「どこかお店に入って話そう。……手持ちは少ないけど、奢るよ」
「あたしを食い物で買収する気?」
「要望あるか?」
「チョコミント」
六月十八日(金)。今日はいつもに増して日差しが強い。最高気温は三十五度に迫る勢いで。雲ひとつない空に、太陽はサンサンと大地に降り注いでいる。汗でインナーが張り付いて不快だ。額に滲んだ汗をタオルで拭き取る。コツツミさんと落ち着いて話すためには、すぐにでも場所を移動しないと。外でコツツミさんと話すのは論外だ。どちらかの家に招待するだとかお邪魔するだとかも一瞬考えた。だが俺達の仲はそこまで良くはない。コツツミさんは、あくまでも俺の〝賢さ〟を探すのを手伝ってくれている協力者だ。俺の〝賢さ〟が見つかれば、この協力関係は終わる。それなら、お互いあまり踏み込むべきじゃない。消去法で、俺がコツツミさんに奢ることになった。俺はバイトをしてないので、お金の心配こそあるが。俺には使い道のなかったお年玉がいくらかある。ここは迷わずに放出するべきだろう。しかし、チョコミントとは驚いた。いや、こうも暑いと冷たいものを食べたくなることに口を挟む気はないのだが……。アイスと一口に言っても、複数の選択肢がある。むしろ、選択肢がないアイス屋の方が少ないくらいだろう。それなのに、コツツミさんはアイス屋に着く前から〝チョコミントを食べる〟と宣言した。それはチョコミントへの執着に他ならない。コツツミさんはもっと適当な人で、何かにこだわったりするような人じゃないと思ったが。どうやらそれは、俺の勝手な思い込みだったようだ。コツツミさんの意外な一面に、俺は少しだけ頬を緩めた。
「いつまで校門で突っ立ってるの? 駅前にアイス屋あるからさっさと行くよ?」
「駅前にアイス屋なんてあったんだな」
「あたしがこの学校に通い始めた頃に出来たの。引きこもりのメツギくんが知らないのも無理ないか」
「……」
このコツツミさんという人は、時々余計に一言多い。その一言がなければ、もう少し学校生活も良くなるだろうに。コツツミさん本人が気にしていないので、これがコツツミさんの素の姿なのだろう。もしかすると、協力関係を結ぶ相手を間違えてしまったかもしれない。今更ながら、そんなことを考えてしまう。しかし、コツツミさんの才能は別格だ。〝性格の良さ〟なら代わりはいくらでもいるのかもしれないが。〝才能〟という面においては、コツツミさんはウチハ以上に多才だ。もしもコツツミさんの言う〝賢さとは多角的視点〟が正しいのならば。コツツミさん以上の適任者は、俺の知る限り存在しない。ここは多少無理をしてでも、コツツミさんとの協力関係をつづけていくべきなんだ。そうやって、コツツミさんとの協力関係が最も最善だと自分に言い聞かせ。俺は、先を急ぐコツツミさんの後を追いかけるのだった。
「なんであたしの隣来ないわけ?」
「……いや、並んで歩くと道幅取るから」
「んなもん人が来たら捌ければいいじゃん」
「それも……そうだな」
咄嗟に出た言い訳をコツツミさんに否定され。確かにコツツミさんの言う通りだと、コツツミさんと並んだ瞬間。なんで俺がコツツミさんと並んで歩きたくなかったのか理解した。コツツミさんと、何喋って良いかわからない。そもそも俺は、コツツミさんのことを何も知らない。ならそのことを話題にすれば良いのかも知れないが。人にはそれぞれ、触れられたくない話題もあるだろう。もしもコツツミさんの触れられたくない話題に触れてしまったら。そんなことばかり考え始めてしまうと、とてもじゃないが俺から話しかける気にはなれなかった。そうだ、俺はコミュニケーションがヘタクソだったんだ。ツキノキさんと楽しく話せていたから。てっきり俺はもう、誰とでも話せるものだと勘違いしていたが。あれは俺が喋れるようになったんじゃない。ただツキノキさんが、俺が喋りやすいように話を誘導していただけなんだ。ツキノキさんの凄さに気づいて、俺は自分が恥ずかしくなった。ツキノキさんと楽しく話せていたから、俺は誰とでも楽しく話せるようになったのだと思い上がってしまうだなんて。勘違いも甚だしい。
