ツキノキさんのアパート、その玄関扉の前。髪をしきりに整えて、深呼吸をする。まず会ってすべきこと。そう、謝罪。謝罪だ。俺の愚行をツキノキさんに謝らなければならない。口を謝罪の形に準備する。土下座もセットでした方がいいか。いや、やめておこう。ツキノキさんの迷惑になってはいけない。やるなら部屋の中に入ってからだ。
ピンポーン
瞬間、扉が開け放たれる。驚いて仰反る俺。次に瞬きした時には、すでにツキノキさんに捕まっていた。ツキノキさんの腕が蛇のように巻き付く。体がどんどん締まっていく。動けない。呼吸もできない。意識がどんどん遠のいていく。失神一歩手前で開放。息を整えると、ツキノキさんの〝す、すまない〟という慌てた謝罪が聞こえてくる。突然の出来事に、何事かとツキノキさんを見た。強烈な違和感。そこには薄い笑みを貼り付けて、いつもと違った空気を身に纏ったツキノキさんがいた。
「いらっしゃいメツギさん。さあ、入って」
「え? あ、はい。……お邪魔します」
ツキノキさんに手を取られ、中に招かれる。いつものツキノキさんらしくない積極さだ。だがあまりに突然のことすぎて、俺はそのことを指摘できなかった。ツキノキさんにナニカがあった。だがそのナニカがさっぱりわからない。部屋に上がると、俺は早速味噌煮込みうどんの準備に取り掛かった。心臓がまだバクバク鳴っている。見られている感覚があった。背中に突き刺さる視線に困惑しながら、調理を進めていく。見張られている感覚に意識が引っ張られて、ぎこちない調理になっていく。これじゃあ、マトモに調理できない。あまりの居心地の悪さに振り返った。ツキノキさんと目が合うと、ツキノキさんは薄く微笑んだ。不自然な、作られた笑み。だというのに、俺の心はかき乱されていた。
「あ、あの。ツキノキさん?」
「ん? なにかな?」
「あんまり見つめられると、その。恥ずかしいので、ほどほどに」
「あぁ、すまない。気をつけるよ」
ツキノキさんの言葉に頷いて、振り返った。変わらない、背後の視線。結局、料理が完成するまで、背後の視線が途切れることはなかった。鍋に生卵を投入。鍋をカセットコンロまで運んで点火した。ツキノキさんを対面にした待ち時間。チラリチラリと、ときどき交差する視線。ツキノキさんの作り笑い。俺は意を決して切り出した。
「なにか、ありましたか?」
「ん?」
「いえ。いつもと様子が、違うので」
「メツギさんに会えて嬉しんだ」
「……」
いつもと様子が違うツキノキさんは、何だか直視できなくて。俯いたまま、ツキノキさんと会話する。ツキノキさんの声がズレて、横に動いて、すぐ隣に来た。俺の手を引き寄せるツキノキさん。俺はそのまま、ツキノキさんの胸に吸い込まれる。一体、何がどうなっているんだ。
「もうメツギさんとは、二度と会えないと思っていた。一生謝れないと、後悔していた」
「……」
「すまなかった。覚悟を決めたメツギさんに、追い討ちをかけるようなマネをして。一歩間違えば、ドウゾノさんを見捨てるという、一生の後悔を背負わせることになっていた。……私は、なんて愚かな大人だろう。個人の感情を押し付けて、メツギさんの未来を全く見ていなかった。……メツギさんには、どれだけ謝っても謝り足りない。本当に、すまなかった」
「……」
「そして、よくドウゾノさんを救ってくれた。手段はどうあれ、ドウゾノさんを救ったという事実は変わらない。本当に、よく頑張ったね」
ツキノキさんから、あやされるように頭を撫でられた。なんだかむず痒くて離れたくなるが、ツキノキさんはピッタリと体を擦り寄せて離してくれない。もう、このままでいいんじゃないか? ツキノキさんにも理解されないものと諦めていた。いや、大人のツキノキさんだからこそ、余計に譲れないものがあったはずだ。だけど、ツキノキさんはそんな大人の立場を捨ててまで、もう一度俺に寄り添ってくれた。それが俺の憧れの人であるのなら、もう何も言うことはない。夢でも何でもいい。この幸せなひとときがいましばらくつづくのなら。多少の違和感にはめをつぶって、このまま黙っていたほうが……。
