心がノゾける呪い   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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タイトルは剣道用語から適当に選んでる。


師なきは外道

 

 

 

「んんでぃえい!!」

 

 

 

 息も絶え絶え。呼吸のリズムを整えて、ありったけの声を張り上げる。

 

 もう何度目かもわからない打ち合いによる疲れを、乗り慣れた気迫で張り倒した。

 

 

 

 体育館は締め切られてしばらく経つ。この閉鎖空間で自身と空間との明確な温度差を実感しながら、実績によって選別された同じ体育館の民への手向けと、いま出せる渾身の一振りを響かせた。

 

 バチンっと小気味いい音が体育館を満たし、略式の礼をすかさず取る。

 

 

 

「次!!」

 

 

「押忍!!」

 

 

 

 機械的な次の相手を呼ぶ声に、先程の相手とは少々違った野太い声色が迫り上がる。

 

 両者はまたも、試合場で示し合わせたようにお辞儀の共演をはたし、竹刀はガンマンのように高速で向かい合う。

 

 ジリ、ジリッと間合いを計るように右回りで接近し合い、竹刀の先端では打ち込みやすい場所を巡っての前哨戦が繰り広げられていた。

 

 挑戦者からは攻めっ気を感じない。このまま防戦に終始するつもりのようだ。

 

 

 

 ジャージを着た顧問は、試合の行方に目もくれず、じっと自身の腕時計を見つめていた。

 

 

 

「……十!! 九!! 八!! 七!! 六!! 五!! 四!! 三!! 二!! 一「んんだぁらう!!」

 

 

 

 突如始まるカウントは、これ以上の勝ち抜きを抑止するための圧力だ。

 

 顧問の声を背にする相手の四肢が、隙は見せまいとより強靭さを増す。

 

 だが焦ってはいけない。焦りは相手に付け入る隙を与えてしまう。下手に前に出れば切り捨てられてしまう。

 

 

 

 カウントは無機質に下り、相手の優位がそびえ明確な差が開くのを肌で実感する。

 

 だが開く一方であった格差は、ウチハにプレッシャーを与えるだけに止まらず、相手にも悪影響であることを理解しなければならない。

 

 カウントが背後で途切れるまでの間、いつ襲いかかってくるかもわからないウチハに集中するあまり、戦いの主導権を彼女に譲ってしまっているからだ。

 

 

 

 勝つか負けるかのバランスが崩れ、勝てるかな? と思考に緊張感を失うと、あれだけ堅牢を誇っていた守りにも緩みが生じ綻ぶ。

 

 あとは簡単、その隙間に全力を持って飛び込んでいくだけ。

 

 

 

 バチンッ

 

 

 

 悪あがきのように見えた最後の最後で飛び出た一撃は、見事に相手の守勢を食い破り、綺麗な一文字の足捌きを生み出した。

 

 追い越した相手に振り向き頭を下げる。そしてすぐさま、次の相手に対応できるよう相手コーナーから距離を取った。

 

 

 

「イイザワ!! 最後まで油断するな!!」

 

 

「お、押忍」

 

 

「声が小さい!!」

 

 

「押忍!!」

 

 

 

 顧問の試合開始の合図がないからなのか、入るタイミングを上半身の前後運動で探る一人の生徒。

 

 そんな戸惑いに応えることはせずに、ゆっくりと困り果てた生徒へと近付くと、顧問は手の平を突き出した。

 

 

 

「ヤマダ、少しの間貸してくれ」

 

 

「は、はい。どうぞ……」

 

 

 

 言い終わる前にして、既に竹刀は顧問の手に。

 

 振り心地を確かめることもせず、ただ淡々と左手に帯刀しなおし、試合場に足を滑らせ両者立礼。

 

 

 

 まさかジャージ姿のまま試合をする気なのだろうか。

 

 

 

「ドウゾノ、遠慮はいらん。本気で来い」

 

 

 

 いくら相手が剣道を志しているものとはいえ、防具を身に付けていない生身の人間への攻撃は躊躇ってしまうものだろう。

 

 しかもウチハは連戦に次ぐ連戦で満身創痍。何かの拍子に、危険な太刀筋を描かないとも限らない。

 

 よって先ほどの発言は、言うなれば勝利宣言ということだろうか。

 

 何があろうと確実に一本、無傷で取りに来ると言う絶対的自信の表れなのか? 

