「おらぁ~起きろエイタ!」
ペチペチと頬を叩いて、しかめっ面にする。
今日は休日、しかも部活なし!
代わりに勉強しろってことなんだろうけど、ボクがこんなチャンス見逃すはずないのだ~。
……おめかしに頭を悩ませていたせいで、ちょっとクマってるけど大丈夫だよね? 隠せてるよね?
いつもの癖で、何度もエイタの部屋に突撃したい衝動を我慢しておしゃれしたから、早く外に出掛けて発散したい。
数日前から楽しみにしていた瞬間だから、早く起きて欲しくて、自然と平手に力がこもる。
「んだぁー! 起きるから叩くのヤメロ!」
「あ、もしかしてエイタも眠れなかった?」
「少しは眠れた……と思う。てか、休日くらい普通に起こしてくれ」
「なに言ってんの? こうしないといつまでたっても起きてくれないじゃん。そのうち"今日は休ませてくれ"っておじさんみたいなこと言い出すし。あ、それともなに? お目覚めのキスがないと目が覚めない?」
「もうわかった降参だ」
あ、折れた。
ま~幼馴染で長く一緒にいたら、嫌でも相手の動かしかたくらい身に付いちゃうよねぇ~。
はじめの方は気が進まなかったけど、グイグイ攻めれば余程のことがない限りエイタは受け入れてくれる。
自分から誰かと関わるのが下手っていうか、自分の気持ちを相手に伝えるのが苦手というか、誰かに振り回されるのを待っているというか。
でも、ボクはちゃんと知ってるよ? 昔に比べたらだいぶひねくれちゃったけど。
だけど、そんなエイタも私は……。
「その前にさぁー何かいうことあるんじゃない?」
「……おう、似合ってるぞ」
「そんな言わされましたな褒め言葉でボクが喜ぶと思う?」
「キレイ、素敵、かわいい」
「目ぇ〜見ていってよ目ぇ〜」
「……」
「あ、こら。なんとかいってよ!」
こっちのことなんかしらんぷりで、肩を掴まれ部屋の外に追い出される。
ボクが居座る気満々なのに気付いてたなぁ?
せっかく準備が遅れていることを理由に居座れると思ったのに。
"ケーチー"とドアに投げかけて、返事はドアを叩く音。
試しにドアノブに手をかけてみるが、しっかり鍵が掛かってた。
ちょっとは信用してよねーもぉー。
プリプリと壁にもたれかかって、いまかいまかとドアが開くのを待つ。
あまりにも静かすぎるので、度々ノックで様子を探って、ぶっきらぼうな返事で語尾がだんだん荒れていくのにおもわず口元を隠して手の中でクスクス笑う。
「終わったぞ」
「……ねぇ⤵なんでボクが選んだ服着てくれないのぉ⤴」
「いや……」
「お買い物するのにその服暗すぎ。団地のラジオ体操じゃないんだよ? 隣にいるボクの身にもなって」
「嫌だよ。なんか、気取ってる奴みたいで」
「エイタにはそれくらい堂々としてもらった方が丁度い──の」
「あー憂鬱だ」
「急がないと勉強する時間なくなっちゃうよ──」
「ぅあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
おばけのような恨めしい声。
あまりにもおかしなその声に、ボクは口元を押さえるので必死だった。
エイタはもう逃げ道がないことに気付いたのか、肩を落として部屋に戻っていった。
もうちょっと時間かかりそうだから、空き時間で今日の予定を思い出す。
朝早くに家を出て、バスと電車を乗り継いでアウトレットモールへ。
お店を片っ端から見て回って、夏物の服を買いたいな。
途中、お腹が空いたらどこかで軽くつまんで、お昼になったらずっと食べてみたかったあのお店へ。
エイタへばらないかな? 時間はた──ぷりあるから、どうせなら午後潰れてベンキョーデキナカッターでもいいし。
