鏡の奥の向こう側   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

30 / 59
二枚飛車に追われる夢を見た

 

 

 

《すみませんツキノキさん。いま時間をもらっても大丈夫ですか?》

 

 

《構わないよ》

 

 

《お世話になっているツキノキさんに、何か贈り物をしたいと考えていたのですが》

 

 

《いい案が思い浮かばなくて》

 

 

《メツギさん》

 

 

《なんでしょう》

 

 

《誰かに何かをしてあげようという気持ちは、とても尊いものだ》

 

 

《ありがとうございます》

 

 

《けれどね、メツギさん》

 

 

《?》

 

 

《無理してないかな?》

 

 

《えっと、すみません》

 

 

《発言の意図が読めないのですが》

 

 

《何かをしてあげたいと思う気持ちはきっと正しい。けれど、相手に寄り過ぎてしまう点はいただけない。メツギさんは、特に》

 

 

《相手を思い遣ってはいけないと?》

 

 

《全てそうとはいわないが》

 

 

《それじゃあ、一体どうすれば》

 

 

《相手によってではなく、自身の発露に従えばいい》

 

 

《それはただの身勝手では?》

 

 

《そうかもしれないね》

 

 

《納得できません》

 

 

《無理をすると、無意識に見返りを求めたくなってしまう。向き合った時間・金銭・気持ち以上の、せめて同等の感謝をもらえなければ、物足りなさが胸で渦巻く。相手も同様。無理に無理で付き合えば、双方にとって不幸に他ならない》

 

 

《俺の独り善がりで、感謝は伝わるでしょうか》

 

 

《どうだろうね》

 

 

《自信ないです》

 

 

《難しく考える必要はない。どこかへ探しにいく必要もない。なにかを変える必要もない。メツギさんは、メツギさんらしくあるだけでいい》

 

 

《自分らしくあるだけで?》

 

 

《眉唾かい?》

 

 

《ツキノキさんも、同じ心持ちなのでしょうか》

 

 

《そう願いたい》

 

 

《素敵です。眩しいくらいに》

 

 

《メツギさんなら、その先へだって辿り着ける。少し、喋りすぎてしまったね。また何かあれば、話を聞こう》

 

 

《はい。ありがとうございました》

 

 

 

 最後のメッセージに既読がつく。

 

 やりとりが完全に止んだのを確認してから電源を落とした。

 

 

 

 自分らしく。俺らしく。

 

 ツキノキさんの口ぶりは、あるがままの弱さや未熟さを肯定する甘言だった。

 

 よくできた話だと苦笑しながらも、相手がツキノキさんであることから閉口する。

 

 記憶が確かなら、"賢さ"を尋ねた時も同様の姿勢だった。

 

 奇妙な一致。背後に一貫したナニカがある。

 

 このわだかまりこそが、もしかすると"賢さ"の正体なのかもしれない。

 

 

 

 そうと分かれば、うかうかしてられない。

 

 弾かれるように机に向かい、頭のゴチャゴチャをノートに吐き出す。

 

 難しく考えるなと言われているのに、難しく考えてしまっている時点で軌道から外れている気がするが。

 

 何もせず立ち尽くすより、よほど健全。

 

 

 

 難しいことではなく、どこか別の場所にあるわけではなく、変化する必要もなく。

 

 自分勝手。自分本位。自分都合でいい。

 

 果たしてカラッポな俺に、ツキノキさんへ送れるようなワガママは残されているのだろうか。

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 

「エイター? あんたちょっと下りてきなさい」

 

 

 

 ……なんだ? 呼び出したりして。

 

 気が進まない。嫌な予感がする。

 

 けど行かなきゃ行かないで、後が怖いからな。

 

 ノートを引き出しにしまい、仕方なく立ち上がる。

 

 お礼の件、コツツミさんの引き入れ、嫌がらせへの対処。問題は山積みだってのに。

 

 一難去ってまた一難。問題には事欠かないらしい。

 

 

 

 扉越しにリビングを見ると、母親とウチハがいた。

 

 ウチハ、来てたのか。気が付かなかった。

 

 入室して、改めて状況を確認。

 

 母は腕組みして、仁王立ちでこちらを睨んでくる。

 

 ウチハの方は、ダイニングテーブルに座って俯いていた。

 

 あぁ……。

 

 

 

「あんたまたヘンな意地でウチハちゃん困らせてるの?」

 

 

「ウチハちゃんに迷惑かけるなって何度言えばわかるの?」

 

 

「そうやって黙ってれば許されるとでも思ってるんでしょ」

 

 

「だいたいあんたはねぇ、自分以外に無関心なのよ」

 

 

「ウチハちゃんがどんな想いであんたの世話してるか考えたことあるの?」

 

 

「大事な時期だってのに手間割いて気にかけてもらってるのに、挙句それが当たり前かのように感謝も忘れて」

 

 

「剣道の不調はあんたにも原因があるのよ?」

 

 