 

 

 

 レベルの違いは、竹刀を構えた瞬間から明確に浮かび上がった。

 

 動けないのである。正確には、自分の動きたい方向に向かうことが出来ない。

 

 

 

 動き出そうと踏み出す場所は、即座に相手の足が差し込まれる。

 

 ならばより早くと足を出せば、今度はその場に相手の体があった。

 

 不用意に踏み込んでしまえば、待ってましたとばかりに、強烈な一撃をお見舞いされることだろう。

 

 

 

 万全の態勢から放たれる、格の違う面・胴・小手。……勝ち筋の一片も窺い知れなかった。

 

 

 

「どうした、早く打ち込んでこい」

 

 

 

 そんな戸惑いを知ってか知らずか、攻撃の催促をする顧問の行動に、勢いは完全にへし折られたかのように見えた。

 

 基本的な足捌きから違うのだ。捨て身の肉薄すら戦い切れるか怪しい。

 

 

 

 連勝の慢心を引き締め、大会への残り少ない鍛錬を手抜くことなく高めさせる。教え導くものとして、彼はその役目を見事はたしていた。

 

 あくまで顧問、あくまで年上、あくまで経験者として。自分と相手の力量を正しく見定め、正しく振るったただそれだけの行動に、いったいどれほどの経験と思慮が積み上げられているというのか……。

 

 

 

「んんでぃえい!!」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 打つ手なし……もう降参するかと思われたその瞬間、ウチハの体は跳躍し、軽装である格上へと切りかかっていた。

 

 配慮の色も匂わせない、まさに研ぎ澄まされた一撃だった。

 

 

 

 しかし、相手するのは明らかな格上。動きをまるで予期していたように、水面のような静けさでいなされる。

 

 そのキッカケが合図となったのか、ウチハは狂ったように前へ前へと連撃を繰り出した。

 

 

 

 剣戟の全てを受け切らなければならない顧問に対し、ウチハは体力の続く限り何度でも挑戦権を得ることになる。疲労困憊な体で、一体どれだけ戦えるというのか……。

 

 

 

「んんがぉれえ!! えい!! れえ!! らう!!!! れえ!! らう!! れえ!! えい!! らう! らう! れえ……」

 

 

 

 肩で息をしながら、使い果たした気力の最後の一滴まで酷使しようやく直立するように、しかし相手へ竹刀の切っ先を向け続けることは忘れない。

 

 剣道の構えもクソもない。ねじれたような格好、次の足捌きのことなど全く考えなしのポーズ、そのどれもが一貫して限界を主張していた。

 

 

 

 その立ち姿に、まるで苦しむウチハに介錯を施すような、明瞭な意思を持った鋒が下される。

 

 

 

「てッ! 「ッメェヘ────!!」

 

 

 

 一撃目をなんとか払ったウチハは、次の瞬間には討ち取られていた。

 

 初撃は囮、本命は第二撃。しかし、この状態では相手の狙いが読めてたとしても、反応できるかどうか怪しかったことだろう。

 

 

 

 互いに礼をするまで、剣道の試合は終わらない。

 

 再配置につき、なんとかスピードの落とされた腰折りに追従し、試合場を出た途端にウチハはぐったりと膝を突く。

 

 ようやく倒されたことで、長時間の緊張感から解放されたからなのか……はたまた。

 

 

 

「連打が単調すぎる。基礎はできてるから、もっと基本の形を崩して良い。・・・・よし!! お前ら集合!!」

 

 

