怪我が完治したかまぼこ隊の四人は、炭治郎の生家で、同じ屋根の下で暮らし始めた。
慣れないことばかりの雑務に頭を悩ませながらも、炭治郎と協力して、なんとか家事を終わらせる。
縁側でくつろぐ伊之助は通りがかった禰豆子に、たびたび脳裏に浮かぶアオイについて訊ねるなかで、自分の中の心境の変化に気がついていく……。
以下作者()からの注意と散文
作中にはアオイちゃんが一切登場しないが、一応伊アオで投稿する。
小生の拙作、「伊之助とアオイのホワホワもみじ狩り」の前日譚として書いているので、よければ、そちらにも目を通してくれ(ダイレクトマーケティング)
本編の204話と、ファンブック2のネタバレが怖い者は、それを理解した上で目を通すように。
余談ですが、ナムコのゲームセンターで、伊之助のちょこっとひっかけフィギュアぷちをやって、被り物をした入院着の伊之助だけ取れませんでした。
泣きてぇ……。
鬼舞辻無惨を倒してから三ヶ月後。
竈門兄妹と善逸、伊之助の四人は炭治郎の生家に集まって、新たな家族となって暮らしていた。
朝一番の魚捕りに、薪割り。
炭売り用の木の伐採。
人としての生活を送れなかった伊之助にとって、やるべきことは、ほとんどが慣れないことばかりだった。
中でも辛いのは洗濯だった。
春といえど冬の寒さは残っており、標高の高い山ということもあって、朝は一段と冷え込む。
布団から出るのも億劫だというのに、山積みの洗濯物を見ると、さらに気が滅入る。
だが、厳しい山奥での生活で生き抜くために、泣き言ばかり言っていられない。
広げた服を洗濯板の上にのせて、石鹼をつけると、丸めた服を大根でもおろすように、ごしごしとこする。
一心不乱に続けると、綿菓子のような泡が、板を包み込む。
唸りをあげながら吹きつける冷たい風は、冷水を浴びた手に、痛いくらいに突き刺さる。
「さみぃなぁ、かったりぃなぁ……」
「ああ、そうだなぁ。でも寒さが落ち着いたら、ちょっとは楽になるよ」
炭治郎に愚痴をこぼすと、面倒事を投げ出したくなる。
しかし挫けそうになる彼の手を、責任感が動かす。
常日頃から助けあった、かまぼこ隊のみんな。
自らの命を犠牲にして、彼を守ってくれた琴葉やしのぶ。
裏方に徹して、彼をサポートした蝶屋敷の少女たち。
天ぷらを揚げてくれた藤の家紋の老婆に、おかきを恵んだ老人と、その孫のたかはる。
多くの人々に支えられて、ここにいる。
自分の命は、自分一人だけの命ではない。
かじかむ手に吐息を吹きかけつつ、なんとか溜まっていた洗濯物を片づけると、フーッとため息をつく。
これから先は鬼を狩る戦いではなく、家庭を守る戦いが始まる。
文字通り、延々と続いていく戦いが。
細々とした作業をこなしていくのが苦手な彼は、それを考えると、暗澹(あんたん)たる思いがした。
(こんな辛いこと、アイツらは文句も言わないでやってたんだな……)
日常の雑務の苦労を体験した伊之助の頭に、蝶屋敷で働く少女たちの姿が蘇る。
看護師の四人の中で、ひときわ存在感を放つ少女は、心の中でもムスッとした表情で、彼を睨みつけた。
(チクショウ、どうしちまったんだ。俺は……)
脳裏に浮かんだ邪念を振り払うように、伊之助は首をぶんぶんと横に振った。
「どうしたんだ?」
「なんでもねぇよ。ほら、ちゃっちゃと終わらせるぞ」
炭治郎専用の洗濯板は、たらいに固定してあり、片腕でも問題なく使える。
しかし片腕でやる姿は、見ていて危なっかしい。
傍らに置かれた洗濯かごをひっくり返し、中身を全て自分のたらいに入れると
「助かるよ、伊之助は頑張り屋だなぁ」
と、彼は感謝の言葉を口にした。
それに対して伊之助が、猪の被り物から漏れる鼻息で返事すると、彼は何を言うでもなく朗らかに微笑み返した。
数時間後
「ムカつくぜ、なんだって俺があの弱味噌に……」
用事をを終えた伊之助は、縁側に寝転びながら物煩いにふけって、独り言を呟いた。
寝ても覚めても思い浮かぶのは、あの少女のことばかりで、どうにも落ち着かない。
「伊之助さん、どうしたの。お昼はまだですけど、先に軽くつまみます?」
そこへ通りかかった禰豆子が、いつになく元気のない彼を気にかけて話しかける。
彼女が彼の横に座ると
「お前、好きな食い物とかあるか?」
どうすれば胸の高鳴りが収まるか、困り果てた伊之助は、開口一番に訊ねる。