それはちょっと可愛そう? ボクはエイタとずっと一緒にいられるから、どっちみち大勝利なのだぁ~。
「はぁ、これでいいか?」
「ムムム────」
「まだなにか?」
「まいっか。ほらほら忘れ物ない? おばさんからもらったお金持った? 忘れてもボク奢ってあげないからね?」
「かーちゃんかよ……」
「歯磨いて洗顔して寝癖直しすっぽかさないでね?」
「言われなくても」
階段を下りて洗面台へ。
鏡の前に立つエイタを横から覗く。
ボクも最後、変なところがないかの確認だけしときたいなと、ちょいちょいっと髪型をいじって。そんなことをしている横で、エイタが動かないなと不思議に見てみる。
「外で待ってろ」
「ム──乙女心が分かってない!」
「うるさい近所迷惑だ」
「もし怒られたらエイタのせいだかんね!」
「理不尽……」
「早くしないとバス来ちゃうんですけどー」
「こんな朝早くに出る意味ね……」
「あ、そんなこというエイタきらぁーい」
フンと顔をそっぽに向けて。
なのに、こっちのことなんて気にしてませんよぉーな態度のエイタに、思わず背中に頭を突っ込んでしまう。
二回、三回と繰り返すと"なぁ"と頭上から声がかかり、乱れた髪を持ち上げた。
「それ外でやるなよ、子供ぽいぞ」
「う、うっさい」
──────
────────────
──────────────────────
「ほらほらー今度はさっきのお店戻るよー」
「これで何回目だよ……」
「しょうがないじゃん! あのお店の水着が一番気に入ったの!」
「その店入った時に買えって」
「他に良い水着があったかもしれないじゃん!」
「じゃあ寄り道するなよ……」
「エイタ歩き疲れたの?」
「こんな歩くか普通……」
「もー運動不足! 最近体動かしてる? そんなんで海行ったとき大丈夫なの? どうせなら部活入ったら? あ、なんなら剣道部入りなよ。ボクが手取り足取り教えちゃうぞ♡」
「余計なお世話だ」
「んじゃまだ行けるね? なんだったら少し持つけど」
「……」
ずんだドリンクを飲み干して、目的のお店に向かう。
荷物は二人で半分こしてるから、エイタだけが特別疲れるなんてことはないかもだけど。
単に体力の差が出ただけって考えたら、ボクが少し多めにもってあげた方がいいのかなって。
学生の範囲で収まる買い物の量だし、紙袋の中身は衣類ばっかだし、重い物持たせて連れ回してるなんてことはないかもだからもちょっと頑張ってほしいかな。
ベンチに座り込んだエイタを元気づけながら、予定よりちょっと遅いくらい? な時間で買い物を終え駅に向かう。
「お昼ちょっと過ぎかぁ───」
「やっと終わった……」
「あ、それデートの時は禁句ぅ」
「……」
「お店混んでるかなぁー」
「予約はしてないよな」
「んーいつ買い物終わるかわからなかったからねー」
「……なんの店だっけ?」
「ちょっと! 話聞いてなかったでしょ!」
「……悪い」
「パスタだよぉーパスタ。パスタの美味しいオシャレなお店ぇー」
「あぁ……」
反応の悪さに頭から突っ込みたくなるのをすんでで引っ込めた。
あ~あぶない。
つい昔からの癖で動くところだった。
もっとも、こんなことする意味ももうないんだけどね。
時間の流れというのは残酷だなぁーと大人ぶってみたけれど、寂しさが薄れることはない。
電車に乗って、つまらない話を交わして、近くて遠い二人の距離。
変わっていくものに目を閉じて、変わらないものにだけ目を向けて、思い出と現在を重ね合わせて懐かしくなっちゃったり?
