もしかしたらあり得たかもしれない、可能性のお話。

注:鬱展開だと思われます。苦手な方はブラウザバック推奨です。

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輪廻転生

 氷川洸夜は、心身ともにズタボロであった。極度の緊張感と過酷な環境。そして何より、様々な人間と交わる対人関係。その全てによって、激しく消耗していた。

 

 ——逃げたい、辛い、痛い、苦しい。

 

 そんな負の感情のみを背負い込んでいた彼は、今日も帰宅するなり自室のベッドへと転がった。

 

「……辛すぎる」

 

 普段は決して口から吐くことのない弱音を、ポロリと漏らす洸夜。

 そんな視界のぼやける彼の体は、不意に重みを感じる。何が起きたのか理解できないままでいた洸夜は、そっとその原因へと視線を向けた。

 

「……何やってるんだ日菜?」

 

 重みの原因となっていたのは、自身の上に馬乗りになっている2番目の妹、氷川日菜であった。

 

「……ねぇお兄ちゃん」

「……どうした」

「お兄ちゃんは、私とお姉ちゃんの事どう思ってる?」

 

 問い掛けられた意外な質問に洸夜は少し驚くが、すぐに答えるのであった。

 

「大切な2人の妹だと思ってるよ。それこそ、失くしたく無いって思う程」

「ダウト」

 

 言い終えた瞬間、日菜が洸夜の言葉に対して強い一言を投げ返した。

 

「……え?」

「今のはお兄ちゃんの本心じゃ無いよ」

 

 ——ダウト。自身が愛する妹から放たれた言葉。そして、自身の妹に対する思いを否定された言葉。その言葉が、先程の日菜の声で洸夜の頭の中を駆け回る。

 ——自身を否定された。そう感じた洸夜の内面が、徐々に序に表側(カオ)へと現れ始める。

 

「本当のこと言ってもいいんだよ? 私は怒ったりしないから」

 

 日菜のその言葉を皮切りに、ここ最近の出来事で黒く染め上がってしまた“ソレ”は、一気に込み上げていき押さえ込んでいた心のダムを決壊させ、言葉となり洸夜の外側へと溢れ出した。

 

「……妬ましかった」

 

 ポツリと放たれたその一言。日菜は、顔色は変えずに洸夜を見つめていた。対する洸夜は、その一言がきっかけとなり、溢れ出す想いを言葉に変えていった。

 

「一度見ただけでなんでもこなす日菜(お前)と、努力だけで常人を抜くまでのレベルに到達できる紗夜(彼奴)が。いつだって、後ろから現れては俺を抜いていった。普通なら自分を超えていく妹を見て『凄い』とか誇りに思ったりしなきゃいけないはずなんだろうが、俺にはそんなことできなかった」

 

 そう言った洸夜は、視線を横に逸らしながら自嘲するのだった。すると、未だに馬乗りになっている日菜が口を開いた。

 

「……前にも同じこと言ってたよ。もう何回目だろう」

「……そうか」

 

 何気無く返した洸夜であったが、ふとあることに気付き日菜に対して戦慄した。

 

「……待て、俺はこの話するの初めてのはずだぞ?」

「そうだね。()()のお兄ちゃんが話したのは、初めてだね」

「……なんだ、その何回も俺の妹やった挙句に何回も聞いたって言う状況は」

 

 日菜の返しに、洸夜は冗談半分にそう尋ねるのであった。すると、日菜から帰ってきたのは彼の想像の斜め上をいくものであった。

 

「お兄ちゃんのいう通りだよ。私は何回も何回も氷川姉妹の次女として生まれた」

「つまり、何回も何回もお前ら姉妹は転生してるってわけか?」

 

 日菜は縦に首を振る。対する洸夜は、少しばかり怪訝そうな顔をする。

 

「私は、何回もお姉ちゃんの妹をやってる」

「その言い方だと、俺が1番上にいる確率が少なかったと取れるんだが?」

「そうだよ。私が数百と転生してる中で、お兄ちゃんが現れたのはほんの数十回程度」

「……つまり俺は、その輪廻の理から外れた異端者ってわけか」

 

