鏡の奥の向こう側   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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投機バブル 根拠なき熱狂

 

 

 

 深く、深く、潜り続ける。

 

 ただ答えを求めて身を沈める。

 

 答えを見付けたところで、何が変わるというのだろう。

 

 またいつものように、カラッポの成果を徒労感で詰めるのか。

 

 いつ晴れるかも分からない霧の中、ただ一筋の光を求め進みゆく。

 

 

 

 ひとりぼっちの孤独。

 

 居場所の知れない孤独。

 

 出口の見えない孤独。

 

 されど進み続ける。

 

 頼まれるべくもなく暗闇に溶ける。

 

 

 

 立ち向かっているのだと、戦っているのだと、力強く言い切れたのならどんなに誇らしいことだろう。

 

 実際は、実情は、真実は。

 

 ただただ、これしか選び取れなかったという現実だけ。

 

 初めて誰かに認めてもらえたその種子に、希望が芽吹きますようにと、祈りを捧げることしか出来ないという貧しさ。

 

 

 

 暗い、深い、底がない。

 

 常人ならとうに根を上げてる。

 

 そこにいる意味がないからだ。

 

 闇しか見えぬその空間に、何の意味も見出だせないからだ。

 

 振り返れば、きらびやかな世界があまた待っている。

 

 多くは背を向け、そこへ駆け出す。

 

 では行き場のない弱者は何処へ? 

 

 

 

 深く、深く、潜っていく。

 

 世界が狭いと笑う者、時間の無駄だと哀れる者、不幸の元凶だと怒る者。

 

 逃げるように下ってく。

 

 光は燦然と輝かなかった。

 

 向き合い続けた者にしか見えない手掛かり。

 

 僅かな違和感。

 

 踏み締め、ただ信じ、恐れて進む。

 

 

 

 幼い頃の記憶が。

 

 ソリがあわなくなった同級生が。

 

 声をかけられなかった図書委員が。

 

 コツツミさんに手を振ったことが。

 

 そして……ツキノキさんとの出会いが 。

 

 今までの経験が嵐のようにかき混ぜられていく。

 

 点と点が手を伸ばし、輪郭をかたどっていく。

 

 やがて……それは一つに集約した。

 

 

 

 手元で遊ばせたシャーペンを置き、フ────と一息つく。

 

 誰もいない放課後の教室。

 

 窓に近づくと、空を覆い尽くすように波々とした雲が晴れ間に浮かんでいた。

 

 どうやら天気予報は外れたらしい。

 

 

 

 ふと手元に視線をやると、ノートと擦れていた部分が黒く変色していることに気づいた。

 

 ジワリと達成感が湧き上がってくるがそれまでで、いままでの出来事と絡めて説明できるよう試みる。

 

 

 

 ……筋は通せる、けど。

 

 ちっぽけな自分から放り出された物体に自信が持てなかった。

 

 猛烈にツキノキさんへ連絡をとりたい衝動に駆られ、会いたいと打ち込んだ所ではたと止まる。

 

 

『大丈夫、きっと見つかるから。きっと』

 

 

 材料は揃っていた。

 

 ツキノキさんは俺の選択を信じ、見守ってくれている。

 

 それに……あまりツキノキさんにばかり頼ってもいられない。

 

 あんな優しい人が、いつまでも側にいてくれるとは限らないから。

 

 

 

 随分ツキノキさんが心に入り込み、侵食されている実感はある。

 

 ウチハの指摘した通りになったな……。

 

 それでも、未熟者でしかない俺が断言できることがただ一つあった。

 

 あの人だけだったということだ。

 

 生身の自分に、真正面から向き合ってくれたのは。

 

 

 

 体育館に近付くと、荒々しい掛け声が響き渡っていた。

 

 大会も近付き、練習に力が入るのも当然と言える。

 

 正面の入り口には男子生徒が複数人。

 

 しばらくするといつものように怒鳴り声が飛んでくると思うので避難しておく。

 

 

 

 体育館の裏に回って、小窓をそっと開ける。

 

 誰かの袴が見えた。

 

 よほど暑い時以外はちゃんと施錠されているはずだが、ウチハの裏切りによってこうして様子をうかがえるわけで。

 

 面をつけているので、パッと見ただけでは誰が誰だかわからないが、よく観察して見てみると動きにも個性があるので割りとわかる。

 

 

 

 ウチハはすぐわかった。

 

 コツツミさんは詳しいわけではないが、身長で大方の予想は出来る。

 

 丁度、二人の試合が始まるようだ。

 

 一瞬、こちらに手を振ったウチハに窓の隙間を調整し、二人の試合の行方を目で追うのだった。

 

 

 

