鏡の奥の向こう側   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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傍観者効果

 

 

 

 大人三枚の当日券をバックにしまう。

 

 賑わいを縫うように進みながら。向かうは、入場ゲート手前の噴水広場。

 

 時刻を確認。あと十五分でメツギさん達との約束の時間。

 

 

 

 飛び入りでの参加を打診された時は何事かと身構えたが、口ぶりから察するに、近しい間柄のようだった。

 

 しかし、油断は禁物。

 

 その人物が、メツギさんを萎縮させている可能性も考慮に入れなければ。

 

 そうなれば自然と、発言には慎重さが要求されるわけで。

 

 結果、準備していた会話展開は水泡に帰し。これで果して、メツギさんの助けとなれるのだろうか。

 

 

 

 自らの愚鈍を認知してなお、約束を無下に出来なかったのは、過去に囚われている証左とも言える。

 

 "人は善人に成り切れない"

 

 ちらつくのは先生の言葉。

 

 誰かの発言というものは、案外無下にできなくて。

 

 いつからか言霊と言われ始めたように、言葉には不思議な力が込められている……などとオカルトを謳い始めれば、アナタは笑ってくれるだろうか? 

 

 

 

 くゆる濃霧の只中で。手にするランプ一つでは、足元さえも覚束無ず。

 

 ……私は、光を見出せないでいる。

 

 明滅を繰り返す私の言動や行動が、メツギさんに悪影響を与えない保証など、何処にもない。

 

 

 

「遊園地くるの何年振り? 二人で来たことあったっけ?」

 

 

「さあな」

 

 

「そだそだ、エイタがお化け屋敷の前で泣いちゃったのが最後だっけ?」

 

 

「……」

 

 

「おばさんに引っ張られてさ。出口までセミみたいに引っ付いて怒られてたよね? みっともないって」

 

 

「……」

 

 

「ボクは別に、抱きつかれても気にしないから、ね♡」

 

 

「……」

 

 

「もう! ダンマリ決め込んで! 女の子には優しくしないと嫌われちゃうんだよ?」

 

 

「その方がいいのかもな」

 

 

「……なんて?」

 

 

「なんでもない。そんなことより、今日はくれぐれも失礼のないようにしろよ」

 

 

「それ何度目? ちょっと気にしすぎじゃない?」

 

 

「わざわざお金と休日使って出向いてもらってんだ。これくらいわけない」

 

 

「どーだか。おばさん達と出かけるって時は、ナメクジみたいに準備遅いのに。……朝は先に起きてソワソワしてたみたいだし」

 

 

「……」

 

 

「なに? イライラしてるの?」

 

 

「別に」

 

 

 

 険悪な会話の中に、聞き覚えのある声を見つけ。

 

 人混みを探り、目に止まる。

 

 ……。

 

 メツギさんもなかなか、隅に置けない。

 

 気にかけてくれる異性がいることを幸運と取るべきか、不幸と見るべきか。私には判断がつけられない。

 

 二人の関係性に微笑ましさを感じながら、どこか薄氷の上を歩いているような危うさも同時に覚えた。

 

 

 

「ちょっとそこらへん歩いてくる」

 

 

「い〜じゃんここでまってよーよぉー。待ち合わせの場所ここなんでしょ?」

 

 

「いや、"もしも"って場合もあるし」

 

 

「なにその"もしも"ってぇ。エイタがどっかいってる間にその人来たらどうするの? ボク顔知らないから、すれ違ってたら後から気不味くなるやつじゃん!」

 

 

「ちょっとそこらへん歩いてくるだけだ。すぐ戻ってくる」

 

 

「む─────。ボクに"もしも"があったらどうするのさぁ」

 

 

「……ウチハなら自力でなんとか出来るだろ」

 

 

「それどういう意味?」

 

 

 

 声のトーンが一つ下がり、メツギさんの袖口が引き締まる。その異変に気付いた彼は、躊躇いながらも振り向いた。

 

 大事を取るなら、速やかに二人の間に割って入らなければ。

 

 

 

 初対面パターンを頭で列挙。

 

 深く息を吐いて、吸って。たったいま遭遇したのを装う。

 

 

 

「待たせてしまったかな?」

 

 

「あ、ツキノキさん。おはようございます。俺達も今「はじめまして、ツキノキさん? ボク、ドウゾノ ウチハっていいます。まずは、突然の無理を通してくださってありがとうございます……えと、エイタがおせっかいかけてたりしませんか?」

 

 

「いいや、そんな事実はないよ。むしろ私が迷惑をかけてしまっているくらいだ。自己紹介が遅れたね。はじめましてドウゾノさん。私の名前はツキノキ キミ。月明かりの月に、野原の野、樹木の木。奇跡の奇に、海と書いて月野木 奇海だ。苗字でも名前でも、好きなように呼んでもらって構わない。今日一日、よろしく」

 

 

「あ、は、はい。こちらこそ」

 

 

 

 顔は総合時に見るならば中性寄りだろうか。

 