「メツギさんが許してくれるのなら、二人でどこかに出掛けよう。鎌倉でも、京都でも、北海道でも沖縄でも」
「それは……ツキノキさんのワガママなんですか?」
「あぁ、そうだ。正確に言えば、メツギさんのワガママを聞かせてほしいというワガママだ。私はメツギさんが望むことに応えてあげたいんだ」
「……」
「いっそのこと、一緒に暮らしてしまおうか」
「……え?」
「私の勘違いでなければだが。メツギさんは私を好いてくれている。私も、メツギさんのことを好ましく思っている。なら一緒に暮らしてしまうと言うのも、案外、悪い考えではないだろう?」
「そんな、いきなり」
「メツギさんは、私と一緒に住むのはイヤかい?」
「いいえ……」
「それじゃあ、決まりだ」
ツキノキさんが俺を抱き直そうと緩んだ瞬間。ツキノキさんの腕から抜け出した。それに驚いたツキノキさんは、また不自然な笑みを浮かべ。両腕を広げて迫ってくる。薄気味悪い。ツキノキさんの皮を被った宇宙人に追い詰められているような気分だ。すぐに部屋の角に追いやられた。両肩を掴まれる。怯える俺に、ツキノキさんは一瞬、悲しげな表情を浮かべて。そのまま俺に顔を近づけてくる。俺の中に残された良心が、けたたましい警報を鳴らした。こんなのツキノキさんじゃない。ツキノキさんはもっと、人との距離感を大切にする人だ。俺はツキノキさんの肩を押し出して拒んだ。
「……」
「……」
「ツキノキさん」
「なに、かな?」
「いまのツキノキさんは、なんだかツキノキさんらしくありません」
「……私は紛れもなく私だよ」
「えぇ、ツキノキさんはツキノキさんです。でもそのツキノキさんは、俺のことを見ていない。見ているのは、そう。言うなれば……〝罪悪感〟。ツキノキさんは、俺に罪の意識を見ているのでは?」
「ッ!!」
「ツキノキさんの希望でもない旅行を提案したり、唐突に二人で暮らす話が出てきたり。いまのツキノキさんは明らかに、自分軸を手放そうとしています」
「否定はできない。そして、否定も、しない。私は、メツギさんを救えなかった罪悪感から逃れるために……またしても個人的な感情をメツギさんに押し付けようと?」
「それはツキノキさんが飛び切り優しいというだけです。俺と真剣に向き合って、人一倍責任を大切にしてくれていた証拠なんです」
ツキノキさんは、力無く俯いた。俺は思わず、落ち込んだツキノキさんの頭をそっと撫でる。ツキノキさんには、罪悪感なんて感じてほしくない。ツキノキさんにはもっと、自由でいてほしい。ツキノキさんが俺を見た。
「ツキノキさんの過去にも、いまにも、未来にも。どこにも罪なんてありませんよ」
「違う、違うんだメツギさん。私は、この後に及んで。またメツギさんに押し付けようと」
「それでも、ツキノキさんが自分を許せないと言うのなら」
「……」
「ツキノキさんの全てを俺は許します。喜びも怒りも、悲しさも楽しさも。俺への罪の意識も。ツキノキさんの全部、俺が許します」
「……」
「だからもう、そんなに自分を責めないであげて下さい」
「……たとえ罪悪感が切っ掛けだとしても、前提にはメツギさんへの好意があった。……メツギさんは、私と一緒に居たくないのかい?」
「そんなわけないじゃないですか」
「それなら、どうして……」
「正直、このまま流されてしまおうかとも考えましたよ。けど、やっぱりダメなんです。ツキノキさんを歪めて手に入れた幸せなんて、そんなの幸せなんかじゃない。俺の鏡が、そんな幸せ認めません。今度は、俺が。……ツキノキさんに罪の意識を見てしまう」