 

 倒れたウチハの背後に声をかけながら、鬼畜にも全員集合の号令をかける。当然部活メンバーの一人であるウチハが無視していいはずもない。

 

 頭を振って立ち上がり、最後の仕事だとトボトボと列についた。

 

 

 

「ドウゾノ。自主練の内容はどうしても喋れないのか?」

 

 

「い、いえ、その……個性的過ぎて部活動で採用するのはイマイチかなと……」

 

 

「それを判断するのは顧問の仕事だ」

 

 

「えーいや、でもあのー……」

 

 

「渋ってくれるな、ここにいる全員強くなりたいんだ」

 

 

「そーいわれましても……」

 

 

「ハー……大会が来週に近付いてきているが、いい結果を残せるように、それぞれ体調管理には十分注意するように。みんなご苦労だった……それじゃあ、解散!!」

 

 

「「「「ありがとうございました!!」」」」

 

 

 

 あ、危なかった……。再び引き締められた緊張を今度こそ解いて、ウチハは安堵の息を吐いた。

 

 最終下校時刻が迫っていなければ、容赦無く問い詰められていたかもしれない。

 

 

 

 竹刀を杖にしたい衝動を必死に抑えながら、ウチハは下校すべく自分のバックへと向かう。

 

 

 

「……お疲れ」

 

 

「ッんばぁー! キッツ!!」

 

 

「無双だったじゃん」

 

 

「最後のが無ければねぇー」

 

 

 

 終わったタイミングを見計らって入ってきたエイタは、遠慮なくガサゴソとウチハのバックを漁り、タオルとスクイズボトルを投げ渡す。

 

 それに面を脱ぎ捨てたウチハが受け止めれば、ようやく息苦しさから解放される。

 

 

 

 前面が格子状で空気と触れるとはいっても、連続しかも休みなしの試合形式は、冬であっても汗をかかせるには十分であった。

 

 湿度でベッタリとへたれた髪の毛をたくしあげ、スポーツドリンクを流し込み、不快感の原因をタオルで拭った。

 

 

 

「自主練のことでまだ問い詰められてるのか?」

 

 

「そーなんだよもー本当に……異性がいないと出来ない練習とか、この部活には合ってないんじゃないかな──……」

 

 

 

 ウチハがもしやと思って振り返った先には、強さの秘密を知りたい多くの視線があった。

 

 たまらず赤面するウチハ。

 

『異性がいないと出来ない練習』確かにそう聞き取った剣道男子達は、思春期特有の過激なシチュエーションを想像したが、即座にいったい部活と交際の両立をどう果たすのかといった難問を前にして頭を抱えた。

 

 

 

 だが実在することもまた確か。非公式ながら、その両立を果たしているウチハへと、彼らは”尊敬”と”畏怖”と”可愛い”といった念を送る。

 

 

 

「エイタが変なこと聞いてくるから、ボク恥ずかしい思いしちゃったじゃん」

 

 

「……いや、わるかったって」

 

 

「もう暗くなってきたから早く帰ろうよ」

 

 

「そうだな、今日はグチが多くなりそうだ……」

 

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

「ふぁーねむ……ねぇ汗臭くない?」

 

 

「んんや。確かめるか?」

 

 

「ちょ、やめてよ……わざわざ嗅ぐのは変態でしょ」

 

 

「じゃあ大丈夫だろ」

 

 

 

 スンスンと鼻を鳴らしながら、ウチハは自分の体臭を気遣う。

 

 剣道具などの、一つのバックにまとめるとそれなりの重さになる荷物は、エイタが受け持つ。

 

 

 

 バックを開け、臭いがどうか確かめようとするその動きは、身軽なウチハによって物理的に阻止された。

 

 接近する両者。体臭を気にしている割には迂闊な行動だなとエイタは変わらずに息を吸ったが、嫌悪感を抱くような匂いを発しているわけではなかったので、それとなく問題ないことを告げる。

