鏡の奥の向こう側   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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いけすに放ったネタをようやく使える喜び


第二章
援助じゃアフリカは発展しない


 

 

 

「こんばんは」

 

 近くで女性の声がした。俺はビクンと驚いて、項垂れていた体を引き起こす。気がつけば目の前に、スーツの女性が立っていた。その人は、街灯の光を遮って。俺に影を落としていた。

 

「そんなに驚かれると傷ついてしまうよ」

 

 声の調子は平坦で、感情らしさがまるでない。よく見ると、ジロリと見下ろす女性の目に。俺の体から、血の気という血の気が引いていくのを感じた。動けない。声が出ない。体が完全に萎縮してしまっている。俺が動けないことに気がついているのだろうか。女性はゆっくりとベンチへ近づき、人一人分の距離を空けて隣に座った。……なんなんだ、この状況は。

 

「実はいま、私はとっても困っているんだ」

 

「?」

 

「実家からの仕送りなんだが。今月はどうも野菜の量が多いんだ。とてもじゃないが、私一人では食べ切れない。このままだと、野菜をダメにしてしまう。どうだろう、ここは私を助けると思って。野菜を貰ってはくれないだろうか?」

 

「……え?」

 

 俺はあまりの急展開に、自分の耳を疑った。俺は突然、名前も知らない女性に。野菜を受け取らないかと誘いを受けている。そんなもの、ご近所さんに配ってしまえばいいだろうに。女性の狙いがわからない。俺は恐る恐る、その女性を見た。さっきは逆光で見えなかったが。その女性は、とても綺麗な横顔をしていた。切れ長のその瞳に、意識が吸い寄せられていく。その人は、俺の困惑を知ってか知らずか。いきなり顔を向けてきて、重ねて俺に問い掛けた。

 

「どうだろう。悪い提案ではないはずだが?」

 

「!? あ、はい。お願いします」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 そういうと、女性はバックを肩にかけて立ち上がった。その人はそのまま、公園を出ていって見えなくなってしまった。俺は慌てて立ち上がり、名前も知らない女性を追う。横になっっらぶのはなんだか抵抗感があって。女性の後ろに距離を空けて、その後を追う。しばらく歩くと、ある二階建てのアパートの前に来た。その女性は、一切立ち止まらずにアパートの中に入る。俺は抵抗感から、一度その場で立ち止まった。一般人は、こんなにホイホイと赤の他人を家まで招くものなのだろうか。女性の放っていた雰囲気は、とても一般人のものとは思えない。それが良いものなのか、悪いものなのかまではわからないが。男子高校生を犯罪に巻き込んだところで、たいして得るものもないはずだ。部屋の中にまで入らなければ安全と判断し、俺は女性の後を再び追いかけるのだった。アパートに入ると、一階の扉がパタンと閉まった。恐る恐る近づいて、表札を確認した。表札には〝月野木〟の文字があった。あの女性は、〝ツキノキさん〟でいいのだろうか。そんなことを考えていると、目の前の扉が再び開く。

 

「紙袋のまますまない。どうかこのまま持って行ってほしい」

 

「……あの、流石に量が多すぎませんか?」

 

「? そうだろうか。これでも加減をしたつもりなんだが」

 

「貰う立場で厚かましいかもしれませんが。せめて半分の量でお願いできますか? こんなにたくさんの野菜を一度にもらってしまうと、家族に説明するのが大変です」

 

「わかった。量を半分に減らしてこよう」

 

「いえ。ツキノキさんさえ良ければ、俺に中まで運ばせてください」

 

「そうかい? ありがとう。それなら、お言葉に甘えさせていただこい」

 

 ツキノキさんは、俺に野菜を貰って欲しいだけだった。これ以上疑い深いのもなんだか馬鹿らしくって、俺は迷うことなくツキノキさんの家の中に入る決断を下す。〝お邪魔します〟と玄関に上がった。すると、なんだか焼き菓子のような甘い匂いがしてくる。

 

「何かお菓子でも焼いているんですか?」

 

「いいや? 私は料理が出来ない」

 

「それじゃあ、この香りは?」

 

「あぁ。その香りなら安息香といって、アロマの一種だよ」

 

