鏡の奥の向こう側   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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不気味の谷現象

 

 

 

「ねえ、メツギくんはどうして自分が生きづらいか説明できる?」

 

 

「それは……」

 

 

「出来ないでしょ。あ、ぼくちんあたまわるちんっていうクソボケみたいなちゃっちさじゃないよ? もっと大局で世界を捉えた自然の流れ。この世界にびっしり張り巡らされた根っこみたいな存在。メツギくんにはそれが欠落しているから、どんなに水や日光、栄養を与えても最後に腐り果てる」

 

 

「勿体ぶらずに早く教えろ」

 

 

「冷酷さ」

 

 

 

 事も無げに呟けば、メツギくんは二の句も告げずそれきり動かなくなってしまった。

 

 あーまた過負荷でフリーズってる。

 

 話が進まないので、張り手して再起動しようかとカップを置くが、テーブルを挟んだ位置関係が悪く秒で断念。

 

 台パンして、ビクついて、ほーら直ったと口端を引く。

 

 

 

 進みの悪いチョコミントを伺い、向こう見ずに憐憫を。とろくさいって罪だよね。

 

 みんながギアを合わせてあげないといけないんだからさ。

 

 

 

「……人間の冷たさが、賢さの本質だとでも言いたいのか?」

 

 

「そう言ったつもりだけど」

 

 

「時代錯誤だ……」

 

 

「そ?」

 

 

 

 チョコミントを舌で削ぎ落としながら、メツギくんを観察する。

 

 論理的なら理詰めればいい。激情家なら感情に訴えればいい。考えなしは言いくるめればいい。でも、どれもメツギくんには効果が薄かった。

 

 

 

 樽底の人間。人の顔色をチラチラ確認するチワワ。認知的不協和の前で、いつまでも途方にくれる暇人。一貫性の原理を尻に敷いて、不幸だと嘆く好き者。薄幸で酔いしれるオナニスト。罵声で蛇に睨まれたカエルになるマゾ気質。

 

 決して認知のズレや、背馳する行動にもがき苦しんでる訳じゃなかった。

 

 特殊性癖持ちの歩く死体。

 

 一瞬でもあたしに似てるなんて錯覚してしまったのがアホらしい。

 

 

 

 けれど、コントロールしやすい人材なのは確か。

 

 条件付けさえしっかりやれば、従順な奴隷に仕立てるのはお茶の子さいさい。

 

 これまでの失態は、あたしからの矢印が過ぎたから。

 

 実力も示せた。興味も持たせた。焦らしもしてる。

 

 話を聞かなきゃならない状況に持って来れた時点で、メツギくんは術中にハメるのは容易い。さ、これからどう必至を組み立てていくべきかな? 

 

 

 

「それが事実だとしたら……より性格の悪い人間が歓迎される社会ってことになるんだぞ」

 

 

「その社会ってのには定員があって、毎日イスの奪い合いが起きてるって実感はないワケ?」

 

 

「……それが全てじゃない」

 

 

「全てだよ。スポーツマンもミュージシャンもアーティストも、有名どころでテレビに出てて歓声を浴びてるのならみんなみんな同じ。熾烈な競争の末に居場所を確保してきた。そんな彼ら彼女らが、蹴落とした相手に一々立ち止まっちゃう人間性だったとしたら、変わらずその地位に就けてたと思う?」

 

 

「……証明のしようがない」

 

 

「お手手つないだハッピーセットがお好み? いい加減目を覚ましたら? どんなに頑張っても上手くいかない異様さ。いつも一歩も二歩も出遅れる欠陥さ。優しくしたり気遣ったり手助けしたはずのあの人達は、どうしていまのメツギくんを放置してのうのうとしてられるのかな? ホントはメツギくんが一番理解してるんじゃない? 答えは目の前にあって、でもメツギくんから一番遠い場所にあって。アイデンティティーを手放せもしないから、何時までも明後日の方向を見て誤魔化してるって」

 

 

「俺は……誰かの不幸をエネルギーにして前進するような人生なんてまっぴらだ」

 

 

