鏡の奥の向こう側   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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女子にひっぱたかれたことはあるか〜い


第三章
クレショフ効果


 

 

 

 バチンいい音が鳴った。

 

 肌と肌が触れた音だ。

 

 俺が平手打ちされた音だった。

 

 ひりひりと持続する感覚に手を添え、俺はただ、一瞬の出来事に呆然とする他なかった。

 

 

 

 何が起きた? 

 

 周囲には俺とコツツミさんの二人だけ。

 

 俺の目の前には、手を振り抜いたコツツミさん。

 

 は? え? なんで? 俺……え? 

 

 知らぬ間に不快にする行動を取っていたか。

 

 動揺で右往左往する目がコツツミさんを捉える。

 

 

 

 ハーフを思わせる端正な顔立ち。

 

 ハリがありキメ細やかな肌。

 

 吊り目だが眠たげな瞳。

 

 スラリと高い鼻。

 

 女性らしい体つき。

 

 小柄だがどこか威圧感のある背丈。

 

 変化の激しい髪型は、深藍のポニーテイル。

 

 

 

 なんだこれ、グチャグチャで感情に一貫性がない。

 

 これが教室で見た後ろ姿なのか? 俺の知ってるコツツミさんなのか? 

 

 

 

「感想は?」

 

 

「????? 「感想」

 

 

「……は?」

 

 

「わからない? いまの気持ち」

 

 

「……は?」

 

 

「脳震盪でも起こした?」

 

 

 

 情報量が多過ぎて、ショートしてしまいそうな頭をかいた。

 

 色々聞きたい気持ちもあるが、まず何を優先すべきか頭を整理しないと………………なんで俺ぶたれた? 

 

 

 

 シンプルに、攻撃されたということは=怒っている。であれば、最後の聞き分けのよさをどう説明する? 

 

 では、気に食わなかったというのは? こちらを小馬鹿にしたり嫌悪するといった負の感情は感じ取れなかった。

 

 なら、ただの照れ隠し。いや、羞恥のような心の昂りさえ窺えなかったぞ。

 

 なんなんだよ、なんだこれ。脳がバグる。

 

 

 

「……「もすもーす」

 

 

「いや、意味わかんない」

 

 

「どゆこと? 自分の気持ちがわからないの? それともあたしの言ってることが理解できない? そもそも状況が把握できてない?」

 

 

「……なんでぶった」

 

 

「あ? ん────なんとなく?」

 

 

 

 人差し指で唇を隠し、こてんと小首を傾げそう言い放つ。

 

 ふつふつと怒りが込み上げてくる。

 

 ……世の中には社会構造の不備を指摘し、改善を求める層が一定数存在する。

 

 それに対して心無い言葉をかけたり、現実逃避だと気に止めなかったり、むしろ適応できないオマエラが悪いと指先を向けたり。

 

 ごく一部が少数派を圧迫する光景には、いささか不快感を覚えずにはいられないが、これはあまりに……。

 

 

 

 この間にコツツミさんはこちらの顔を覗き込み、"顔色悪いよ"と心配? してくれてはいた。

 

 

 

「意志疎通できるなら大丈夫そう。そういう頭の病気かな? じゃね、あたし帰るから」

 

 

「いやちょ、ちょっと、待って」

 

 

「あ? 救急車? 黄色い?」

 

 

「取り敢えず……悪いけど止まってくれないか?」

 

 

「むーりー」

 

 

「……じゃ歩きながらで良い。……多角的視点ってのは、どうやって出したんだ?」

 

 

「ん────天の配剤?」

 

 

 

 次から次へ、斜めにずれた返答の数々に、疲れがのし掛かってくるようでおもわず膝を突きそうになる。

 

 野性的というか、本能的というのか、適当というか。

 

 それらしい回答を直感で選び取っているとでもいうのか。

 

 なんだか、自分の中で作られていた人物像から音速で離れていっている気がするが。

 

 

 

 下履きに履き替えた彼女は、とんとんとかかとを立てて。

 

 行き場のないイライラを抑え、まだ聞きたいことが残っていると、俺も負けじと追い縋る。

 

 だがこれまでの受け答えから、マトモな返事を聞けるとは思わない方がいいらしい。

 

 ひょっとすると、コツツミさんと関係を持つ一連の期間が全て灰塵に帰す可能性も……。

 

 どっと気分が悪くなってきた。

 

 

 

 道をいくコツツミさんを追い掛ける。

 

 横に並ぶことも考えたが、歩行者を妨害してまで我を通す必要性は皆無。

 

 それに、変な噂になるのも避けたい。

 

 余計な火種は……気にする必要ホントにあるのか? 

