鏡の奥の向こう側   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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誰もが使える本物でなければ、認められない

 

 

 

 街の電灯が付く時間帯。学校近くの細道、その電柱脇。ツキノキさんとのメッセージを振り返っていると、生徒の一団が校門を出る。その中に、ウチハの姿があった。ウチハは、まっすぐとこちらに向かってくる。

 

「お待たせ」

 

「じゃあいくか」

 

 自主退学撤回を諦めさせる交換条件。それは週に一回、二人の時間を作ることだった。俺もウチハの学校での様子を聞きたかった所もある。俺から断る理由なんてなかった。だがパッと見たところ、俺がいなくなった後もウチハはうまくやれているようだ。もういじめられないなんて保証はできないが。少なくとも、ウチハが問題なく学校生活を送れているようで安心した。近況を報告しあっていると、公園につく。

 

「そっかー。ドウゾノさんのところにいるんだー」

 

「あぁ」

 

「でも、ちょっとビックリ。ボクはてっきり、キミさんのところにいると思ってたんだけど」

 

「俺も考えなかったわけじゃない。でも、ツキノキさんは優しすぎて俺には毒だ。ツキノキさんも、俺の毒になるなんて絶対に望んでない。俺にとっての大切な人であるからこそ、余計に頼りたくなかった」

 

「そっか」

 

「その点で言えば、コツツミさんの方は気が楽だ。コツツミさんは俺に気を遣わない。むしろ、俺がコツツミさんに気を遣ってるくらいだ」

 

「……エイタは、コツツミさんのことどう思ってるの?」

 

「クソガキ」

 

「へ?」

 

「多才なのは認める。けどそれを鼻にかけて、周りを見下している」

 

「あ、あはは」

 

「本人に才能がある分、周り声を聞く気がない。人の話を聞かないけど自信満々なところは、ちゃんとクソガキだな」

 

「それじゃあ、エイタはコツツミさんのこと、なんとも思ってないんだね?」

 

「なんとも思ってないと言うか、なんとも思わないようにしてるって言うか」

 

「? どういうこと?」

 

「コツツミさんは、イタズラが過ぎる。人をからかって遊んでるんだ。だからコツツミさんに関しては、真に受けないようにしてる」

 

「コツツミさんの事が気になる。とかじゃないんだ」

 

「コツツミさんが気になる? 誰が? 俺がか? 冗談だろ。相性からして終わってるのに」

 

「ふーん」

 

 公園のベンチ。ウチハは両足をブラブラと揺らしている。両手は、道すがらで買った温かい飲み物を握っていた。季節はもう、肌寒さを感じる頃合い。どこか店に入ろう。ついでに夕飯も済ませてしまえばいい。ファミレスにでも行こうか。バイトの金が入って、気が大きくなってるのかもしれない。

 

「ファミレスでもどうだ?」

 

「うんん。おばさんが料理作って待ってるから」

 

「じゃあ送る」

 

「ありがと」

 

 ウチハに手を差し出されて、躊躇して、顔を逸らした。方法がなかったとはいえ、強引に説得した。ウチハの俺を想う心は、おそらく本物。だけど、俺にウチハを幸せにしてあげられるだけの能力はない。恋したり、恋されるほど貪欲になれなくて。愛したり、愛されるほどの度胸もなくて。とことん俺には、恋愛は向いていないように思う。ウチハには、もっと良い男を見つけてほしい。いままでは自分が傷つきたくないから明言するのを避けてきた。だけど、そんな曖昧な態度を見せるからウチハはいつまで経っても離れられないのだろう。それでもここはキッパリ、言葉にしてあげないといけない。お互いの今後のためにも。

 

「ウチハ」

 

「? なに?」

 

「いままでありがとうな」

 

「……へ?」

 

「ウチハはもっと、たくさん愛されるべきだ。誰がなんと言おうと、ウチハがどう思おうと、これは揺るがない」

 

「……」

 

「ウチハのことを真正面から愛して、支えてくれる。そんなウチハにふさわしい男を見つけて、どうか幸せになってくれ」

 

「……エイタは?」

 

「?」

 

「エイタはこれから、どうするの?」

 

「高校の卒業資格は欲しい。それから大学に行って、働いて……」

 

「それは、キミさんのため?」

 

「ツキノキさんは関係ない」

 

「関係あるよ。だって、エイタはキミさんのことが大好きなんだから」

 

「俺はツキノキさんに相応しくない」

 

「ボクはそうは思わないよ?」

 

「……そうか。ありがとな」

 

「うん」

 

 ここで反発すれば、余計に話が拗れる。ウチハの意見を受け入れながら。内心では、己の能力のなさを冷静に見つめていた。あれだけ魅力的なツキノキさんを、他の異性が放っておくはずがない。俺はそんなたくさんの男の中から、自分が選ばれる自信がなかった。ハナからもう、俺はツキノキさんを諦めてしまっているんだ。好きだとか、愛しているだとか。それ以前の問題なのだ。静かな夜だ。空には、綺麗な月が出ていた。

