タイトルは剣道用語から適当に選んでる。
放課後の体育館。ボクは面の内側から、対戦相手を見た。一瞬のスキを見て、ボクは力強く一歩踏み込む。
「メェーン!!」
竹刀が相手の面に当たって、バチンッ!とすごい音が鳴る。その音は、締め切られた体育館にブワンと広がって。ボクの耳にずっと残った。竹刀をずっと握りっぱなしの手は、ジンジンビリビリとしびれている。
「次!!」
「押忍!!」
最後の相手がボクの前に立つ。ボクは竹刀を握り直して、手のしびれを少しだけ取った。相手はジリ、ジリッと間合いをはかって攻めてこない。面の中は、とっても暑くて息苦しい。胴当てはキツく締め付けてきてムシムシしてる。これまでに部員全員を相手にしていたのもあって、いますぐにでも床に座り込んで全部の防具を外したい。けど、出来ない。最後の相手を倒すまでは。無理に攻める体力はもうない。一度でも近づかれたら、体力のないボクはそのまま押し切られて負けちゃう。ボクが仕掛けなくても。ボクの方が先に疲れて、近づかれて、これも負けちゃう。相手は待ってるだけで勝てちゃう。どうしよう。どっちにしろボク負けちゃうじゃん。・・・・そうだ。一つだけ、ボクが勝てるかもしれない方法がある。
片手を竹刀から離して、すぐに握り直す。相手は反応したが動かない。今度は利き手を離そうとする動作〝だけ〟見せた。相手はここぞとばかりに、振りかぶって胴をガラ空きする。その一瞬のスキを見逃すようなボクじゃない。
「メェ──────」
「ドォーウ!!」
相手の竹刀が届く前に、ボクの竹刀が先に届いた。これで部員全員を倒した。やった、終わった!早く集合かからないかな?
「ドウゾノ。一本いいか?」
今日の部活を終える気満々だったボクの前に、剣道部の顧問の先生が近づいてくる。先生はジャージ姿に、竹刀一本と。誰がどう見ても、とっても危ない格好をしていた。へ?一本って、その格好でいまからボクと試合するの?そりゃ、先生の方が強いのは知ってるけどさ?それでも、ちょっと危なくない?ボクの返事を待たずに、先生は正面に立って竹刀を構えた。仕方がないので、ボクも竹刀をキュッと構える。
勝ち目がないことはすぐにわかった。だって、全然攻めたいって気持ちにならないんだもん。ずっと戦いつづけてて、疲れてるのもあるけれど。ボクの竹刀の一振り一振りが、先生にケガをさせられちゃうって考えると。ボクはすっかり動けなくなっていた。
「ドウゾノ」
「へ?あ、はい?」
「お前は優しすぎる。その甘さを捨てないと、全国大会なんて夢のまた夢だぞ」
「・・・・」
ボクは先生の言葉を聞いて、竹刀を握り直した。先生の言うように、ボクには甘いところがある。相手の弱点を知っていながら、そこを攻められないという甘さだ。ボクが先生に竹刀の先を向けた時点で、ボクは先生との試合を受け入れちゃったんだ。だったらもうどんな言い訳も通用しない。甘さを捨てないと、ボクは強くなれない。
打ち込む決意は固まった。けれど困ったのが、ここからどうやって勝ちにいくか。先生は当然のように、ボクの作ったスキには乗ってこない。ボクから攻めようとしても、やっぱりその瞬間には負けてしまう。手が出せない。先生のスキを待つしかない。ジッと動かずに構えていると、先生の竹刀の先っぽがゆっくりと、大きく動いた。その先っぽを目で追った瞬間。ボクの頭はドシンと響いた。先生の打ち込みだ。防具の上からでもドシンと響く先生の打ち込み。ボクこれ、いまだに慣れないんだよね。
「ドウゾノは反応が素直すぎる。囮に振り回されないように注意しろ。よし、全員集合!!」
先生の呼びかけに、部員全員が集まってくる。ボクも面を外して、並んでる列に急いだ。