コツツミさんとの間に、イヤな沈黙が流れる。しかも相手は、何をしてくるか予測不可能のあのコツツミさんだ。時限爆弾と並んで歩いているみたいで、とても気が気でない。〝この沈黙はマズイ。なんとかしてコツツミさんに話を切り出さないと〟と焦って。余計に黙り込んでしまう。
「……コツツミさんはテスト勉強。どうだ? 順調か?」
「あんなの教科書一回読めば全部わかるでしょ。テストなんて、教科書に書いてあることしか出ないんだから」
「はは……そりゃ。また、凄い」
『………………』
この世の終わりみたいな静寂の後、聞こえて来たのはコツツミさんのため息。俺の会話の下手さに心底呆れているのか。コツツミさんのため息は、長く長く途切れずにつづいた。……なんだよ。俺の会話がそんなに不満なら、コツツミさんがお手本を見せるべきだろう。俺は自分の口を固く閉ざして、コツツミさんが口を開くのをジッと待った。
「メツギくん、さっきハンドタオルで汗拭いてたでしょ」
「んぇ? あぁ……」
「あたしも持ち歩いてるけど、汗っかきだからハンドタオルで拭くのはちょっと抵抗あるんだ。制汗剤入りの日焼け止め塗って、汗を極力抑えて。塗り忘れちゃうと肌がテッカテカになっちゃうだよね。今日くらいの暑さになると、ちょっと外歩き回るだけで顔から滝みたいに汗が吹き出てくるし。メツギくんは汗そんなかかないんじゃない?」
「俺は……そうだな。コツツミさんみたく汗をどうこうって意識はしてないから、コツツミさんよりは汗は少ない気もする」
「そっかー想像通り。メツギくんって部活入ってたんだっけ? ドウゾノさんのこと迎えに来てる感じだったけど」
「高校では部活には入ってない。……中学の時は友達に合わせて入ったけど、合わせてやめた。剣道部が終わる時間までは……図書室で、勉強」
「あたしは高校の気になる部活は回り尽くしたけど、一番長くつづいたのが吹奏楽部かな。いろんな楽器たくさんあるし、勝手を掴むまでは苦戦してた。辞める時は顧問の先生にかなりキレられたから、それと合わせて印象に残ってるんだ。んで、一番短かったのがボードゲーム部。部員は弱いし部活の中身はないしで三日で退部届け出し行った。そん時の先生はけっこうすごかった。優しい中年の女教師だったんだけど、手渡した用紙の端クシャらせながら微笑んでんの。余計な仕事増やすなって感じ? まぁ、またすぐに新しい入部届け出すんだけどね? メツギくんは中学んときは何部だったの?」
「……パソコン部だった。取り敢えず一番楽そうなのって入ったが……予想が外れてな。そのまま、やめた」
「へ────。コンピューター系は地味すぎて眼中にないんだよね。ワーペロ検定とかする感じ?」
「あぁなんか懐かしいな。他はパウーポイントとかエクセラなんかを教わって、実態は資料作ったりプリント作ったり教師の補佐したりが中心の使いっ走りだった。全然ラクじゃないって一部で反発起きて、最終的にパソコン部の部員は片手しか残らなかった記憶が」
「主体性がないのはメツギくんらしいね。その友達にパソコン部に誘われてなかったら、どっか入りたかった部活とかある?」
「どうだ、ろうな。あの頃は……今もそうだが。ときどき一人の時間が欲しくなってたから。自分から一人の時間を削りにいくような真似はしなかったと思う。何処の部活にも入ってない俺を、ウチハが剣道部に引っ張ってく可能性もあるけど。俺はあんまり運動って柄じゃないし……。いずれにしろ、なにかしらの部活に入ったところで、そのうち足が遠のいてたんじゃないかな」
「へ────。いまあたし一人暮らしなんだけど、毎回食事作るのメンドイんだよね。人様に見せるわけでもないから、栄養さえ取れれば良いって料理ばっかりなんだ。まぁなんとか色々組み合わせて体調管理してるけど。たまにはちゃんとした料理食べたくなるって言うか。あったかい食事で、準備とか後片付けとか要らなくて、時間設定で美味しいのが自動で出てくる三食おやつ付きな人生送れたら最高なんだけどなぁ。全部用意された食事ってメツギくん的にはアリ? ナシ?」
