鏡の奥の向こう側   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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第四章
開戦は歩の突き捨てから


 

 

 

「ツキノキ。お前どっか部活入れ」

 

 

「……」

 

 

「ちょっとでも興味を引くような部活はなかったか? ないってなら、先生も困っちまうがな?」

 

 

「……」

 

 

「ダンマリか。だが、帰宅部ってのはイカンぞ? 進学するにせよ、就職するにせよ、面接時の印象が悪くなる」

 

 

「……」

 

 

「こりゃまいったなぁ……」

 

 

 

 手詰まりで、寂しくなった頭を撫でる。

 

 目の前には変わらず、長机に視線を落とす一人の生徒。

 

 出席番号二十三番、ツキノキ キミ。

 

 自己紹介の時もこんな調子だったから、印象に残っている。

 

 

 

 授業態度は真面目。

 

 特定の交友関係は持たないが、クラスメイトとの関係は良好。

 

 自己主張が苦手なようだが、かといって擦れてるわけではない。

 

 少し変わったところもあるが、"模範生"と認識していたために、今回の件には面食らった。

 

 

 

 部活加入は強制じゃない。ないんだが、孤立を促すなんてことは教員のすることじゃない。

 

 

 

 なおもツキノキは一言も喋らず。

 

 ため息をつきたくなるのを堪える。

 

 このままでは埒が開かないので、おもむろに席を立った。

 

 

 

「将棋、わかるか?」

 

 

「……いいえ」

 

 

「んじゃ、これ読みながらでいいから。一局指そう」

 

 

「……」

 

 

 

 プラスチックの将棋盤を広げ、入門向けのルール本を差し出す。

 

 我ながら唐突すぎだ。臍を曲げられてもおかしくない。おかしくないが、反応を示してくれるなら内心何でも良かった。

 

 結局、ツキノキは異論を唱えず、表情を動かさず。大人しく本を開いて読み始めるのだった。

 

 

 

 飛車角を除き、ゆっくりと自陣の駒を並べる。俗にいう、飛車角落ち。

 

 一通り読み終えたのか、本と見比べながらツキノキも駒を並べていく。

 

 駒を摘むように持ち上げる仕草には、初々しさに溢れている。

 

 準備が整ったのを見て、頭を下げた。

 

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

「……お願いします」

 

 

「先生は二枚落ちだ。こういう場合、先に駒を動かすのは不利な方からだ」

 

 

「……」

 

 

 

 パチンと駒を動かし、つづいてツキノキも駒を動かす。

 

 本と無表情でにらめっこしながら、一手一手慎重に指していく。

 

 

 

 将棋には"棋風"と呼ばれる、性格のようなものが明確に現れる。

 

 攻めを重視した攻撃的な棋風。ゆったりと戦いたい守備寄りの棋風。前例を無視し、実力勝負に持ち込む力戦的棋風。

 

 どうやらツキノキは、見たままのようだ。

 

 

 

 将棋は相手との対話。なんて呼ばれたりもする。

 

 我が強すぎると、相手に狙いが読まれ、作戦負けになりやすい。

 

 かといって、主張がなさすぎるというのも考えものだが。

 

 

 

 飛車角落ちは強力な大駒こそないものの、小駒は充実しているので守備には困らない。困らないが攻めなければ勝てないので、必然、盤面を圧迫していくような将棋になる。

 

 守るべき玉も前線に送り出した。なにぶん、こちらの駒は不足している。

 

 

 

 前線を広げながら歩を交換していき、桂馬を跳ねた。

 

 居玉の相手に対して、中央での攻撃準備を整えていく。

 

 ツキノキの方は、なかなか攻めるのに難儀している。こちらが盤面を制圧するように指しているので、飛車や角といった足の長い駒は動きづらそうだ。

 

 何とかツキノキは左辺突破の目処を立てたようだが、こちらとしては貴重な攻め駒を補充できるので歓迎するところ。

 

 が、依然戦力差には大きな開きがある。モタモタしていると、押し潰されかねない。

 

 

 

 頃合いと見て、歩を突き捨てて開戦する。

 

 手持ちの歩で陣形を乱し、銀を進出。歩で弾き返す手には、金の頭に歩を叩く。

 

 逃げてるようでは押し込まれるので取るしかないが、さらに銀を進出させ玉頭を制圧。

 

 ツキノキも駒を密集させて守備を固めるが、こちらはジッと桂馬を跳ねて力を溜めた。

 

 解けない拘束。こちらの玉に手掛かりはなし。盤面は、必勝形。

 

 

 

 対してツキノキは、飛車を自陣に引き徹底抗戦の構え。

 

 満を持して、総攻撃を開始。残された銀・飛車・角を剥がし、勢いそのまま、詰みまで一直線。

 

