中間テストが終わって直ぐのテスト返し。いままでの頑張りが数字にされてしまうこの時間。頑張ってこなかった生徒は、地獄を見るハメになる。一年間の赤点をかいくぐってきた生徒達。中には、テストの結果に祈りを捧げている人までいる。テスト期間からテストが返されるまでの間は、もはやジェットコースターだ。テスト期間は部活がない、喜ぶ。テストが始まって全く解けない、落ち込む。テストが終わって早く帰れる、嬉しい。これが数日間つづき。テストが返ってくる、悲しみ。でも授業はテスト返しで潰れる、複雑。
義務教育ではない高校は容赦がない。高校の生徒達は、すでに大人の扱いを受け始める。大人の扱いとは、やることをやらないと容赦無く切られるということだ。なんて厳しい世界なのだろう。いやむしろ、義務教育が甘々で。この厳しさこそが、学校の本来の姿なのかもしれない。
「ねぇーテストどうだった?」
「もう最悪ー。予想より全然得点低かったー」
「私も〜! でもなんで、学年平均よりこのクラスの平均点は高いわけ? そのせいで、赤点のラインが上がっちゃってるんだけど」
「そりゃあどこかに空気読まずに勉強しちゃったヤツがいるからでしょ?」
「マジ信じられない」
「そこまでして良い成績が欲しいんだ」
「でもそう言う子って、良い成績を取ることしか取り柄がないんだからさ。あんまり悪く言っちゃうのも可哀想じゃない」
「えーやだー。ちょっとエミコ優しすぎー」
「エイタ。テストどうだった?」
「……んー」
「もしかして、あんまり良くなかった?」
「過去一テストの点が悪い」
「ま、まぁそんな日もあるって。エイタなら大丈夫だよ」
「いや。勉強をサボったんだから、テストの点が下がるのは当たり前だろ」
「エイタのそういう正直なところ、ボクは好きだよ?」
「それで? 肝心のウチハの方はどうなんだ?」
「セ、セーフッ」
「よかったな。赤点回避できて」
「エイタが勉強教えてくれたおかげだよ〜」
「俺はウチハにちょっと勉強を教えただけだ。テストの結果は、ウチハの力だよ」
「ううん。エイタは自分が思っている以上に、ボクのことを助けてくれてるんだよ? だから、エイタへの日頃の感謝を込めて。ありがとー」
授業終わりの休み時間。俺はウチハから、耳元で感謝を告げられていた。俺はいきなりのことに耳を塞いで、ウチハから離れる。そんな俺の姿に、ウチハはイタズラが成功した子供のような。無邪気な笑顔を浮かべた。しかし俺は、ウチハからの感謝を素直に素直に受け取ることができなかった。ウチハが感謝を告げるその裏で。子供染みていてバカげたやりとりが、平然と行われているからだ。わざわざ相手に聞こえるような大きな声で、コツツミさんをいじめている。しかし。この教室にいる誰もが、いじめている彼女達に声を上げない。まるで、コツツミさんをいじめているのを許しているかのように。周りの人達は、彼女らのいじめに沈黙している。ウチハは俺が怒っていることに気がついたのか〝大丈夫、大丈夫だから〟と俺の頭を撫でた。俺は撫でてくるウチハの手を払う。コツツミさんは、彼女らになんら悪いことをしていない。それなのに彼女らは、一方的にコツツミさんをいじめている。どう見ても悪いのは、一方的にいじめている彼女らの方だ。なのに誰も彼女らのことを〝悪い〟と言えずに止められないだなんて。そんなの絶対に間違ってる。そして、俺が一番頭に来るのが。これだけ〝間違ってる〟と思っていながら、何もできずに動けないでいる俺自身だ。コツツミさんを助けようとしないのは。結局、コツツミさんよりも自分の方が大事だからだろ。俺も彼女達のいじめを許している、周りの人達となんら変わらない。
「今日は、ボクのこと迎えにきてくれる?」
「……」
「わかった。先にエイタは家に帰ってて? あ、そうだ。今日はおばさんに頼んで唐揚げにしよっか。エイタの大好き味噌のやつ。おばさんに今から連絡したら、今日の夜ご飯に間に合うかな?」
「……」
情けなく突っ伏すことしかできない自分。どうすればいいか分からない自分。けれども、いじめを見なかったことにできない自分。俺だ。全部、おれだ。ガキで、子供で、幼くて。なんのために勉強するのか、なんのために生きているのか。これから先、俺は生きていけるのかわからなくてビクビク怯えて。まるで根を張っている大地が、徐々にカラカラに乾いて。俺と言う存在が、段々と萎れていくようだ。俺は、このままコツツミさんのいじめを見過ごしてていいのだろうか。俺は一体、どうすれば良いんだ。
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「いらっしゃい、メツギさん。……? どうかしたのかい?」