「お菓子になりますけど、金平糖ですかね。それがどうかしました?」
おにぎりに卵焼き、一口大に切られた大学イモ。
好物の天ぷらでもない、どこにでもある庶民的な食べ物が、格別の味がした。
暇を持て余す善逸に聞いてもよかったが、女絡みの問題故に、あれこれ騒ぎ立てるのが容易に想像がつく。
そのせいもあって、今は彼を視界にも入れたくなかった。
すぐに女、女とわめく彼のせいで、いやでも彼女のことを想起してしまいそうで。
「このお盆に乗ってるのはあなた専用ね。これだけは、いつでも食べていいから」
必勝と名付けられた満開の桜が散る、あの日に思いを馳せる度、眉間に皺を寄せる二つ結びの少女の顔が、またしても頭にちらつく。
(ケッ、なんであのチビを思い出すんだよ……。あの飯が重要で、アイツ自体はどうだっていいんだよ)
心の中で悪態をつきつつ、伊之助は話を続ける。
「なぁ。好きでもない食い物が、めちゃくちゃ旨く感じたことあるか」
「う~ん、難しい質問ですね。お母さんとお兄ちゃんが作ってくれた食べ物は、全部おいしいから!」
屈託のない笑顔には、よく見られたいという打算がない。
「禰豆子の飯も、ハナヲの天ぷらも旨いんだ。でもアイツのおにぎりは、なんかが違ったんだよ……」
伊之助がしみじみ呟くと、禰豆子は押し黙る。
カナヲに、生焼けな焦げた天ぷらを揚げてもらった際に感じたホワホワ。
彼女の料理だけでなく、炭治郎の炊く白米も、禰豆子の作るおかずも、食べると体が暖かいもので満たされる。
けれどもアオイのおにぎりを想像すると、一段と強く、心臓が早鐘を打つ。
(炭治郎と亡くなった母ちゃんの飯なら旨い、か……)
禰豆子の言葉を反芻すると、伊之助は何を作ったかではなく、誰が作ったかが重要だと悟る。
彼らとアオイの違いは、いったいなんなのか。
また彼女の作った物を口にすれば、追い求める答えに近づける気がして、伊之助は更に深く話題を掘り下げる。
「……ある一人の飯が食いたいってのはおかしいか?」
「伊之助さん、誰か好きになったんですか。上手くいくといいですね。もしかして炭売りで会う、麓の子ですか?」
重い口を開いた伊之助の言葉を聞くと、口許を抑えて頬を赤らめた。
しっかり者の長女とはいえ、彼女も年頃の娘。
身近な人間の恋路に、ついつい口を挟みたくなるような思春期まっただなかである。
見合い結婚が主流な大正に、身も焦がすような恋愛に憧れる乙女の一面があった。
(好きになった? 俺がアイツを?)
自分の中で膨らみつつあるアオイへの気持ちが、禰豆子の思わぬ一言で、くっきりと輪郭を帯びていく。
人々が恋とも愛とも呼ぶそれを、よりにもよって自分を快く思っていないであろう女に。
彼女が特別な存在となりつつある事実を認めたくない彼は、恋慕を否定した。
「うるせぇ、俺はあんなチビ嫌いだ! アイツだって俺と会うのなんて嫌に決まってる!」
「どうして、そう思うんです? 伊之助さんが きっと喜んでくれますよ」
禰豆子との問答に、彼は言葉に詰まった。
同時に遊郭へ潜入した三人の無事を知って、大粒の雫をこぼすアオイの姿が、記憶の奥底から呼び起こされる。
いつも叱りつけてくる彼女が、どうしてあの時、涙を流していたのだろう。
憎たらしい相手がどうなろうが、知ったことではないはずなのに。
嫌いな相手のために、涙を流す人間などいるのだろうか。
三郎という老人が、生きて帰った竈門兄妹を見て泣いたように、喜びのあまり泣いたのだろうか。
さんざん怒鳴り散らしてきた彼女が心配をしたとは信じられず、彼は顎に手を当てて、思考を巡らせる。
けれども頭で考えれば考えるほど、伊之助はアオイという人物がわからなくなった。
ただ想像していたより、厳格でも冷血でもないのは確かだった。
「嫌いじゃねぇなら、なんでケツひっぱたいてくるんだよ! クソッ、思い出すだけで腹立つ! いつかアイツにやり返してやる!」
「ダメですってば。本当に幻滅されちゃいますよ!」
「いつも怒鳴るし、ガミガミうるさいし、アイツは飯が旨いのだけが取り柄だな。俺様の子分、その四にしてやるぜ」
「伊之助さんの好きな人って、肝っ玉お母さんみたいな人なんですね? 伊之助さん、その人ってどこに住んでるんです?」
「……蝶屋敷に暮らしてて、禰豆子とも面識がある」