「大会が来週に近付いてきている。最後の追い込みだ。これからより一層厳しくしていくので、覚悟しておくように。それと、ドウゾノ」
「へ?あ、はい!!」
「ドウゾノのことを疑うわけではないが。朝練はちゃんと出来ているのか?」
「はい。それはもう。バッチシです」
「それなら、ドウゾノにはみんなの朝練を見てやって欲しいのだが」
「いいえ!ボクは基本的な練習をしているだけですよ?」
「朝練にドウゾノがいないと、部全体が引き締まらないんだ。今週だけでいい。頼む」
「あ、はい。わかりました。明日の朝練から参加します」
「よし。わかってるとは思うが、大会前は特に体調管理に気をつけるように。最後に何か質問はあるか?なければ終わりにする。それじゃあ、解散!!」
『ありがとうございました!!』
あ、危なかった。公園での朝練。エイタのことが気になって、全然練習になってないのバレちゃったのかと思った。なんとか乗り切れはしたけど。明日から学校で朝練する約束しちゃった。これじゃあ、朝エイタと一緒にいられる時間減っちゃうよぉ・・・・。最後に先生の相手もして、ヘロヘロになった足でボクは自分のバックへ向かう。体育館の外で待っていたエイタが近づいてきた。
「お疲れ」
「あーんエイター。今日も練習キツかったよー」
「でも相手、倒しまくってたじゃん」
「最後は先生に負けちゃったけどねー」
「連続で試合してて、疲れてたんだろ?それであそこまで戦えてたんだから、やっぱりウチハはすごいよ」
エイタにほめられて、顔がニヨニヨしてしまう。エイタにニヨニヨしている顔を見られたくなくて、エイタに隠れて水筒の水を飲んだ。ニヨニヨが止まらない。お水、口から垂れてきちゃう。ふと、部のみんなの視線が集まってるのに気づいた。エイタに見せられないニヨニヨ顔を見られてしまった。ボクは恥ずかしさを隠すために、コホンコホンと誤魔化す。
「朝練、明日から参加するのか?」
「あ、うん」
「あんまり無理するなよ?」
「うん」
エイタに気遣われて、ボクはタオルを握りしめた。ボクが学校の朝練に参加するなら、ボクがエイタを朝練に付き合わせる必要はなくなっちゃう。エイタは、ボクと一緒に居たくないのかな?エイタは優しいから、そんなつもりで言ったんじゃないかもしれないけど。ボクはどうしても、そこのところが気になってしまった。
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部活終わりの帰り道。白く地面を照らす街灯の下。ボクとエイタ、二人は一緒に歩いていた。エイタは剣道バッグを持ってくれている。剣道の道具一式が詰まった剣道バッグ。大きくて、重くて。エイタはちょくちょく持ち方を変えている。エイタが剣道バッグを両手で抱えて、剣道バッグとエイタの顔の位置が近くなった時。ボクは思わず飛び上がった。女の子なら特に気にしちゃう〝臭い〟の問題だ。
「ちょっと!あんまり前で持たないで!」
「?いや、この持ち方ラクかなって」
「エイタに〝臭い〟なんて言われちゃったら。ボク、エイタに近づけなくなっちゃう」
「そうなのか?別にイヤな臭いはしないけど」
「鼻近づけないでよ!?」
いくらエイタが大丈夫って言っても、目の前で鼻をクンクンされたら恥ずかしいよ。エイタがボクの言うことを聞かないで、いつまでも鼻をクンクンさせていたので。ボクは思わずエイタから剣道バッグを取り上げた。無理やり取り上げたからかな?ボクの体は疲れで上手く動けなくって。重い荷物をエイタから取り上げたからか、思わず転びそうになってしまう。転びそうになったボクの肩を、エイタは〝危ない!〟と言ってギュッとつかんで。そのままボクを抱き寄せた。痛いくらいにつかまれたボクの肩と、ボクを包み込んで離さないエイタ。ボクは心のなかで、声にならない悲鳴を上げる。