 〝へぇー〟と一人で感心していると、俺の頭には〝ん? 〟と疑問符が浮かぶ。そうしている間にも俺達は廊下を抜けて、リビングについた。リビングはよく片付けられている。リビングの中央にはちゃぶ台と座布団が置かれていて。ちゃぶ台の上には、あれは将棋の本だろうか? 〝七手詰め〟と書かれた本が置かれている。そんなリビングの一角に、一際大きな段ボール箱が置かれていた。ツキノキさんが段ボールを開けると、中には芋類や根菜類がまだまだ残されている。俺は途中から気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「質問なんですけど」

 

「なんだろう?」

 

「料理できないって本当なんですか?」

 

「あぁ、本当だ。私はどうも不器用でね。刃物を握ると、血の海を作り出してしまう」

 

 一瞬、ツキノキさんが壮大にボケたのかと耳を疑った。だがツキノキさんの顔を見ると至極真面目な顔をしている。ツキノキさんの手をよくよく見れば、無数の絆創膏が巻き付けられていた。そんな手では、隣人に野菜を配ろうにも苦労しそうだ。

 

「ちょっと待ってください。この野菜、ツキノキさんは食べてないんですか?」

 

「多少は食べたが、残りはご覧の有り様だ」

 

 これは、確かに。見ず知らずの俺に、大量の野菜を押し付けたくもなってしまう。幸い、芋類や根菜類はすぐにダメになってしまうわけじゃない。運ぶのを数回に分ければ、野菜をダメにせずに済む。だがその方法は、俺の良心が許さない。

 

「仕送りしてくれた人は、ツキノキさんが料理出来ないことを知らないんですか?」

 

「いいや、知っている。知っているからこそ、だろうね」

 

「?」

 

「恐らく、現代人は野菜不足うんぬんをテレビで見聞きしたのだろう。母は昔から、極端な人だった。私は自炊ができないから、余計に危機感を感じたんだろうね」

 

「それじゃあ、ツキノキさんが野菜を食べないことには意味がないのでは?」

 

「私の料理の腕前は、〝悲惨〟の一言だ」

 

「なら、俺が作ります」

 

「? キミがかい?」

 

「はい。あまり手の込んだことはできませんけど」

 

 キッチンに向かった。冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の野菜室には、使いかけの野菜が転がっていた。まな板に、包丁。野菜を薄く切って、フライパンへ。油を垂らして、火をつけた。ある程度火を通したら、塩胡椒をして出来上がり。即席で、ベチョッとした。美味しくなさそうな野菜炒めが出来た。もし、ツキノキさんの口に合わなかったら。俺が責任を持って全部食べよう。

 

「どうぞ」

 

「わぁ、凄い。頂きます」

 

 ツキノキさんは、野菜の一つを箸で摘まむと。〝フゥ〟と息を吹いて、口に運んだ。なるべく薄く切ったから、ちゃんと火は通っているはずだ。

 

「うん、うん」

 

「お口に合いますか?」

 

「少しばかり、しょっぱいかな?」

 

「あぁ、それは。〝水っぽいかな? 〟と思って、塩胡椒を入れすぎてしまったみたいです」

 

「味見はするべきだね。けれども、うん。嬉しいよ」

 

「? どう言うことですか?」

 

「出来立ての料理は嬉しいものさ。それが誰かに作ってもらったものとなればなおのことね」

 

「そう言うものなんですか?」

 

「そう言うものさ」

 

 そういうと、ツキノキさんは野菜炒めをペロリと平らげた。〝ご馳走さま〟と一言告げて、箸を置いた。俺もそろそろ帰らなければ。夕飯の支度が間に合わなくなる。夕飯はカレーにしよう。肉とカレールウを途中で買って、野菜をたくさん煮込んで。なんだ、簡単じゃないか。俺は夕飯を難しく考えすぎていたのかもしれない。ベンチに座り込んでいた時よりも、心は随分と軽くなっていた。

 

「日持ちしない根菜類を中心に貰っていきます。野菜、ありがとうございました」

 

「待ちたまえ」

 

 ツキノキさんの声が背後からした。振り替えると、居住いを正しているツキノキさんがいた。ツキノキさんは手で、座布団に座るように促してくる。早く帰りたいのに。いや、元々座り込んでいた身で言えた立場じゃないか。大人しく座布団に座った。

 

「自己紹介がまだだったね。私はツキノキ キミだ。よろしく」

 

