『第三位、ドウゾノ ウチハ』
代表者の声がマイクを伝って、ウチハの名前が読み上げられた。ウチハが表彰状と小さなトロフィーを受け取る。すると、県最大の体育館ホール全体からは、歓声と拍手が巻き起こった。雷のような拍手に祝福されながら、ウチハは三番目に高い表彰台の上で手を振る。惜しくも全国大会への出場は叶わなかったが。それでも、県大会で三位は凄い成績。いつもそばで見ていた身としては、ウチハの努力が報われたことに頬が緩み。俺も目一杯、ウチハへ祝福の言葉と拍手を送った。
ウチハの両親は、仕事の都合上この会場には来られなかった。だが、俺の母親の〝ウチハちゃ~ん!! 〟の声に、ウチハが気負った様子はない。ウチハはコチラに向かってぴょんぴょん跳ねながら、満面の笑みで手を振っている。表彰式が終わり、帰り支度。勝利の興奮そのままに、俺と母さんはウチハに軽く会ってから帰ることにした。だが、ここで一つの騒動が起こる。俺の母さんが〝ウチハちゃんは、私達の車で帰ります〟といきなり発言したのだ。俺たちはいい。勝手に来たのだから、勝手に帰ればいい。だがウチハ達剣道部は違うだろう。生徒が浮かれて問題を起こさないようにだとか、生徒を安全に帰すためだとか。なによりも、剣道部の打ち上げを邪魔するのは違うはずだ。俺はベラベラと喋りつづける母親を止めるべく、肩を掴んで揺らした。だが母は、一歩も引く気配がない。そしてついには、剣道部側が折れる形となり。ウチハだけを特別扱いも出来ず。剣道部は全員、その場で現地解散することになってしまった。俺は母親の行動のあまりの強引さに、ウチハ達剣道部側へ顔向けできなかった。
大きな鉄の翼が揚力を得てその巨体を持ち上げる。地上を離れ、どんどんと高度を増していく飛行機。飛行機が飛ぶ原理を知識として知っていても。なかなかこれは、感覚としては受け入れがたい。車内の窓枠から飛行機は消え。その飛行機がどこ向かっていたのかは、もう永遠にわからなくなってしまった。車の後部座席。俺は隣に座るウチハへ喋りかけた。
「ウチハ?」
「? なーに? エイタ」
「俺達と帰って、本当によかったのか?」
「うーん。今日は疲れちゃったから、いいかなって」
ウチハはチロリと舌を出してそう言った。俺の母親に気を遣っている、なんて感じではなさそうだが。それでもやはり、剣道部の仲間と打ち上げの一つでもあげた方が良かったのでは? と言いたい俺がいた。
「それにさ。全国大会に行けなくて、気まずいし」
「ウチハの頑張りを疑うヤツなんかいないだろ」
「んー。でも、期待に応えられなかったのは本当でしょ?」
「……」
そうか、ウチハはたくさんの人に期待されていたのか。そんな当たり前のことにいまさら気づいて、俺は口を閉じた。母さんは、ウチハの期待に応えられなかった居心地の悪さを察していた? いや、それだけは絶対にない。母さんの空気の読めなさは筋金入りだ。だからあの〝ウチハちゃんは、私達の車で帰ります〟発言は、ただの空気を読んでない発言だ。今回はたまたまウチハと意見が一致していたからよかったが。次回もウチハと意見が一致するとは限らない。そのとき俺は、母さんを止めることが出来るのだろうか。
「エイタはボクの出した結果じゃなくて、ボクの気持ちを見てくれてるんだもんね。ありがと」
「やめてくれ。恥ずかしい」
「えへへ。ボクはね? エイタのそういう優しいところ好きだよ?」
「で? エイタとウチハちゃんは、いつ付き合うの?」
いきなり母さんが投げ込んできた質問に、車内は静まり返った。ルームミラー越しに、母さんのニヤついた目に気づく。母さんは、本当に。本当が読めない人だ。俺の口が動かなくなる。いきなり投げ込まれた質問ということもあるが。何よりも、俺はウチハと付き合うなんてことを考えたことがなかった。いや、もっと詳しく言えば。俺はずっと考えないようにしていた。俺とウチハでは、ウチハの方が凄すぎて、釣り合わないというのはもちろん。そもそも、俺はウチハのことをどう思っているのか自分でもよくわからない部分があった。この感情が恋なのか、愛なのか。怒りなのか、憎しみなのか。俺は答えを出すことを怖がっているのだろう。かといって、このまま黙ってもいられない。母さんは、空気を読むと言うことを知らない。このまま黙りこくっていても、しつこく質問されるのがオチだ。だからここは、大人しく俺の素直な気持ちを言葉にすることにした。