 しかし所々の体のパーツに着目すれば、彼女が成長を途中の少女であることが窺える。

 

 控えめなながらも、体は女性らしい柔らかさへ向かっている。

 

 私の方から握手を求めると、ドウゾノさんはかしこまって両手で私の手を取る。

 

 しっかりした子だ。それゆえに、メツギさんと比べられることも無きにしも非ず。

 

 

 

 美麗なS字カーブ。体幹がしっかりしている証拠だ。

 

 上目遣いの体格からは、か弱い印象を受けとる。が、その立ち振る舞いからは只者ではない気配が覗く。

 

 左手の薬指と小指に厚い皮膚の感触。利き腕の方ではない。

 

 真っ先に浮かぶのは剣道、なぎなた、弓道……は違うな。

 

 

 

 好んで情報収集をしないわけではないのだが、世間に疎い所がここで響いてきている。

 

 帰宅してから探りを入れてみることにしよう。

 

 

 

 情報を読み解くことに気取られて。

 

 遅れてその後の展開を吟味し。

 

 硬直していた私は、痺れを切らしたドウゾノさんに先行される。

 

 

 

「あの!!」

 

 

「?」

 

 

「キミさんはエイタとどういったご関係なんでしょうか!?」

 

 

「……ふむ」

 

 

 

 猛々しく睨みを効かせる小さな少女。

 

 その横には、"コラッ"と咎めて肩をつかむ純朴な青年。

 

 どう返せばいいのか、事前に用意は済ませてある。

 

 だがこの後に及んで行動を躊躇し、迷いに身を委ねていたい自分がいた。

 

 

 

「恥ずかしながら不摂生でね。少々縁があって、メツギさんには定期的に料理を作ってもらっているんだ」

 

 

 

 対して、ドウゾノさんは全ての感情が消失した虚無を描き。

 

 メツギさんの方は、わずかばかりの喜びと安堵の一息を入れる。

 

 いち早く建て直したのは彼女の方。唇を震わせ、言いたげを吐露する。

 

 

 

「か、かか通い妻?」

 

 

「お前意味わかってないだろ」

 

 

「で、でも、でもでも──────」

 

 

「落ち着け。……別に、やましいことはない」

 

 

 

 その言葉に、彼女の目はじっと細められ。

 

 手を叩いて。二人の注目を集め、強引に話題をすり替える。

 

 

 

「せっかく遊園地に遊びに来たんだ。今日は目一杯楽しもう」

 

 

 

 

 

 それから私達は、数々のアトラクションを乗り継いだ。

 

 だが休日だったこともあり、人気の乗り物には長蛇の列が。

 

 無計画に回れば、待ち時間が思い出になってしまうと協議に入る。

 

 結果、午前は回転率のいいサブアトラクションを中心に。午後からどうしても乗りたいメインアトラクションを攻めようと話がまとまった。

 

 

 

 道中はドウゾノさんからの質問がつづく。

 

 事実を織り混ぜながら、メツギさんが迎合しやすいカバーストーリーを語り、肝心な部分は直隠し。

 

 蚊帳の外のメツギさんは、私に会話が振られるたび、言いたげを抑え込んでいるようだった。

 

 

 

 初めは怪訝だったドウゾノさんの顔も、やがて柔らかく推移し。

 

 彼女が身の上を語りだす頃には、ランチタイムに差し掛かっていた。

 

 

 

「いい頃合いだ。そろそろお昼にしよう」

 

 

「あ、もうこんな時間」

 

 

「丁度、出店も近くにある。メツギさんも構わないかな?」

 

 

「あの、昼食代は自分たちで出しますから」

 

 

「それはまたどうして?」

 

 

「どうしてって、そりゃ……」

 

 

「遊園地を楽しむコツは、細かいことを気にしないこと。"チケット分は楽しんでもらいたい"と願うのは、購入者のエゴだろうか」

 

 

「……いいえ。金額に対する捉え方は人によって違うでしょうけど、対価を望むのは当然の権利……なんですかね」

 

 

「ふふ。なら、私の気持ちを受け取ってくれるかい?」

 

 

「……ツキノキさんがそれでいいなら」

 

 

「……」

 

 

「なんだよ……」

 

 

「エイタって、キミさんと距離近いよね」

 

 

「……」

 

 

「ちょっとしゃべっただけだけど、夜に抜け出してまで会いに行っちゃう理由が少しわかったかも。うまく言葉には出来ないけど……キミさんにはボクの言葉がちゃんと伝わってるっていうか、心のモヤモヤがスッキリするっていうか。……だからさ? これだけはハッキリさせておかなきゃ。キミさんに甘えるのって、なんの解決にもならないからね?」

 

 

「……………………」

 

 

「メツギさん?」

 

 

「……すみません。気分が悪くなってきました」

 

 

「大丈夫? もしかして朝からずっとそうだったの? それならそうと始めからいってくれればよかったのに。ごめんなさいツキノキさん、エイタ具合が悪くなちゃったみたいで。昔から外に出かけると時々あるんですよ。だからここはボクに任せてください。必要なら後日また連絡しますから」

