自分の視覚を他者に強制的に見せられる視覚共有の能力で世界を救うお話 作:観測手
オリジナル:SF/恋愛
タグ:R-15 残酷な描写 ランダム能力杯 トゥルーエンド 超能力 自分の視覚を他者に強制的に見せられる視覚共有の能力
本作品は猫毛布氏が主催したランダム能力杯を盛り上げるために執筆いたしました、拙作を楽しんでいただければ幸いです。
曰く、能力元年。
人類の、個々人が持つ特殊能力が初めて公に認められた日。
旧世界にとってのターニングポイントであり、新世界にとっての最初の日。
その栄えある人類史上重大な一日に全人類は目にしたのだ、跳ねる白濁を、ある種グロテスクかつ神秘的な肉の棒を、おおよそ人類の半分以上は見慣れたモノであるソレとその手の動きを。それは史上初めてかつ最大規模の能力暴発事案であり、もはや人類の共通認識と成り果てた。
曰く、おちんちんである。
▽ ▽ ▽
『よってこの最初にして最大の能力暴発事件により生じた損害は凄まじく……』
あ~死にてえ~。
せっかくの休日をぶち壊してくれたドキュメンタリーに憎しみを込めて端末を切る。もう絶対見ねえ。
特殊能力という概念が世に普及して以来、人類は大きく顕在者と非顕在者に分けられた。つまり、使える能力を持った人間と、能力が使えるだけの人間である。全人類何かしらの能力を持つと証明されて久しいが、呼吸するたびに二酸化炭素を生成する能力や、自分を中心とした核爆発を起こす能力だとか、そういうあったところで使えない能力を持つ者は非顕在者として扱われている。
能力開発だとか後天的能力だとかの研究に全く進展が見えない現代において、人類における非顕在者の割合は
実際は違うが。
もちろん、能力を偽ることは重罪だ。だが、正直に申告することも恐ろしかった。俺はもうこの能力で両手で足りないほどの人間を殺してしまっているのだから。罪を犯すことと、無数の不幸の原因として見られることは、俺には難しい選択すぎて。黙ってうつむいていたらいつの間にか数十年の時が過ぎていた。
つまりこの俺こそが、過去において人類全員の視覚を数十秒奪い、
目が覚めたら全部夢になってないかな、なんて、いつの間にか寝る前の妄想はそれだけになっていた。
▽ ▽ ▽
企業に勤めるのは物好きな非顕在者くらいだ。今の世は昔と比べ、生きる上で必要な金銭が高くないためアルバイトでも安定して食っていける。そして顕在者はつまらない雑務よりも直接企業に成果物を卸す方が好きなので、大抵は自営業である(企業が顕在者を独占することを抑制するためにキツい所属税がある為でもあるが)。
要するに企業は深刻すぎる人材難に見舞われており、その時勢は公務員という業界も免れ得るものではなかった。超能力犯罪対応第3課、在籍人数は驚くべきことに2人である。
「あー、課長、新人っていつ来るんですかね? 今年度は来るとかって話だったじゃないですか」
来ると噂されていた新人が予想通り来ないことに辟易としながら、優雅にコーヒーを啜っている上司に話を振る。この話題は毎年擦られている定番ネタだ。
「キミは去年と一昨年の記憶をどこかに置いてきたのかい? この課に人が来るとしたら、君が辞めた時くらいだよ」
心地よいアルトが耳を打つ。この第3課は課長である彼女の為に作られた部署と言っても過言ではない。彼女は世にも珍しい『能力を封ずる能力』の持ち主であり、俺はその補佐。
ちなみに、警部補などの階級は形骸化して久しい。とにかく人が居らず、全国的に警察署が存在しなのだ。もはや警察という名前を引き継いだ治安維持組織と言った方が近いかもしれない。
「あーあ、まーた2課ですか、賑やかで羨ましいことですね」
「羨ましいなら今からでも立候補すればいいじゃないか」
「2課は仕事が忙しいですからねぇ」
彼女の隣で働くことが心地よいという理由もあるが、結構お堅い方なのであえて言わない。
「2課の女性と親しげに話していたじゃないか」
ほら出た。勤務時間中にうつつを抜かすなとはよく聞くフレーズだ。
「そりゃ、2課の課長を無下に扱うわけにはいかないですよ」
役得ではありましたが、と心の中で付け足す。
2課の課長は能力を無効化する顕在者だ。現在は超能力犯罪に対し1課が捜索し、2課で無力化・制圧、3課で封印・連行という流れで事件に当たっている。実際、横のつながりを良好に保つことは重要なのだ、我らが3課の課長殿は顕在者嫌いであるので、そこら辺も俺の仕事と化している。
横目でチラリと見ると、いやあ美人のしかめっ面とは恐ろしいものである。白い肌はさらに白く、黒い瞳はさらに黒く。不機嫌ですのオーラが全開だ。彼女は顕在者嫌いであるが、それと同じくらい顕在者と仲良くする人間は信用できないのだそうだ。