 そう言った洸夜は、日菜から目を背け溜息をつく。

 

「捉え方によってはそうなるかもね。でも、私はお兄ちゃんと一緒になれた時、凄く嬉しかった。それは今回も同じだよ」

「俺と、一緒でか?」

「うん。だって、好きなのに、会える確率が数十分の1なんだよ?」

 

 なるほど、と洸夜は何故か日菜の言葉に納得していた。

 

「でも……お兄ちゃんは、毎回毎回同じように……さっきみたいに思う」

 

 そう言って日菜は、目元を伏せ洸夜の胸に置いた両手を握り締める。

 

「……なら、日菜はどうしたら満足なんだ?」

「お兄ちゃんを……私のものにしたい」

「……良いよ」

 

 洸夜は二つ返事で承諾する。そんな彼の様子に、日菜はやや戸惑いつつも問いかける。

 

「良いの? もう戻れなくなるけど?」

「構わないさ。どの道、俺はもう限界なんだから……だけど、いくつか教えてくれ。日菜が次転生するとしたら、その時俺はいるのか?」

 

 洸夜の問いかけに対して首を縦に振る日菜は、淡々とした口調とで洸夜の問いかけに答える。

 

「居るよ。それは確かな事」

「そうか。次、俺は本来ならこの先どういう道を辿るべきだったとかはわかるか?」

 

 問いかけられた日菜は、唸りながらも言葉を紡ぐ。

 

「うーん……わからなくもないけど、どれも確定してない未来だからパラレルワールドみたいな感じだよ?」

「なんだ、今度は転生に続いて平行次元との共鳴でもできるのか?」

「当たり。お兄ちゃん、よくわかってるね」

「いや、冗談で言ったつもりだったんだけど……」

 

 日菜のサラッとした発言に苦笑する洸夜であったが、それが何処となく日菜らしいとも思うのであった。

 

「私は平行次元の私の行ったことまでわかる。それは、意識を共有しているから。あ、でも常に共有してるわけじゃないからね?」

「任意なのか……」

「そういうこと」

 

 日菜同士が共鳴することによって、先を見通す。その事実から、洸夜はとある考えを導き出した。

 

「そのイメージ、直接俺に流し込めないか?」

「私が共有してるのを?」

「そうそう」

 

 日菜は洸夜の発言に、首を傾げていた。

 

「何故そうなるかが理解できてない、と言った顔をだな」

「うん。その理論に行き着く理由がピンと来なくて」

「簡単なことさ。俺もお前も多少の差異があれど、結局は同じDNA(構成物質)で出来てるって事だ」

 

 これを聞いた日菜は納得したように頷いた後、洸夜に警告する。

 

「確かに、それならできるよ。でも、お兄ちゃんが壊れちゃうかもしれないよ?」

「それは物理か? それとも比喩か?」

「どちらも」

「そうか……やってくれ」

 

 僅かな躊躇いの後、視線を上げた洸夜は真っ直ぐと日菜を見据え、彼女に懇願する。

 

「良いの?」

「構わないさ。どの道、俺は俺でなくなるんだから……」

 

 自嘲する洸夜に対し日菜は、そっと洸夜の頭を両手で押さえると自身の額と洸夜の額を重ねる。それとほぼ同時に彼の頭の中を無数のイメージが駆け抜けてゆく。

 

「……ヴッ?!」

 

 その情報量の多さに彼の頭は『頭痛』という形で悲鳴をあげる。そんな彼のことなどお構い無しに日菜は、額を重ねたままでいた。

 

「ア……アアッ……」

 

 激しい痛みに悶え頭を押さえ続ける洸夜だったが、暫くの後抑えていた手を離しそっと日菜の頭に手を添え自身から僅かに離す。

 

「……ハァ……ハァ……大体分かったよ。ありがとう」

「大丈夫?」

「なんとか……ね」

 

