鏡の奥の向こう側   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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前回までのあらすじ
平和な日常に迫る不審者おねーさんに注意


新 賢明なる投資家 

 

 

 

 メツギさんと別れてから一週間がたった。

 

 

 

 自己紹介から途切れたメッセージ画面を開き、こちらからコンタクトをとるべきかと逡巡する。

 

 これだけ連絡がこない、ということは……嫌われてしまったと考えるのが自然だろう。

 

 

 

 出会った当初、抱かせてしまった不信感は、私が想定したよりも遥かに深刻だったようだ。

 

 てっきり別れ際のやり取りで、信頼を得られたとばかり……。

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 

 力無く倒れこみ、手足をばたつかせる。

 

 

 

 ヘタな人工知能で、人型の物体を泳がせている? ような無様な姿。

 

 とても人様には見せられない醜態を晒すのは、それだけショックを受けている証。

 

 いつ連絡が飛んできてもいいよう、急いで思考を整理したのは、どうやら不要な配慮だったようだ。

 

 

 

 だが避けられたからといって、まだ私の役不足だったと確定したわけではない。

 

 人生をピョンピョン拍子に乗り越えてきた青年が、思春期特有の些細な悩みを、周囲に打ち明けるべきかと悩んでいただけかもしれない。

 

 

 

 頼もしい友人、温かい家族、尊敬に足る大人が周囲にいたのなら、私が声を掛けた時点で既に余計なお世話だったことになる。……妄想の域を出ない話だが。

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 

 ため息。

 

 通知の一つも変わりなく、画面を落とし、手放した。

 

 これがゴースティング……? 

 

 

 

 ……アドレスを消すべきか迷った。

 

 二度と繋がるか不明のアイコンを、手元に伏せつづけているほど私はしたたかな人間ではない。目につく度に憂鬱な気分を味わいたい物好きなど。

 

 

 

 そわそわとスマホを撫でた。

 

 手持ち無沙汰に再度手に取って、スリープ状態の画面を見つめ、直後に振動。

 

 心臓が跳ねる。

 

 

 

 そんな都合のいいことはあるまいと、しかし前後関係に関連を見出だしたくなるのが人間という生き物。

 

 確認すべしと指先が動く。

 

 

 

 

 

 

< ツキノキ
✆ 目 ∨

 5月7日(金) 

18:51
既読
  .ツキノキだ.

18:52
既読
  .よろしく.

.メツギです. 18:50

.どうも. 18:50

 今日 

.夜分遅く申し訳ありません. 19:12

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+       
             

 

 

 

「わっわっわっまっわ」

 

 

 

 爆速の既読。パニックの頭。スマホを御手玉しながら手遅れを知る。

 

 冷静に俯瞰しよう。……男の子からの返事を画面の前で待機する、粘着質な年下趣味。

 

 

 

 弁解の言葉が脳内を駆け巡った。

 

 けれども張り付いていなければ説明の仕様がない既読速度に、下手な言い訳はかえって顰蹙を買う。

 

 

 

 ので、ここは待ちの一手。

 

 二次被害を広げぬよう、先方の出方を座して待つ。行動に移すのはその後でも遅くはない。

 

 じっと、動向を伺った。

 

 

 

 一分、二分経っていやまだまだ。

 

 三分を過ぎた辺りでそろそろか。

 

 五分経過で流石に焦り始める。

 

 

 

 文章がぶつ切りのまま終わるとは考え難い。

 

 引かれてる? 

 

 辛うじて繋がっていた繋がりが、ついに許容限界を越えた? 

 

 まさかこれが決定打になって、はいさよならなんてことには? 

 

 あまりに呆気ない幕切れ。

 

 この一押しが決定打に? 

 

 

 

 あの人に会わせる顔が……ない。

 

 

 

「うがぁー……」

 

 

 

 頭を抱え、嫌な想像に頭を振り、テーブルに倒れ込んだ。

 

 

 

 相談する意志があるのは認識済み。

 

 私が器用に立ち回れないことも十分理解している。

 

 だからお願いだ、双方のためにも、今いちど私にチャンスを貰えないだろうか……。

 

 

 

《会って話したいんですが、明日って大丈夫ですか?》

 

 

 

 チラリと盗み見た画面に安堵の息を吐く。

 

 文章上のやり取りで良かった。

 

 産まれた時代が違っていたら、どんな醜態を晒していたか想像できない。

 

 

 