 

 

「……参りました」

 

 

「ありがとうございました」

 

 

「……」

 

 

「袖飛車に振っていたな」

 

 

「?」

 

 

「ツキノキから見て、右から三マス目に飛車を移動させる指し方をそういうんだ。確かに角と連携させるいい攻めだ。お前なかなか筋いいな」

 

 

「……」

 

 

「これ、貸してやる。駒落ちの定跡書」

 

 

「……」

 

 

「そんじゃな。気をつけて帰れよ」

 

 

 

 相変わらず、何を考えているのかわからない顔で渡した本を見つめていた。

 

 嬉しいのか、悔しいのか、帰りたかったのか。

 

 ままならんな……。

 

 そろそろ職員室に戻って、明日の段取りを決めないとだ。

 

 

 

 一人一人に目をかけるには、先生の数が少なすぎる。

 

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

「それでは職員会議を始めます。各学年ごとに報告をお願いします」

 

 

「一学年です。入部届の提出期限が迫っています。先生方はまだ提出していない生徒への声掛けよろしくお願いします。以上です」

 

 

「二学年です。教職員一名が体調不良により欠席、スネヤ先生に臨時で入っていただきます。以上です」

 

 

「三学年です。本日午前九時頃に空調設備の業者の方が下見に入ります。以上です」

 

 

「全体の報告といたしましては、体育祭が来月七日に迫っています。備品の安全点検、不足分の報告など、早め早めの対応をどうかよろしくお願いします。暖かくなってきましたが、まだまだ朝は肌寒いです。寒暖差で体調を崩さないよう心がけていきましょう。それでは、本日もよろしくお願いします」

 

 

「「「「お願いします」」」」

 

 

「スネヤ先生。ちょっと」

 

 

「……なんでしょうか?」

 

 

 

 教頭先生に手招きされて、嫌な予感がした。

 

 わざわざ朝の忙しい時間に呼び止める、個人的な要望。

 

 九割五分、面倒ごとだ。

 

 ごめん被りたかったが、こちとら税金で飼われた公務員。

 

 拒否権は早速ないものと、後退した頭部を撫でながらそれに応える。

 

 

 

「新しく必修になる授業はご存知で?」

 

 

「えぇ。情報の授業が高校で必修になると」

 

 

「なら話は早い。単刀直入に言いますと、スネヤ先生には情報教員になっていただきたいのです」

 

 

「……」

 

 

「来年を目処に、研修を受けてもらいたいのですよ。ほら、ちょうど国も後押ししているようですので」

 

 

 渡された研修支援の冊子。

 

 IT教育の推進。その神輿は大変ご立派。だが、それを実行する現場はたまったもんじゃない。

 

 人はいない、収入は減る、だが負担や責任は割り増し増し。それで教える内容は、初歩的なものばかり。

 

 本当に必修にする必要はあったのか。選択式ではダメなのか。教えてもらう立場なのは、むしろ我々の方ではないか。

 

 

 

 お上の考えていることは、下々にはさっぱり理解できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、スネヤ先生。やっぱりここにいましたか」

 

 

「……なにか御用ですかな?」

 

 

「いえいえ。姿が見えないので、もしやと思いまして」

 

 

「煙を吸わないとやってられません」

 

 

「同感です」

 

 

「ふぅ──────」

 

 

「聞きましたよ? 情報教員になってくれと頼まれたと」

 

 

「こんな年寄りに一体何を期待しているのでしょうな」

 

 

「年寄りだから、でしょうな。若者には、割り切れんでしょう」

 

 

「せめて、慎重に協議してほしいものです」

 

 

「まあ、無理でしょうな。それが出来るのなら、日本はアジア最低の英語力じゃありませんよ」

 

 

「……火、お貸ししましょうか?」

 

 

「んぁ? あぁ……」

 

 

「何か問題でも?」

 

 

「このライターで、きっかりタバコをやめようとしていたのを思い出しまして」

 

 

「ここまで来たら一本も二本も変わりませんよ」

 

 

「それも……そうですな」

 

 

「失礼」

 

 

「あ、どもども。……スウゥ──────ふぅ──────」

 

 

「これでまた死期が早まりますな」

 

 

「カッカッカ。ここまで生きれれば本望」

 

 

「またどうして禁煙を?」

 

 

「国がタバコに関する法整備を進めていると小耳に挟んで。これから喫煙者は、ますます肩身が狭くなっていくでしょう?」

 

 

「来年も値上がりでしたな。タバコを吸ってるのか、税金を吸ってるのか」

 

 

「世の中は、随分キレイになりました。けど反対に、人の心は荒んでいくように思います」

 