「その誰かってなに? イスに座れなかった不特定多数? 違うでしょ。へなちょこの自分を食い物にされたくないだけなんじゃない?」

 

 

「違う……俺は、本気で」

 

 

「押し倒せ」

 

 

「……え?」

 

 

「ドウゾノさん。幼馴染なんだっけ?」

 

 

「……だったらなんだ」

 

 

「言葉通り。あの子を手篭めにすればいい」

 

 

「ふざけてるのか?」

 

 

「脈がなきゃ甲斐甲斐しく世話も焼かないでしょ。人生を百八十度変えたいってなら、いままでとは真逆の事をしなくちゃ」

 

 

「話が飛躍し過ぎてる」

 

 

「手を出せ、奪え、そして勝ち取れ。避けて通ってきた醜い闘争に参加しろ。それができなきゃ、一生地べたを這い回るウジ虫のまま」

 

 

「俺はそんなこと望んじゃ……」

 

 

「相手を一切考えずに、身勝手を押し付けてやれば良い。後は本能で、ね?」

 

 

「そんな屁理屈が通ってたまるかッ」

 

 

「理屈は通ってるんだ〜嬉しいなぁ〜メツギくんのお墨付きだぁ〜」

 

 

 

 痛快に笑って揶揄ってやれば、不快そうに顔を歪めてスプーンを手放す。

 

 交渉決裂。荷物をまとめ始めた。

 

 けど無理に引き留める必要はない。

 

 出だしから結末の予想はついてた。

 

 あの性格からして、ドウゾノさんに危害を加えることなんて万に一つにありえない。

 

 

 

 迫り来る現実ほど残酷なものはない。

 

 脇道を見つけられないのなら、必ずまたあたしに縋り付いてくる。

 

 声をかけてきたとかいう徒事ヤロウが不確定要素だけど、それらしいことほざいて何一つ解決してくれない役立たずに比べれば、ハッキリ物申すあたしの方が好印象。

 

 知ってる? 道は急げば急ぐほど足元が見えなくなるんだよ? 

 

 にっちもさっちもいかなくなって、ところてんみたくニューッと押し出されてきた所をおいしく絡め取っちゃえばいい。

 

 反応からして、破裂するまでそんなに時間はかからないだろうから。

 

 それまでは、ま、様子見かなぁー。

 

 

 

 当たり前を説かれ、顔面蒼白のメツギくんが自動ドアへ向かう。

 

 残されたのは、食べ掛けのチョコミント。

 

 三分の一がカップの中に取り残されていた。

 

 

 

 勿体ないなぁーと手繰り寄せ。

 

 こんなに美味しい食べ物、世界に二つとないのになぁーと口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別れも告げずに店を出て。

 

 あれから自分なりの落とし所を見極めようとしたが、悶々とした心は、自宅の前に着いてもついぞ晴れなかった。

 

 頭痛がする、胃酸が登ってくる。気分は最悪の一言だ。

 

 今にも崩れ落ちてしまいそうな脱力感に、早くベットに倒れ込みたいと鍵を探すが、逃げられないように没収されていたんだったとしばし放心。

 

 テスト期間中はウチハと二人っきり。

 

 いまは間が悪い。

 

 

 

 薄々感じていたとはいえ、改めて言葉にされてしまうと込み上げてくるものがあった。

 

 何処に誤りがあるのか指摘できず、"そんなことない"と断言できず。所々で同意している自分を見つけてしまったことが、コツツミさんの論調に乗っかっているようで不愉快だった。

 

 俺はコツツミさんの語っていた、突拍子もない世界の仕組みとやらでさえ、心が揺らいでしまうほど主体性のない人間なのか。

 

 あるいは心の奥底で、ウチハのことを滅茶苦茶にしてやろうなんて、恐ろしい欲望が息を潜めているのだろうか。

 

 不安定な精神下で結論を急いでしまうのは、碌でもない暴発を招きかねない。いまはウチハと距離を置くことが賢明だ。

 

 彼女を前にしてどんな感情が溢れ出すか、分かったものじゃない。

 

 少なからず、コツツミさんの言葉を消化しきるまでは時間を取るべき。

 

 休息を諦め、どこで安静に過ごすか候補を出す傍ら。扉の向こうから、悪魔が囁く。

 

 

 

 最後のチャンスだとしたら? 