 

 

 

 歩くペースを緩めるどころか、全く背後に気を配らない様子はさながら俺がいないよう。

 

 確かに影は薄い方だろう。

 

 先行する通行人が二度見するなんて、一度やニ度の騒ぎじゃない。

 

 大袈裟に足音を立てて、存在感をアピールする。

 

 あんまりしゃべりたくはない。

 

 余計な口を開くと、気持ち悪さが口から溢れてしまいそうだ。

 

 

 

 クラスメイトの目を避けるためにも、どっかで座って話がしたい。あと休憩したい。

 

 大きな交差点で、彼女はようやく止まってくれた。

 

 

 

「まだいたんだ」

 

 

「話はまだ終わってない」

 

 

「なら早くしてよ」

 

 

「……ベンチで話さないか?」

 

 

「あ────なんかやだ」

 

 

 

 信号は青に変わり、また歩き出す。

 

 ……いい加減我慢の限界なんだが。

 

 いま鏡が手元にあるのなら、ピクピクとまぶたは痙攣させ、青筋でも浮かべている事だろう。

 

 てか、やだってなんだ。

 

 

 

 あれか? 女の勘ってやつか? もしくはキショくて生理的に受け付けないみたいな? それならそもそも応える必要性がないだろ。

 

 仕方無く? 惨めで見てられなかった? ちょうど張り手したいところだった? 疑問は尽きない、しかしここで引くわけにもいかない。

 

 いまここで離脱したら、次会う時に話しかけづらくなる。

 

 折角、向こうから接触してきたんだ。

 

 とりあえず、マイナスに見られている可能性は低い。

 

 なら、この機会は最大限に活かしたい。

 

 

 

 気持ち悪い体を無理やり起こして、コツツミさんのあとを追う。

 

 今度はチラチラと背後に目配せしているようだ。

 

 ……わかってるんならせめて止まってくれないだろうか。

 

 

 

 そうしてフラリフラフラ、コツツミさんを追って。

 

 曲がり角を右へ左へ、右へ左へ。

 

 様子が変だぞと思いかけたその瞬間、いきなり腕を捕まれ引っ張られる。

 

 

 

「この人ストーカーです」

 

 

「「………………」」

 

 

 

 え? え? え? え? え? パニックのあまり否定できず、書類仕事をしていた中年の警官に助けての視線を送る。

 

 相手も相手で、顔を上げポールペンを握ったまま時が止まったように動かなくなってしまった。

 

 産地直送のストーカー引渡しなんぞ経験がないのだろう。

 

 

 

 いやなに冷静にとち狂ったこと考えてんだ。

 

 痴漢冤罪の恐ろしさを知らないのか。下手すると犯罪者認定されるんだぞ。

 

 汗が吹き出し、瞬きが増え、なにか弁明しなきゃと声を出かかれば引っ込み出かかって引っ込み。

 

 

 

「えっとお嬢ちゃん。まず長期間に渡って、被害に遭った証明ができるものを提出してもらえるかな?」

 

 

「んーないですね」

 

 

「見たところ、近くの学生さんだね。えっと悪いんだけど、憶測じゃあ警察は動けないかな。もし本当に困ってるなら、学校の先生に一度相談するといいよ」

 

 

「はい。ご丁寧にどうも有難うございました」

 

 

 

 軽く礼をして、そそくさと彼女は交番を去った。

 

 我に返った俺は、血の気の引いた顔で"有難うございました! "と全力で腰を曲げてから交番を飛び出る。

 

 集まる周囲の目。

 

 いますぐこの場から逃げたい。

 

 脂っこいものを一気に胃へぶち込まれたような最悪の気分だ。

 

 クッソが、あいつッどこ行きやがった……。

 

 

 

 苦しさのあまり、口を抑えてゾンビのような唸り声を漏らしながら辺りを見回す。

 

 コツツミさんは忽然と姿を消していた。

 

 ………………。

 

 

 

 くふふ、んん

 

 くく、ふひ

 

 あひ、ふひゃ! 

 

 んく、あひゃ! あひゃひゃ!! 

 

 あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 街路樹の脇から、この世のものとは思えない笑い声が漏れだした。

 

 間抜けな相手をそっと見守るように、ちょっとばかし体をずらし傾けて、小さな口を綺麗な三日月に吊り上げ肩を肩を震わせる人が。

 

 歩行者は、音の発生源を確認はするものの、すぐさま見なかったことにしてその場を通り過ぎていく。

 

 

 

 関わっちゃいけない人だ。

 

 明確な異常性を知れた俺は諦めがつき、散々後回しにしていた吐き気の処理に取り掛かる。

 

 一刻も早く人混みから離れたい。ここよりもっと、人口密度の低い場所へ……。

 

 

 

 近くに河川敷があったはずだ……あそこなら落ち着けるかも知れない。

 

 最悪、草葉の陰で解放しちゃってもいい。いやダメだろ。

 

 不特定多数が利用する憩いの場だ。

 

 そこで汚いもんじゃ焼きを提供してみろ、食らった奴らは一人や二人で済まないかも知れないんだぞ。

 

 ならエチケット袋でも恵んでもらえってのか? そんな余裕あるんだったら冷静にトイレへ……ヤバい本格的に予備動作に入った。

 

 

 

 人は本当に追い詰められると、動きが小さく小刻みになる。

 

 なるべく体を揺らさないようにするのと、より早く目的を達成したいという二つの両立を図るからだ。すり足、すり足、すり足の連続。

 

 脳は余計な邪念をカットして、冷静に最短ルートをなぞる機械と化す。

 