どうすっかな~なんて考えていると電話が鳴り響く、実にいいタイミングだ。
「はい、超能力犯罪対応第3課です、はい、はい、ええ大丈夫ですよ、はい、今すぐ行きます……じゃあ、ちょっとお呼ばれしたので2課の補佐に行ってきますね、午後には戻ります!」
仕事は逃げる口実にもなるので、何かと便利である。
凍てつくような視線を背中に受けつつ、まるで逃走兵のような気分で退散するのだった。
▽ ▽ ▽
「おーい、こっちです~!」
ぴょんぴょんと跳ねるかわいらしい女の子、栗毛がチャーミングな彼女が第2課の課長殿だ。
「お待たせいたしました、助手席にどうぞ」
「もー、カッチリしすぎですよぉ」
「いえいえ、流石に課長殿に失礼はできませんよ……ちょっと近道しますよっと」
この時間ならこっちの道が近いな、なんていうのは
「それで、“天啓”が来たんですか?」
「ええ、もっちろんです! あとは逮捕するだけ! ……って、天啓じゃないです~!」
「へへ、御堅いのは嫌いと聞いたもんですからね」
彼女の能力は、不思議だ。顕在者の能力は無制限に使える物ではなく、使用限度や何かしらの条件が必要であったりする。第2課の課長が持つ『能力を無効化する能力』は、彼女の考えとは関係なしに対象が定まる、相手が明確な悪人であると明らかな時だとかだと思い通りに発動させられるらしいが……。結果から見て顕在者である彼女の認識とは関係なしに真犯人を指し示す傾向にあるため、付いた愛称が天啓、または天啓さんである。
「それにしても聞きました? あの件」
「あの件っつーとあれですかい、巡査部長殿が2課のイケメン君と好い仲だとか……」
「わー! そんなんじゃないですよ! カー君とはあくまで友達ですって!」
「へへへ……、じゃあそういう事にしときますか。んであの件とは?」
「もう……。結構有名じゃないですか、1月11日に起きた顕在能力管理局の件」
「ああ、一夜にして壊滅的な有様になっていたとかなんとか」
「ええ、誰の目にも届かず、物音一つ発さず、被害も物的な物だけ、犯行グループは何が目的だったのでしょう……」
「そりゃあ……データとかですかね?」
顕在能力管理局、人々に備わった能力は個人情報であり、それを保護する施設が必要なのだ。顕在者が複数人常駐した現代の要塞であり、それらを相手に完全犯罪を成し遂げるのは個人では不可能である。現場証拠からも複数種類の能力が使用された痕跡があったそうだ。
「データを手に入れるためにそこまでしますかね……?」
「そりゃ犯罪組織からすれば、強力な顕在者は喉から手が出るほど欲しいでしょう、洗脳能力とかあるかもしれませんし」
「そんな……!」
「ま、それくらいは上も分かってるでしょうが……、個人的には、それが目的だとは思えませんがねぇ」
「……? どうしてです?」
「
2課の課長殿は疑問符を浮かべた顔から一転し納得した風の顔になった直後、また疑問を浮かべた顔に戻る。コロコロと変わる百面相は彼女の魅力の一つだろう。
「じゃあ、やはりなぜ……?」
「どうなんでしょうねぇ……」
人探し、とかですかねぇ。
▽ ▽ ▽
「……到着ですね、それじゃ、お気を付けて」
「はい、届けてくださりありがとうございます、行ってきます!」
駆け足で現場へ急行する後ろ姿を眺め、若いなぁなんて思ってしまう。そりゃ一昔前なら高校生ぐらいの年齢なのだから若いのは当たり前だが……。あの子くらいの年齢からみたら俺ももうおっさんなのかもしれないなぁ。
「それじゃ、戻りますかね……あっ」
助手席にあの子の携帯が置いてある、忘れていったのか、そしてそれに気が付いていないのか戻ってくる気配はない。まぁ、後で合流できるからその時に渡せばいいか……。まずは
さて、彼女と若さトップタイである第3課の課長殿に連絡を入れようと連絡を試みるも、出ない。普通なら3コール以内に出る几帳面さを見せる彼女だが、出ない。珍しいこともあるものだが、急用でもあったのか。それならと、今から戻る旨をメールで送信する。『今から戻りますので出発の準備お願いします』と。
2課の課長が現場に要請されるというのは、もう捜査も大詰めである。能力が使えなくなった顕在者は第2課のいいオモチャであり、第3課に求められるのはタイムロスのない連行であり……さっさと来い、という事だ。
帰りは高速で良いだろう、行きは交通規制の関係で少し遠回りした方が早かったが、帰りは関係ない。少女が居なくなった車内は静まり返っており耳が寂しい、ラジオでも点けようか……。
『……りかえします、緊急ニュースです、日本全域で、原因不明の能力不調が生じています』
……なんだって?