「そうか、そうか。私はずっと、誰かに許しを乞おうと……」
ツキノキさんの目元から溢れた、一筋の輝き。綺麗な涙だった。人はこんな綺麗に泣くことができることを初めて知った。濃霧を晴らす月明かりのようだった。静かでいて、派手さはないが、力強い。そんな、息を呑むような美しさだった。俺はただ、部屋の角に背を預け。その幻想的な光景をただ眺めていた。しばらくすると、ツキノキさんはいつもの調子を取り戻す。
「やはり、思った通りだ」
「?」
「メツギさんは、私を越えていってくれたね」
「……はは。俺を誰だと思ってるんですか? あのツキノキさんの生徒ですよ? 全ては、ツキノキさんの教えの賜物です」
「私などいなくとも、メツギさんなら自力で道を切り開けていたさ」
「そんな冷たいこと言わないでください。いまの俺は、尊敬する恩師あってこそです」
なんだかおかしくって、二人で静かに笑い合った。その笑顔はもう、作られたものではない。溢れて、湧き出るような。そんな自然な笑顔だった。ふと、ツキノキさんと目があった。互いが互いを見つめたまま動かない。ツキノキさんが、ゆっくりと俺に顔を近づける。段々と、息遣いだけが大きくなっていく。俺の顔に、ツキノキさんの手が添えられ。ツキノキさんは目を閉じた。
「お、お腹空きませんか! 鍋食べましょう鍋!」
ツキノキさんを不幸にしてはいけないと声を張り上げる。ツキノキさんの好意から逃げた。なんて度胸のない男なんだろう。いやしかし、度胸がなかったからこそツキノキさんに出会うことができたのだ。人生とは、なんと都合が悪いことばかりなのだろう。それでも、ツキノキさんに出会えたことに決して後悔はない。
「……そうだね。煮立ちすぎるのはよくない」
「大丈夫そうです。ほら、いい感じに」
「卵は固くなってしまったね」
「俺は固茹でも好きですよ?」
「うどんはよく煮えて、柔らかくなったほうが私の好みだ」
「あ、わかりますそれ。ほうとうみたいにトロトロした感じですよね? 俺もそっちのほうが好きです」
「それじゃあ、さっそくいただこう」
「どうぞどうぞ。たくさん食べてください」
取り皿によそった味噌煮込みうどんをツキノキさんに手渡した。ツキノキさんは〝フーフー〟と息を吹きかけて。煮込んで味が深まった味噌煮込みうどんが、ツキノキさんの口に吸い込まれていく。
「うん。とってもおいしいよ」
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エイタと別れて何日か経った日のこと。ボクはキミさんからいきなり連絡を受けた。部活終わり、連絡の場所に急ぐ。その場所には、小さな喫茶店があった。こんな場所にお店があったんだなーとおどろきながら。お店に入ると、入り口に一番近いカウンター席。その席からキミさんが、ボクを手招きした。
「すまないね。突然連絡を入れてしまって」
「大事なこと、何ですよね? それなら、ボクが来ない理由なんてないです」
「ご馳走しよう。好きなのを頼むと良い。ご飯でも、デザートでも、飲み物でも」
「ありがとうございます。えと、それじゃあ。ミルクセーキで」
夕飯が食べれなくなっちゃうので、目についた飲み物にした。キミさんが注文をしている間に、なんでボクが呼ばれたのかなと考えた。たぶん、エイタのことだよね。ボクのせいでエイタは退学になったことを思い出して、とっても悲しい気持ちになった。
「申し訳ない」
「……へ?」
「メツギさんを止めなければいけない立場にいながら、メツギさんを止めることができなかった。そしてあまつさえ、私はドウゾノさんを見捨てるようにメツギさんに要請すらした。どちらの行動も、断じて大人がすべき行動ではない。……ドウゾノさん。本当に、すまなかった」
