鏡の奥の向こう側   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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パレイドリア現象

 

 

 

 エイタが泣き出して、出ていった後。ボクはバスタオルから新しい服に着替えて、いつも通りおばさんの夜ご飯のお手伝いをして。気づいた時には、ボクは自分の家の玄関に座り込んで。そこから動けなくなっていた。頭にずっと残ってるのは、エイタの泣いた顔。ボクは、どこで間違えちゃったんだろう。ボクが嫌われることになっても、もっとエイタを心配した方がよかったのかな。おばさんには、エイタに襲われそうになったことを言えなかった。傷つかなかったわけじゃないんだよ? でも、エイタをこれ以上追い詰めるようなことはしたくなかったから。頑張って、いつも通りのボクでいた。ボクは昔、エイタにたくさん守られて来たから。だから今度は、ボクがエイタを守る番。エイタには、ただ幸せになってほしくて。けど〝ボクのとなりで〟っていうのは、たぶんとってもワガママで。エイタを本当に大切にしてくれる素敵な人と出会えたのなら。エイタのそばにいられないのは悲しいけれど、それでエイタが幸せになるなら。ボクはちゃんと、エイタのことをあきらめないといけない。……ボクの知らない〝誰か〟と出会ってから、エイタは変わった。それがキッカケで、今度はコツツミさんともエイタは関わりを持つようになって。ボクの心配していたことがいよいよ現実になってしまった。コツツミさんの悪いウワサ全部信じてるわけじゃないけど。みんなから悪く言われるってことは、コツツミさんにもそれなりの理由があると思うから。ボクよりも頭のいいエイタが、いまクラスでどんな目で見られているか。わからないはずがないのに。〝エイタなら大丈夫〟って自分に言い聞かせるけど。辛そうに泣いてたエイタを見ちゃったら、〝エイタなら大丈夫〟って気持ちも揺らいじゃうよ。

 ボクはどこで間違えちゃったんだろう。やっぱり、エイタのことを誰かに相談した方がよかったのかな。家族は……仕事で忙しいし。おばさんは……エイタのこと責めちゃうし。おじさんは……なんだか頼りないし。友達には……こんな重い話したら、引かれちゃうだろうし。ボクがなんの力にもなってあげられないせいで、エイタは一人で辛い思いをしているの? 誰にも話せない胸の内。ボクがどれだけ悩んでも、悩んでも。剣道しか取り柄のないボクには、こんな時どうすればいいのかわからなくて。一人ぼっちでボクのお家に取り残されていると、なんだか暗い気持ちに飲み込まれそうになってしまう。

 

 〝カチャ〟

 

 玄関のドアが開いて、ゆっくりと家の中に光が差し込んでくる。エイタが帰って来てくれたんだ。いまはただ、エイタが帰って来てくれたことが嬉しくて。ボクは思わず、エイタに抱きついていた。

 

「お帰りエイタ」

 

 〝なにも出来なくてごめんね〟と、抱きついたままエイタの頭をなでる。大好きなエイタの匂いを胸一杯に吸い込めば、さっきまで暗い気持ちに飲み込まれそうになっていたのが嘘みたいに消えてなくなっちゃう。

 

「……あぁ。ただいま」

 

「お腹すいてるでしょ? 味噌焼きおにぎり作ったんだ。おかずは、おばさんに分けてもらってね?」

 

「ごめん」

 

「へ? なんで謝るの?」

 

「俺が情けないせいで……ごめんな」

 

「あっ」

 

 エイタにギュッと抱きしめられた。頭が鼻息でくすぐったい。ボクが落ち込んでたことなんて、エイタには全部お見通しなんだ。〝エイタは情けなくないよ〟って伝えたくて、ボクはエイタの腰にギュッと腕を回す。ずっとこのまま、時間が動かなければいいのに。

 

「……そろそろ、いいか?」

 