「メツギ エイタです。えっと、よろしくお願いします?」

 

「メツギさんには野菜を引き取ってもらったばかりか、こんなご馳走までしてもらった。どうだろう。ここは一つ、私に困っていることを相談してみるというのは」

 

「はい?」

 

 ここに来て、ようやく話が見えてきた気がする。ツキノキさんは初めから、俺の相談に乗る気だったのだ。だがいきなり本題に入られても警戒する。だから、野菜を譲るという体で。俺の警戒心を解いたわけか。いや、野菜を譲りたかったのは本心だったのかもしれないが。なんにせよ、このツキノキさんと言う人は。計算高くて、抜け目ない人に間違いない。もしツキノキさんに悪意を持たれてしまったら。俺なんて簡単に、身包みを剥がされてしまうんだろうな。とはいえ、現状ツキノキさんに相談したいと思える問題が俺にはなかった。今日の夕飯はカレーと決まったし。社会と現実の善悪など、初対面の人間にしていい相談ではない。しかしここまでお膳立てされて、何も相談しないというのも相手に悪い。これは非常に、困ったことになった。

 

「そう難しく考えなくていいよ。私も出会ったばかりの人には言葉を選ぶ。メツギさんがおかしいなと思ったこと。不思議だと思ったこと。ちょっとした疑問の様なものを、私に相談してくれればいい」

 

「……」

 

 ツキノキさんからの言葉に黙り込んだ。そんないきなり、相談内容を決めてくれと言われても。いきなりすぎて、頭の整理が追いつかない。保留してもらうか? この調子だと、ツキノキさんが野菜を消費できるとは思わないし。もう一度野菜を貰いに来る時までに、相談内容を考えておくというのはどうか? いいや、それこそ相談を難しく考えてしまっている。ツキノキさんが求めている相談は、もっと気楽なものだ。保留は諦めて、相談内容を決めよう。早く決めないと、ウチハが帰ってきてしまう。これ以上ウチハに心配されるわけにはいかない。俺は急からか、咄嗟に頭に浮かんだ言葉を口に出した。

 

「賢いってなんですかね?」

 

「ふーむ」

 

 部屋の中に長い沈黙が流れ。俺は相談内容を間違えたことを思い知った。〝あ、その。いまの相談は冗談で! 〟と相談内容の撤回を願い出るも。ツキノキさんは首を横に振る。

 

「いいや、なかなか興味深い相談だ」

 

「いいえ。頭に浮かんだ言葉を、なにも考えず口に出してしまっただけです」

 

「咄嗟の言動や行動には、その人の本性が現れると聞く。たった一回の相談で、メツギさんの本性を断じる訳ではないが。それでも、私は。メツギさんの発言は、メツギさんの一部だと捉えている」

 

「俺の、一部?」

 

「メツギさんは、〝賢い〟に興味はないのかい?」

 

「興味がないのかと聞かれれば、嘘になってしまいますけど」

 

「決まりだ。〝賢い〟についての相談を受けよう。その上で、一つ。私はメツギさんに謝らなければいけないことがある」

 

「? なんでしょう?」

 

「相談してもらって山々なのだが。すまない。回答は次回に持ち越して良いかな? 情けないことに私は、準備に手間取ってしまうタチなんだ」

 

「いえ、全然。お構いなく。そうなると、俺はいつツキノキさんの家にお邪魔すれば良いんでしょうか?」

 

「お互いの連絡先を交換しよう。準備が出来次第、追って連絡する」

 

「はい。お願いします」

 

 お互いのスマホで連絡先を交換し終わった後、ツキノキさんが玄関まで送ってくれた。俺はツキノキさんに〝今日はありがとうございました〟と、改めてお礼を伝えて。ツキノキさんの家を後にするのだった。……なんだか不思議な人だったな。いままで会ったことのない様な大人の女性に。なぜかだか俺の心が、満たされていくのを感じた。

 

 

 

