天龍ちゃんが強くて何が悪い

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隻眼の鬼神

「なあ、天龍」

「なんだよ」

「一つ、頼まれてくれないか?」

「てめえの言う事なんざ、はなからお見通しだ。……口に出すんじゃねえよ」

「……すまない」

「いいさ。俺だって、せめてそれぐらいの事はしてやりたい」

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

廃墟同然と言える程に荒れた建屋の地下壕、轟音とそれに伴う震動が決して広くはない空間を揺らす。

 

「資材の積み込みと避難民の誘導急いで!」

 

広い外海に面した海とは違う、地下壕に直結した狭い湾内に隠された港に停泊した病院船に、食糧と医薬品を始めとした資材が次々と休み無く積み込まれ、それと共に怪我人や避難民が乗り込んでいく。

 

「提督、資材の積み込みと避難民の誘導、間もなく終わります!」

「能代、貴女も行きなさい」

「しかし!」

「焦らないで。まだ、余裕はあるわ」

 

提督と呼ばれた女が軽巡洋艦娘の能代に、病院船へ行くよう指示を出す。

長く続く深海棲艦との戦いは佳境へと至った。

もうすぐ終わる。終わって故郷へ帰れる。

そう思っていた矢先、彼女が指揮する前線基地に深海棲艦の一斉攻撃が始まった。

 

予測していなかった訳ではなかった。しかし、油断があったというのも事実だ。

だが、これはそれでもおかしいと思えた。

この戦況はまるで、最初からこうするつもりで作戦を立てていたとしか思えない。

そんな馬鹿げた事を考えてしまう程度には、彼女は追い詰められ、現実から逃げていた。

 

現実は更に残酷だと言うのに。

 

「提督、偵察からの報告だ」

「……どうだった?」

「どうもこうもねぇよ。本部側の警戒網から抜けて来てやがった」

「……やっぱり、そう、なのね……」

 

提督は代々続く軍人家系の一人娘だ。

優秀で誰からも尊敬される軍人だった父の背中を見て育ち、何時しか自分も同じ様になりたいと願う様になった。

彼女の目標の妨げとなるものは山程あった。

性別、出身、血筋、才能、元になるものは数少ないが、それらを元にした妬み嫉みは見上げる程に味わった。

そして、軍人として一人立ちし目標に近付いた時、〝彼女〟に出会った。

 

否、正しくは再会した。

〝彼女〟、天龍は提督が生まれる前から父に付き従ってきた歴戦の古強者、父が死ぬ際の遺言により提督に仕える事になった。

大戦当初からの数少ない生き残り、それが天龍だ。

 

「天龍、どうしてかな……」

「……俺はどうにも言えねぇよ」

「だよね。軍内派閥だかなんだか知らないけど、一般民衆は関係無いのに……」

 

提督が呟いた時、地下壕を揺らす轟音と衝撃が轟いた。

爆発が近くなってきた。

恐らく、この地下壕も感付かれる頃合いだ。

早く、避難を進めねばならない。

 

「そうか、解った。提督、悪い報せだ。病院船の脱出ルート確保に失敗した」

「部隊は?」

「全滅、いよいよもってどん詰まりだな」

 

通信を受けた天龍は笑うが、笑っているのは声だけで顔や雰囲気には喜色は無い。

天龍は古強者、新人の指導も天龍の役目だ。

全滅した部隊は、天龍が最後に指導した者達で構成されていた。

 

「天龍、私は」

「情けねぇ声出してんじゃねぇぞ」

 

天龍が提督の癖の強い髪を乱暴に撫で、歯を見せ笑う。

提督は理解していた。

 

「補給を。俺が出る」

「天龍、今出たら……」

 

合流出来ない。天龍だって解っている筈だ。しかし、このタイミングでそれを言うという事は、〝そういう事〟なのだ。

 

「構わねぇよ。俺はお前と違って、もう人間じゃねぇけどよ」

 

〝あいつ〟が言ってたんだ。

 

「〝人の生は何を成したかで決まる〟。だからよ、今から俺の成す事が、俺の生だ」

 

天龍は笑った。眩しさすら覚える笑顔、提督は唇を噛み締め、一度だけ俯いてから、天龍を強く見た。

 

「軽巡洋艦天龍、〝最期〟の指令だ。避難船団脱出ルートと時間を確保せよ」

「ああ、往ってくる」

 

天龍は軽く手を振り、自分の艤装があるハンガーへと歩いて行った。

軽い、何もかも吹っ切れたかの如く軽い足取り。提督はそれを見送り、目許を強く拭った。

 

「……生きてっ……!」

 

後に続く言葉は出ずに、提督は天龍によく似た〝金の瞳〟に意思を込めて、病院船へと向かった。

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

「まさかな」

 

天龍は艤装を身に付けながら、先程の提督の様子を思い出す。

 

「血は争えねぇか。まさか、〝あいつ〟に似てくるとはなぁ……」

 

くつくつと笑いが治まらない。長く生きて、気付けば自分の同期は殆んど居なくなった。

姉妹艦も、自分を遺して逝った。

 

「ホント、事実は小説よりも奇なりだよなぁ」

 

天龍は左腕を回し、艤装の具合を確認していく。

彼女本来の艤装は既に大破し、その姿を失っている。残ったのは愛刀のみ、後は全て作り替えた。

 

砲は重巡洋艦古鷹の艤装を参考に、防盾と装甲を組み合わせ、連装砲と主砲を搭載したものを左腕に、右腕も艦娘用の強化合金製の錨鎖(びょうさ)を仕込んだ装甲で覆った。

今の自分の姿を見たら、〝あいつ〟はなんと言うだろうか。

 

「今は過ぎた事、か」

 

