ピーターパンしてたら世界が変わってた 作:霧丹
赤髪海賊団がネバーランドから出港してからしばらくして、サボが革命軍と共に島へと帰ってきた。
土産話ではないがみんなで食事をしながら話を聞いてみると、世界政府とその加盟国があるせいで苦しんでいる人々が思ったよりも多いようだ。
各国の王たちも善政を敷いているのはほとんどおらず、悪政によって苦しんでいる人のほうが多いため、サボもまた「早く世界政府を倒さないと」と決意を新たにしていた。
だが、世界政府を打倒するというのは具体的にどうすればいいんだろう?
今世界政府が敷いている法はほぼ世界中に広がっていると言っていいだろう。俺が1人偽札造幣局やってるベリー紙幣なんかも世界中で使用されているものだ。
もし紙幣が利用できなくなってただの紙切れになってしまったら世界中で大混乱になるんじゃないのか?
それともお金はそのまま、法も一部変えるけど同じものもあるよ!みたいな感じなのかな?
それならむしろ政府を倒して新しい政府を作るよりも、既存の世界政府の中枢だけを入れ替えて方針転換させたほうが現実的だと思うんだが。
まぁそれはそれでどうやるのかと聞かれても答えられないんだけど。
「一度ドラゴンと会って聞いてみるのもいいかもしれないな」
世界政府を倒したはいいけど、そこから新しく世界に法を敷くまでは世界中が無法地帯になるわけだし、あとドラゴンがどういう世界を視野に入れているのかも聞いたことがなかったな。
革命軍の中にもネバーランドの仲間がいる以上、いたずらに政府打倒を掲げて危ない思いはしてほしくない。
ドラゴンたちの中では元凶となる世界政府を倒したいんだろうが、今のまま倒してもただ巻き込まれるだけの人も多くなってしまい、下手すれば弱肉強食の動物みたいな世界になりかねない。
うーん、ロビンの夢のためには世界政府がないほうがいいんだろうが、そう考えるとなかなか思うようにはいかないなぁ。
かれこれ約半世紀もこの世界で生きているわけだし、生い立ちというか気がついた時には弱肉強食の中だったからなぁ。
あんなものを世界の普通にするなんて認めるわけにはいかない。
まぁ俺が勝手に考えてる事だし、ドラゴンたちはちゃんとそのへんの未来図を持って行動していることだろう。
そういえば最近は俺が最初の頃に助けて一緒に行動していたみんなと会えてないな。
たまーに助けた子供たちを連れて来る時に里帰りのように戻ってきているみたいだが、タイミングが悪く俺がいない時に戻ってきてしまっているようだ。
この年になると懐かしい顔が見たくなる事もある。今もこの島にいる子供たちは遊んだり訓練や勉強に勤しんだりしているが、たまには旅立った仲間たちとも話したくなる時もあるというものだ。
…いやいや昔を懐かしむなんてもっと老けてからでいい。俺はまだまだ若いはずだ!
精神の老化は肉体の老化に繋がるはずだ…たぶん。
こんな事を考えるくらいなら能力や身体を鍛えながらいつも通り旅をしよう。そして子供たちを助けていこう。
そうやって考え事をしたり自問自答したりしていると、ネバーランドに1隻の船が帰ってきた。
この船は仲間が子供たちを助けて連れてきたりするときに使用している船だ。
こういうときはみんなで出迎えるようにしている。知らない島へ連れてこられた子たちが不安にならないようにという配慮だ。
降りてきた仲間に声をかけて労い、新しく島に来た子たちにも優しく声をかけていく。
だがその中に、とても珍しい子がいた。なんか大きい金魚鉢みたいなのに入った人魚の子供だった。
「君は…人魚でいいのかな?」
「…………」
「ピーター、この子は見ての通り人魚だ。人間に捕まってしまい売られるところだったのを助けたんだが、どうやら逃げられないように怪我を負わされていて故郷までは帰れないらしい。だから落ち着いて傷を癒せるようにここに連れてきたんだ」
「そういうことか。お嬢ちゃん、ここは誰も君を傷つけたり売ったりなんてしないよ。君も怪我が治るまではこの島にいるといい。怪我が治ったらいつでも帰っていいからね」
人魚っていたんだな。人魚というものは話では聞いた事があるが、出会うのは初めてだ。
