鏡の奥の向こう側   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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ナッシュ均衡

 

 

 

「エイタ〜? 朝だよ〜? 起きて〜?」

 

 休日、エイタが寝ている部屋。ボクはエイタを揺すって、エイタのことを起こそうとしていた。テスト期間で部活がないから、テスト期間中はエイタとずっと一緒にいられる。それがボクにはとっても嬉しくて。ついついボクは早起きしちゃって、ついついエイタを起こす時間も早くなってしまう。だけどエイタはなかなか起きないので。ボクはエイタの顔をつまんで遊んだり、エイタの耳元で〝朝だよ〜〟とささやいてみたり。ボクがエイタの耳元でささやくと、エイタはビックリしてベッドから飛び起きた。

 

「……おいウチハ。耳元で囁くのはヤメロ」

 

「おはよ〜エイタ。エイタは昔っから弱いもんね、耳」

 

「まだこんな時間か」

 

「せっかくのお休みの日なんだから、早起きしなくちゃ」

 

「しっかり寝ないと、そのせっかくのお休みも楽しめないだろ」

 

「そりゃあ、まぁ。そうだけどさぁ〜?」

 

 ボクはエイタに言い返せなくて、ションボリと落ち込む。せっかくのお休みで、剣道の部活がなくて。今日はエイタと一緒にお出掛けできるのに。やっぱりエイタは、ボクと一緒にいたくないのかな? ボクが一人で落ち込んでいると。エイタはベッドから抜け出して、ボサボサの頭を触った。

 

「目が覚めた。いまから寝ようとしても眠れそうにない。出掛ける時間まで、一緒に勉強するか」

 

「うん! わかった。それじゃあエイタ。ボクに勉強、教えてね?」

 

「あぁ。ハナからそのつもりだ」

 

 エイタの言葉に、ボクは勉強道具を取りに向かう。さっきまで落ち込んでいたことなど忘れて、ボクは急いで階段を駆け下りていった。

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 出掛ける時間まで勉強していたボクとエイタは、予定の時間通りに家を出た。ボク達はバス停でバスに乗って、駅まで向かって。電車を乗り継いで、近場では一番大きいアウトレットモールについた。夏物の服と水着のあるお店を片っ端から見て回って。買い物の途中、ボクはお腹が空いてしまったから。ずんだドリンクを飲んで、空腹を紛らわせて。ボクが気になった服や水着のお店を行ったり来たり。

 

「う〜ん。さっきのお店の水着の方が似合うかなぁ〜?」

 

「ウチハ。いい加減決めてくれ」

 

「エイタはどっちがいいと思う? さっきのお店の水着と、いまから行くお店の水着」

 

「……さっきの水着?」

 

「う〜ん」

 

 エイタはさっきのお店の水着の方が好きなんだ。でもさっきのお店の水着、ちょっと地味なんだよなぁ〜。エイタと一緒にプールとか、海とか行くだけだったらさっきの水着でもいいけれど。だけど、ボクはエイタとだけプールや海に行くわけじゃない。友達と海に行った時、ボクの水着だけ目立たないようにしないといけない。そうなっちゃうと。やっぱりボクとしては、いまからいくお店の水着の方がいい気がしてくる。エイタに〝どっちがいい? 〟って聞いておいて、全然参考にしないのはちょっとひどいかもしれないけど。よし、決めた。ボク、今から行くお店の水着を買う! 決定! 