「しょうもないプライドでカッコつけてるから二人っきりにしてあげたのに」

 

 

「ちょっと目を離した隙にウチハちゃん隠れ蓑に好き放題して」

 

 

「授業不真面目に受けて、テストはちゃらんぽらんで」

 

 

「あんたわかってんの? 危機感ってものがないんじゃないの? いままで出来てたことが出来なくなってるのよ? このままじゃ社会のお荷物まっしぐらじゃない」

 

 

「夜遊びがなんだか知らないけどねぇ。あんたみたいなろくでなしとつるんでるヤツなんて、マトモな人間じゃないわよ」

 

 

「ちゃんと聞いてるの? あんたに言ってるのよ? 返事ぐらいしたらどうなの」

 

 

 

 ぶつけられる不備。科される要求。自発性の否定。

 

 なにより、ツキノキさんの人間性さえ歪められて、なにも言い返すことの出来ない自分。

 

 あまりの惨めさに、頭が真っ白になってしまった。

 

 ツキノキさんに認めてもらった俺が、ボコボコと熔けていく。

 

 原型を留めることさえままならず。だが心の大事な所だけは守ろうと、何も言わずに背を向けて。

 

 背後から怒号がいっそう響く。

 

 腕を掴まれ。引き戻されて。

 

 一方的な会話劇。

 

 ウチハが介入した隙に振りほどき。

 

 こんな家に居たくない。

 

 振り返らずに逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世の中が、くすんだ鏡で満ちてるとして。

 

 利害関係を調整するには、要求の突きつけ合いは必須。

 

 相互理解を深めるためには、要求の突きつけ合いはさらに必須。

 

 強者はもちろん、弱者も自己主張しなければいないと同意。

 

 上も下も左も右も、要求の叩き合いという点では同じ。

 

 

 

 人間関係もそれは同様。

 

 教室の隅で死んでる人畜無害なんて、気色悪いったらありゃしない。

 

 それならば、口汚く特定の個人を罵ってでも、情報開示を怠らない人物のほうが受け入れられる。

 

 

 

 強い光を前提とした世界。

 

 過敏に反応してしまう澄んだ鏡には、どだい無理な話。

 

 学校でいじめられるのも、その共犯が受け入れ難いのも、社会に息苦しさを覚えるも当然で。端から社会構造に組み込まれてなかったのだ。

 

 例え"賢さ"を見つけ手にしたところで、そもそも発揮する場所がないのなら。

 

 俺の選び取る行動は、すべて空しい現実逃避なのではないか。

 

 

 

 ふと足が止まる。

 

 夜の河川敷。

 

 どうやら学校の反対側まで来てしまったようだ。

 

 

 

 十メートル間隔の明かりに、時々ランナーが浮かび上がる。

 

 街灯の淡い、グラウンドの野球ベンチに座り込み。

 

 芝生をむしり、放ったそれを夜風がさらった。

 

 目の前の河川は漆黒。音もない静寂。

 

 

 

 個人目線でも、冷静に俯瞰してみても、結論は同じ。

 

 ただただ、自己が不良品であると再認識しただけ。

 

 もしも推測通りなら、俺は一生苦しみ続けることになる。

 

 

 恐らくこの先も割り切ることはできないし、何かの弾みで社会が歩み寄るなんて間違いも起こらない。

 

 ここで身を投げてしまえば、あらゆるしがらみから楽になれるのではないか。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 楽になるまでの苦しみ、しくじった時の絶望、いままでかけられたお金、粗大ゴミの後始末、残された人達への影響。全部保証してくれるなら、喜び勇んで飛び込めるのに。

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 

 やんなっちゃうよな、ほんと。

 

 泣くことしか出来ないなんて。

 

 誰かの助けを呼べないなんて。

 

 呼べたところで意味などなくて。

 

 選べる道には未来はなくて。

 

 否定に否定が重なるだけで。

 

 逃げることさえ許されなくて。

 

 終わらせることさえ叶わなくて。

 

 

 

 ……泣き止んだだけで一仕事終えた気になるなゴミが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 この日から補講期間に突入する。

 

 テスト返し、授業日数の調整、夏休みの宿題などいよいよ大詰め。

 

 心底どうでもいい。

 

 

 

 目的を見失ってしまった。

 

 このまま祈りを捧げたところで、希望はないのだと悟ってしまった。

 

 ツキノキさんが言葉を選んでいたのは、慈悲の意味も含まれていたのだろう。

 

 ……それでも向き合ってくれたことに変わりはないのだから、感謝は伝えるべきで。それさえできないなら俺は本当のクソ野郎だ。

 

 

 

 再開したネガティブキャンペーン。

 

 連続してシャッターを切る音。

 

 グループで回すだとか、ネットに晒しあげるだとか。鋭敏な聴覚は不必要なことまでよく拾う。

 

 シャッター音が頭にこびりついて離れない。不眠と相まって最悪の相乗効果。

 

 判断力が鈍って車の前にでも飛び出してくれることを密かに期待していたが、ただ無気力であらゆる行動が億劫になるだけだった。

 

 

 

 死体になって乗り切りながら、昼。

 

 食欲がない、気力も湧かない、でも教室にはいたくない。

 

 後ろ指を指されながら図書室へ逃げる。

 

 

 

 目的らしい目的もないはずだったが、無意識に向かった先はある棚の前。

 

 一冊の本を手に取った。

 

 ……なんだ? 血迷ったか? 見たところで腹が減るだけだぞ? 