目の前で小さく頭を下げるキミさんにビックリした。だって、キミさんはぜんぜん悪くないから。エイタを止める役目は、一番近くにいたボクの役目のはずだし。キミさんのいう見捨てるというのも、ボクがエイタに直接お願いしていたことだったから。ボクは〝頭を上げてください! 〟とか、"キミさんは悪くありません! "みたいなことを頑張って伝えようとした。けれど、キミさんの頭は変わらず下がったままだった。〝どうしよう、どうしよう〟と困っていたところに、ちょうどよく定員さんが来てくれて。キミさんは頭をやっと上げてくれた。
「ボクがキミさんと同じ立場だったら、ボクもきっと同じことをしたはずです。だから、キミさんは正しいことをしたんだと思います」
「……ありがとう。ドウゾノさん」
「エイタもきっと、キミさんが間違ったことをしたなんて思ってないはずです。だって、エイタはキミさんの事が大好きなんですから」
言い終えて、ハッとした。あれ? いまのボク、余計なこと言っちゃった? ツキノキさんに〝いまのナシ〟と両手を振って、ボクの言葉が間違っていたことを伝えた。エイタのツキノキさんを大事にする気持ちを台無しにしちゃったのかもしれないなんて考え出すと、間違っていたことを伝える両手も早くなった。
「……そのことで、ドウゾノさんに協力して欲しいことがある」
「へ? な、なんですか?」
「ドウゾノさん。メツギさんの幸せに、どうか協力して欲しい」
「……へ?」
ジッと。キミさんの目は、ボクを見つめたまま動かない。この目は、よく試合で見たことがあった。面の奥でジッと光る、強い気持ちが込められた目だ。〝これ、本気だ〟。キミさんは本気でエイタを幸せにするつもりなんだ。ボクと、協力して……? だけど、わからないことがあった。それは、どうしてキミさんはボクに協力をお願いしたのかってこと。キミさんは、とってもすごい人だ。ボクがずっとそばにいたのに解決できなかったことを、キミさんはあっという間に解決して。ボク達家族に、あんなに隠し事をしていたエイタの心に入り込んじゃうすごい人。こんなにすごいキミさんなら、ボクの協力なんていらない。ボクが協力しなくても、キミさんならエイタを絶対幸せにできる。
「ごめんなさい。協力は、できません」
「理由を聞いてもいいだろうか」
「だって、ボクが協力しちゃったら、エイタが幸せになんかなれない」
「それは誤解だ」
「誤解じゃないです! ボクはエイタとずっと一緒にいました。エイタの事が好きで、エイタの力になりたくて、ボクなりにエイタのことを守ろうとしてきました。……けど、ボクはエイタのことを守れなかった。エイタを守った気になって、守るはずのエイタに守られて、エイタは学校からいなくなっちゃったんです」
「……なぜ」
「?」
「なぜメツギさんは、ドウゾノさんを助けたのだろう」
「それは。エイタが、優しいから……」
「確かにそういった見方もできる。だが同時に、こんな見方もできる。ドウゾノさんの幸せが、メツギさんの幸せなのだとしたら」
「……」
ボクの幸せが、エイタの幸せ? だって、そんなの、おかしいよ。ボクはエイタと一緒に居たかったけど、エイタはボクと一緒に居たくなくて。エイタの幸せは、キミさんが一緒にいてくれるのが一番のはず。だから、キミさんの言ってることはおかしいよ。キミさんは、ボクにウソをついてる。
「ドウゾノさんは、自分が身を引けばメツギさんが幸せになると信じているようだが。私には到底そうは思えない」
「それじゃあ、どうやったらエイタは幸せになるんですか!」
両手をテーブルに叩きつけた。大きな音がなって、シュンとする。ボクのやってることがエイタの幸せにならないなんて言うのなら、ボクはなんのためにこんなに苦しんでいるんだろう。
「全員が幸せにならなければいけない」
「???」
「メツギさんの幸福を望むのなら、私達はみんなで幸せにならなければならない」
