優秀で忠犬な可愛い幼馴染
お飾りの名ばかり飼い主、主人公くん
ただ褒めて欲しくてペロペロ迫って、結果ヘイトが溜まってく
閑静な住宅街。不釣り合いな引っ越しトラック。運び出されるダンボール。引っ越し業者の合間をかいくぐって、一人の女の子が飛び出した。車での長距離移動と、庭先に押し込められていた不満が、その小さな体に詰め込まれている。女の子にとっては新しいお家のはずなのに。引っ越しの荷物を運び入れる関係上、子どもが自由に動き回ると危ないからと。彼女は庭先で遊んでいるようにと、親に言いつけられていた。始めこそ親の言うことを聞いて、大人しくしていたウチハだったが。トラックが次々やって来て、一向に引っ越しが終わらないとわかると、大人しくしていられるのにも限界がある。小さなウチハは、親がちょっと目を離した隙に庭先を飛び出した。ちょっとした冒険のつもりだった。すぐ近くを探索して、満足したら帰ってくるつもりだった。だからこそ、ウチハはいま自分がしている行動を軽く見てしまっていた。あんまり遠くへは行けないと、ウチハは三件先の電柱の近くで止まる。辺りを見渡すと、似たような家と塀ばかりで。なんだか迷子になってしまいそうで不安になった。ウチハは、何か面白いものはないかと改めて周囲を見渡す。すると電柱の根元に、タンポポの花が咲いていることに気づいた。手を伸ばして触れてみれば、なんだか少し濡れていて。クンクンと鼻で嗅いでみると、〝オェー! 〟と臭そうにした。この臭い手をなんとかしたい。ウチハはチラリと、引越しトラックの止まっている新しいお家を見た。引越しはまだまだ終わりそうにない。引っ越しが終わらないので、新しいお家で手を洗うことはできない。ずっと終わる気配のない引っ越しが終わるまで、手は臭いまま。これが親の言いつけを守らなかった悪い子の末路なのか。ウチハはなんだか悲しくなって、鼻をすすった。
「どうかしたの?」
ふと正面から声を掛けられる。ウチハが顔を上げると、そこには同い年くらいの男の子が立っていた。彼は悲しい顔をしたウチハのことを、心配そうに見つめている。ウチハは臭い手を背中に隠しながら言った。〝な、なんでもない〟と。いまにも泣き出してしまいそうな顔をしているのに、なんでもないなんてことはないだろうと。彼はウチハのことを放っておけるはずもなく、とりあえず自己紹介をしてみることにした。
「ぼくメツギ。メツギ エイタって言うんだ。よろしく」
「……ドウゾノ ウチハ」
エイタの出した〝よろしく〟の握手。ウチハは釣られて手を出すが、すぐに自分の手が臭かったことを思い出す。〝わたしの手、臭いから〟なんて女の子の口から言えるはずもなく。ウチハは顔をプイッと背けて、エイタの握手を拒否するのだった。態度は気が強いのに、顔はなんだか弱々しい。そのウチハのチグハグさに、エイタはおもわず苦笑いを浮かべた。すると、エイタはあることに気がつく。この場所が、近所の犬がよくおしっこしている場所であることを。足元には、綺麗な黄色いタンポポの花が咲いていた。握手をイヤがるウチハ。犬がよくおしっこしている場所。そして、足元の綺麗なタンポポの花。エイタの中で、三つの出来事が繋がる。
「この近くに公園があるんだ。蛇口もあるから、水も飲めるよ? 一緒に遊ばない?」
「えっと……」
ウチハは引っ越しトラックを見る。ちょっとした冒険のつもりだった。ここで戻らないと、親を心配させてしまう。だけど、この臭い手はなんとかしたい。〝お友達ができた、近くの公園で遊んでくる〟と親に素直に言うべきか。いいや、そんなの〝黙って家を出ちゃいました! 〟といってるようなものだ。親には〝いい子〟で通っているウチハは、親を困らせたり悲しませたくなはなかった。どうしよう。すぐ戻って来たらバレないかな? なんて。ウチハが公園に行くことを決めかけたその時。ウチハの名前を叫びながら、血相を変えたウチハの親が飛び出して来たのは、このすぐ後の出来事だった。
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「隣に引っ越してきたドウゾノです。娘ともどもよろしくお願いします。これ、つまらないものですが」
「いいえ〜。わざわざお越しくださらなくても、こちらからご挨拶に伺おうと思ってましたのに。あら、こんにちは〜。かわいいね〜、お名前は?」
「……娘のウチハです。ごめんなさい、この子恥ずかしがり屋で」