 

 

 

 ドウゾノ家の前で足が止まる。

 

 何がチャンスだ。

 

 どんな手を使ってでも生まれ変わりたいんじゃなかったのか? 

 

 常識を欠いてる。

 

 ウチハが彼氏を作らない理由。お前は知ってるんだろ? 

 

 うるさい。

 

 オマエに向けられる特別な感情に、本当は気付いてるんじゃないのか? 

 

 ふざけるな。

 

 エイタの力になりたい。

 

 やめろ。

 

 ボクはエイタの味方だから。

 

 やめろ。

 

 そこまで言ってくれるなら、全部受け取って貰わないと損じゃないか? 

 

 やめてくれ。

 

 

 

 頭では拒絶を指示するも、体は一歩一歩と玄関ににじり寄って、淡々と解錠していく。

 

 手が足が、いうことを聞いてくれない。

 

 自分が自分でないみたいで気持ち悪い。

 

 

 

 ウチハの靴が中央で揃っていた。

 

 荷物を放り出す。

 

 玄関に上がり彼女を探す。

 

 風呂場につづく扉が開いて。

 

 バスタオルで前を隠しただけのウチハ。

 

 床を鳴らしながら迫り。

 

 両肩を掴んだ。

 

 拍子に小さく息が漏れて。

 

 ギュッと恥ずかしさでタオルを引き寄せたと思えば、すぐ緩む。

 

 体温が肌越しに伝わり。

 

 この一枚先に、生まれたままの姿がある。

 

 ウチハは逃げない。

 

 手で距離を空けるようなこともない。

 

 シャンプーの甘い香り。

 

 俺の女だ。

 

 生唾を飲む。

 

 抜け出せるかも。

 

 膨らみに手を添え。

 

 この苦しみから。

 

 押し黙るウチハ。

 

 支配して。

 

 タオルに手を。

 

 追い付け。

 

 伸ばし。

 

 追い越せ。

 

 奪いとれ。

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 視界が溺れた。

 

 止まらない。

 

 拭っても、止まらない。

 

 ウチハから離れる。

 

 困惑。感染。二人して。

 

 名前を呼んで、すり寄る腕に。

 

 怖くなった。

 

 聞いたこともない腑抜けの声に、嗚咽を交じらせながら。

 

 靴も履かず。逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涙の理由がわからない。

 

 なにから逃げているのかわからない。

 

 何処へ向かっているのかわからない。

 

 自分のことさえ知らなかった。

 

 

 

 人の群れに逆らって走る。

 

 ひたすら、ひたすら。顔をぐちゃぐちゃにしながら距離を稼ぐ。

 

 何者にもなれない。何者でもない。

 

 優しさも、賢さも、狡猾さも。全ては出来損ないだった。

 

 始めから中身なんて詰まってなかった。

 

 食い荒らされた種子。

 

 芽なんて出る筈もなく。

 

 ただ、それだけ。

 

 それだけのこと。

 

 それだけ。

 

 

 

 ひたすらひたすら振り払い。

 

 足を痛めて、あの日の公園。

 

 帰宅を促すチャイム。帰る場所のある子供達。

 

 歩き疲れた迷子も、帰宅の遅い親も。

 

 永遠にさまようのだと突きつけられれば、泣きじゃくる。

 

 あまりにもちっぽけだった本性を、小さく小さく畳み込んで。

 

 どうせなら、希望の余地すら挟めないくらい、何もかも攫っていってくれれば。

 

 与えることが難しいのなら、せめて何も恵んでくれなければよかったのにと。

 

 出来ることといえば、もしもを願って、途方に暮れるくらいしか。

 

 

 

「メツギさん?」

 

 

 

 泣きつきたさと、情けなさ。

 

 全部全部、吐き出してしまいたくなるその声に、胸は痛んで切なくなった。

 

 

 

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