 

 

 

「はいこれ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 ウチハの家の前。事前に頼んでおいた、財布やら通帳、印鑑。それと、冷蔵庫の奥に眠らせていた赤味噌などの私物を回収する。ウチハはちらりと、灯りのついた俺の家を見た。

 

「おばさん達には会っていかないの?」

 

「いま会っても、また喧嘩になる」

 

「おばさん、エイタの分の食事毎回作ってるんだ。いつ帰ってきてもいいように」

 

「……」

 

 ウチハに言われて、俺は自分の家に視線を向ける。長らく世話になってきた家だ。扉を開ければ、温かい食事が俺を出迎えてくれる。……それと同時に、母さんにはクソほど怒られる。俺がみんなの信頼を裏切る、最低最悪な事をしてしまったのは事実。なので、母さんがキレることに文句なんて言える立場ではないが。音のない衝撃。ウチハが体を預けてきた。心臓に悪い。倒れそうになった体を持ち上げて、立ち尽くす。

 

「エイタはなにも悪くないはずなのにね……。ボクはね。ボクはエイタのためだったら、なんだってしてあげたい。なんだって、なんだって……」

 

「もう良いんだ。ウチハはもう十分、俺達家族に尽くしてるよ」

 

「おばさん達に、一緒に会ってくれないの?」

 

「……今はまだ、両親には会えない。だけど約束する。区切りがついたら、必ず両親に会って謝るって」

 

「うん、わかった。おばさん達に伝えておく」

 

「じゃあな。ウチハ」

 

「うん。……バイバイ、エイタ」

 

 ウチハは鼻をすすって、元気なく手を振った。俺はそれを極力見ないようにしながら、手でそれに応える。手を振り終えれば、俺はウチハから逃げるように。乾いた夜道を進んでいくのだった。

 

 

 

「遅い!」

 

 玄関を開けると、腕を組んで仁王立ちしたコツツミさんがいた。どうやら腹を空かせてご立腹のようだ。赤味噌は回収できた。買い物も済ませてきた。コツツミさんが暴れ出す前に、早速準備に取り掛かろう。

 

「悪い悪い。すぐ準備する」

 

「ドウゾノさんとなに話してたんだよー」

 

 俺が夕飯の準備をしている横から、邪魔な腕が伸びてくる。鬱陶しい。腹減ってんじゃないのかよ。しつこいコツツミさんをあしらいながら。綺麗にしたキッチンに、真新しい鍋を取り出す。今から作る料理は味噌煮込みうどん。前回作ったものから改良を加え。より美味しさを追求したものだ。改良点は、複数の旨味を掛け合わせる点。イノシン酸やら、グルタミン酸やら……。とにかく、種類の異なる複数の旨味を鍋にブチ込む。鰹の顆粒だし・うま味調味料・豚肉・冷凍した舞茸・その他野菜もろもろ。鍋の中に、複数の旨みを結集させる。赤味噌の量は絞って、みりんをひとまわし。味見をして最後の調整をして。仕事部屋に設置したカセットコンロまで運べば完成だ。

 

「このためにわざわざカセットコンロ買ったの?」

 

「あぁ」

 

「勿体なくね?」

 

「味噌煮込みうどんってのは、熱々にして楽しむものなんだよ」

 

「気取ってんじゃねーよ」

 

 バカにしてくるコツツミさんを無視。そろそろ生卵に火が入った頃だろう。蓋を開けた。立ち上る湯気。すぐにコツツミさんの箸が伸びてきて、卵を破った。鍋に広がるオレンジ色。お玉で混ざるオレンジ色。〝自分の取り皿でやれよ〟という言葉が出かかって、顔を引きつらせた。

 

「? どうしたのエーちゃん? 食べないの?」

 

「……」

 

 俺が動かないのを見て、コツツミさんが不思議がる。俺は努めて冷静さを保ったまま、無言で取り皿を手に取った。あぁ、はいはい。ノンデリノンデリ。静かに味噌煮込みうどんを取り皿に取り分ける傍ら。コツツミさんは罰ゲームでも受けているのだろうか。目の前には、熱々の味噌煮込みうどんを冷まさずに口に運ぶコツツミさんの姿があった。案の定、あまりの熱さに奇声を発している。

 

「落ち着いて食えよ」

 

「飯食うの遅いヤツは仕事も遅いから!」

 

「仕事から離れろ」

 

「エーちゃんは食うの遅すぎ。そんなんじゃ社会でやってけない」

 

「飯食う時間にも給料払ってから言え」

 