「ウチハちゃんは何歳なの? 七歳? あらやだ、ウチの子と同い年だわ。あったら仲良くしてちょうだいね〜。あらいけない私ったら、いつまでもお客様を玄関に立たせっぱなしで申し訳ないわ。ささ、手狭な家ですがどうぞ上がっていってください」
「それじゃあお言葉に甘えて、お邪魔します。ほらお邪魔しますって」
「おじゃま、します」
「どうぞどうぞ。いま、お茶出しますから」
「あ、いいえお構いなく」
リビングに通されたドウゾノ親子。親子が隣近所に訪ねてきた理由は二つ。一つは引っ越しの挨拶に。もう一つは、親の不注意でメツギ家に迷惑をかけてしまったことへの正式な謝罪だった。しかし、肝心のエイタの姿がどこにも居ない。初めて出会って、その後公園で遊んで。〝また遊ぼう〟と約束していたウチハは、キョロキョロとエイタの姿を探した。
「ごめんなさいね〜ウチハちゃん、おばさんたちの会話は退屈でしょう? もうすぐしたらエイタ帰ってくるから、それまでもう少し待っててね?」
「ただいまー」
「ほら帰ってきた。エイター?」
「なーにー? 母さん。だれか来てるのー?」
リビングの扉を開けたエイタは、ドウゾノ親子と目が合う。〝こんにちは〟と挨拶するエイタに、ウチハは小さく手を振った。ウチハが手を振っていることに気がついたエイタは、ウチハに手を振り返す。そんなやりとりがなんだか嬉しくて、ウチハは優しい笑みを浮かべた。
「あれ? あんたウチハちゃんと知り合いなの?」
「うん。前に公園で一緒に遊んだ」
「なんでそれを母さんに言わないわけ?」
「いいだろ別に」
「ははーん? あんた女の子と遊んだのバレるのが恥ずかしかったんでしょ」
「ちがうから」
「引っ越して間もない頃、御宅のお子さんにウチハご迷惑をお掛けしたみたいで。その節はありがとうございました」
「いいえ〜そんな気を使っていただかなくても。ウチの子は好きでウチハちゃんを助けただけですから。そんな頭を下げられるようなことまではしてませんよぉ〜」
終わらない大人同士の会話を余所に、エイタはウチハに近づいた。
「じゃ、なにして遊ぶ?」
「えっと、その」
もじもじと体を揺らして、人差し指と人差し指をツンツンと合わせるウチハ。そんな、何か言いたそうにしているウチハを、エイタは静かに待っていた。
「あ、ありがとう」
「?」
「お礼。あの時、言い忘れちゃってたから」
「うん。どういたしまして」
「それと、ね?」
ウチハがエイタの手を取った。そのままウチハは、顔をグイッとエイタに近づける。エイタは突然のことにウチハから離れようとするが、ウチハに手を掴まれているので離れられない。
「学校でも仲良くしてほしいなって」
「もちろん」
そっと握り返してくれたエイタの手に、ウチハはさらに嬉しくなった。エイタと友達になれるかどうかは、実のところあまり気にしてはいなかった。問題は、周囲の人間がどう見るか。エイタの母親が言ったように。男の子と女の子が一緒に遊ぶことを、からかってくる子が居るかもしれない。それがイヤで、わたしと仲良くしてくれないんじゃないか。そんな考えが、ウチハの胸の内にはあった。だがその心配が、いまこの瞬間打ち破られる。エイタは周囲関係なしに、ウチハと仲良くすることを約束した。同い年の男の子からの特別扱いは、ウチハを嬉しくさせるのに充分だった。
「ウチハは、同じ学校に転校してくるの?」
「うん。来月には、メツギくんと一緒の学校に通えるようになる」
「エイタでいいよ。ぼくだけウチハって言うのもなんかおかしいし」
「んん、わかった。エイタと、いっしょのクラスになりたいな」
「ウチのクラス人少ないから、もしかしたら同じクラスになるかもね」
「わたし、みんなと仲良くなれるかな?」
「大丈夫だって。みんな優しい人達だから、みんなとすぐに仲良くなれるよ」
「うん!」
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「みんなと仲良く、ね」
「? なにか言った?」
「うんん。なんでもない」
〝みんなと仲良く〟だなんて難しそうな教室を見て。ボクは昔のことを思い出していた。エイタはボクの言った、〝優しくすべきじゃない〟っていう言葉をちゃんと守ってるように見える。だけど、時々コツツミさんのことを気にしているような素振りを見せた。〝その優しさをボクにちょうだい! 〟ってエイタに言いたくなっちゃうのは、もしかしてワガママなことなのかな?