「ん────難しいな。作って貰ってばかりの立場だから、コツツミさんの望む理想に近いっちゃ近いけど……。俺が疲れてる時に作ってくれるのがありがたいのは事実だし、かといって唐突にあれ食べたいってなっても融通利かないのはイヤかな? その時々によるとしか、なんとも」
「答えになってないじゃん」
「あ、ごめん。いまは特に食べたいものとかないからアリ……かな? いや……」
「そんな難しく考え込むほどのこと?」
「……味噌煮込みうどんってのを食べてみたいなってのは、ちょっとある。かな?」
「味噌煮込みうどんって、名古屋名物の? 赤味噌使ってかまぼことか油揚げ入ったやつでしょ? うどん好きなの?」
「いや、俺が好きなのは味噌の方。俺の家は赤味噌使わないから、一度試してみたいんだ」
「へ────。テスト終わったら名古屋に遠出でもするつもりなの?」
「んー。本場の味を味わいたいって気持ちはなくはないけど。どうせなら自分で作ってみたいかなって」
「メツギくん変わってるよね。普通なら自分で料理するなんて手間のかかることしないって」
「いや、俺からすればお店を調べて遠出してお店で食べるって方がハードルが高い。……インドア派の宿命かも」
「ま、いいんじゃない? メツギくんがそうしたいならそうすれば。あ、もし美味しく出来たらあたしにもご馳走して?」
「ぁ──────……」
〝面倒臭い〟という言葉が頭に浮かんだ。俺の作った味噌煮込みうどんを食べたいと言ってくれるのは、非常に嬉しいことなのだが。相手は〝あの〟コツツミさんだ。コツツミさんの性格がかなり悪いのを俺は既に知っている。コツツミさんとは、出来れば協力関係以外の交流はしたくないと言うのが本音だ。食べたいと言ってくれた人がもしツキノキさんだったら。話は大きく変わって来たことだろう。そこからしばらく、コツツミさんに導かれる形で会話を重ねていると。気がつくと俺たちは、駅前のメインストリートにまで来ていた。コツツミさんと並んで歩くことになった時は、どんなことを喋れば良いか心配したが。コツツミさんのおかげで、道中はうまく会話できていたような気がする。
商店街を進んでいくと、特徴的な看板が見えて来た。ピンクとブルーの目に付く配色。ポップで子供が好みそうな外観。一度聞いたら忘れない、特徴的な名前。アメリカ生まれのアイス屋さんが、商店街に店を構えていた。確かこのお店は、チョコミント発祥の店だったか。チョコミント好きにとっては、聖地のようなお店なのかも知れない。……チョコミントについて話す時は、自分の発言には気をつけよう。もしコツツミさんが暴走したら、俺ではとてもじゃないが手に負えない。
店内に入ると、遊園地のキャスト衣装のような女性店員さんが出迎えてくれた。コツツミさんは宣言通り、チョコミントを注文した。俺は冷蔵ケージを見渡して、どのアイスにしようか悩んだ。結局俺は、聞き馴染みのある抹茶とあずきを注文した。抹茶とあずきという、いかにもつまらない選択に。コツツミさんに横合いから〝ジジイかよ〟と笑われた。ジジイで悪かったな。メニューを決めるの苦手なんだよ。会計を済ませ、受け取った抹茶とあずきのアイスを手に。お店の中に置かれたテーブルの椅子を引いた。ガラス張りの向こうは、うだるような灼熱の世界。しばらくは、このお店の中で涼んでいこう。俺達はアイスを食べながら、本来の目的であった〝賢さ〟について話し始めた。
「それで。コツツミさんは〝多角的視点〟以外の違う〝賢さ〟を見つけられたのか?」
「あ? まずはメツギくんの持ってる情報を全部話すのが筋ってもんじゃないの?」
「そうか……そうだな。……どっから話すべきか」
「全部吐け。隠すな」
「……今年の春頃、二学年に上がってしばらくのことだ。どこにも自分の居場所がなかった俺は公園に逃げていた。その時にある人……ツキノキさんという女性に声を掛けられたんだ。始めはそのつもりじゃなかったんだが。ツキノキさんに勧められて、ツキノキさんの家にお邪魔することになって。そこで俺の悩みを聞かれ……自分でも何に悩んでいるのかその時はさっぱりだったが。俺の口から咄嗟に出てきたのが、賢さへの疑問で。……なあ、この流れは絶対に必要なのか?」