何も言わない人魚に代わって教えてくれた連れてきた仲間の話では、捕まって怪我をさせられて売られるところだったらしい…だからずっと怯えたような表情をしているわけだな…
「いやピーター。この子も今は初めて見る顔が多いからこんなんだが、船の中では子供たちとは結構仲良くしていたぞ」
「…なるほど。大人が怖いのか初対面が怖いのかわからんが、時間をかけて仲良くなっていくしかないか」
海王類のような怪獣みたいなのは見たことがあるが、人魚が存在するとは思わなかったな。
そういえばどこかで人魚の島がとか聞いたことがあった気がする。その時は「そんなところもあるのか」程度だったからなぁ。
本当は送り届けてあげたほうがいいんだろうが、どうやらかなり深海の奥深くにあるようで普通に潜っていける場所ではないとの事だった。
もちろん行くための方法はあるのだが、その場所は海賊などの無法者も多く存在しており、更にはドラゴンから話だけ聞いたことがある天竜人という権力をもって横暴を繰り返す者たちも来たりするらしい。
なるほど、それならこのネバーランドで傷を癒やして海の中を泳いで帰るほうが危険は少ないな。
人魚の子は本当に子供たちとすぐに仲良くなったようで、楽しそうに笑っているところから人間が嫌いだとか怖いだとかではないようで良かった。
怪我もそんなに酷いわけではなかったので、しばらく一緒に生活しながら養生していたらすっかり完治して元気いっぱいの姿を見せてくれた。
ネバーランドにいる間は、いろんな俺たちの知らない海底の事を教えてもらったり、人魚や魚人という者たちが暮らしている魚人島という場所での生活などを教えてもらったりと、小さな子たちだけでなく俺たちも知らないたくさんの事を聞くことができてとても有意義だった。
そんな話を聞いたものだから、俺だって行ってみたいなって思ってしまったくらいだし、シャンクスたちの冒険譚を聞いてワクワクしていた子供たちが行ってみたいと思うのも当然の事なんだろうな。
「ありがとうピーター。あなたたちのような人間がいてくれて良かったわ」
「どういたしまして。君さえ良ければまたいつでも遊びにおいで。ただ悪い人間もいるから見つからないようにね」
「うん!帰ったらみんなにピーターたちの事を言っておくね!」
「…あまり周りに吹聴したりはしないでくれよ?俺たちも君を拐ったような悪い人間に見つかりたくないんでね」
一緒に魚人島というところへ行くことはできないが、せめて見送りにとみんながネバーランドの浅瀬に集まって別れの言葉をかけていく。
みんなで海を泳ぐ人魚の子に手を振りながら、見えなくなるまで見送っているとロビンが俺に声をかけてきた。
「ねぇピーター。世界中にいるみんなに、歴史の古い何かの情報があったら教えてって言ってたんだけど、いろいろと噂とか昔から伝わるような話とかも集まってきたし、私もそろそろ海に出る準備をしようかと思うの」
「そうか…今なら世界中に仲間たちがいるし、ロビンに夢を諦めろというのも酷な話だもんな。まずはどこから行くつもりなんだ?」
「そうね…幸いにもネバーランドがあるのは偉大なる航路だし、いくつか候補はあるんだけどここからログを辿っていくのも悪くないと思ってるわ」
「無人島じゃない限りどこかに仲間がいるから大丈夫だと思うが気をつけろよ。あとビブルカードは忘れちゃいけないぞ」
もうロビンも旅立つような時期なのか…最初この島に来た時から十数年、思い出せば随分と明るくなったものだ。
まぁ元々俺という能力者がいたから子供たちもロビンの能力を見ても偏見なんてなかったし、俺たちじゃ教えられない知識も革命軍の人間から教えてもらったりと、「知る」という事に貪欲だったロビンだ。
たまに夢中になりすぎるところが心配だが、基本しっかりしてる子だし大丈夫だろう。
この島へ帰ってくるのにもビブルカードがある。これはこの島へ来てしばらくして知った事だったんだが、なぜか爪を原材料にして持ち主のいる場所を示してくれる便利な紙だ。
これをこのネバーランドにずっといる仲間の爪で作ることによって、仲間たちはログポースもエターナルポースも必要なく帰ってこれる。
そして世界各地に散らばっている仲間のビブルカードがあれば、その島までログポースなどがなくても向かう事だってできる。