▽ ▽ ▽
現代社会は顕在者で回っている、昔は大量の資金と人手で管理していた発電所や石油インフラなんてものは、今や数人の顕在者で賄えてしまう。そんな訳だから、能力不調とは正に最悪の天災であった。
飛び交う指令、喧々諤々の無線より得られた情報は我らが課長殿の失踪のみであり、得られた指令はしかるべき時まで待機せよとの一文だけだ。僅かでも共犯の可能性がある人間を現場に投入したくないし、
……課長は無事だろうか。
いや、超常現象が当たり前になった現代、催眠能力だとか、能力のコピーだとかなんてのもあるかもしれないし、単純に脅されているのかもしれない。上司とはいえまだ多感な少女だ、何かあっては心が痛む。ふと、彼女の私物が目に入った、心配する気持ちと好奇心とがないまぜになった欲求が顔を出す。
「さてさてと~?」
異常なのは我らが課長殿だ、こんな事態にこんな事を起こせそうな人間が不在であるとは、何かがあったに違いない。そこまでは皆わかっていることだ、それでも全く足取りが掴めないという事は、俺は俺にしかできない方法で探してみるしかないという事だ。なんて心の中で言い訳しつつ、ビジネスバッグからノートパソコンを取り出すと、前に見たPINコードを入力する。やっぱりパスワード式じゃないとセキュリティ面でダメだな。
直近の足取りを追うための操作だから、これは……うら若き乙女の私物を盗み見るチャンスなんて思ってないから……。整然としたフォルダ内を流し見ていく、カレンダーには特に予定はなく、ダウンロードやドキュメントといった怪しいものは……怪しいものは……20XX0111.exls? 表ファイルなのに数GBもある、いったい何のデータなのか、それに1月11日と言えば……
「人の私物を盗み見るとは、感心しないな」
真後ろから声がした。
▽ ▽ ▽
……?