 ウチハの動きが洗練されているのはいうまでもない。

 

 気になるのはコツツミさんの方。

 

 最後に見たときは動きがぎこちなかったが、ウチハと試合をしている時点で、まあ……。

 

 動きに辿々しさがなく自然な所作で攻撃や防御を繰り出している。

 

 なるほど、種類は違えどウチハと同じ、紛れもない天才ということか……今更か。

 

 

 

 試合の行方は、ほとんどその場を動かないウチハに、コツツミさんが一歩踏み込んで、瞬間討ち取られたことで終了。

 

 そこからは特に何事もなく部活動は進み、終わりのあいさつを確認して小窓を閉じ、迎えにいく。

 

 ウチハに応対するなかでコツツミさんの動向をうかがい、次に動くべき時を模索する。

 

 体育館は人が多い。

 

 余計な会話のタネになるのは、向こうも望む展開じゃないだろう。

 

 なら仕掛けるのは更衣室から出た後になるわけだが……。

 

 

 

「……」

 

 

「どした?」

 

 

「べっつにーなんでも」

 

 

「?」

 

 

「おじさんへのプレゼント決めた?」

 

 

「いや、まだ……」

 

 

「時間あるからって先伸ばししないでよ? 前のおばさんの時にみたいに、直前に二人でクッキー作りました~が何度も通るわけないからね?」

 

 

「それは……悪かったよ」

 

 

「ほんとにもう。……でも、今日はちゃんと来てくれたんだね。その事は、ボク嬉しいよ?」

 

 

「あぁ……」

 

 

「……じゃ、ボク達着替えてくるから。あ、コツツミさんがいるからついてきちゃダメだかんね~」

 

 

「誤解を振り撒くようなことすんな」

 

 

「あはは~」

 

 

 

 はぁ……ウチハの冗談でコツツミさんが警戒しないと良いんだが。

 

 

 

 座り込んで、目を閉じた。

 

 着替え終わるまでは少々時間がかかる。

 

 この間に、どのくらいの期間必要かの試算をしてみよう。

 

 

 

 初日は……まあ動きがないと見てまず間違いない。

 

 そもそも自分に向けられたものなのかどうか、対応をどうするか決めあぐねてる可能性が高い。

 

 だとすると、早くて二、三日? 順調にいってそのくらい。

 

 最悪一週間、いや様子見や先送りも考えるとなると一ヶ月ほど掛かるかも。

 

 その間は、彼女と会うたびにアピールしないとならない。

 

 

 

 とはいえ、特別高いハードルでもないのは確か。

 

 意識を引いて、手を振るだけ。

 

 これならちょっと心をすり減らす程度の負担で済む。

 

 ……嫌になって、投げ出しそうになってしまったその時は……ツキノキさんに頼ろう。

 

 居心地良いのもあるだろうが、あの人の話は知見が広く、聞いていて毎回新しい発見がある。

 

 だからうん。多分、問題ない。

 

 

 

 そう頭で決着をつけ、うっすら眠りかかっていると、二人が別館から出てきた。

 

 勢い良く距離を詰めたウチハが"帰ろ? "とこちらに手を差し出してくる。

 

 ……その前に、やることがある。

 

 

 

 手を下ろさせて、この場を通り過ぎていく彼女へ、小さな声で"コツツミさん"と呼び止め、振り返った別れ際に小さく主張してみた。

 

 彼女はしばらく固まった後に去ってしまったが、これは想定内。

 

 明確な拒絶が出るまでは繰り返さなければならないのは、ちょっと精神的にキツいが。

 

 

 

「ほら早く帰るよ」

 

 

「ッ、いきなり引っ張るなって」

 

 

「ちゃんとボク言いました~」

 

 

「はぁ……それよりも、どんな気の変わりようだよ」

 

 

「へ?」

 

 

「小学生以来だろ」

 

 

 

 密着して、腕を絡ませて、手を合わせてくる。

 

 最後に手を繋いだのは小学生の……いつだったか。

 

 ウチハの言動と行動が噛み合ってなくて極度に混乱していた覚えが。

 

 体型は……それほど変わってないが。

 

 

 

 応答のないウチハの呼び掛けると、手、腕、ゆっくりと離れて足早に。

 

 一言もなく剣道具を預けられ、脱兎のように逃げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝顔を合わせたら手を振り、部活終わりに手を振って。

 

 途中、高校総体の予選が始まり休日が潰れたが、表面上は順調の一言。

 

 

 

 ここでの最悪は、この流れを絶ち切ってしまうこと。

 

 どこまでの進展があるのか、諸情報がパラメーターで表示されるわけではない。

 