「よく、わからない」
「えーなんなの? 照れてるの? 別に深い意味はないのよ?」
知ってたさ。初めから意味なんてないことも。例え素直に母さんの質問に答えたとしても、母さんはハナから俺の回答を聞く気がないらしい。この対応は、今日に始まったものじゃない。いつも母さんはこんな調子だ。本当は? でもやっぱり? なんて人の話を無視して、ただ母さんが望んでいる言葉を待ち構えている。……俺は母さんやウチハの期待に応える自信がない。けれども母さんとウチハはいうのだろう。〝そんなことは気にしない〟と。いいや、違うんだ。これは心配しすぎでもなんでもない。俺はいつからか、ウチハに向き合うことから逃げるようになっていた。そんな男が、ウチハを幸せに出来るはずがないじゃないか。ウチハとは小学生の頃からの付き合いだ。だと言うのに、俺がウチハを避けていることに気づかないなんて。俺は、そんな分からず屋な二人のことが……。
「キライ「もーなんなのよーエイタったら、意地張っちゃって。そんなことしてるとウチハちゃんに愛想つかされちゃうわよ?」
しまったと口を塞いだ。ルームミラーを見る。母さんは変わらず運転している。隣のウチハを見る。ウチハは外の窓の外を見ていた。これは? 聞かれてない? のか? ウチハの赤茶色の頭髪を見る。ガハハ! と豪快に笑う母さんに隠れて。俺はそっと、安堵の息を吐き出すのだった。
母は買い物してから帰るといい、俺とウチハを公園前で下ろした。〝あぁ、ウチハの荷物持ちね〟と、無意識に体が動く。剣道具が詰まったバッグを持って、ウチハと帰路についた。思わず車で〝キライ〟と呟いてしまってから、なんだかウチハが妙に静かだ。目立っておかしな点はない。だが、なんとなく感じた違和感から。俺は会話を切り出せずにいた。ウチハが唐突に喋り始める。
「来月から新学期か~」
「そうだな」
「三年生は色々と大変そうだよねー」
「早い人は、一年生から進路を決めて動いてるんだってな。俺達もそろそろ、進路を決めないとかもな」
「二年生になったら選択授業も始まるんだっけ? エイタに手伝ってもらえなくなるかもだから、いまから不安だよ~」
「流石に選択外の科目まで勉強する余裕はない。それにこの先、学力をつけといてウチハの損にはならないと思うから。まぁ、頑張れ」
「学年上がったらクラス替えだよね?」
「そうだな」
「次も、エイタと一緒のクラスになれたらいいな」
「……そうだな」
「も~。エイタちゃんと話聞いてる?」
「聞いてるよ」
「ふーん」
ウチハはそれだけ言うと、寂しそうに地面を見た。俺は、寂しそうにしているウチハからサッと目を離して。新学期のことを考える。新学期、学年が上がれば。ウチハとは離れ離れになる可能性は高い。けれども、俺はそうあるべきだと考えている。ウチハは社交的だ。他のクラスどころか、他の学年にも顔が効く。ウチハほどの有名人なら、たとえどんなクラスの中でも上手くやっていける。だが、そんなウチハの脚を引っ張る存在がいる。俺達家族の存在だ。俺達メツギ家とウチハのドウゾノ家は、小学生以来からの付き合い。ウチハの家族が俺達にウチハを預けるのも、その深い関係性の現れと言える。俺は、その深い関係性が、ウチハの負担になっているんじゃないかと考え始めていた。無愛想な俺に付き合うのもそう。空気の読めない母さんの相手をするのもそう。長年の付き合いが、ウチハの重荷になっていないか。俺にはそれが気がかりだった。高校入って、俺とウチハは一緒のクラスで。なかなか重荷うんぬんを聞くだったから気を使う必要があったかもしれないが。いまなら空気の読めない母親もいない。ウチハに聞こうと開いた口が、ウチハによって遮られる。
