鏡の奥の向こう側   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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最近将棋の調子が良いです。


上り兵法下り音曲

 

 

 

 薄ピンクの花びらが鈍色の空を舞う。葉桜となったその木は、一つの節目を告げていた。学年が上がって、早くも一ヶ月が過ぎようとしている。だというのに、俺は未だに。コツツミさんのことを割り切れないでいる。コツツミさんがクラスに溶け込めないことを認められない俺は、ただのワガママな奴なのだろうか。

 

「ねぇ、ボクの話聞いてた?」

 

「悪い、なんだっけ」

 

「だーかーらー。今日はおばさん達帰りが遅いから、どこかに二人でごはん食べに行かない?」

 

 俺が聞いていなかったことに腹を立てているのか。ウチハは唇を尖らせて、呆れたように〝ご飯を食べに行かないか? 〟と提案した。朝の登校途中。校門を越えて、校舎への道を歩きながら。俺はこの場では答えたくない提案に沈黙した。男女が並んで歩き。片方が学校の有名人であるウチハとなれば。周囲の注目が集まるのは当然と言えた。

 

「友達と、どっか食べに行く約束してこいよ。俺は良いから」

 

「エイタは夜ご飯どうするの?」

 

「あー。適当に、家にあるもの食べるから」

 

「もしかして、チンしたりお湯入れるヤツ食べようとしてない? 栄養足りないよ? それ」

 

「外食はあんまり、好きじゃない」

 

「え~? 美味しいご飯たくさん食べれちゃうんだよ? 本当に行かないの?」

 

「悪いなウチハ。他を当たってくれ」

 

「ふーん。それじゃあ、今日はなに作ろっかなー?」

 

 一瞬、ウチハが何を言ってるのか理解できなかったが。ウチハが腕を組んで小首を傾げているのを見て、さっきのウチハの発言を思い出す。ウチハは〝今日はなに作ろうか〟と言った。もしや、ウチハは夕飯を作ろうとしているのか? 俺に合わせようとして? ウチハにそこまでしてもらうわけにはいかない。

 

「ウチハは部活して帰ってくるんだろ? 素直に外食してこい」

 

「エイタ心配してくれるの? ありがとう! それじゃあ、夜ご飯ボクの分もお願いね?」

 

「え?」

 

「エイタが夜ご飯作ってくれないと、ボク倒れちゃうかもよ?」

 

「わかったよ。俺が作る」

 

 俺がここで〝作らない〟なんて言ったら。今度はまた、ウチハが夕飯を作ろうとしてくるのだろう。部活で疲れて帰ってくるウチハに、夕飯まで作らせるわけにはいかない。仕方がないので、ここは進んで夕飯作りに名乗り出ることにした。ウチハは剣道部の部長になって、人の使い方を覚えたようだ。昔の、恥ずかしがり屋なウチハからの成長を喜ぶのと同時に。その力を俺に向けるのはやめてほしかった。

 

 

 

 ──────

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「この後の授業なに?」

 

「午後体育じゃん」

 

「放課後みんなで行こ?」

 

「ノート貸してー」

 

「これ誰の落とし物ー?」

 

「この時期に入ったの? 剣道部に?」

 

「その時ソイツなんて言ったと思う?」

 

「シュート!!」

 

 昼休み、教室の中。俺は友達と、教室の片隅に集まっていた。コンビニで買ったパンを片手に、友達の話を聞き流す。今日の夕飯、何にしよう。頭の中は、今日の夕飯のことで一杯だった。夕飯作りなんていう慣れないことに戸惑っていた俺は、友達から話題を振られていることに気づけなかった。

 

「メツギ? お前話聞いてたか?」

 

「あぁ、ごめん。聞いてなかった」

 

「なんか考え事か?」

 

「突然、俺が夕飯作ることになってな。何を作ろうか悩んでたんだ」

 

「へー。それより、メツギはコツツミさんのことで。何かウチハちゃんから聞いてたりするか?」

 

「? いいや、特に何も」

 

「メツギに聞いてもわからないのか」

 

「コツツミさんが剣道部に入った話か?」

 

「そう! それだよ。本当にウチハちゃんから何も聞いてないのか?」

 

「コツツミさんが剣道部に入った以上のことはなにも」

 

「コツツミさんも謎だよな。この時期に、あの厳しいで有名な剣道部だぜ? 冷やかしのつもりか?」

 

「冷やかしにしては金かけすぎじゃね?」

 

「道具一式でかなり金かかるからな」

 

「コツツミさんは運動神経もいいんだろ?」

 

「それでもこの時期から剣道部入ろうなんて、普通は考えないよ」

 