俺もビブルカードを新しく生み出せるかと思って試してみた事があったんだが、爪をどうやって使ってビブルカードを生み出してるのかまったくわからなかったので作成できなかった。
ただ、複製したいビブルカードを持っていれば、それと同じビブルカードを生み出す事はできたので何度も爪をもらって作り直す手間だけは省けている。
だが、ビブルカードを爪から作り出すことができない代わりといってはなんだが、結構便利な使い方を習得することができた。
元々人間を紙にすることができるわけだし、他の物もできないかと思ったらできたわけだ。
つまり大きな荷物なんかを紙にして畳んで持ち歩き、使いたい時に元に戻せば重たい物や大きな物を持つときに重宝するわけだな。
問題というか欠点は、元に戻すのに俺がいないとダメだから、仲間が旅立つ時に使ってあげて楽をさせてやれるなんて事ができないことだ。
畳んで渡しておき、元に戻したい時に開くと戻るなんて都合のいい使い方はできないようだった。
このあたりは元からできない能力なのか、俺の熟練度が足りないためにできないのかがわからないからどうしようもない。
何せ普段は偽札生み出すか折り紙生み出すかしか使ってない能力なだけに、その2つに関してはかなりのものだと自負しているが、他に使う機会がないからあんまり思いつかなかった。
そのうち頭に残る異世界知識を掘り下げて、他に何かいいアイデアでもないか探ってみようかな。
思いついた中で一番使いたかったのは、俺が生み出した紙に文字を書いたら他の紙にも同じものが写されるというアイデアだったんだが、生み出した後にそういった付加能力を付けることは俺にはできなかった。
俺がやってきた事は世間に知られたら大犯罪だし、そんな事を自ら公表するような真似はしないが、どこで情報が漏れるかもわからない。
なのでネバーランド以外で仲間と「どこそこで子供が虐待されている」などという情報をやり取りする時は全部紙に書いて暗号にしている。
最初のほうはそれで情報交換していたんだが、とは言ってもアナグラムや表現を変えているだけなので解読される可能性は高い。
しばらくはそれを使っていたが、やはり機密性において安全と言えるものではない。
そこで俺が目を付けたのがロビンだ。彼女は歴史を探求している島の生き残りということで賞金首になってしまっている。
世界政府が歴史の研究を禁止しているのならば、俺たちは歴史を研究しなければいい。
つまり「研究はしていないから古代文字で情報をやり取りするだけならセーフ」ということである。
これならば誰に見られても読まれる心配はなく情報を交換できるのだ。
それを思いついてからロビンに少々申し訳ないと思いつつお願いして、みんなの先生役になってもらった。
きっと解読からなら相当な時間がかかるのだろうが、こっちには古代文字が読めるロビン先生がいるんだ。
子供たちもみんな脳が柔らかいのか、現代文字と古代文字を覚えることに成功していた。
ちなみに俺はいくつかの単語程度だ。やはりこの年季の入った上に異世界知識入りの脳みそには古代文字は荷が重かったらしい。
ちなみに同じ生徒でも成人したくらいの仲間たちは、俺と同じように苦労して俺より少し上程度だったので、やはり言葉や文字を覚えるのは若いほうがいいのだろう。
それでも子供の年に比べたら時間はかかるが、最後にはある程度は習得していたようだが。
そうやって古代文字を覚えた仲間たちは世界中で大いに活躍してくれている。
紙に情報を書いて交換したとして、どこかでそれを見ている者がいないとは限らない。
基本的に情報を交換した後の紙は燃やすか千切るかしているんだが、そんな時でも読めない文字で書かれていれば、もしその紙を処分できず奪われたとしても安心できるという寸法だ。
最初はロビンだけが先生になっていたが、今や当時ロビンに教えてもらっていた子が大きくなって新しく来た子に古代文字と現代文字を教えている。
もちろん教える時は古代文字なんて言わずに、俺たちが作り出した暗号だと言っている。
それと同時に「
世界政府に禁止されている事は「歴史の研究やポーネグリフの解読」らしいから、俺たちが古代文字を扱えるようになっても問題はないということだな。