「やぁ、目が覚めたかい?」
「……ええと、ここは……?」
気絶していたらしい。何が何だかわからないが、とりあえず今俺は手足を縛られた上ベットの上に転がされているみたいだ。少しいい香りが枕から匂う、これは課長の付けている香水に似ているが……。
課長は珍しく制服ではなくスーツのような服を着ていた。いや、あれは喪服か……? さして広くないが生活感のある部屋だ、きっと彼女の部屋なのだろう。よく見れば見知った小物がいくつかある。
「すまないね、多少手荒にしてしまって……すぐ終わるよ」
「あー、お気遣いなく……無事だったんですね、良かったです」
「……?」
一瞬の、キョトンとした顔。レアだな。すぐにねっとりとした笑みに上書きされた、課長のこんな表情初めて見たし、想像もしたことがなかった。まさか洗脳されているのか? 洗脳されている人間に洗脳されていることを尋ねても無駄だ。前提として彼女は普通じゃない状態にあると考えて言葉を選んだ方が良いだろう。
「心配してくれていたんだね、んふふ、この通り五体満足だよ」
「それは何よりですが……課長は、この騒動について何かご存じですか?」
「ああ、ああ……君、まだフォルダの中身は見ていなかったんだね?」
惜しいことをしたかな……いや、君も察してはいるんだろう? と。
「ご存じも何も、私がここ数日の能力不調や顕在能力管理局襲撃を引き起こした犯人さ」
当たって欲しくない予想だった。
▽ ▽ ▽
「キミは考えた事は無いか? 顕在者が尊ばれ非顕在者が軽んじられる世界は間違っている、と」
「キミは非顕在者として働くしかなかった、その間、顕在者は遊んで暮らしているだろうな。しかし、所詮顕在者は化け物でしかないんだ、そうだろ? その気になれば世界を滅ぼすことができると神様気取りだ、下賤な殺人鬼の癖に……」
「だけど、人々は顕在者に従うしかないんだ、首輪を嵌めることができないからね……でも、私にはできるんだ、私にしかできないんだ」
つらつらと何かと語っている。あの正義感とやさしさを持った課長とかけ離れすぎていて、課長の顔をした何かが喋っているようにしか思えなかった。明らかに尋常じゃない。
「私はあの時決心したんだよ、私のお父様を死に至らしめた能力元年のあの日に、顕在者全員に復讐してやろうとね。あの偉大なお父様があんな汚らわしい物のために死んだなんて、あんまりじゃないか、そうだろう?」
過去というものはここまで追い縋ってくるものなのか。
「そ、れは……」
「それが私の顕在者嫌いの原因なのはキミもよく知っているだろう? もしかして、聞いたことはないのかい? 私に遠慮して、その話を陰でもしたことがないのかい? 本当にかわいいね……」
ゾクリと、その笑みだ。獲物を前にした捕食者のような笑み、本当にあの少女なのか、本当にあの課長なのか?
「ああぁ、待ち遠しい、この復讐を為してからの人生が待ち遠しくてたまらないよ……じゃあ、やることがあるから、また、ね?」
ふっと、消えた。テレポートした、のか……? もちろん、彼女の能力ではないはずだ、だって彼女は『相手の能力を封印する能力』の顕在者なのだから……。
本当にそうか?
結果的に相手の能力が使えなくなっているだけで、本当は……能力を奪う能力者なんじゃ、ないか……? だとすればわざわざ
助けを、呼ばなくては……。
なぜか、俺の携帯電話はテーブルの上に放置されていた。その横には叩き割られたような携帯がある、2課の子の物だ。なぜ片方しか壊れていないかはわからないが、俺の携帯は無事なように見える、罠かもしれないが、あれで誰かに知らせるしかない。俺は身をよじりながらベットの上から這い出ようとして……ベットの上に寝転がっていた……?
……!?
ベットの上から這い出ようとした、ベットの上から出ようと頭では思っていて、体は動かない。
手を握りシーツを掴む、うなづく、これはできる。叫ぶ、壁を叩く、暴れる、これはできない。
いや、やろうと思った瞬間に力が抜けてできなくなる。これは……これは……?
これは、何が起こっているんだ……?
何かを思い至れない、ベットから出れない理由が何なのか、何なのか……?
整理しよう、おそらく課長は複数の能力を使うことができて、俺がこのベットから出られないのはなんらかの能力で、その能力は……? 思考から行動に至るまでを邪魔出来て、特定の何かをさせない能力は? 念動力じゃなくて、物理的な拘束能力でもなくて、おそらく思考に作用する……?
いったい何が起きているんだ……?
何かに至れない絶望感、ベットの外があまりにも遠い。部屋の中で自分の鼓動だけが聞こえる。
『ちゃん、ちゃんちゃらちゃんちゃんちゃん♪』
軽薄なメロディーが静寂の中で鳴り響いた。
電話の着信音だ、俺の携帯が鳴っている。出なくては、でもどうやって……? 1コールがやけに長く聞こえる。もがけもせず、ただ携帯を見るしかできない。
……いや、できる、そうだ、できるぞ!
「Hey、電話、応答」
最新機種に追加された音声認識での応答だ。機械音痴の課長は知らないだろうし、俺も今思い出した。技術力に万歳!
ガチャッ ツー ツー ……
『もしもし!? 無事ですか!?』
ああ、2課の課長ちゃんだ、心配して電話を掛けてくれたようだ、とても嬉しい。希望が湧いてくるのを実感した!