「ご、ごめん。エイタお腹空いてるよね? すぐご飯にするから」

 

 エイタと離れたくないなって気持ちで、エイタの服を掴む。だけど、エイタに甘えすぎて嫌われるのだけは絶対にイヤだから。ボクは必死にエイタの服から手を離した。リビングに戻って、エイタの食べる夜ご飯の準備すら。冷蔵庫からラップしておいたお皿を取り出して、順番にレンジにかけていく。エイタが帰ってきてくれて、暗い気持ちはもうどこにもない。むしろ、気分はとってもルンルンしてる。だって土曜日も日曜日もずっとエイタと一緒に居られるんだよ? そんなのもう、ボク幸せすぎて爆発しちゃいそう! リビングのテレビをつけて、ワイワイガヤガヤ賑やかな番組にチャンネルを回す。味噌焼きおにぎりも、冷たいところがないように温めて。温め終わったら、今度はおばさんに分けてもらったおかずを温めて。〝ご飯できたよ〟とエイタに声を掛けて。返事がないから洗面台まで様子を見にいってもう一回声をかけて。用意したコップに麦茶を注いで。テレビを見ながら、エイタがテーブルに来るのを待った。

 

「着替えてこなくていいの? 制服のままで大丈夫?」

 

「……食べてからでもいいかなって」

 

「ほんと、エイタって焼き味噌おにぎり好きだよね」

 

 好きな食べ物を前にして、子供みたいにわかりやすいエイタにニヤニヤして。〝いただきます〟と手を合わせてから。エイタが帰って来てからチラリと気になっていたことを、ボクは聞いてみることにした。

 

「どうしたの? あのサンダル」

 

「……いや、借り物」

 

「へー優しい人もいるもんだね〜」

 

 もしかしてその人って、エイタが前に話してくれた、ボクの会ったことない謎の人かな? でもその人、ちょっと変なんだよね。だって、エイタとそんなにたくさん会ってるわけじゃないのに。エイタとすっごく仲がいいんだよ? エイタが変わるキッカケを作ってくれた人みたいだけど。だから余計、エイタがヘンなことされてないか。ボクはすっごく心配なんだ。エイタはとっても優しいからさ? とっても悪い人に気に入られちゃって、エイタが困ってるみたいなこと。考えられなくもないでしょ? 一度その人と会って、この目で確かめてみたいな。それに、もしエイタとすっごく仲良しなら。そのヒケツ? 知りたいし。

 

「なぁ」

 

「? なに?」

 

「明日……出掛けてきていいか?」

 

「なんで?」

 

「いや。約束したんだ」

 

「コツツミさんと?」

 

「違う」

 

「エイタ、テスト大丈夫なの。今度また成績下がったら、おばさんの怒り爆発しちゃわない?」

 

「それはまぁ、なんとかする」

 

「おばさんに有る事無い事言いふらしたっていいんだよ?」

 

「ッ!?」

 

「ボク、おばさんに頼まれてるんだ。エイタがちゃんとテスト勉強するように、ちゃんと見張っててって」

 

「……」

 

「このままエイタを見逃しちゃうと、ボクおばさんとの約束破ることになっちゃう。せめて、テストが終わった後にしよ? それならボクも、エイタの力になれるから……」

 

「ダメだ。もう約束してあるんだ。いまさら後戻りなんてできない」

 

「じゃあボクも連れてって」

 

「……は?」

 

「テスト期間はエイタと一緒に居たい。あと、エイタが会う人がどんな人かこの目で確かめたい。それに、エイタがどんなことしてるのか。ボクすごく知りたいし」

 

「……」

 

「エイタに選ばせてあげる。ボクがおばさんに伝えて、明日出掛けられないようにするか。それとも、エイタのお出掛けにボクも連れていくか」

 

「……」

 

 リビングには、賑やかなテレビ番組の音。エイタは食事の手を止めて、しばらく考え込んだ。そうして、ボクに向かって小さく言った。

 