 コツツミさんはズゾゾとうどんをすすり、汁を撒き散らして。またもや奇声を発している。俺は取り皿の味噌煮込みうどんを〝フウ、フウ〟と冷ましながら、コツツミさんを哀れんだ。くすんだ鏡は、周りのことが見えてないんじゃない。自分のことしか見えてないんだ。だから誰かに指摘されても、〝なにそれ? 〟と首を傾げて。決して自分を曲げようとしない。問題を問題と思ってなければ、そもそも解決しようという気持ちにはならないからだ。コツツミさんのやり方全部が、大正解なんてことはない。むしろコツツミさんは、不正解を引きまくってる。勉強も、仕事も、生活も、人間関係も。少なくとも俺から見るコツツミさんは、ずっとずっと酷い。それでも突き進みつづけるコツツミさんは、きっとこれからも不正解を引きつづけていくのだろう。間違いを間違いと思わないまま。ただひたすらに、突き進んでいくのだろう。それが幸福か不幸かは人によって意見が所なのかもしれないが……。だが少なくとも俺から見たコツツミさんは、とても不幸に映ってしまう。なぜなら、俺とツキノキさんのように深い関係性を築けないからだ。……いよいよ明日か。ツキノキさんに会うのが待ちきれない。だから今回の味噌煮込みうどんは、気合を入れた。仕上がりは上々。これならツキノキさんもきっと喜んでくれる。

 

「おい! 聞いてんのかよ!」

 

「ごめん。なんの話だ?」

 

「明日一緒に取材いくから。飯の準備はしなくていいよ」

 

「……明日って仕事は休みじゃなかったか?」

 

「だからナニ?」

 

「だからナニ? って。休みは労働者の正当な権利だ」

 

「休日向かう先にたまたま仕事があるだけだから」

 

「それもうただの仕事だろ」

 

「もーエーちゃんうっさい!」

 

「いや。俺の言ってることってオカシイのか?」

 

「手当て出すからサー。それでいい?」

 

「はぁ、わかった。ただし夕方には帰るからな」

 

「あ? ナンデ?」

 

「大事な約束がある」

 

「あたしと居ることよりも?」

 

「あぁ」

 

「……ドウゾノさんのどこがいいワケ?」

 

「いや、ウチハじゃない。あと、ウチハの事を悪く言うな」

 

「なにキレてんの? んじゃあ誰? ツキノキさん?」

 

「あぁ。ツキノキさんと夕飯を食べる」

 

「エーちゃんのこと救えないクセにちょっかいかけてきた無能とのメシがそんなに大事?」

 

「……」

 

「へへへ。なにそれ? あたしのこと睨んでるつもり?」

 

「そう言うわけだから。夕方に帰らせてくれないなら取材には絶対にいかない」

 

「わかったわかった。あたしは器のデカイいい女だから、特別に夕方に帰るの許可してあげる」

 

「……」

 

 フフンと自慢げにふんぞり返るコツツミさん。なにか勘違いしているようだが、俺が休みの日にどこで誰と会おうが俺の自由だ。それをさも自分が許可したと勘違いしている辺り、俺と感覚がズレている。ウチハやツキノキさんを小馬鹿にするようなその言動や態度にも腹が立つ。仕事上は回避できないにしても、仕事外にまでこの感覚のズレを持ち込まれるのはキツい。これがくすんだ鏡の価値観か。澄んだ鏡が付き合わされるなら相当なストレスだ。

 

「エーちゃんにはまた別の機会に埋め合わせしてもらわないとね?」

 

「ははぁ……」

 

 コツツミさんのマンションから出るには、まだまだ準備が必要だ。それならすぐに取り掛かるべきは、自分の部屋を確保することだろう。コツツミさんから距離を置き、身を守るための安全圏。一人の空間を確保しないことには、これからやっていける気がしない。ベラベラとお喋りをつづけるコツツミさん。怒られない程度に生返事をして、頭では次の清掃計画を思い描くのだった。

 

 

 

 ──────

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 ツキノキさんのアパート、その玄関扉の前。髪をしきりに整えて、深呼吸をする。まず会ってすべきこと。そう、謝罪。謝罪だ。俺の愚行をツキノキさんに謝らなければならない。口を謝罪の形に準備する。土下座もセットでした方がいいか。いや、やめておこう。ツキノキさんの迷惑になってはいけない。やるなら部屋の中に入ってからだ。

 

 ピンポーン

 

 瞬間、扉が開け放たれる。驚いて仰反る俺。次に瞬きした時には、すでにツキノキさんに捕まっていた。ツキノキさんの腕が蛇のように巻き付く。体がどんどん締まっていく。動けない。呼吸もできない。意識がどんどん遠のいていく。失神一歩手前で開放。息を整えると、ツキノキさんの〝す、すまない〟という慌てた謝罪が聞こえてくる。突然の出来事に、何事かとツキノキさんを見た。強烈な違和感。そこには薄い笑みを貼り付けて、いつもと違った空気を身に纏ったツキノキさんがいた。

 

 

 

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