に遅れていた。
トレーナーは考える。こんな時の選択は二つだ。即ち、待っているか探しに行くかであるが、トレーナーはそろそろ探しに行こうかと考えていた。
どこに居るか分からないが当てはある。こういう時は騒がしい場所に行けばほぼ確実にいるのだ。とはいうものの、今日はあまり騒がしい感じはしない。
なんやかんや長い付き合いになるので、来ないときは来ないと理解していた。一応本人は遅刻について気にしてはいるのだが、治らないものは仕方ない。だいたいは誰かを助けるためだったりするので、責めるに責められない。なら、やたら長距離を走りたがる以外は伸び伸びやっていこうと考えていた。
というか、騙し騙し短距離を走らせている罪悪感でいちいち遅刻程度では怒れないのだ。
何とは無しに、トレーナーは重々しく「……うむ」と頷いた。
探しに行こうと考えつつも、妙に勘が働き、何となく来るような気がして、結局は今日のトレーニングメニューを確認しながら待っていると向こう側に砂煙が見えた。学級サクラ委員長バクシンオーである。
焦っていたのだろう。息を切らしながら待ち合わせ場所に辿り着くと、開口一番に質問を投げかけた。
良くも悪くも一直線の、サクラバクシンオーによる爆弾投下開始。今日はサクラバクシンオーではなく、サクランバクダンオーである。
「あ、あの! トレーナーは私のことを待ってたりするんでしょうか……!?」
一瞬何を言っているのかわからなかったが、察するに、どうやら遅刻した事を反省しているらしかった。トレーナーはできる男である。この後のトレーニングへメンタル的に影響を与えない言葉を瞬時に選ぶ。
「うん? まあ、そうだな。でもサクラバクシンオーを待つのは苦じゃ無いよ」
「ひょ、ひょえっ……!」
「??(なんか間違えたかな)」
今日の遅刻はマシな方だねまた何処かで委員長してきたのかなそろそろ探しに行こうかと思ってたよハハハ、と付け加えたがサクラバクシンオーは気づいていない。ついでにトレーナーもサクラバクシンオーが気付いてないことに気づいていない。何故ならサクラバクシンオーの様子がおかしいのはいつもの事だからだ!
とはいえトレーナーは、何となく普段と反応が違うなぁ、とか思い始めていた。
サクラバクシンオーの暴走は続く。
「それはい、いいいいつから待っていたのでしょうか!?」
「いつ? いつって、(今日のトレーニング開始時間の)最初からだよ」
「チョアッ!」
サクラバクシンオーはハワワ、アワワと落ち着かない様子だ。軍師だろうか。顔も赤い。ここまで来るとトレーナーも、いつも様子のおかしいサクラバクシンオーの様子が更におかしいことに気づく。恋だよ!察せよ!と思われるかもしれないが、昨日の今日で急に恋愛的なあれこれが振って湧いて来るとは普通考えない。むしろ育成についてはエリート的な察知能力を発揮するのだが、サクラバクシンオーはいつも爆進的にそれを振り切るのだ!
とは言え、普通に様子がおかしいことに気づいたトレーナーは思考を巡らせる。
まず、体の故障。ありえるだろうか。サクラバクシンオーの身体については本人より分かっている自負がある。というより本人が分かって無さすぎなのだ、長距離とか、長距離とか。故障は……考えにくい。さっきも走っていたのを見た限りはそうだ。どちらかと言えば元気一杯過ぎて暴走してる感じだ。昨日も異状は無かった。今日何処かで怪我をして、それに気づいていない可能性もあるが。にしても顔が赤い。頬が不自然に上気しているが、もしや風邪か?
次にメンタル。1番あり得そうだ。悩んでいる……? いや、気になることがある、か……? 友達に何か吹き込まれたりしたのだろうか。思春期特有のアレだったら正直手に負えない。異性との交遊を禁止するつもりは無いが、レースやトレーニングへの影響を考えるとできれば避けて欲しいところだがいやしかし……。
ほぼほぼ大当たりだった。しかし、肝心なこと、対象が自分であることには気づいていない。致命的である。
やはり風邪だろうか。よしんば風邪でなくても今の落ち着きを欠いた状態では怪我をする可能性もある。今日のところは休むか別のメニューにしようと伝えようとした時、被せるようにサクラバクシンオー。
「あとっ、わ、私のことをどう思ってますか!?」
「ん?」
冷静さを取り繕いつつも、再度トレーナーの勘が働く! 何かヤバい!
私のことをどう思いますか? どうとは、なんだ? もしや思春期的なあれなのか? 何なのだこれは、どうすればいいのだ。
度重なる爆弾投下によりトレーナーは混乱!
何か不味い状況に陥っている気がする!
いや、勘がどうした。今は目の前のウマ娘に集中しろ。トレーナーは自分を律した。決して、助けて駿川さん、とか考えていない。
トレーナーは、サクラバクシンオーがこのような質問をしてきた背景に考えを巡らしつつ、素直な自分の想いを伝えた。直球で偽らざる本音を伝えるのだ。自分のウマ娘を見習おう。困った時は爆進だ。やぶれかぶれとも言う。
「才能のあるウマ娘だと思っている。凄く速いし、勝負勘もある。誰かを想って行動できるところや、いつも一生懸命なところは君の素敵なところだと思う。ただ、少し空回りしがちだから、そういう足りないところを僕がサポートして支えて、これからも二人で歩んでいきたいと思う……。これでいいかな?」
「それはつまりっ、そういうことですかっ!!!?」
よく分からんがそうだ、とトレーナーは軽く頷いた。
この時、サクラバクシンオーの脳内に電撃が爆進る。トレーナーさんはいつも重々しく頷く=それが通常=今のは重々しくない=通常ではない=つまり、つまり爆進!?
位置付け的には中編です。
前編はクリスマスイベント中で、手を繋ぐサクラバクシンオーがトレーナーに向ける笑顔を見た少年がウマ娘と関わる仕事を志す場面とかありました。
後編はミスコミュニケーションするサクラバクシンオーとトレーナー
そんな感じでした。