「悪いがウチハ。ウチハの提案はどっちも選べない。俺は明日出掛けない。明日の約束はなかったことにしてもらう」

 

「……そっか」

 

 エイタは、ボクが出した二つの選択を無視して。大人しく家に残ることを選んだ。エイタ、あんなにお出掛けしたそうだったのに。エイタはボクが明日ついてけることが、よっぽどイヤらしい。エイタがスマホを取り出して、文字を打ち込んでる。きっと、明日出掛けられなくなったことを相手に伝えているんだろう。大好きな味噌焼きおにぎりも、半分しか食べてないのに。……。

 

「もしかして、エイタってその人のことが好きなの?」

 

「ッ、ゴホッガハ! ケフ……ンン」

 

 エイタは苦しそうに胸を叩いて、麦茶を勢いよく流し込んだ。あぁ、そっか。エイタに好きな人ができたんだ。それなら、エイタの行動が変わったのも納得しちゃう。けど、そっか。エイタとは小さい頃からずっと一緒にいたのに。ボクは、エイタが最近知り合った人に負けちゃったんだ。エイタに好きな人ができたら、ちゃんとエイタのこと諦めなきゃって決めてたのに。いざ実際にエイタに好きな人ができちゃうと、あんんだかとっても寂しいな。……この短い間で、エイタと仲良くなって、エイタをメロメロにしちゃう相手。ボクがちゃんと、エイタのことをあきらめるためにも。一回ちゃんと、会ってみたいな……。

 

「エイタ」

 

「? どうかしたのか?」

 

「ボク気が変わっちゃった。一緒に出掛けよ?」

 

「マナーがなってないだろ。飛び入り参加だなんて」

 

「うん。だから伝えてくれる?」

 

「……断る」

 

「ボクが目をつぶってるから、エイタはその人に会えてるんだよ?」

 

「……」

 

「エイタは、もうその人に会えなくなってもいいの?」

 

 あぁ、これ。ボク、エイタにすっごいヒドイことしちゃってる。でも、ボクはどうしてもエイタの好きな人に会いたかった。エイタの好きな人が、とっても素敵な人だったら。ボクがエイタのこと、ちゃんとあきらめられるんじゃないかと思ったから。だから、これでボクがエイタにすっごく嫌われることになったとしても。これは、絶対に必要なことなんだと思う。エイタは、ボクに目を合わせてくれなかった。スマホの画面を見つめたまま、動かなくなってしまった。動けなくなって、しばらくして。エイタは〝わかったよ〟と小さく呟いてから、イスを引いて廊下に向かう。エイタはそこで、ボクの知らない人と電話を始めるのだった。

 

 

 

 次の日。ボク達は朝早くに起きて、待ち合わせ場所へ向かう。その場所を聞いた時、ボクは一瞬〝ヤッター!! 〟ってはしゃぎそうになってしまったけど。その後すぐに〝へ? もしかしてボクがついてきてなかったら、二人でデートしてたの? 〟て考えちゃったのが最後。本当にボクがお邪魔して良かったのか不安になった。それとなくエイタに〝これってデート? 〟って聞いてみたけど、エイタは〝そんなんじゃない〟って言って顔を赤くしていた。二人きりに遊園地に行くとか。エイタとその人、すっごい仲良しじゃん。それでもエイタと遊園地に来れたのは、なんだかんだ嬉しくって。ボクはエイタと、〝お化け屋敷を怖がってたエイタ〟の昔話をしていた。そこに、ボクが今日会いたかった人がやってくる。

 

「待たせてしまったかな?」

 

 振り返ったボクは、とっても驚いた。透き通っていて、とってもキレイな声。背が高くって、髪の毛もツヤツヤしていて。スタイルもよくて、とっても美人さんな。スーツをピシッと着こなして、バッグから三枚のチケットを取り出す。大人の女性が立っていた。

 

 

 

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