「あの、すみません。突然、ツキノキさんの家に押し掛けたりしてしまって」
「これは、何も理由を聞かない方がいいのかな?」
「……はい。お願いします」
「わかった。……ふふ」
「どうかしましたか?」
「いやね。メツギさんが私を頼ってくれるようになってくれて、嬉しくなってしまったんだ」
「そう言うものなんでしょうか」
「そういうもの~だよ~♪」
「……?」
ツキノキさんの声を不審に思って、俺は顔を上げる。そこには、頬を赤くして目をトロンとさせたツキノキさんが立っていた。〝ツキノキさん、お酒飲んじゃってる? 〟。俺が無理にツキノキさんの家に押しかけてしまったのを思い出して。〝突然押しかけるなんて、やっぱり失礼だったよな〟とツキノキさんに謝って、今度また違う日に。ちゃんとした約束ツキノキさんとしようと、俺は意を決したが。ツキノキさんはそのまま、〝上がっていいよ〜〟と一言告げると、部屋の奥へと引っ込んでしまった。俺は必死になってツキノキさんに呼びかけたが、ツキノキさんは戻ってきてくれない。玄関の扉は開いている。鍵は中からしか掛けることができない。このまま帰ってしまうと、ツキノキさんの家は誰でも入り放題。泥棒の格好の獲物だ。どうにかして、ツキノキさんの家に鍵を掛けないと。俺は、ツキノキさんの家に突然押しかけてしまった考えの浅さに反省をしながら。ツキノキさんの家の鍵を掛けるため、ツキノキさんの家にお邪魔するのだった。
俺は靴を脱いで、家の鍵を閉め。玄関へと上がる。いつもの甘い香りのする廊下を進んで、ツキノキさんの居る部屋へ。その部屋には、グツグツと沸騰した鍋と、プルタブの空いた三百五十mlの缶ビールが一本置かれていた。鍋の中には、肉やら野菜やら。何やら具材が浮かんでいる。俺は〝あれ? 〟と部屋中を見渡して、不思議に思った。〝ツキノキさんが酔ってしまうにしては、お酒の量が少なくないか? 〟と思ったからだ。
「鍋はいいね。とても簡単で」
「ツキノキさん。お酒入ってますよね?」
「ん?」
「何本飲んだんですか?」
「この一本だけだよ。まだ半分残ってる」
「もう飲まないでください」
「あとこれだけぇ……?」
「ツキノキさん。もうお酒飲んじゃダメですって」
「……メツギさんこれ飲んだぁ~?」
「俺、未成年ですよ」
「あれ~?」
ツキノキさんは、空っぽの缶を覗き込んだり。手の平にビールの中身を出そうとして、缶を振ったり。仕舞いには、手に流れ落ちたしずくを舌でなめとるなんてこともしていた。流石に見ていられないので、俺はツキノキさんから空き缶を取り上げた。〝あぁ〜〟と手を伸ばして残念そうにするツキノキさんに、俺はドキッとしながら。鍋のコンロの火を消して、ツキノキさんの背中をさすって座らせた。ツキノキさんが飲んだの、このビール一本だけなんだよな? だとしたら。ツキノキさん、お酒に弱すぎるだろ。
「今日は帰ります。ツキノキさん、玄関の鍵ちゃんと閉めてくださいね? 鍵、閉められますか?」
「メツギさんも食べていきなさい」
「いや、あの。ツキノキさん、俺の話聞こえてますか?」
「豚肉が特売だから。特売だったんだ」
「あーわかりました。それじゃあツキノキさんの家の鍵ってどこにありますか?」
「合鍵が欲しいだなんて。メツギさんもなかなか大胆だね?」
「……もうこの際なんでもいいです。鍵はどこですか」
「予備の鍵はたしか……少し時間をもらうよ?」
「えぇ待ちますよ。このままじゃ俺、帰れないんで」
『……』
「えぁ~。鍵はまた今度、メツギさんが来たときにでも」
「それじゃあ意味ないんですって……」
俺はツキノキさんの返事に、ガックシと項垂れた。酔った状態で俺を部屋に招き入れたりしていた時点で、なんとなく察してはいたが。ツキノキさんは、なんて防犯意識が低いのだろう。俺の前でツキノキさんが無防備になってくれるだなんて、なんだか嬉しい気持ちもあるが。それが他の誰かにも向かっているのかもしれないと考えると、とても喜べる状況じゃなかった。ツキノキさんには、しっかりと防犯意識を持ってもらうことにして。いずれにしても、酔っ払った状態のツキノキさんと会話なんてできるとは思えないので。ここは大人しく、鍵を探して出直そう。
酔ったツキノキさんの意識がハッキリしないとはいえ。女性の部屋を探す回るのだから、探し回る前にツキノキさんへ〝ツキノキさんの家の鍵、探しますからね? 〟と一言断りを入れた。ツキノキさんの反応が鈍いことに、俺はため息をついて。ツキノキさんの家の鍵探しを始めるのだった。