今思えば、本当に録な人生じゃなかった。

食いっぱぐれの無い軍に入り、死ぬまで無駄飯食らいで居られると思ったら、深海棲艦とかいう訳の分からん連中と戦争になって、適性があるだかなんだかで艦娘にさせられて、死に物狂いで戦った。

 

「過ぎた事でも、ないか……」

 

〝あいつ〟に出会って、少しはマシな人生になった。

嗚呼、本当に少しマシで録でもない人生だった。

最低の……

 

「まともな事、何一つしてやれなかったなぁ……」

 

最後に誰にも聞こえない呟きを残して、大海へと天龍は駆けた。

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

もし、その姫級が意思というものを持っていたとしたら、それは恐怖だろう。

〝それ〟は突如として海中から飛び出し、即座の動きで戦艦級の首を斬り飛ばした。

 

「戦艦級まで来てやがるか。足の遅い避難船団には脅威だな」

 

天龍は、背後から不意打ち気味に放たれた砲撃を僅かに身をずらして避け、右腕から錨鎖を打ち出し海面に露出した岩礁へ打ち込む。

そこで、不意打ちから回復した敵艦隊が、天龍目掛けて砲撃を開始する。

 

「ははっ……!」

 

打ち込んだ錨を巻き取り、天龍は高速を保ったまま砲撃の雨を駆け抜け、小島の影へと身を隠す。

 

「教本通り、良い砲撃だ」

 

砲撃の雨を小島で凌ぎつつ、天龍は次の獲物へと狙いを定める。

電探から送られてくる情報と視覚情報を擦り合わせ、砲撃の雨が止むのを待つ。

教本通りの制圧砲撃、深海棲艦にも教本が存在するのか。緊張からか、関係無い事が思い浮かぶ。

だが、天龍には関係ある。教本通りの制圧砲撃という事は、砲撃間の密度が高いという事。

即ち、水煙が晴れるまで此方を視覚で確認出来ないという事だ。

 

「次……!」

 

砲撃の切れ間を突き、天龍は水煙の中を疾駆する。

電探が、獲物の前に盾役が居ると報せてくる。笑みを深くし、左腕を前へ突き出して連装砲と主砲を撃つ。自分の位置を報せてしまうが、狙撃役の戦艦級を斬るには、盾役を逸早く撃破しなければならない。

 

「二つ……!」

 

盾役を撃破し、未だ此方を捉えていない戦艦級へ肉薄する。

水煙が薄くなり、他に気付かれた。横から砲撃が飛んでくる。

 

「仲間意識は無し。今は正しい判断だな!」

 

味方からの砲撃を受けて、大破した戦艦級の首を落とし、左腕の防盾で防ぐ。

高速徹甲弾が構えた防盾と装甲を激しく叩き、体が軋みをあげる。

盾を斜めに構えていなければ、天龍は蜂の巣になっていただろう。

 

「まだだぜ……!」

 

体から力が抜ける。残った右目を動かす。

左の脇腹が赤く染まっていた。どうやら、装甲の薄い部分を抜かれたのだろう。長くは保たない。

 

「わりぃな。俺は死に場所を見つけたぜ……!」

 

天龍は左腕艤装から主砲をパージし、連装砲を海面に撃ち込み、再度水煙に身を隠す。

残るは戦艦級が一つと、姫級が一つ。

ただの軽巡洋艦娘にしては、とんでもない大戦果だ。

 

「おらぁ!」

 

水煙の中を一気に駆けた天龍は、姫級の主砲に錨鎖を打ち込み反撃を阻止すると同時に、加速を込めた体当たりで姫級の体勢を崩す。

 

『……!』

 

姫級が急ぎ体勢を立て直し、反撃の砲撃を撃つが、そこに天龍は居ない。

 

『……!!?』

 

戦艦級の肩に乗り、愛刀を逆手に、戦艦級の頭に突き刺し二度三度左右に押し開く。

蒼い返り血が跳ね、天龍の頬を汚す。

 

「怯えろ」

 

疲弊、戦闘、被弾、蒼く染まった海に、白い息を吐き、隻眼の金瞳が後ずさる姫級を再度捉える。

 

「竦め」

 

何処か遠くで、船の汽笛が幾つにも重なった。

蒼い海に赤が混じる。

 

「己の力を生かせず、役目も果たせず、死んでいけ……!」

 

恐怖からか、目を見開いた姫級が砲を撃つ。

笑った天龍が身を沈めて駆ける。

砲弾が交差する。

天龍の艤装を砲弾が穿ち、左肘から先を消し飛ばす。

天龍は止まらない。

残った艤装で砲撃を逸らす。

爆発、蒼に赤が混ざる。

 

「勝ったぞ……!」

 

天龍の叫びが聞こえ、姫級の首が蒼色を撒き散らしながら、赤く染まった海に沈んでいった。

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

汽笛が聞こえる。

遠くに幾つにも重なった汽笛が、天龍の右耳に微かに届く。

 

嗚呼、これは何時だったか。

懐かしい音だ。

指環を貰った、あの時も

命を授かった(奇跡が起きた)、この時も

汽笛の音が聞こえた。

 

そうだ。

何時だって、汽笛の音が聞こえた。

天龍は朧気に空を見上げた。

綺麗な、空だ。

 

あいつも、提督も、見ているだろうか。

碌でもない人生だったが、これで少しはマシな人生にはなった。

自分によく似た髪と金瞳を持った提督

彼女に、娘に、少しは、らしい事をしてやれただろうか。

無くなった左上半身を見ながら、まだ残る視界の中を、あるものを探して、視線を巡らせる。

 

「……悪いな。指環、無くしちまったよ」

 

天龍はそう小さく呟くと、誰かの肩に凭れる様に、静かに崩れ落ちた。

 



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