 荒い息を整えつつ、日菜に言葉を返す洸夜。その時の彼の表情は、作り笑いといった具合で無理をしていることが誰にでもわかった。

 

「で、見た感じどうだった?」

「なんだろう……希望も絶望も……等しく散りばめられてるって感じだった……」

 

 先程頭に流れ込んだ1つ1つの情報を整理しつつそう返答する洸夜。彼が見たものは、彼が述べるように大団円を迎えるものから血に塗れた終わり方をするものまで、と言った具合であった。

 

「そっか。それでお兄ちゃんは満足した?」

「最後に……もう一つ……俺はこのまま行けば……さっき見た内の……どの結末を辿っていた……?」

 

 洸夜の問いかけを聞いた日菜はそっと言葉を紡ぐ。

 

「——ここで首吊ってたよ。それも今日中に」

「……だろうな」

 

 わかっていた、と言った具合で洸夜が返答した直後、日菜が洸夜の喉元に両手を添える。

 

「もう満足なんだよね……?」

「ああ……後は、日菜の好きなようにしていいぞ」

 

 洸夜が言い切ったと同時に、日菜は両手で力一杯彼の首を絞める。

 

「苦しまないようにしてあげるから……少し我慢してねお兄ちゃん」

 

 悲痛な色を浮かべながらも、日菜の言葉に頷く洸夜。そして徐々に彼の視界はぼやけ始める。そんな中、洸夜は声にならない声でそっと日菜へと告げる。

 

「ゴメンネ……ツギニアウトキハ……モット……ヤサシクナレルヨウニガンバルカラ……イマハコレデ……」

 

 そこまで言った彼は、自身の左手でそっと日菜の頬に触れ彼女に微笑みかける。そして、彼の腕は重力に従いベッドの上へと力なく落ちるのであった——

 

 

 

 

 

「洸夜……お母さんがご飯だって……ッ?!」

 

 扉をノックし暗い兄の自室へと入った氷川紗夜は、その先で目にした光景に戦慄した。その光景とは、ベッドの上で力なく横たわっている兄とその上に跨る妹の姿、そして床に転がる空の注射器。

 

「日菜……貴女……何をしてるの……?」

「……お姉ちゃん」

 

 恐る恐る問い掛ける紗夜の言葉に応じるかのように振り向く日菜。その顔は、生気を感じられないようなものだった。

 

「洸夜に……何をしたの……?」

「何って……同意の上で私の物にしただけだよ。どのみちお兄ちゃんは、今日のうちに死んじゃってたし」

 

 動くことのない兄の方へと顔を向けながら淡々と返答する日菜。そんな妹の姿に紗夜は恐怖を感じる。

 

「貴女一体何を言って——「ねぇ、お姉ちゃんは私のことどう思ってるの……?」……え?」

「お姉ちゃんは、私のこと好き?」

 

 遮るように飛ばされた問い掛けに困惑する紗夜。対する日菜は、そんな紗夜の様子などお構いなしに再度問い掛ける。

 

「それは……」

「どうなの……嫌いなの?」

「嫌い……というわけではないけれども……」

「それじゃあ……好きでもないんだね」

 

 ベッドから降り、立ち上がった日菜はゆっくりと紗夜の元へ歩みを進めていく。どこからともなく取り出した注射器を片手に。

 

「また……次があるから……今回ぐらい……いいよね」

「や、やめて……来ないで……!」

 

 瞳から涙を溢れさせながら自分に言い聞かせるように呟く日菜。対する紗夜は恐怖が限界に達し日菜の歩幅に合わせて一歩、また一歩と後退していく。そして遂に、壁に背中が触れる。

 

 

「お姉ちゃんも……私の物になってね……痛くしないから」

「イヤ! やめて!」

 

 降り頻る雨音と轟いた雷鳴に、紗夜の悲鳴は掻き消された——

 

 

 

 

 

 この先も3人は、『輪廻』という果てのない循環の中でそれぞれ『転生』を続け同じ過ちを繰り返し続け、互いに傷付け苦しめ合うのだろう。幾度も幾度も……。


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