 

 

 

「流石にあの扱きはないっしょ───」

 

 

「だいぶウチハに厳しいのな」

 

 

「そーなんだよね〜。実績ある分、余計にね〜」

 

 

「五段だっけ?」

 

 

「あ〜そうそう。歳を聞くのは怖すぎるけど、まだ三十いってないんじゃない? 剣道一筋って感じ滲み出てる」

 

 

 

 太陽は季節に倣って早い段階から姿を隠し、お早い出勤の街灯は、文句も言わずに役目をこなす。

 

 都市ではLEDライトの普及が着々と進みつつある。

 

 二人の街にも、いつのまにやら淡い黄色い光を放っていた存在は姿を消し、より白く強い灯りが街を席巻するようになった。

 

 

 

 ふと気がついてしまえば、過去に思いを馳せるような瞬間を生み出すかもしれない街灯に、エイタは目を細める。

 

 いつも部活が遅いウチハと下校を同じくするために、図書室で長い時間を勉強との格闘に費やしていたので、目の疲れからか鋭く突き刺すような光は目に堪えた。

 

 

 

「今日はいつもにましてキツかったー……ねぇ〜家までおぶってよ〜」

 

 

「うるさい。剣道具持ってやってるんだから文句言うな」

 

 

「じゃあ私が剣道具持ってあげるから、代わりにボクをおんぶして?」

 

 

「それ俺の負担が増えてるだろ……」

 

 

「ケーチ〜」

 

 

「そりゃどうも」

 

 

「帰宅部のくせに〜」

 

 

「なんとでもいえ」

 

 

「役立たずなエイタなんてこうだ。えい、えーい」

 

 

 

 エイタの横から離脱し背後に回り、ダル絡みのように頭突きを繰り返すウチハには目もくれず、地味に重い剣道具のバックを背負い直して帰路を急ぐ。

 

 だが住宅街を抜け、交通量が多くなったところでその動きは一旦停止した。

 

 止まったことで背中からの反発が大きくなったことにウチハは驚き、頭突きを終了させて、どうしたのかと面を上げる。

 

 

 

「!!ちょっ、いきなり止まらないでよ」

 

 

「……」

 

 

「エイタ?」

 

 

 

 声をかけても聞こえていないかのように反応がない。

 

 その視線の先に何かあるのかと行方を探れば、なにやらタクシー前で揉め事が起こっているようだ。

 

 特に自分たちとの関連性が見受けられず首を傾げるが、エイタはその場から一歩も動く気配がない。

 

 

 

 今朝のマルチーズの件もそうだが、どうしてそんなに赤の他人に構うんだろう? と顔をしかめるウチハに、ようやくエイタが動き出す。

 

 

 

「なぁウチハ……三千円貸してくれないか?」

 

 

「えぇ!? ……いいけど、何に使うの?」

 

 

「いや、ちょっとな……」

 

 

「ちゃんと返してよね? あとそれから、今度ボクの願いも聞くように!」

 

 

「わぁーたよ、早くしてくれ」

 

 

「約束だかんね〜」

 

 

「ひ、ふ、み……。ウチハはここで待ってろ」

 

 

 エイタは揉めている二人に近づくと仲介に入り、スーツ姿の男と話し込み始める。

 

 突然の乱入者に、しばらくは平行線上に見えた両者のやりとりは、やがて押し切るようにお金を運転手に渡すことで決着する。

 

 静止し、慌てるように持ち物を探るスーツの男に断りをいれ、役目は終わったと疲れたようにウチハの場所へと舞い戻った。

 

 

 

 その一部始終を、なんとも物申したい表情でウチハは見つめる。

 

 

 

「……あのさー、人のやることに口出しするつもりはないけどさ? やめた方がいいんじゃない、こういうの。いつか足元すくわれるよ?」

 

 

「……お前にはわからねぇーよ」

 

 

「? なんか言った?」

 

 

「別に」

 

 

 


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