「またメツギのこと見てる」
「うーん」
「ウチハはさぁー」
「?」
「どうしてメツギにこだわるの? 他にもっといい男なんてたくさんいない?」
「ん〜」
友達が言いたいことはなんとなくわかる。エイタはそこまでキラキラしてるってわけじゃない。ボクに告白をしに来た人の中には、エイタよりずっとキラキラしている人もいた。だけど、ボクはなんだか、エイタ以外の人と幸せになれる気がしなかった。なんでそう思ったのかはよくわからない。昔の思い出を、ボクが大事にしているだけかもしれない。それでも、ボクはエイタ以外の人とは、手を繋ぎたいと思えなかった。それに、一番心配なのが……。
「ボクがいなくなった後のエイタが心配」
「なにそれ? 手のかかる弟みたいな?」
「エイタと一緒にいられるなら、ボクはそれでもいいかも?」
「距離近すぎてブラコンみたいになってんじゃん」
〝あんまり距離が近すぎると、異性として見てくれなくなっちゃうよ? 〟という友達の言葉に笑えなくなって。用事を思い出したと言って席を立つ友達を見送り。ボクは教室を見渡した。ふと、コツツミさんが視界に入ってきた。コツツミさんは、休み時間なのに一人で静かに本を読んでいる。ページをめくるたびに、お団子にしたポニーテールが動いている。ボクから見ても、かなりの美人さんなのに。相手を無視しちゃうなんてイジワルをしちゃうせいで、コツツミさんを心配する人は、もういなくなっていた。……あぁ、エイタはまだ心配してるか。
ボクが〝コツツミさんと仲良くして! 〟と呼びかけても、コツツミさんに仲良くする気がないなら意味がない。むしろ、もっとコツツミさんの立場が大変なことになっちゃいそう。コツツミさんに、直接〝助けて〟とお願いでもされない限り。コツツミさんを助けようとするべきじゃない。ボクより頭のいいエイタなら、そんなことカンタンにわかるはずなのに。もしかして、エイタはコツツミさんのことが好きだったり? コツツミさんを特別扱いするエイタを、ボクはジトッとした目で怪しむのだった。
新学期が始まって、ボクは剣道部の部長になった。先生と生徒の連絡役。部員への説明・指示・指導。新入生への部活説明会にむけた準備もしなくちゃいけなくて。ただでさえ剣道の練習でヘトヘトな体が、ヘロヘロになってしまうくらいに大変な毎日がつづいた。そんな大変な毎日がようやく終わると、ついに剣道部にも新入部員がやってきた。可愛い女子の後輩もいっぱい入って来てくれて。部長のお仕事は大変だけど、みんなに助けてもらいながら。〝ボクも頑張らないとね〟なんて剣道部の練習に打ち込んでいたある日。一人の生徒が、剣道部に入りたいってやってきた。いきなりのことでビックリしたけど、相手の顔を見たらもっとビックリしちゃった。
「コツツミ テルミです。剣道は初めてですが、どうぞよろしくお願いします」