アオイの名を出すのが気恥ずかしく、伊之助はカナヲとも三人娘とも取れる、ぼかした言い方で彼女に伝えた。
禰豆子をちらちら覗き込むと、今までの情報から誰に好意を抱いたのか、おおよその見当がついたのだろう。
彼女は満面に微笑みを湛えて、伊之助が自分のタイミングで話すのを待っていた。
彼らのやりとりを遠巻きに見ていた鎹烏は、沈黙する二人に、茶々を入れるようにカァと鳴く。
「コンナノ ハジメテデ ドウスレバイイカ ワカンナイ」
「会ってみたらモヤモヤした気持ちが何なのか、はっきりすると思います。今度の日曜日、その人のところに一緒にいきません?」
「……」
禰豆子に解決策を提案されるも、伊之助はどうすべきか決めあぐねていた。
人里に降りれば、皿洗いしかしない善逸と、大層な働き者だが片腕のきかない炭治郎、彼女だけが残される。
働き手が減れば、五体満足の彼女に負担がいき、迷惑をかけてしまうのが目に見えた。
自分の中に芽生えた心が、すぐにでも確かめたいのを、ぐっと堪えて彼は返事する。
「いいっつうの。お前ら置いて、俺だけ遊び呆けてらんねーしよ」
「なら私も共犯になりますよ。蝶屋敷の子たちは鬼の私を拒絶しなかった人たちは大事にしたいので。それにお兄ちゃんたちに、おみやげ買ってあげたいし」
「……そういうことなら、ついていってやってもいいか。女一人で出歩くのは危ないからな! 子分の面倒を見んのは、親分としての務めだ!」
「ええ、お願いします」
互いに見つめ合った二人が、約束を交わすと
「禰豆子ちゅわぁ〜〜〜〜〜〜ん!!! 足痛いんだよぉ、揉んでよぉ、頼むよぉ~!!!」
どこからともなく、善逸の情けない叫び声が辺りに響いた。
「呼ばれたのでいきますね」
「あのバカ、事あるごとにお前を困らせやがって。図に乗って甘えるから、あんま構うな。家の手伝いもろくにやらねぇし、放っとけばいいんだよ」
禰豆子がおもむろに立ち上がって去ろうとする彼女を、伊之助は引き留めた。
手を貸そうとしても、彼女でなければ嫌だとしつこいので、次第に手伝うのをやめた。
今では彼女が、善逸に面倒事を押し付けられている。
「でも善逸さんが困ってるので……」
「お人好しだな、お前。炭治郎に似たんだな。そういうとこ、嫌いじゃねぇけどな」
伊之助は善逸との会話で、ふと耳にしたことがあった。
他の異性といるのを邪魔してまで独占したいのも、ある種の恋なのだと。
彼から度々聞かされた、くだらない与太話の数々に耳を傾ければよかったと、今になって少し後悔する。
「……らしくねぇな、俺は。考えてもどうなるかなんて、誰にもわかんねぇってのに」
彼女は青空の元、何を思っているだろう。
のんきに夕飯の献立をどうするかで悩んでいるか、先行き不透明な未来で頭がいっぱいか。
あるいはしのぶを亡くした悲しみに囚われながらも、懸命に屋敷を切り盛りしているのだろうか。
どれだけ泣き喚いても、死んだ生き物は土に還り、新たな生命が循環する。
そして何事もなかったように、時は流れていく。
仲間と会う前まで当たり前だった、無慈悲な自然の摂理。
凄惨な殺人事件が起こった現場とは思えぬほど、明るく騒がしい毎日を送れているのも、山の麓に暮らす住民らが、遺体のない兄妹の存命を信じたおかげだ。
故人を偲ぶ気持ちには、なんの罪もない。
よけいなことを口走って、いたずらに彼女の傷口を広げてしまったら……。
不安の影が差し込みかけた、その時
『きっと喜んでくれますよ』
太陽の光のごとき一言が、伊之助の心を照らす。
迷いを振り切った彼は天を仰ぐと、連なる山々めがけて、猪突猛進と吠えた。
彼女にしてやれることがあるはずだと、自分に言い聞かせるかのように。
あとがきで書くべきかわかりませんが、今後の方針などを語っていきます。
1.最近は呪術の人気がすさまじいですが、遊郭編が7月、10月頃に公開されるはずなので、それまで鬼滅の刃の二次創作一筋で続けます。
2.なるべくオリキャラなどは出しません(出してもモブ程度)
3.今後も好きなキャラ中心で書いていきます(煉獄さん、しのぶさん、伊之助、アオイちゃん、蝶屋敷の三人娘、真菰、黒死牟)
4.短編、長編で行き詰ったら、書きたい掌編を投稿して、横道にそれます。
こんな感じでよければ、今後ともよろしくお願いします。