 

「……」

 

 

「お互い、頑張りましょう」

 

 

「その言葉は、生徒達に言ってあげてください」

 

 

 

 タバコの火を消し、携帯灰皿に入れる。

 

 喫煙室を出て職員室へ。

 

 体育祭の発注、しないとだな。

 

 

 

「先生」

 

 

「うぉ!? なんだツキノキか。心臓に悪い」

 

 

「……」

 

 

「どうした? 一局指していくか?」

 

 

「……はい」

 

 

「んじゃちょっくら鍵取ってくるから。資料室の前で待ってろ」

 

 

 

 将棋に興味を持ってくれたのか、定跡書を返しにきたのだろうか。まあ、なんでもいい。

 

 頼ってくるのなら、それにできる限り応えるのが教師の仕事だ。

 

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

 パチンと、プラスチックの安っぽい音。

 

 ルールは前回と同じ二枚落ち。

 

 進行も同じく、盤面制圧に対しての袖飛車。

 

 大きく違う点は、二歩突っ切りという戦法を使ってきたところ。

 

 

 早々に歩で六筋・七筋の位を取られた。角・飛車と足の長い駒に、銀を加えての左辺制圧。

 

 これの痛いところは、貴重な駒を釘付けにされること。

 

 下手に動かすと、角の突破を許してしまう。

 

 

 

 攻めの手掛かりを探す間も、ツキノキは的確な指し回しでこちらを追い詰める。

 

 今度は自陣整備に取り掛かるようだ。

 

 カニ囲い。上部強襲を警戒する形か。

 

 さらに浮き飛車で桂馬を飛ばれ。着々と攻める準備が整っていく。

 

 

 

 有効な手を指せないまま、差は開く一方。これは、まずいな。

 

 局面は敗勢。自陣へ直通している角が強烈だ。

 

 本格的に攻めが始まる前に、なんとか相手に迫らなければならない。

 

 

 

 突出した飛車に狙いを定めた。

 

 銀・金を八筋から繰り出していく。

 

 歩だけでは手が続かんな。何か駒を手持ちにしたい。

 

 端の歩を切って、手筋を使い桂交換。

 

 中央の歩を突き、ここで必殺の桂のタダ捨て。

 

 

 

 歩の眼前に打ち下ろされた桂馬に、ツキノキの手が止まる。

 

 何もしなければ、次に王手で銀が取れる。

 

 だが、真の目的はそれじゃない。

 

 この手は、飛車の逃げ道を塞ぐ手。

 

 ここでツキノキがどんな手を指しても、飛車を追い詰めることができる。

 

 飛車を手にすれば、上部に備えたカニ囲いは脆い。

 

 

 

 意図を読み解き目を見開いているがもう遅い。

 

 そのあとはペースを握り、なんとか勝利を収まることが出来た。

 

 

 

「……参りました」

 

 

「ありがとうございました。なかなか、肝を冷やしたいい戦いだった。後半は、ちょっと詰めが甘かったな」

 

 

「……」

 

 

「ツキノキは、将棋部に興味はないか?」

 

 

「ここは、将棋部なんでしょうか?」

 

 

「あぁ」

 

 

「……」

 

 

「普段は部室に集まらない。主に、詰め将棋を解かせている」

 

 

「少々特殊ですけど、熱心なんですね」

 

 

「いや、そうとも限らん」

 

 

「?」

 

 

「詰将棋を解けば、世界史の対策プリントがもらえる仕組みだ」

 

 

「……それは、不正なのでは?」

 

 

「まあな」

 

 

「……」

 

 

「もし不満なら、生徒総会で議題に挙げるといい」

 

 

「どうして、先生の不利になるようなことを」

 

 

「不正に変わりはないからな」

 

 

「……」

 

 

「活動実績は、詰将棋大会へ出場……したり、しなかったり。成績は、察しろ」

 

 

「……」

 

 

「どうだ、ツキノキ。無理に将棋を指す必要もない。ちょっとした特典もある。籍だけでも置いてみないか?」

 

 

「少し……考える時間を下さい」

 

 

「今すぐにとは言わないが、出来れば明日にも返事がほしい。仮入部期間も、あと数日で終わってしまう」

 

 

「……」

 

 

「これ、貸してやる」

 

 

「?」

 

 

「次の一手問題。ささ、用が済んだんならさっさと帰れ。先生も仕事があるんだ」

 

 

「あの、これ……」

 

 

「ん? あぁ、定跡書か。誰も読むやつなんていないから、明日まで預かっといてくれ。返事を聞いてから、受け取るかどうか決める」

 

 

「わかりました」

 

 

「盤はそのままでいい。よし、そんじゃ閉めるぞ」

 

 

 

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