「ああ、もしもし? どうかしたの?」
しかしこの口は、なんてことを言うんだ。
『大丈夫ですか? 急に失踪して連絡もつかないから、何かあったんじゃないかと……』
千載一遇のチャンスなんだ、どうにかして異常を知らせなきゃ。
「ああ、ちょっとね……こっちは大丈夫だよ」
くそ! 意図に反して……!
『……いまどこに居るんですか?』
いや、意図に反するなら、教本では……。
「言えない」
そうだ、意図に反してしまう場合は、兎に角言えないと言うべきとあったはずだ。
『何かあったんですね?』
「言えない」
『あなたは今危険な状況にありますか?』
「そうじゃない」
『あなたの状況は一連の事件と関係がありますね?』
「言えない」
『……真犯人は、3課の課長ですか?』
「……言えない」
言えた、言えないと言えた! やった、やったぞ!
『……今の現状をお伝えします。現在、世界各国の顕在者情報が奪われ、全世界で能力不調が発生しています』
「それは……ひどい惨状だね」
『ええ、各国は実質的な機能不全に陥り、残存する電力でなんとか治安を維持していますが、それも遠くないでしょう……』
「どうすればいい……?」
『……どうしても、能力で彼女を指定できません……、なにか、確かな手掛かりさえあれば……!』
天啓さんは、電話越しに話しただけでは力を貸してくれないようだ。
やろうと思えばできるはずだ。能力を使えば、この部屋と置かれている状況を見せれば、俺の発言に信頼性が持てるはずだ。話は簡単だ、見せてやれば良い、電話だけでは足りないというなら、この目に映る証拠を見せ付けてやればいい。
……やれば俺はどうなる?
ティロン と音が鳴った。通話が切れる音だ。
顔を上げたら、目が合った。顔は笑っていても目はこちらを凝視している。
パキリ、と音が、彼女の握りしめた携帯から鳴る。
「うふふ、楽しそうにおしゃべりしてるね? そんなに魅力的なのかい? 私から言わせてもらえば、彼女はキミに釣り合っていないように見えるけどね? あんなはしたない……。 わざわざ公衆電話からかけてくるなんて、ストーカーなのかな? キモチワルイ……」
「なにを」
「ん?」
「なにを、するつもりなんだ……?」
笑みが咲く。
「ああ、すべての顕在者から能力を奪ったら、キミと私で理想郷を作ろうと思うんだ」
……は?
「私は、さっき確信したが……やはり、キミが私以外と接触することに我慢がならないらしい。キミ以外の人間をキミに作り替えようか、別に人類の滅亡が目的じゃないからね……」
は?
「ああ、でも、同じ数だけ私を作ってあげないと駄目かな? 私は私以外の私を許容できるかな……? まぁ、能力が無ければ歯向かえはしないか」
神気取りとは誰の言葉だったか。いや、実際それができるのだろう、神の如き御業を宿した人は、人と呼べるのか。
「俺は……、君に愛されるに値する男じゃないよ」
「んふ、キミはいつも卑屈だね、何に怯えているのかな……。そもそも、最初に手を差し伸べたのはキミじゃないか」
「そんなことは……」
「キミ、お人よしが過ぎるぞ」
冷めた、醒めた、褪めた目。
「キミだけだったんだ、お父様の遺産目当てでも、私の躰目当てでも、自分の偽善を満たすためでもなく、私のために人生を割いてくれたのは」
そういえば、初めて出会ったときは笑わない子だったな、この子は。
「なぜ、私が好きになった人が、世界で認められない? 本人はこんなに正しく生きているのに、なぜ? 私は、間違った世界は正さねばならないと思う。能力で差がつく世界なんて、壊してしまった方が良いだろう? その報酬に、ちょっとだけ世界を都合よく改変するだけさ」
「それは、間違ってる……」
「怖いのかい? 変わってしまえば案外慣れる物だよ」
今は、三日月のように口角が上がっている、嗜虐的な笑みだ。
首筋に手が添えられる。脈を確かめるような、ひどくねっとりとした手つきで撫でられる。
「きっとオリジナルのキミにも満足してもらえると思うよ、楽しみだなぁ……」
恍惚とした視線、オリジナルとは……嫌な想像をしてしまう。
「でも、ごめんね、
また、消えた。嵐が過ぎ去ったような、あまりの情報量に現実が薄っぺらく感じてしまう。
どうすれば、どうすれば良い? 彼女は完全に暴走して正気ではない、このままでは世界の半分が俺になってしまうそうだ、地獄か? 止める方法はただ一つ、2課の課長の能力で彼女を無力化する事だ。
だが、それをするには、俺の能力を使うしか無いだろう。
彼女の激憤を見ただろう? 死ぬつもりか?
