「なぜ許可していただけないのですか!」
「生徒の負担になるからです」
「それは仕事が増える言い訳では」
「否定はしません」
「それが教職員としての姿勢なのですか!?」
「第一優先は仕事ですので」
「スネヤ先生は学校と生徒、一体どちらの味方なのですか?」
「教育者は常に中立であるべきと考えています」
「全生徒の成績が上がるのですよ? より良い進路を願うのは、教師も生徒も同じでは?」
「たとえその試算が正しかったとしても、許可することは出来ません」
「なぜわかっていただけないのですか」
「用はそれだけですか? それでは失礼させていただきます」
「まぁまぁスネヤ先生、そう固くならずとも。せっかくの若者の意見です、広く意見を募り議論すべきでしょう」
「……」
「次回の職員会議にこの話は持ち越しということで。よろしいですかな?」
「感謝いたします」
「わかりました。問題ありません」
仲裁が入った職員室。クラスを受け持つ新任教員が突っかかってきた。元はこの学校の生徒会長だったらしく、熱意がすごい。今もこうして、少ない労力で全校生徒の成績を上向かせる計画を立案し説得してきている。若者だから、経験が浅いからと冷たくあしらいたくはない。ないんだが、学年主任としてはいたずらに業務を増やす決定を下したくなかった。人の善意が必ずしもいい結果をもたらすとは限らない。むしろ小さな善意から、悲劇が生まれることだってある。……昼飯時ぐらいは、せめて仕事を忘れさせてくれ。
職員室に居づらくなった。かと言って外で食べるのは、咄嗟の呼び出しに対応できない。逃げるか、資料室に。風呂敷に包まれた弁当をぶら下げ、資料室の鍵を壁から外し。筆記音と打鍵音の鳴り止まない職員室を後にするのだった。廊下の踊り場までくると、空になった番重が積み上げられていた。学校が契約している販売員。その撤収作業の邪魔にならないよう軽く挨拶を交わす。ペンペン草も生えない完売ぶり。商品は足りているのだろうか。売る側としては、売れ残るのは好ましくない。不幸を最小化するためには、現状維持が望ましい。長い廊下には、人影はなく。先生のいなくなった教室からは、時々奇声が響き渡っていた。ここは動物園か? それで授業に集中できるのなら、存分に発散してくれ。資料室の前まで来て、鍵を取り出した。
「先生」
「うおぁ!? ツキノキか。どうだ? 将棋部に入る気になったか?」
「そのことについて、一つお聞きしたいことがあるのですが」
「? なんだ?」
「屁理屈に聞こえてしまうかもしれません」
「聞こうじゃないか」
「なぜ部活に所属しなければならないのでしょうか」
「……どうしてそんなことを考えたんだ」
「学生の本分は、勉強のはずでは?」
「……」
ツキノキのピクリとも動かない顔に、ツキノキの言わんとしていることを理解した。この感じは、部活に所属する実利ではなく。意義を求められている。無視、すべきなのだろうか。すべきなんだろうな。一度社会に出てみれば、理由のない理不尽に溢れてる。一々目くじらを立てていては、終わる仕事も終わらない。ここでツキノキの質問を無視したところで、誰がわたしを責められるだろう。……。若い頃の体験というか、対応というか。こういう選択が、後々響いてくるんだよなあ。歳を食っても、ヤケに頭の片隅に残ってたりして。素朴な疑問なんてのも、いつしか考えもしなくなるものだ。頭が固くなるってのは、この移り変わりを言うのかねぇ? ………………。
「先生?」
「放課後、ヒマか?」
「はい」
「ちょいと時間をくれ。ツキノキが納得するかはわからないが……まぁ、なんとかする」
「ご迷惑、おかけします」
「違うぞ、ツキノキ。抱え込まれる方がよっぽど迷惑なんだ。……ほら、昼休み終わっちまうぞ」
我ながら、似合わないことに手を出してしまった。手で払い除けるように、〝シッシッ〟とツキノキとの会話を強引に切り上げる。ツキノキはペコリと一礼して、わたしの前から立ち去った。ようやく、ゆっくりできる。弁当を食べながら考えるのは、ツキノキの質問への返答。わたしの考えを、そのままツキノキへ伝えるべきか否か。自身が伝える内容は、果たして教育者として相応しいかどうか。〝部活動には価値がある〟という主張は通らない。ロクに活動もしない将棋部の顧問で、あまつさえ成績で釣って部員数を確保しているのならなおさら。そんな男がいくら部活動の素晴らしさを説いたところで、薄っぺらくなるのは目に見えている。そこまでして体裁を守っているのならやめてしまえ。自然か、自然な反応だ。この〝無価値な活動〟の意義を掲げるしか、どうやら道は残されていないらしい。
主題は一つに絞り、なるべく砕いた表現で、事例は直感的に理解できるものを少々。最後のおかずを口に放り込んで、仕事に毒されていることにようやく気付く。……ハッ。こんな答えを出しておきながら仕事に毒されているだなんて。全く、とんだ皮肉だな。