 

 パラパラとページをめくっていき、その手が止まる。

 

 腹がなった。食欲はそんなにないはずなのに。

 

 反応したといううことは、食いたいということなのだろうか。

 

 そういえば、前にコツツミさんと喋ったな。上手くできたら食べさせてとも。

 

 

 

 自分らしくあるのなら、味噌煮込みうどんを作るいい機会かもしれない。

 

 美味しく作ることができたなら、これ以上の身勝手はないだろう。

 

 そうと決まれば話は早い。

 

 椅子に腰掛けて読み込んでいく。

 

 

 

 うどんに鶏もも、油揚げ・紅かまぼこ・青ネギ・卵・だしの素・豆みそ・みりん。結構シンプルだな、材料もすぐ揃いそうだ。

 

 手順にも技術らしい技術は見られない。これなら俺でも上手く作れそう。

 

 もろもろの計画を立てていると、あっという間に昼休み終了の時間が迫る。

 

 放課後は一秒でも学校に居たくないので、どうせなら本を借りてしまうことに。

 

 そうか、夏休みに合わせて長期貸出期間になっているのか。

 

 ないとは思うが、調理に難航した際の手間が減るのはいいことだ。

 

 

 

 また放課後まで不貞寝し、HRが終わればすたこらっさっさ。

 

 どんな味がするのだろう。赤味噌は口にしたことがないから、味の想像が全くつかない。

 

 味噌に変わりはないのだが、郷土料理として独自の地位を築く以上、似て非なるものな気がする。

 

 好奇心に胸躍らせて。

 

 スーパーで買い出しを済ませて足取り軽くウチハの家へ。

 

 ウチハは再開した部活で帰りが遅くなる。

 

 ここなら気兼ねなく試作できるし、もし責められたとしても免罪符として味噌煮込みうどんを差し出せばいい。

 

 腹の虫が鳴った。体はもう待ちきれないようだ。

 

 とりあえず一人前から作ってみよう。

 

 

 

 一人用土鍋なんて都合のいいものはなかったので、片手鍋に準備をしていく。

 

 手順通りに進めていき、特に苦戦することもなく味噌煮込みうどん完成。

 

 誰も止めるものもおるまい。行儀悪く鍋のまま食べる。

 

 どれどれ……? 

 

 なんだろう、この。独特の風味。

 

 いや、不味くはない、不味くはないんだが。美味しくもない? こんなものなのか? 

 

 問題なく食べれてはいる。だが空腹を加味するならなんかもう少し。????? 

 

 

 

 調理器具や材料に多少の違いこそあれど、しっかり表記通りに調理をしたはず。

 

 どこかでミスをした? いや材料は一人分で計算した。それに調理は一方通行、切って入れて煮込むだけ。逆にミスをする方が難しい。

 

 俺の舌がおかしいのか? いや、普段から家族で食事をしていたからその線は薄い。

 

 短期間で劇的に変化した線も捨てきれないが、そんなわかりやすいキッカケに覚えがない。ストレスは元からだしな。

 

 あと考えられるのは調味料、くらいか? 

 

 甘味・塩味・酸味・苦味・うま味……。どれが不足してるのかなんて見当もつかない。

 

 他にも似たようなレシピが並んでいることから、レシピ自体が間違っているというのも考えづらい。

 

 ????? 

 

 

 

 この日は一日悩んでも解決できず、モヤモヤを抱えたまま翌日を迎えた。

 

 

 

 

 

 赤味噌のポテンシャルを生かしきれていない気がする。

 

 だがその原因がわからない。

 

 このままでは迷宮入りしてしまいそうなので、コツツミさんに相談してみることにした。

 

 性格は終わっているが、こういう時に頼りになるのがコツツミさんだ。

 

 報酬はもちろん、おいしい味噌煮込みうどん。

 

 

 

「コツツミさん」

 

 

「およ? ようやく目が覚めた感じ? 報酬は高くつくよ」

 

 

「違う。別件だ」

 

 

「どんだけ問題抱え込めば気が済むんだよ」

 

 

「……味噌煮込みうどん作ったんだ」

 

 

「食えって?」

 

 

「いや、そのレベルに達してない。作ってみたがどうもパッとしなかった」

 

 

「ふーん」

 

 

「一人前、レシピ通りにちゃんと作ったはずだ。うどんに鶏もも、油揚げ・紅かまぼこ・青ネギ・卵・だしの素・豆みそ・みりん。手順は「砂糖入れた?」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。