 言葉にされない限り、コツツミさんしか知り得ない事だか、雨垂れ石を穿つ。

 

 俺の見えない場所で、着実に変化は起きている……そのはずだ。

 

 

 

 それでも、青空に向かって雨乞いの躍りをするようなもの。

 

 確固たる指針がなかったら、とうの最初に諦めていただろう。

 

 ツキノキさんのためにも、無論、自分のためにも。

 

 いまは上手くいくことを信じる他ない。

 

 

 

 二日、三日経つも向こうからの動きはなかった。

 

 一週間が過ぎ、二週間に突入し。

 

 心が押し潰されそうになって、ツキノキさんに会いに行きたいと思い始めた、そんなある日。

 

 

 

 吹き抜ける青空。

 

 薄い雲には虹がかり。

 

 珍しくて空を見上げる、夕暮れの校舎。

 

 

 

 パラパラ漫画のように代わり映えのしない動作に、コツツミさんがジ──とこちらを見つめたあと、僅かに指先を動かすのが確認できた。

 

 目を大きく見開く。

 

 自分でも驚いてるのがよく分かる。

 

 喜びは柔和な笑顔へと移って、いつもより少し長く手を振っていたような気がする。

 

 

 

「! ……いきなり突っ込んでくるなよ」

 

 

「……」

 

 

「なんだよ……」

 

 

「あれ、別に嬉しくて応えた訳じゃないと思うよ?」

 

 

「……じゃあなんだってんだ」

 

 

「エイタがしつこいから仕方無くって感じ」

 

 

「……そういう見方も出来るか」

 

 

「いやいやいや、あんなので仲良くなれるとか思ってないよね?」

 

 

「悪いのか?」

 

 

「いやさだって。へ? ホントに仲良くするつもりなの?」

 

 

「仲良くってのとはちょっと違うが……」

 

 

「ボクのお願い忘れてないよね?」

 

 

「? あぁ、変に手を貸すなってやつだろ?」

 

 

「どう見ても首突っ込もうとしてるとしか考えられないんですけど」

 

 

「それは……俺が決めることじゃない」

 

 

「やめて」

 

 

「……」

 

 

「ボクこれからもっと忙しくなる。いざって時、エイタそばにいてあげられない」

 

 

「……そ」

 

 

「真面目に聞いてよ!」

 

 

「何かが掴めそうなんだ」

 

 

「それって、ボク達よりも大事なものなの?」

 

 

「悪い」

 

 

「エイタ変わっちゃったね」

 

 

「……俺は、ずっと俺だろ」

 

 

「ううん。前のエイタは温かくて、優しくて、もっと周りが見えてた」

 

 

「……」

 

 

「そっか……ふーん。わかった」

 

 

「……」

 

 

「もういいよ。そこまでいうなら好きにして」

 

 

「……」

 

 

「どうなっても知らないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 いつもなら騒々しさで起こされるのが日常だが、自然と目が覚めて一日を迎えられた。

 

 おかげでいつもより頭が軽い気がする。

 

 ウチハは早々に学校へ向かったようだ。

 

 朝飯を食べる傍ら、何かを察した母に"どうせあんたが悪いんだから、早く謝りなさい"と説教された。

 

 

 

 注目を浴びなくて済む通学路は胃に優しいのだと、久しく味わってない感覚をありがたがって。

 

 日課になりつつあるコツツミさんとのやりとりを交わす。

 

 昨日は指先だけだったが、今日は手元も動いた。

 

 小さいながらも目に見える成果は人をやる気にさせる。

 

 珍妙な雨乞いダンスをした甲斐があるというものだ。

 

 ツキノキさんへの報告を楽しみにしながら、ただ日々は過ぎていった。

 

 

 

 順調に見えた。

 

 上手くいった時は反動が怖いというが、これまでが抑圧されていたこともあり、そんなものは当分先の事だと無意識に考えていた。

 

 

 

「同じクラスのメツギくんだよね?」

 

 

「あぁ、そうだ」

 

 

「前から気になってたんだけど、なにか用?」

 

 

「困ってることがあるんだ。コツツミさんの力を貸してほしい」

 

 

「それで?」

 

 

「……賢いってなにか。知恵を借りたい」

 

 

「そんな下らないことのために三週間も費やしたんだ」

 

 

「……え?」

 

 

「賢さってのは多角的視点のこと。これで満足?」

 

 

「いや、あ、その……」

 

 

 

 バチン

 

 

 

 いい音が鳴った。

 

 肌と肌が触れた音だ。

 

 俺の頬が叩かれた音だった。

 

 ひりひりと持続する感覚に手を添え、俺はただ、一瞬の出来事に呆然とする他なかった。

 

 

 

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