 

 

 トントン

 

 

 

 誰かに肩を叩かれた。

 

 いまは止めてくれ。気が散る。

 

 見えない相手に配慮する猶予もない。

 

 だが悲しいかな、こちらの意図は伝わっていないようで。

 

 

 

 トントン

 

 

 

 いや、別に二度繰り返さなくていいから。

 

 一回で全部伝わってるから。

 

 わかった上で無視せざるを得ないんだから。

 

 察しろよ、どうせ日本人だろ。

 

 

 

 業を煮やしたのか、肩を掴まれ回れ右。

 

 いや、まあ、この展開を一番恐れてたけどさぁ……。

 

 顔が見れない。獰猛な猛禽類のような、絶好の獲物を見つけたような顔でもしてるのだろうか。

 

 あぁ、もう、本当に。

 

 

 

 変なやつに目をつけられたが最後、現状もはや為す術もない。

 

 腕を引かれる。

 

 もうどうにでもなれだ。

 

 

 

 なに、いつもと同じことじゃないか。

 

 周囲の潮流に乗せられて、あれよあれよと責任を背負わされて、あんたが選んだ道だろって。

 

 乗り越えれれば誰かの手柄、踏み外せばお前のせいだ。

 

 悪かったなんて一言もない。

 

 そのくせ人のせいにしようとすれば口を尖らせて。

 

 うんざりだ。

 

 もう、うんざり。

 

 

 

 自己嫌悪が止まらない。普段まともに動かぬ口から、ポンポン言葉が溢れ出す。

 

 こんなことなら出会わなければよかったと、悪くないツキノキさんすらこき下ろして。

 

 臨界を行き来する肉体は、ただ流れに身を任す小舟と成り果てた。

 

 

 

「ついたよ」

 

 

 

 澄んだ青空に入道雲。

 

 どこまでも敷かれた芝生。

 

 高架を渡す一級河川。

 

 人工的につくられた環境ではあるが、人間が介在しているからだろうか、大自然よりも親しみが持てる。

 

 

 

 背中をさすられた。いまさら優しくした所で罪が消えるわけではないだろうが、こんな単純なことでさっきまでの怒りはどこへやら、我ながら単純な性格だなと思う。

 

 心に余裕ができたのもあり、お礼だけでもと口元を緩めた。

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

「メツギくんてさぁ」

 

 

「?」

 

 

「スッゴい誘拐されそうだよね」

 

 

「……」

 

 

「自分の意思とかないわけ?」

 

 

「……ないわけじゃ、ないと思うんだけど」

 

 

「ふーん。自分の声がちっちゃいんだ」

 

 

「いや、ちょっと違う」

 

 

「?」

 

 

「誰も話を聞く気が……ないんだと思う」

 

 

「ほぇ────」

 

 

「……なんだよ」

 

 

「ん、ちゃんと話せると思って」

 

 

「……そりゃどーも」

 

 

 

 そういって、コツツミさんはジグザグに斜面を下っていく。

 

 俺もなんだ。計画はズタズタだが、本来の目的を果たせそうなら、直帰する流れでもないだろう。

 

 足を踏み出した。

 

 

 

「もちょっと先行くと、あたしのお気に入りの場所」

 

 

「へー……」

 

 

「で?」

 

 

「……これが本命なんだけど。クラスで、その、やな思いとかしてないか?」

 

 

「くふ。もしそうだよって答えたら、何かしてくれるわけ?」

 

 

「それは……そうなった時また考えるよ」

 

 

「あっひひ。メツギくんってっ馬鹿なんだねっ」

 

 

「……笑うなよ」

 

 

「いやごめんごめん。こんなからかい甲斐のある人初めてだからつい」

 

 

「……じゃ、困ってないってことで良いんだな?」

 

 

「うんうん」

 

 

「そうか……なら、よかった」

 

 

「ここがあたしのベストスポット」

 

 

 

 眼下には野ざらしのグラウンドが。

 

 焦げ茶の砂が円形に広がって、カキンとボールが打ち上がり、歓声がひときわ大きくあがった。

 

 野球が好きなんだろうか。

 

 

 

 ボールの行方を追いながら、ようやくコツツミさんを捉えられた気がして、ふっと一息ついた。

 

 

 

「学校で見るのと、その……」

 

 

「雰囲気ちがうって?」

 

 

「あぁ……いや、言いたくないなら別「いい子ちゃんでいるようにダディーに泣きつかれてねぇ────。案の定ストレスが溜まってるっ」

 

 

 

 準備体操を始めたのを視界の端に捉えた。

 

 ……なんだろう、凄くこの場から離れた方がいい気がする。

 

 さっきまでのどかな場所だったはずが、こんな一瞬で手のひらを返すかと冷静沈着な自分に警鐘を鳴らした。

 

 

 

 深く息を吸い込む彼女。

 

 もうぜんぶ手遅れ。

 

 

 

「おチ○ポ────────!!」

 

 

 

 海に向かって"バカやろう!! "と叫ぶように、仲夏の空へ、その声は明朗に響き渡った。

 

 

 

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