 買い物を終えて、家へと急ぐ。時刻はすでに、ウチハが部活を終える時間をとうに過ぎていた。かと言って、いまから外食に切り替えるなんてマネもできない。なぜなら、貰った野菜を消費できなくなってしまうからだ。ツキノキさんから野菜を貰った以上、腐らせるなんてマネは絶対にしたくない。ウチハには申し訳ないが。カレーが出来上がるまで、お腹を空かせたまま待ってもらうほかない。夕飯が遅れる旨は、すでにウチハへ連絡してある。あと俺が出来ることといえば。なるべく早く家に帰って、カレーを作りはじめてやるくらいだ。家に着いた。玄関を開ける。電気の着いたリビングには、ウチハが居た。食事を取る時の定位置。長机の一つに、ウチハは座って待っていた。ウチハは俺がリビングに来ると、腕を一杯に広げて出迎えた。

 

「エイタ! お帰り!」

 

「悪いウチハ。すぐカレー作るからな?」

 

「ボクに手伝える事ってなにかない?」

 

「それじゃあ、ジャガイモの皮をピーラーで剥いてくれ。手をケガしないようにな?」

 

「うん。わかった!」

 

 ウチハは嬉しそうに返事すると、ピーラーを取り出してジャガイモの皮を剥き始める。部活で疲れているウチハに手伝わせたくなかったが。ただでさえ夕食の時間が遅くなっているのに、そんな贅沢な事は言ってられない。俺もさっさと料理に取り掛かろう。まずは火の通りにくい野菜から切って、切ったそばから油を引いたフライパンに放り込んで炒めていく。野菜に火が通ってきたら、ジャガイモと肉を追加。肉の色が変わったら水を入れ。カレールーを溶かして完成だ。一口味見をした。うん、美味しい。火の通りにくい野菜にも、ちゃんと火が通っている。本当ならもっと煮込みたいところだが。時間がないんだ、仕方がない。手早く皿に盛り付けて、席に着いた。

 

「それじゃあエイタ。食べちゃうね?」

 

「おう。たくさん食え」

 

 〝頂きます〟と手を合わせたウチハは、そのままカレーに手を付けた。俺も腹が減っていたので、早速カレーに手を付ける。野菜がちょっと固かったり、溶けていないカレールーの塊があったりもしたが。料理の不慣れな俺が、この短時間で完成させたモノとしては。なかなか上手く出来た方だろう。

 

「エイタの作ってくれたカレー、とっても美味しい!」

 

「ごめんな。夕飯遅くなったりして」

 

「うんん。ボク、エイタと一緒に料理出来て楽しかっよ?」

 

「そうか」

 

「うん! ……ところでさぁ」

 

「?」

 

「今日はずっと制服のままだったの?」

 

「すっかり着替えるの忘れてたよ。いやぁ、うっかりしてた」

 

 〝ははは〟と笑うと、ウチハが俺の事をジッと見つめてくる。俺が下校してから夕飯を作るまで、十分に着替える時間はあった。今日、学校で機嫌が悪かった時といい。突然、野菜を大量に貰ってきた件といい。ウチハが俺を心配するのも、無理のない話だ。

 

「エイタ、ボクの前で無理してるのかなって心配だったけど。いまのエイタの顔見たら、なんだか安心しちゃった」

 

「俺の顔?」

 

「うん。いまのエイタ、とっても優しい顔してる」

 

「学校の時、俺そんなに怖い顔してたのか?」

 

「うん」

 

「……」

 

 自分の顔を触った。しかし俺にはよくわからなかった。ただ、長年一緒に居るウチハの言葉だ。〝怖い顔〟やら〝優しい顔〟やらの話は、本当の事なのだろう。真っ先に思い浮かぶ理由があった。それは、ツキノキさんとの出会いだ。ツキノキさんのアパートからの帰り道。俺は確かに、心が満たされていくのを感じた。ツキノキさんと過ごした時間が、俺を怖い顔から優しい顔に変えてしまったのだろう。

 

「今日エイタに何があって、どんな話をしたのか聞きたいことで一杯だったけど」

 

「……」

 

「エイタが元気なら、ボクもうそれでいいや!」

 

 そう言ってウチハはニカッと笑うと。止まっていたスプーンを動かして、食事を再開した。俺もウチハを見習って、いまはただ黙々と。自分達で作ったカレーを頬張るのだった。

 

 

 




 
共感と喜びと感謝がエネルギーになる人がいるみたいだから、私もしっかり向き合わないとなと思ったとかとかとか
https://www.ookinakagi.com/a-cursed-trash-can-that-makes-your-heart-chill7/
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