 

「さっきのお店、戻るのか?」

 

「うんん。やっぱり、いまからいくお店にする」

 

「……」

 

「ご、ごめんって〜。お店回るのこれで最後だから。お店に着いたら、ちゃんと水着買うから。ね?」

 

「わかった。早く行くぞ」

 

「うん!」

 

 さっきのお店に着くと。ボクは迷わず、気になっていた水着を買った。無事にお目当ての水着を買ったボク達は駅へと急ぐ。これから向かうのは、おしゃれなパスタが有名な人気店。この時間帯だと、まだまだたくさんの人が並んでそう。でも、ずっと行ってみたかったお店だから。名物料理が売り切れちゃってても、たくさん並ぶことになっちゃっても。絶対に食べに行きたいな。〝どんなパスタ食べようかなぁ〜〟と、ボクは電車の中でルンルンしていると。隣に座っているエイタが、なんだか考え込んでいた。ボクは気になって、〝もしも〜し〟って。エイタの前で手を振ってみる。ボクに気づいたエイタが、ボクを見た。

 

「? ウチハ、どうかしたのか?」

 

「えっと、エイタがなんだか考え込んでたから。ボク、気になっちゃって」

 

「あぁ……」

 

「もしかして、ボクと出掛けるのつまらない?」

 

「そんなことない」

 

「それじゃあ、どうしてエイタは考え込んでたの?」

 

「……」

 

「あんまり、話したいくない感じ?」

 

「いや、そうじゃない。少しヘンなことを考えてただけだ」

 

「ヘンなことって?」

 

「ウチハが考える賢さって、なんだと思う?」

 

「へぇ? なにそれ? 賢さ?」

 

「あぁ」

 

「エイタはそんなこと知りたいの?」

 

「頼む」

 

「そういう〝賢さ〟とかって。ボクより賢いエイタの方が、よく知ってるんじゃない?」

 

「その〝賢さ〟が、俺はいまわからなくなってるからウチハに聞きたいんだ」

 

「考えすぎちゃって、わからなくなってるってこと? エイタたまに、そういうとこあるよね。そっか、わかった。ボクが考える賢いを、エイタに教えてあげちゃう!」

 

 元気に〝エイタに教えてあげる! 〟なんていっちゃったボクだけど。よく考えると、ボクも〝賢さ〟がなんなのか。いまいちよくわかってないことに気がついた。〝エイタみたいに、頭のいい人のことだよ! 〟って一瞬で思いついちゃうのは、絶対にエイタも気づいてるはずだし。チラリとエイタの顔を見ると、なんだかすっごい真剣にボクを見てる。エイタにこんな真剣な顔で見られたら、いまさら〝やっぱりわかんないや! 〟って言えないよね。〝ど、どうしよう〟ってボクが困っていると。ボクの頭に、〝ピコン! 〟と電気がつく。

 

「〝賢さ〟っていうのはね? みんなと一緒にいることだよ!」

 

「……そうか。そうだな」

 

「あ、あれ。ボク、なんかヘンなこと言っちゃった?」

 

「いや、ウチハの言ってることは正しいよ。何も間違ってない」

 

「そのわりには。なんだかエイタ、納得できないって顔してない?」

 

「正しいことと、納得できることは。一緒とは限らないんだ」

 

「? 正しいなら納得するしかないんじゃないの?」

 

「うん、うん。……ウチハはどこまでも正しいよ」

 

「???」

 

「ほら。この駅で降りて、パスタ食べに行くんだろ? 早くいくぞ」

 

「へ? あ、うん」

 

 エイタが駅に降りる準備をして、ボクも急いで降りる準備をする。エイタがボクを〝正しいよ〟と言った理由を聞けないまま。電車が駅で止まって。ボクとエイタは、一緒に駅を降りるのだった。

 

 

 

「あ゛─────……だめだ」

 

 もう降参と、俺はシャーペンを置く。ノートにびっしりと書き込まれた文字列が、壮絶な戦いを物語っていた。放課後の図書室。自習机での出来事。周りから見れば俺は、勉強に苦戦している生徒に見えるだろう。だが実際は、俺は勉強なんてしていなかった。ここのところずっと、俺は〝賢さ〟について考えているが。〝賢さ〟について考えれば考えるだけ、どんどん〝賢さ〟がわからなくなっていく。中間テストが目前まで迫ってきているのに。どうして俺は、テスト勉強ではなく〝賢さ〟を探しているのか。テスト勉強よりも、〝賢さ〟を探す方が大事なのだろうか。それにすら、俺はハッキリとした答えを出せなかった。