「ウチハは部活で疲れてるんだから、無理するな」
「・・・・」
「嗅がれるのイヤだったんだな。ごめん、謝るよ。バッグは俺が持つからな?」
エイタはそう言って、剣道バッグを持ってくれた。ボクは心臓がドキドキして、エイタに返事も出来ずにいる。エイタの後を追って、ボクも歩き出した。エイタはなにも話さないし、恥ずかしがっている様子もない。エイタはドキドキしてないんだ。ボクだけがドキドキしてるんだとわかると、なんだかとっても悲しい気持ちになった。ドキドキしていたボクの心臓が、ビックリするくらいに大人しくなる。
「今日の剣道部」
「?」
「今日の剣道部。いつもに増して気合い入ってたよな」
「大会近いのもあるし、それと──────」
「それと?」
「先生。全国大会に思い入れがあるんだって」
「そうなのか?」
「うん。詳しく聞いたわけじゃないけど」
「そうなのか。大変なんだな」
辺りはすっかり暗くなる。二人だけの夜の道。街灯の白い光が、時々エイタを浮かび上がらせる。街灯がオレンジ色だった頃よりも、エイタの身長はとっても伸びた。少し前まで、ボクとそんなに変わらないくらいの身長だったのに。時間が流れるのって、とっても早い。ねぇ、エイタ?ボクはエイタと手をつなげる女の子になれたのかな?
「あ、あのさぁ」
「ん?」
「家まで手を繋いでも──────」
ボクが言い終わるより前に。エイタがボクのことを手で止めた。エイタの止めた先に、一人のおじさんがいた。顔を赤くして、お酒を手に持って。そのおじさんが、ボク達の所へ真っ直ぐ向かって来る。
「兄ちゃん、兄ちゃんよぉ?」
「どうかしましたか?」
「金、金ぇ貸してくんねぇか?」
「何かあったんですか?」
「タバコ買おうと思ったんだけどよぉ?財布、落としちまってよぉ?」
「タバコ買いたいんですか?食べ物を買うんじゃなくて?」
「ねぇエイタ、やめようよ。絶対怪しい」
「タバコだよ。とにかくタバコが欲しいんだ」
「いくら貸せばいいんですか?」
「ちょっとエイタ?」
「五百円もあれば買えるぜぇ?」
「千円ならあります」
「エイタ!」
「悪いね兄ちゃん。今度返すからよ?」
「ボク五百円あります!貸します!」
「おぉ。悪いね、お嬢ちゃん」
ボクはカバンの財布から、五百円玉を取り出した。途中、エイタが止めようとしてきたけど。ボクは強引に、おじさんに五百円玉を手渡した。おじさんはペコペコ頭を下げて、何度も何度もお礼を言った。ボクは、そのおじさんが感謝してるのを見て。そういうのどうでもいいから、早くボク達の前からいなくなって欲しかった。やっとおじさんが立ち去ってくれる。
「二人ともありがとなぁ!兄ちゃんはお嬢ちゃん大切にしろよぉ!」
おじさんは思い出したかのように振り返ってそう言うと、フラフラとした足取りでボク達から離れていった。ボクはなんだかモヤモヤした気持ちで、エイタの横顔を見ていた。
「悪いな。家帰ったらおじさんに貸した分の金、渡すよ」
「いい、いらない」
「なんで怒ってるんだよ。俺が勝手にやろうとしたことだろ?」
「ボクの言うこと聞いてたら、エイタはだまされないで済んだのに」
「騙されたって決まった訳じゃ──────」
「決まってるよ!知らない人にお金なんか貸したら、返ってくるわけないじゃん!」
「・・・・ごめん」
エイタは静かにボクに謝った。エイタは一体、何について謝ったの?知らない人にお金を貸しちゃったこと?ボクの言うこと聞いてくれなかったこと?それとも事件に巻き込まれて、頼み事やお願いを断れないこと?エイタは下を向いて、最後まで口を開かなかった。