「人と仲良くなる方法。だったかな?」
「……やっぱり難しいですかね?」
「メツギさんが仲良くしたい子は、確か大人しい女の子なのだろう?」
「えぇ、はい。そうですけど」
「それなら、手を振ってみるといい」
「え?」
「〝お〜い〟って」
「手を振って仲良くなれるのなら、誰も苦労なんてしないのでは?」
「またまた〜」
「いやいや。あの、ツキノキさん? 手を振れば仲良くなれるってそれ、本気で言ってるんですか?」
「う〜ん」
「すみません。どっちかわからないです」
「〝お〜い〟メツギさ〜ん」
「……いや。突然手なんて振られたコツツミさんは、絶対反応してくれませんって」
手を振るツキノキさんに、俺も手を振り返す。俺とツキノキさんは、知り合いだからこうして手を振ることが出来るが。俺とコツツミさんは、なんの接点もない赤の他人だ。そんな赤の他人から手を振られて、コツツミさんが手を振り返してくれるはずがない。手を振ってコツツミさんと仲良くなれるだなんて、夢のまた夢だ。やっぱりツキノキさんは、酔っているのだろう。でなければ、こんなヘンな提案を俺にするはずがない。
俺は未だに手を振ってくるツキノキさんのことを軽くあしらいながら、目当ての鍵を探していく。めぼしい場所を探していると、ツキノキさんのバックから鍵を見つけた。これでツキノキさんの家にちゃんと鍵を掛けられて、安心して家に帰ることが出来る。俺は適当な紙に書き置きを残すと、床で眠っていまっているツキノキさんにブランケットを掛けた。ツキノキさんには聞こえてないかもしれないが。〝それじゃあ、帰りますね? 〟と一言だけ告げて、玄関へと向かった。
「メツギさん」
「? はい? どうかしましたか?」
「メツギさんの納得できる〝賢さ〟は見つかったかい?」
「……いいえ」
「それでいい」
「え?」
「簡単に答えが見つかってしまうようなら、それは大した問題ではなかったということ。一筋縄でいかないからこそ、メツギさんは悩む価値がある」
「ならせめて、ツキノキさんの考える〝賢い〟を俺に教え「zzz──」……駄目だこりゃ」
ツキノキさんのブランケットを掛け直して。外に出て、鍵を掛けて。鍵をポストに投函した。ふ──────。俺は深く息を吐いた。俺はいまだに〝賢さ〟の手がかりを掴めてすらいない。ツキノキさんが提案してきた、〝手を振って仲良くなる〟に至っては意味不明。だが、俺が悩んでいることを〝それでいい〟と認めてくれたツキノキさんの姿勢は新鮮だった。俺が本当の〝賢さ〟を見つけるには、まだまだ時間がかかりそうだ。太陽は沈みかけていた。家々からは、夕飯の匂いが漂ってくる。道ゆく人も、その匂いに連れて急いでいるように感じた。俺もまた、同じように料理を作り待ってくれているであろう。家族の元へと急ぐのだった。
〝手を振る〟だけで仲良くなれるだなんて、一見するとバカバカしい話だ。そんなことで人と仲良くなれるのなら、世界中の人間が手を振っているはずだ。しかし、だからと言って他にコツツミさんと仲良くできる案があるわけでもない。普通に会話して、普通に盛り上がった、普通に仲良くなれるなんてことも俺にはできない。正攻法でコツツミさんと仲良くしようとしたところで。いままでの経験から、失敗するのは目に見えている。なら、いっそのことこのバカバカしい方法を試してみることにしよう。もしかすると、ツキノキさんは俺が気がつかないような秘密を隠しているかもしれない。
朝の登校途中。折り畳み傘にはウチハと二人。いまの天気は小降り。だが天気予報では、午後から大雨に変わるそうだ。学校の昇降口の前。下駄箱の前に、コツツミさんはいた。手が震える。ただ手を振ればいいわけじゃない。ちゃんとコツツミさんに、俺が手を振っていることを気づいてもらう必要がある。俺は手を振る時期を見計らって、ジッとコツツミさんの背中を見つめた。そうこうしているうちに、コツツミさんは上履きに履き替え。教室に向かう背後に〝コツツミさん〟と声をかけた。コツツミさんと目があった。これ以上ない好機だ。コツツミさんへ手を振るなら、今しかない……。
俺は胸の前で軽く手を広げ、ゆっくりと左右に手を振った。俺はいまどんな表情をしているのか。動作はぎこちなくないか。相手にちゃんと、〝コツツミさんと仲良くしたい〟という意志は伝わっているのだろうか。悪いことばかりが頭の中を駆け巡った。その間にも俺は、コツツミさんへ手を振りつづける。離れていくコツツミさんの足音。取り残された俺。本当にツキノキさんを信じてよかったのだろうか。俺はコツツミさんに無視されてしまって、なんだか無性に悲しくなってしまった。