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「いや、待たせたなツキノキ」
「いいえ」
「電話対応が長引いたんだ。スマンスマン」
「……」
資料室の扉を鍵で開けながら。約束に遅れたことをツキノキへ謝る。ガチャリと扉を開けると、ツキノキに椅子へ座るように促した。
「まあ座ってくれ。先生も仕事が残っているからな。手短にいこう」
「お願いします」
「整理するぞ。ツキノキは、部活に所属する必要性を求めている。この認識で間違いないか?」
「はい」
「先生の知る限り、部活に所属する必要性なんてものはない」
「……」
「だが所属する意義はある」
「……はい?」
「人類は争いの歴史だ。アフガン紛争が記憶に新しいな。衝突に至る思想、主張、文化は様々。だが、世界史に長く携わっていると、ある共通点が見えてくる」
「……」
「〝余力〟だ」
「?」
「先生はな。人類の行動原理は、〝余力の獲得〟という一点において集約できると考えている」
「勉強への注力よりも、余力を獲得する方がより大事であると?」
「そうだ。いや、そうであってほしいという先生の願望かもしれないな」
「……」
「人は老いる。建物は朽ちる。機械は壊れる。仕組みは古くなる。どんな国家でさえ、興隆と滅亡を繰り返してきた。例えその瞬間は最善であっても、未来も変わらず最善であるとは限らない。だが〝余力〟を残していたのなら、何かしら手を打つことができる。……ツキノキ、焦る気持ちはわかる。だが、お前はまだ若い。まだまだ人生は続いていくんだ。未来はきっと、今よりもっと様変わりしていることだろう。もしもそんな大事な時に、〝余力〟を手放していたとしたら。……人なんか簡単に死ねるぞ?」
「……」
「……冗談だ。先生の勝手な妄想だ。真面目に受け取ってくれるなよ? それこそ〝余力〟を手放してしまう」
「……」
「あくまで先生の個人的意見。ツキノキにどう捉えてもらおうと構わない。ツキノキの人生は、ツキノキのモノだ。例えどんな決断を下したとしても、先生はツキノキの意思を尊重したい」
「……」
「さぁ、将棋部に入るか、それとも入らないのか。ツキノキの返事を聞かせてくれ」
「先生、私は………………将棋部には入りません」
「ズコ──────」
椅子から転げ落ちた。衝撃で、将棋の駒が入っていた箱がひっくり返る。飛車・角・金・銀・桂・香・玉・歩。宙を舞う将棋の駒。安物のプラスチックの雨。痛む背中をさすりながら。ひっくり返った椅子を元に戻し、散らかった駒を拾い集めた。こんな安物でも、大切な備品だ。実績のない部活には、簡単には部費が下りない。一つでも駒をなくしたら、また一組買わないといけなくなる。薄給激務の身には、無視できない金額だった。気がつくと、ツキノキも駒を拾うのを手伝っていて。ツキノキへ平謝りしながら、拾い忘れはないものかと。盤に並べて、全部の駒が揃っているかを確認した。よく見ると、〝金〟がない。どこかのスキマにでも入り込んだか。
「先生」
「む?」
「足元に」
「……あぁ、灯台下暗し。これで揃った。片付けは、大事だな」
歳は取りたくないものだ。情けない姿をツキノキに見られて、年甲斐もなく涙が出そうになる。いくつになっても格好をつけたい。男というのは、そういう愚かな生き物。生徒と理解し合うなんてのは昔の価値観かもしれないが。しかしあの流れは完全に入部する流れだったろう。どうにも上手くいかないストレスで、後退しそうな生え際に諦めをつけ。わたしはどうして将棋部に入らないのか、ツキノキに聞いてみることにした。
「将棋部に入らない理由。聞いてもいいか?」
「不正は、ダメです」
「テストの対策プリントのことか。希望するものにしか配らない。ツキノキが受け取らなければ、不正にはならないと思うが?」
「所属すれば、私も共犯に変わりありません」
「まぁ、そうか。そうだよな」
「……」
「生徒総会の議題に上がれば、間違いなく先生はクロになるだろう。まぁ、悪くない教員人生だったよ」
「? 先生を告発なんてしませんよ?」
「む? どういうことだ?」
「人生に必要なのは余力。先生がそう仰ったんじゃありませんか」
「……」
「スネヤ先生も事情があってそうされている。それが不純な動機なら、その時にまた動きます。それに、私はまだ先生に勝てていません」
「部活に所属しないが、将棋は指したいと?」
「はい」
「むふふ。ツキノキは、真っ直ぐなんだな。それがツキノキなりの筋の通し方というわけか。……わかった、部活への所属諸々は不問だ。この件には先生は目をつぶる」
「ありがとうございます」
「放課後暇なら、また先生の相手をしてくれ」
「はい」
「……一局、指していくか?」