しかし、このままでも幽閉されて、死ぬのと変わらないような一生を送ることになるだろう。死んだような一生が確定するのと、死ぬのだったらどっちが重いだろうか?
死にたいわけでは無い、しかし、罪悪感と秘密しかない生を続けたい訳でも……。しかし、俺の人生をここまで滅茶苦茶にした世界が滅んでも良い。いや、俺と目の前の彼女の人生はこの事件が円滑に終わろうと終わらなかろうと、ある意味もう終わりなのだ。重すぎる罪に値する罰を清算するには、どうにも人間の持ち物は少なすぎる。
どっちにしろ後悔があり、どっちにしろ終わってしまうのなら、俺は……。
俺は、どうにも、その次が、怖くて……。
やらないと絶対に後悔する選択をし続けてきた。だが、人というものは土壇場で変わるようなものではない。それができるなら、とっくに過去と向き合っている……。また何もできないのかという後悔が頭を巡る。
あの失敗さえなければ、今頃違う人生を歩んでいたのだろうか。
そのような取り返しのつかない事をあの子がしてしまうのを見過ごすのか。
それは……駄目だろ。
「能力……発動!」
トラウマにすらなった能力が顕現する感覚、数年ぶりの接続感に、能力が無事使えている事を確信した。目に映すのはテーブルの上にある
急に、能力が使えなくなった。ああ、奪われるとはこういう感覚なのか。
目の前に、居た。
「フフフ……アッハハハハハハハ!」
幽鬼
「アナタを探していたわぁ、ずっとずっとずっとずっと、この世にある全ての苦痛を味合わせてあげたいとずっと夢に見ていた……よりによってキミが!」
見えない手で壁に叩きつけられる、握りつぶすかのような握力で喉を絞められる。
血走った目と目が合う。
「もう、何も、遠慮は要らないって事で良いかな? 良いよね? キミが忌々しいその能力を持っていることも許せないけど、それ以上に、その能力を使ってまで私を拒んだ事が許せないッ! 間違っているよねぇ? やっぱり能力は人に間違った選択をさせる毒なんだ。アハ、ハハハハハ! ごめんね、気づいてあげられなくて……すぐにキミを正しくさせてあげるからね……♡」
眼球と眼球が触れそうなほどに近づく。彼女の目から光が漏れて、脳みそに何かが焼き付いていく。何かが上書きされていく。
『キミは私を愛している』
『キミの洗脳は生涯解けない』
『キミが欲しいものは私以外無くなる』
『キミは能力や顕在者の存在を思い出せない』
『キミは私に隠し事はできない』
『キミは私を嫌わない』
『キミは私を疑わない』
『キミは私を裏切らない』
『キミは私が第一』
『キミは私がいないと死ぬ』
『キミは私がいないと何もできない』
『キミは私を愛している』
『キミは私を愛している』
『キミは私を愛している』
『キミは私を愛している』
『キミは私を愛している』
脳に詰め込まれる命令が頭蓋の内側を書き換えていく『キミは私を愛している』彼女の事しか考えられなくなる『キミは私を愛している』自己アイデンティティが崩壊し彼女の愛玩人形として鋳造される『キミは私を愛している』目の前の少女は誰だ『キミは私を愛している』愛おしくてたまらない『キミは私を愛している』眺めているだけで全身が幸福感に満ちる『キミは私を愛している』触れてもいないのに射『キミは私を愛している』していた。
『私はキミを……』
ふいに、キミのかいぞうがやんだ。
「そこまでです! 能力不正使用の現行犯で、貴方を逮捕します!」
「……どこまでも忌々しい……ッ……」
くりいろのかみのしょうじょだ。
よくわからないが、かのじょがふかいに思っているなら、たおさなきゃ。
-キミは私がいないと何もできない-
たち上がることすらできない体におどろく。
「なぜ、なぜお前の能力は奪えない!? なぜ、お前は私の邪魔をする、なぜカレにつきまとう……この、お前さえいなければ……!」
もう、かてない、しんにゅうしゃのうしろにたくさんの人がみえた。
「課長、俺の能力が戻りました!」
「俺も、いつでも使えます!」
「きっと全世界で能力が戻ってますよ、やりましたね!」
「そんな、何かの間違いよ、そんな……」
「もう、諦めてください、大人しく連行されていただきます!」
ふいに、かのじょがうしろむきにとんだ。ぼくの上にちゃくちする。
「なっ……!」
「キミだけは、キミだけは……」
「大人しくしろ!」
人のうちの1人がなにかをかまえたので、とっさにかのじょをだきしめた。
ふるえている……。
のどにげきつう。ぶつり、と、おとがした。
「確保、確保ーーーーー!!!」
あかい何かをそしゃくするかのじょの顔はなによりも美しく、どよめきがとおくにきこえた。
▽ ▽ ▽
「ええと、ここは何処なのでしょうか……?」
目が覚めると、白い部屋だった。
きっと病室だろう。キミが横に……? いや、俺が横になっていたのはベットで、その脇には栗色の髪を持った少女が居たのだから。
「……よかった、本当に良かった……喋れている、考えられている、ああ神様……」
泣き出してしまった。何か心配をかけてしまったのだろう。どうにも前後の記憶が思い出せないからよくわからないが……、俺は交通事故か何かにでも遭ってしまったのだろうか?