お喋りも一区切りついて、ふっとやって来た静かな時間。
こんな瞬間も嫌いじゃない。
それでもエイタが気を利かせたのか、口をパクパクさせ、小さく呼びかけた。
「なぁ」
「?」
「賢いってなんだろう」
「どしたの? いきなり」
「いや……」
「前した質問の仕返し?」
「そういう訳じゃ……。単純に、ウチハの考えを聞きたいだけだ」
「ふーん……みんなと、一緒にいること、かな?」
「そうか……」
「えぇ───聞いといて反応それだけぇ〜?」
「は?」
「じゃエイタは違うの?」
「俺はまだ……ちょっとわからない」
「なにそれ?」
「だけど、うん。正しいと思うよ」
「正しいと思ってるのにわからないって……ちょっとおかしくない?」
「……例えば、鼻くそを食べれば病気にならないってのが正しいとして……それでも食うか?」
「ウゲェなにその例ぇ────」
「はは。本当、おかしいよな」
自分の口から出た言葉なのに、まるでひとごとのように笑うエイタに違和感を覚えた。
ボクに関心を向けてくれたことと、久し振りに見れた昔の表情に少し戸惑いながら、変化のワケを知りたくて"あのさぁ"と切り出す。
あっという間だった。
ボクが声をかけて一瞬で、またいつものつまらなそうな顔に変わる。
どことも知れない空間を見つめ、ここじゃないどこかへ笑いかけているように見えた。見えてしまった。
「どした?」
「え? ……いや、なんかさ。いいことあった?」
「ん? 別に」
「そ、そか」
「「……」」
「あ──。泳ぎの練習とかってさ、しておいた方がいいんじゃない? ほら、海いったとき、みんなに自慢できる」
「なんだよそれ」
「いやさ? エイタ体育の成績悪いじゃん? ちょっとでも泳げるようになれれば、内申も良くなるんじゃないかなぁーて」
「……気が向いたらな」
「あ゛─────……だめだ」
もう降参と、シャーペンをノート上に放り出す。
びっしりと書き連ねた文字列が、壮絶な戦いを物語っていた。
放課後の図書室、自習机での出来事。
外部から見れば俺は、勉学に行き詰まった苦学生。だが実際のところは……。
腕を組んで目をつむる。
ポーズだけだ。
現実は一向に変わらない。
どうして中間テストまで一週間も切っているというのに、ツキノキさんの課題に呑気に取り組んでいるのだろうか。
崇高な世捨て人を気取って何がしたいのか。
……俺が聞きたい。
言葉が上手くまとまらない。
頭に靄がかかったように見通しがつかない。
何かを掴んだと思ったら、次の瞬間には幻に消える。
思考は二転三転を繰り返し、元来た場所にとんぼ返り。
わかってるさ、すぐに答えが出ないことくらい。
これで即答を望むなら、悩んでくれたツキノキさんを見下すことになってしまう。
甘ったれるな軟弱者。
世界はお前の都合のいいように出来ちゃいない。
それでも……何かのきっかけを掴むためならば。
そう、たとえそれが大したことない一歩であっても、求めずにはいられない。
……いままで人に誇れるよう成果を、この手に掴んだことがないのだから。
今すぐに教材を出し、試験範囲の復習を迫られている筈なのに……全く意識が向かず。
カバンに手を伸ばすこともなく、両肘をついて、誰に願うわけでもなく祈りを込めた。
組んだ手に額を添え、上手くいかないイライラを鎮めるように目を閉じる。
……いかんな、今日はずっとこの調子だ。
座っていても埒が明かないと立ち上がり、本棚を見て回ることに。
これも形だけの行動。
古い紙とインクの匂い。脱色された表紙。折れ曲がり破かれ、いまにも壊れてしまいそうな書物。
本なんて、読書感想文で渋々最後まで読む程度。
親にプレゼントされた話題の書は、数ページいや最悪一ページもめくられずに学習机のスペース埋め。
本の良さなんて分かる筈もない。
そんな俺が、図書館の一スペースを占拠することで感じる罪悪感を、本を眺めることで誤魔化して。
ふと、目についた背表紙に指を掛ける。
『たのしい郷土料理』
何となく手に取ったその本は、いま自分が最も必要としている本。だったか?
……下らない。
本を押し込んで冊子の列に戻す。
室内を軽く回ってみたが、哲学の類いは見当たらなかった。
よくわからん物にスペースを割く余裕なんてないか。
今更だが当たり前だ。わかりきっていたことだ。
……となると残るは裏の倉庫。
カウンターの女生徒を見る。
名前は知らない。
同級生かも……分からない。
やめとこう。変なやつだと思われる。
やっぱりというか、当然というか、一人じゃ遅々として進まなかった。
才能なし。
成果ゼロ。
ただ虚しさの再生産。
いたたまれなさからスマホを取り出した。
『メツギさんは愚かじゃないよ』
『私が思う"賢さ"をメツギさんは既に持っている』
……じゃあ何で教えてくれないんですか。
『人から貰った答えと言うのは酷く空っぽだ』
……じゃあどうすればいいんですか。
『大丈夫、きっと見つかるから。きっと』
……なにを根拠に。
次々に追い越していく。
世界も、周囲も、家族も、そして自身の体でさえ。
遠い遠い、遥か彼方の光の中に溶けていく。
おいてかないでと、叫んじゃいけないの?
つまりこういう意味だった、だから相手は怒っていたんだ。この時はこう言えばよかった、こう返せばよかったんだなんて。
一人帰り道でその答えを知って、手遅れを知って。
大人にされた今その答えを知ったところで、一体なにが救われるんだ?