「それって、どういう……」
「私はつい最近まで、賢さについて大きな誤解をしていた」
「?」
「私が思う賢さは、〝可能性〟だった。もっとも可能性のある選択を重ねていけば、賢く生きられると信じていた。だがそれは、大きな間違いだった」
「……」
「確かに、もっとも可能性のある選択を下すことは賢いのかもしれない。だがそれは、目の前の可能性しか見ていなかった。たとえ瞬間的には可能性の低い選択を下したとしても。人は生きている限り、何度だって選択を下せる。人生は、目の前の可能性のことではなく。巨大な可能性のことなのだと私は思う」
「……ボクはエイタのそばにいても、いいんですか?」
「もちろんだとも。どうだろう、みんなで幸せになる未来に、協力してはくれないだろうか」
「そんな。でも、でも」
頭をかかえてうずくまった。エイタはツキノキさんとだけ一緒にいたい。だけどツキノキさんにその気はない。ボクの幸せがエイタの幸せ? ツキノキさんと協力してエイタを幸せに? 賢いことは可能性? なんだかもう、頭の中がグチャグチャしてきた。助けてエイタ。ボク、どうすればいいの?
「メツギさんのことが大切であればあるほど、この選択は容易ではない」
「……」
「どんな選択も受け入れよう。だが、目の前の可能性にだけは囚われないでほしい。ドウゾノさんには、後悔だけはしてほしくない」
「わかんないです。ボクはエイタみたいに、賢くないから……」
「それでいい」
「へ?」
「メツギさんにはメツギさんの。ドウゾノさんにはドウゾノさんの賢さがある」
「……」
「ドウゾノさんは、ドウゾノさんらしくあればいい」
「ボクは、ボクらしく……」
「どうだろう。ドウゾノさんにとっての賢いを、私に聞かせてはくれないかい?」
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飛行機と電車を乗り継ぎ。迷宮のように入り組んだ駅を抜け。俺は大都会を見上げていた。四方八方、圧迫感がすごい。人混みに酔って、広告はうるさくて、建物も威圧的で。何もかも、規模が違いすぎて。なんだか気持ち悪くなってきた。帰りたい。道中何度呟いたことか。だが帰れない。ツキノキさんと味噌煮込みうどんを食べた埋め合わせをしなければいけないからだ。それと、もう一つ帰れない原因があった。その原因が、俺の腕先にある。繋がれた手。コツツミさんが俺の手をしっかりと握って、決して離さない。〝エーちゃんは目を離したスキに迷子になってそう〟というガキのガキ扱い。腹立たしいことに、手を繋いでいたおかげでこの人混みではぐれるなんてことは起こらず。その代わり、何度も何度も腕が引きちぎられる思いをすることになった。クタクタだ。まだ目的地に着いたばかりだと言うのに、精神と肉体はすでに参っている。帰りたい。それ以外は望まない。帰って横になりたい。それかツキノキさんと会って、喋って、癒されたい。現実逃避に空を見上げ。同じ空の下にいる、ツキノキさんのことを考えた。
「ついたわ」
「……」
「はい。いくよー」
「ちょっと待て」
「あ? なに?」
「もう手を繋ぐ必要はないだろ」
「エーちゃんは必要があるなら手繋いでくれるの?」
「どうせ、手を繋いでたほうが面白いとか言うんだろ?」
「なんだ。わかってんじゃん」
「俺は全然面白くない」
「もう、嬉しいくせにー」
「人と会うんだから自重しろよ」
「何名様ですか?」
「先客が居るのでお構い無くー」
「テルミちゃーん」
見ると、奥のテーブル席からこちらに手を振る人がいた。金髪のショート。アイラインの引かれた吊り目。耳と唇にピアス。資料で見たセクシーグラビアから飛び出して、女性誌の最新ファッションを装備した。そんな桁外れに恐れ多い、くすんだ鏡が手招きしていた。