「エイタはさ。コワくない?」
「怖い? 何がだ?」
「うーん、ちょっと言葉にしづらいんだけどさ。ボク達が見てきたものが、すごい勢いで変わっちゃうこととか?」
「クラス替えってわけじゃなさそうだな。でも、そうだな。自分が見てきたものがいきなり変わったりしたら、ちょっと怖いかもしれないな」
「よかった。エイタもボクと同じ考えなんだ」
「でもそれは、仕方がないことだと思ってる」
「へ?」
「たとえ怖い思いをすることになっても、俺は変わるべきだと思う」
「そう、なんだ」
「ウチハは。変わりたい、もっと良くしたいとは思わないのか?」
「ボクは、変えたいだなんて思わないかな。いまがすっごく、幸せだから」
「……そうか」
俺達は、それきり喋らなくなってしまった。ウチハは優しい。クラスのみんなに慕われているのだから、その優しさは本物だ。俺達家族に向けているその優しさをもっと他の誰か。それは友人なのか、恋人なのかはわからないが。そんな誰かに向けることができたなら。ウチハはいまよりもっと幸せになれるんじゃないのかと、俺は疑わずにはいられない。この無言の時間は、俺たちが家に着くまで終わらなかった。
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桜が見頃の満開を迎え、新しい門出を祝っている。俺達は学年を一つ上げ。新たな顔触れでの一年が始まった。ウチハが駆け寄って来て告げる。〝一緒のクラスだね! 〟と。あまり大声を出されると注目されてしまうし、何よりもウチハは有名人。俺達に視線が集まって。恥ずかしさのあまり、ウチハのそばから逃げたくなるのをグッと堪えて。俺は苦笑いで頷いて、校門前で配られたクラス表のプリントで顔を隠した。クラス表のプリントを見れば。確かに俺の名前があるクラスに、ウチハの名前もある。前のクラスで付き合いのあった友人は、ものの見事に散らばっていた。運良く同じクラスになれた友人も、だいぶ席が離れている。これでは会話も一苦労。俺が友人の席へ出向くというのもあるが、結局は自分の席の周りでの付き合いが多くなる。相手もそれは同じだろうから、できれば邪魔はしたくない。大人しく自分の席の周辺で、新しい友人を作るしかないだろう。始業式が終わり、教室。新しい担任が来るまでの間で。俺も含め、ほぼほぼみんな周囲への顔合わせを終えたようだ。新しい先生が教室に来た。軽い挨拶と自己紹介を済ませて。今度は俺達生徒の番。自己紹介は、五十音の席順で。〝メツギ〟は、五十音順だと最後の方。俺はこの自己紹介をするまでの時間がニガテだ。自己紹介の言葉を頭の中で何度も何度も確認するから、他の人の自己紹介をゆっくりと聞いてる余裕はない。俺の順番が回ってくるまで、ドキドキしながら待つだなんて。さっさと自己紹介終わらせて、このもどかしい時間を終わらせたい。頭の中で、何度も自己紹介を済ませていると。突然、教室の空気が変わった。
「コツツミ テルミです。好きな食べ物はチョコミント。趣味はチョコミント味の収集です。一年間よろしく」
それだけ告げると、コツツミさんはササッと席についた。静まり返っていた教室から、拍手がパラパラと巻き起こる。ウチハ周辺の話し声が、俺の所まで聞こえてきた。
「ねぇ、あの子じゃない?」
「ウンウン。私達が喋りかけた時に無視してきた子」
「マジで?」
「よろしくする気ないじゃん」
「バカにされてんじゃない?成績は優秀なんでしょ?」
「うん。なんかたくさん表彰とかされてる子っぽい」
「だからって、わざわざ無視することある?」
「一年のヘンな時期に転校してきたんでしょ? 家庭の問題?」
「わかんない。けど、イヤな奴なのは確かでしょ。道理でいつも一人なわけだ」
「ちょっとやめなよ~」
「ウチハはコツツミさんのことどう思う?」
「んー?」
コツツミさんの話題に巻き込まれたウチハは、盛り上がっていた彼女達にゆっくりと振り返る。彼女達の、何かを期待した姿を見渡して。ウチハは口を開いた。
「よくわかんない」