「うん。メツギくんがさっきちゃんと会話してくれてたらここまで詳しく喋る必要なかった。面倒な確認作業を減らしていくためにも、まずは一つ一つ段階を踏んでいかなきゃ。論点が行ったり来たりするとかコミュニケーションとして下の下でしょ。後からここなんだったのって、バカみたいな質問されるのあたしヤだかんね? わかったらコミュ障のメツギくんは、あたしの言ったことに一々口挟まない」
「……」
コツツミさんの指がピシッと俺に向けられたかと思えば。その指は、次の瞬間にはお待たせとチョコミントをすくうスプーンへと向かった。コウツミさんは、カップに入った水色に黒の散らばりを後世大事に切り取って。口に運んで、美味しそうに舌鼓を打つ。コツツミさんが偉そうに会話の流れを決めるのはイヤだったが、それで俺が探している〝賢さ〟が見つかるのなら。ここはグッと怒りを堪えて、アイスを食べて頭を冷やすことにした。
「……すまん、俺どこまで話した?」
「〝賢い〟ってのに疑問を持ったってところからつづけて」
「あぁ、悪い。それで、だ。……ツキノキさんは俺の〝賢い〟への返答を控えた」
「あ? どゆこと?」
「人から与えられた答えというのは酷く空っぽで、それがどんな道筋を経て辿り着いた言葉なのかわからないから。自分の足で、自分の答えに辿り着く必要がある……そんな意味だった気がする」
「ふ──────ん。メツギくんが面倒臭いから、ツキノキさんって人に適当に誤魔化されただけなんじゃないの?」
「いや、なんの手掛かりもなく放り出された訳じゃない。あぁ、そうだ。より正確な方が良いんだよな? 確か、ノートが……」
バッグからノートを取り出し、テーブルに広げる。このノートは、自分が探している〝賢い〟を整理するために用意したノートだ。俺はこのノートの最初のページ。ツキノキさんがヒントとして残してくれた、たった数行の〝賢さ〟についての前提条件を読み上げた。
「能力があることを賢いと言い。規範に則ることを賢いと言い。古語の恐ろしいが転じて賢いとも言い。異なる解釈を賢いと言い。経験を積んだものを賢いと呼ぶ。……この全ての条件に当てはまる〝賢さ〟の中に、俺が探し求めている〝真の賢さ〟がある」
「そんな全部の条件に当てはめることにこだわらなくても、一つ一つの賢い突き詰めていけば勝手に〝賢さ〟の核心に迫っていけるでしょ。わざわざこれ違うあれ違うって確認作業増やすの、頑張ってる〝風〟を装う無能のすることだよ?」
「ははぁ……」
コツツミさんはやれやれと呆れたように首を振って、俺を小馬鹿にするように鼻を鳴らして。カップのアイスを一突きした。俺はどう反応すれば良いんだ。ここで冗談の一つでも返せる頭があれば、今頃こんな頭を悩ませることもなかっただろう。……俺がいままで時間をかけてゆっくり育ててきた植物を、コツツミさんは肥料を使ってあっという間に育て上げてしまうような豪快さにはもはや何もいうまい。大切なのは、これまでとは違う視点を手にしたという事実だ。これでより、俺は〝賢さ〟の核心に迫っていくことができるようになる。そのためなら、コツツミさんの多少の暴言も許せてしまうというものだ。
「んで? メツギくんのこれまでの成果は?」
「そう、だなぁ……」
「まどろっこし。そのノート貸して」
コツツミさんは俺のノートをひったくると、パラパラとページをめくった。数秒後、コツツミさんは〝ふーん〟とつまらなそうにノートを閉じて、俺にノートを投げ返した。まさか投げてくるとは思わなかった俺は、コツツミさんから投げ渡されたノートを取り損ねる。俺のノートは床へと落ちた。俺は身をかかめてノートを取って、軽くはたいて汚れを落とす。コツツミさんはその光景をつまらなそうに見ていた。
「ねえ。メツギくんはどうして自分が生きづらいか説明できる?」
「それは……」
「出来ないでしょ。あ、メツギくんの頭が悪いのは事実だけど。その頭の悪さが生きづらさの原因じゃないよ? もっと広い視野で見たときの生きづらさの原因。この世界にびっしり張り巡らされた、根っこみたいな存在。メツギくんにはそれが足りてないから。どんなに水や日光、栄養を与えても最後に腐り果てちゃうの」
「勿体ぶらずに早く教えろ」
「冷酷さ」