 俺達のところ以外でも、ちょくちょく〝剣道部〟と〝コツツミさん〟という単語を耳にした。中には、コツツミさんを悪く言うような。顔をしかめたくなってしまうような単語も飛び交っている。友達はおろか、クラスの中で誰もこのことを気にしている生徒はいない。当の本人であるコツツミさんですら反応していない。コツツミさんは一人で席に座って、黙々と食事をとっている。ただ一人だけ。俺だけがコツツミさんに対する暴言を気にしていた。……俺の感覚がおかしいのだろうか。世間の語る善悪と、現実で目にする善悪がズレ落ちている気がする。もちろん、いままで生きて来て一度も善悪のズレを感じてこなかったわけじゃない。だけど、ここまで明白なズレを突きつけられたのは初めてだった。俺は教室中に広がる後味の悪さを、パンで詰め込んで。飲み物で一気に流し込むのだった。

 

 

 

「──────タ」

 

「──────イタ?」

 

「エイタ!!」

 

 ウチハの声で目を覚す。俺は突っ伏していた机から上体を起こして、教室を見渡した。教室内はガランとしていて、俺とウチハの二人だけだった。ウチハが俺のことを、心配そうに覗き込む。

 

「エイタ、大丈夫?」

 

「あぁ、大丈夫。ちょっと眠ってただけだ」

 

「次、移動教室だよ?」

 

「悪い。すぐ準備する」

 

 席を立つと、頭がぐらっとした。ウチハに体を支えられる。俺は〝悪い〟と一言ウチハに謝りながら。揺れる頭を手で抑えた。

 

「具合悪いの?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

「ウチハー? 何してるのー?」

 

「ごめん、先行ってて!」

 

「わかったー」

 

「……本当に大丈夫?」

 

「ちょっと立ちくらみしただけだから」

 

「エイタなんだか顔色悪いよ?」

 

「突っ伏して寝てたからじゃないか?」

 

 顔をペタペタと触るウチハの手を振り解いて、移動教室の準備をする。俺は〝大丈夫だ〟と言い張っているのに、ウチハはなんだか不安そうな顔をしている。

 

「エイタ、もしかして」

 

「?」

 

「コツツミさんが気になるの?」

 

「……いや」

 

「ボク、なんか間違ったことしちゃってるのかな?」

 

「何言ってんだ。ウチハは何も間違っちゃいない」

 

「それじゃあ、どうしてエイタは怖い顔してるの?」

 

「ウチハには関係ない」

 

「関係なくなんかないよ! だってボク達、家族なんだから」

 

「家族だからって、なんでも共有するのは間違いだろ」

 

「いまからでも早退する?」

 

「は?」

 

「今日のエイタ、なんだかとってもヘンだよ」

 

「俺がおかしいって言いたいのか?」

 

「そうじゃない! ただちょっと、エイタは新しい場所で疲れちゃってるだけだから」

 

「俺の周りの奴らは、誰もこんなことで疲れちゃいない」

 

「ね? ね? エイタは頑張り屋さんだからさ? お家に帰って、ゆっくり休も?」

 

「それじゃあ、誰が夕飯を作るんだ」

 

「夜は出前取ろ? 美味しいものたくさん食べて、また明日頑張れば良いんだよ。ね?」

 

「俺は平気だ。早退もしない。飯も作る。ウチハは自分の心配だけしてろ」

 

「ボクは、エイタが心配で」

 

「ウチハ」

 

「?」

 

「二度も言わせるな」

 

「……ごめん」

 

「友達、待たせてるんじゃないのか? 早く行ってやれ」

 

「うん」

 

 ウチハは一瞬、俺に向かって何かを言いかけたが、結局は何も言わず。そのまま荷物をまとめて、トボトボと教室を出て行った。俺は、そんなウチハの後ろ姿を見送ってから。荷物をまとめて、次の授業の場所へ向かうのだった。

 

 

 

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 灰の空が、段々と黒い空へと変わっていく公園で。俺は、夕焼けチャイムにため息をついた。本当なら、夕飯の献立を決めて、買い物にいかないといけない時間なのに。俺は何故か、この公園のベンチから動けないでいた。学校が終わって、その足で公園に来て。気づけば、こんな時間まで座り込んでいた。自分が情けない。ウチハに〝大丈夫だ〟とか、〝平気だ〟とか強がっていたクセに。現実はこうして、ベンチから立ち上がれないくらいに参っている。ウチハから届いたメッセージに、反応すら返せていない。ベンチに座りつづけたところで、何かが変わるわけでもないだろうに。オレは一体、どうしちまったんだ。

 

「こんばんは」

 

 近くで女性の声がした。俺はビクンと驚いて、項垂れていた体を引き起こす。気がつけば目の前に、スーツの女性が立っていた。その人は、街灯の光を遮って。俺に影を落としていた。

 

「そんなに驚かれると傷ついてしまうよ」

 

 声の調子は平坦で、感情らしさがまるでない。よく見ると、ジロリと見下ろす女性の目に。俺の体から、血の気という血の気が引き上げるのだった。

 

 

 

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