 考えても考えても、うまく言葉がまとまらない。まるでなんの目印もなしに、闇雲に地面を掘り返してるみたいだ。掘っても掘っても、土しか出てこない。〝俺は何をしているんだ〟と、自分で自分がイヤになってくる。わかってたさ。すぐに〝賢さ〟の答えなんて見つからないってことくらい。これでもしすぐに〝賢さ〟の答えを求めているのなら。真剣に悩んでくれたツキノキさんを軽視していることになってしまう。俺はいつからツキノキさんより賢くなった気でいるんだ? 甘ったれるな俺。世界は俺の都合のいいように出来ちゃいない。ツキノキさんが時間をかけて考えてくれたのなら。俺は最低でも、ツキノキさんの倍の時間は考えなくちゃいけない。もしツキノキさんの倍の時間〝賢さ〟について考えるなら。このテスト期間中には、絶対に〝賢さ〟は見つからない。

 俺の〝賢さ〟探しも大事だが。だからと言って、学校のテストを無視していいわけじゃない。むしろ母さんは。〝賢さなんてどうでもいいから、テストの勉強をしろ〟っていうんだろう。しかしいまの俺は、テスト勉強をする気になれなかった。〝賢さ〟についての手がかり一つ見つけられていないせいで、相当に落ち込んでしまっている。いまはもう、何も頑張りたくない。だけど、このまま椅子に座っていると。〝賢さ〟の手がかり一つ見つけられないことに、ますます落ち込んでしまいそう。なので俺は、自分の自習机から離れて。本棚を見て回って。俺の〝賢さ〟探しや、テスト勉強の参考になりそうな本を探してみることにした。

 古い紙の匂い。色褪せた本の表紙。くたくたになった本の背表紙。今までの人生。本なんて、自分から読もうとしたことはなかった。夏休みの読書感想文で、仕方なく本を読むと言った感じだ。そんな俺に、本の良さなんてわかるはずがない。なのに俺は本棚を眺めているだなんて。〝これじゃあ宝の持ち腐れだよな〟とぼんやりと考えていると。一つの本が俺の目に止まった。

 

『おいしい郷土料理』

 

 なんとなく目に留まったその本に、俺は手を伸ばす。本の中身をパラパラとめくって、すぐに本を棚に戻した。こんなことしてる場合じゃない。〝賢さ〟探しか、テスト勉強の参考になりそうな本を探さないと。図書館を一通り見て回るも。それらしい本は見当たらなかった。確か図書室の裏にも、本を保管してるんだったよな……。図書室の裏になら、もしかしたら目当ての本があるかもしれない。俺は受付をしていた生徒を見た。おそらく、当番の図書委員なのだろう。彼女に聞けば、〝賢さ〟探しか、テスト勉強の参考になる本があるかどうかがわかる。……彼女に聞くのはやめよう。いきなり〝賢さ〟がどうたら、勉強の参考になる本がうんたらなんて言われたら。絶対彼女に、〝ヘンなヤツ〟だって思われる。俺は大人しく、自分の自習机へと戻った。やっぱりというべきか。〝賢さ〟探しは、俺一人では全く進まない。テストの勉強も、〝賢さ〟が気になって集中できないでいた。俺はツキノキさんの言っていた言葉を思い出す。

 

『メツギさんは愚かじゃないよ』

 

『私が思う"賢さ"をメツギさんは既に持っている』

 

 ……じゃあ、どうしてツキノキさんは俺に教えてくれないんですか。

 

『人から貰った答えと言うのは酷く空っぽだ』

 

 ……じゃあ俺は、どうすればいいんですか。

 

『大丈夫。メツギさんは必ず、〝賢さ〟を見つけることができる』

 

 ツキノキさんは、一体何を根拠にそんなことを言ってるんですか。ツキノキさんは、俺には〝賢さ〟があると言ってくれたが。果たして本当に、俺に〝賢さ〟なんてあるのだろうか。

 

 

 

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