 

 

 

 メツギさんの顔を湿っぽく執拗に触り、流暢に代弁をこなし。

 

 "ほら、帰ろ? "と手を引いて、申し訳なさそうに何度も頭を下げる彼女を、私は見ていることしかできなかった。

 

 

 

 パチン

 

 

 

 手を払う音。

 

 メツギさんが、明確な拒否を示した音。

 

 時が止まるとはこのことか。

 

 ドウゾノさんは、退けられた手とメツギさんを交互に見て、首を傾げた。

 

 

 

「……え、なに?」

 

 

「……」

 

 

「もしかして、歯向かってるの?」

 

 

「……」

 

 

「エイタがどう思おうと勝手だけど、エイタが周りの人を振り回してるって実感ない?」

 

 

「……嫌いだ」

 

 

「……なんて?」

 

 

「ウチハなんか大っ嫌いだ」

 

 

「………………そっか、そっか。わかった。そうやって人の気持ちなんか知らんぷりして、そうやって人の親切から逃げ回って、大好きなツキノキさんにいっぱいいっぱい認めてもらって。それが今のエイタの幸せだっていうなら、もうボクにしてあげることはないよ。……助けが欲しくなったらいつでもいってね? エイタが帰ってきてくれるって、ずっとずっと、ボク信じてるから」

 

 

 

 冷静沈着に見える語り口は、しかし血管が浮き出るほど動揺した拳によって否定される。

 

 振り返る、ほんの一瞬。ひときわ鋭い眼光に睨まれ、心臓が畏縮し、さぶいぼが波打った。

 

 まるで、これから起こる未来を予見しているような。決意に向かって歩き出すような。力強い足取りを、私は見逃すことしかできなかった。

 

 二人の和解は贅沢までも、せめて二人の関係性を壊さないような立ち回れなかったのかと、不器用で情けない己を恥じた。

 

 

 

「……違う。こんな、はずじゃ。こんなはずじゃない」

 

 

 

 悲壮感を背負い、肩を震わせる後ろ姿。

 

 おもわず伸びた手は、けれど何の解決にもならないことを理解し宙を舞って。

 

 腕を組み、指先をこね合わせ。卑怯にも、十八番の出し渋りを決行した。

 

 

「誰かを、傷つけたいわけじゃないんです。でも、現に俺はウチハのことが"嫌い"と言い切ってて。家族を大切にしなきゃと心に留めておきながら、実際に一家団欒の時間になると、俺が一番空気を悪くしてて。クラスメイトとも、もっと話を合わせたり盛り上げたり積極的にならないといけないって理解しているはずなのに、やることなすことてんで駄目で。……その全部が俺のはずなのに、けど全部が間違っているような実感のなさがあって。人よりこうしたいなんて望みがなくて、けどそれだと体裁が悪いから、その場で取ってつけたような雑な欲望をぶら下げてみたりして。そうやって自分を薄めることに慣れてるからか、他人の言葉にあっさり染まっちゃうんですよ。もう、疲れました……振り回されるのに、疲れたんです。ツキノキさん、隠さないで、ハッキリ言ってください。俺は、世間の平均より数段劣り腐った……ダメ人間なんでしょうか

 

 

 

 最後は、か細い声だった。消え入りそうな声だった。

 

 注意深く意識を集中していなければ聞き逃してしまうような。メツギさんの底の底、極夜に囚われた場所。

 

 きっとその場所を長い間、根城にしていたのだろう。

 

 声が震えているのは、半ば受け入れ、他の生活など考えにも及ばないから。

 

 私と出会う以前から、すでに何十回何百回と夜明けを夢見て、何十回何百回と裏切られ。

 

 イヤでも体に染み付いてしまっているのだろう。

 

 

 

 残念なことに私には、彼の積年を解き放つだけの眩い希望を持ち合わせてはいない。

 

 むしろ、メツギさんにとっては介錯となるような。冷たく鋭利な刃物なのかもしれない。

 

 私が、最後の一押しを。トドメを下してしまうかもしれない。

 

 けれども、それを。解放と取るには名ばかりの暗澹を。メツギさんは欲してしまっている。

 

 

 

 私の責任だ。

 

 たとえ運悪く順番が巡ってきたのだとしても、大人として引き受けた以上、それは私の責任だ。

 

 ここで私が同意しても、拒否しても、結果は同じというのなら。

 

 なら、そうであるのなら。

 

 矮小な私の全てを、メツギさんに託そう。

 

 それがたとえ、なんの解決に至らないとしても。

 

 

 

「……いこうか」

 

 

「? 行くって、どこへです?」

 

 

「本当のメツギさんを探しに」

 

 

 




 
今更ですけど、全国高等学校剣道選抜大会に個人戦はありませんでした
・・・・あぁ^修正したい欲に駆られるじゃぁ^〜
https://www.ookinakagi.com/a-cursed-trash-can-that-makes-your-heart-chill23/
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