それにしても、何か……何か……。
「あの、つかぬ事を伺うのですが、何か…誰か、貴女の他に来ていないでしょうか? どうにも思い出せないのですが、誰か足りないような……」
栗色の髪の少女は、泣きながら、微笑んだ。
いや、目は悲しみの色に染まっていて、顔だけが微笑んでいた。
「今すぐには会えません、今後も会えないかもしれません、忘れた方がいいかもしれません……しかし、いつか会えるかもしれません。きっと、いつか……」
「……? そうですか……?」
言っていることはよくわからなかったが、なぜか心が軽くなった。
▽ ▽ ▽
『よってこの最大規模の能力悪用事件により各国は更なる特殊顕在者との対応を……』
そうだ、顕在者だ。この世界では顕在者と呼ばれる人達が特殊な能力を使って豊かにしている……らしい。どうにもなぜか、能力だとか顕在者とかに関する事が覚えづらいのだけど、そうである事は知っている……つもりだ。
俺にも能力はあるらしいけど、どんな能力なのかがイマイチ思い出せない。そんな人たちは非顕在者として扱われるそうだ。ただ、だからといって何か差別とかがある訳ではなく、飢えないだけの食事や自由は与えられている。というか能力で水も食べ物もインフラや医療すらもどうにかなってしまうので、特に補助なしでもある程度生きていけるようなのだ。俺の怪我も酷いものだったらしいが、跡形もなく完治している。原形さえ残っていれば大抵治るらしい。
それでも俺は、縁あって警察をさせてもらっている。なにも能力が使えないけど、ただ毎日を何もせずに過ごすよりかは拾ってもらった恩を返したいと思って、超能力犯罪対応第2課という部署に所属している。
『また、この凶悪犯を逮捕するうえで活躍した能力元年の彼ですが、未だに警察は身元を黙秘、我々の世界を救った英雄の顔を公開すべきではという意見も……』
テレビを消した、もうこのチャンネルは見ないかなぁ、なんて思う。なぜか分からないが、世間を騒がせている事件の犯人を悪く言う言説は、到底受け入れられなかった。
「そうだ、手紙でも書こうかな」
どうにも覚えていないが、私が記憶を無くす前に親しかった人が居たらしい。今の上司(栗色の彼女は若くして警部補なんだそうだ)が手紙を届けてくれるそうなので、定期的に書いている。
どうにも思い出せない相手に対しての手紙なので、とりとめのない日記のような内容になってしまっているが……。というか、そもそも相手は日本人なのだろうか? 返信が返ってきた事が無いので、それすらも分からない。
ただ、生きる上で何か大事な勤めのような気がして、俺は俺の見た物を書き記している。
きっとどこかで、俺の見た物とその感想を共有してくれていると信じて、書き続けている。
たとえ能力が人間に過ぎた物だとしても、私のやり方は間違っていたのだろう。私には許される道理なんてないが、今少しでもキミの温もりを見させてもらっても良いのだろうか。抜けきらない洗脳により作られた虚像だったとしても、この温かみが届く間だけは……。