 メッセージに動揺が滲み出ないことを感謝。

 

 これ以上の不安をあたえないよう、多くを語らず短く返答する。

 

 

 

《かまわないよ》

 

 

《何時ごろ伺えばいいでしょう》

 

 

《夕飯の準備を手伝ってもらいたいから、十九時前後に来てもらえれば》

 

 

《わかりました》

《なにか必要なものとかありますかね》

 

 

《気遣いありがとう。ただ人には平等だけでなく、公平な関係なんてものもあるんだ。与えることだけが誰かを敬う唯一の方法じゃない。誰かを信じ、寄り掛かる。それも相手を受け入れていることと同義だ。私は、その、やっぱり頼りないかい?》

 

 

 

 そこでやり取りは小休止。

 

 返事はじき返ってくる。

 

 

 

 彼はどうも、他者に重きを置くあまり、自分のことを疎かにしてしまう傾向がある。

 

 事と次第によっては、相談よりもそちらを優先した方が彼のためかもしれない。

 

 

 

 どうしようもないことも実際ある。

 

 だが、未だ発展途上で若い内ならば、いくらだってやりようはあるはずだと信じたい。

 

 

 

 

 ……私は、彼の力になれるのだろうか。

 

 

 

 ……よそう。

 

 それを判断するのはメツギさんであって、私ではない。

 

 今はただ、少しばかりの気を配ってあげることしかできないのだから。

 

 

 

《すみません》

《自分でもどうしたらいいかよくわからないんです》

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

 早朝。

 

 いつものように叩き起こされる。

 

 

 

 今日は生憎の雨模様。

 

 登校するまで練習が出来ないウチハは、人様のベットに寛いで、剣道関連の小難しい書籍にムムムと顔をしかめていた。

 

 ウチハ曰く"練習できない時はこれを読め"と顧問に手渡されたらしい。

 

 

 

「あーつまんない。……ねぇ、エイタはなんで勉強するの?」

 

 

「?」

 

 

「いやさー、退屈なことをやり遂げちゃうやる気? みたいなのって、みんなどっから出してるのかなーて」

 

 

「……じゃあウチハが剣道つづけてんのは何なんだよ」

 

 

「んーボクは剣道が体の一部みたいな? あーあと楽しいから?」

 

 

「……そう」

 

 

「それで? エイタは?」

 

 

「俺は……」

 

 

 

 そんなこと、意識したことない。

 

 

 

 いや、少し違うな。

 

 考えたことはあったが、そんな疑問をかき消すように家族やら課題やら友達付き合いなんかが降り注いできて、とても熟考できる暇がなかったというのが近い気がする。

 

 

 

 そのままなあなあで年を重ねて、勉強することへの不安は飼い慣らされ。それでもみんな大人になってしまえるのだから、考えるだけ無駄なことなんだろうけど。

 

 周囲にそれとなく聞いてもどこかあやふやで、話が流されているような感覚は恐らく正しい。

 

 知る必要のないことだと暗に伝えられているのか、答えられないから煙に巻かれているのか。そんなことよりやるべき事が先だろうと、優先順位の最後尾にその答えがあるのか。

 

 

 

 なぜやるのかと思い悩むものではそもそもなく、やらなければならないもの。

 

 そう素直に説明したとしても、首を縦には振ってくれないんだろうな。

 

 

 

「もしもーし」

 

 

「え? あぁ悪い、さっぱりわからん」

 

 

「……わかんないのに勉強してるの?」

 

 

「あー、うん」

 

 

「ふーん」

 

 

 

 理解したのかしてないのか。

 

 ウチハはひどくいい加減な返事を聞くと、閉じた本をベットの端っこに追いやって、背を向けて横になった。

 

 

 

 ここまでは……一般的な建前。

 

 そしてこれからが、たぶん本心。

 

 もっともっと個人的な、俺が勉強をする意味。

 

 

 

 ……例えば、そのままの自分を誰も受け入れてもらえないから、こうして世間が評価してくれる勉学に身を投じている。

 

 なんて。

 

 

 

 例えば、将来に抱く得たいの知れない恐怖が勉学に駆り立てている。

 

 とか。

 

 

 

 好きとか、嫌いとかじゃない。

 

 将来役に立つとか、立たないとかじゃない。

 

 しなければ、やらなければ、向き合わなければ。

 

 この世界に居場所を作る唯一の方法。

 

 ……みたいな? 

 

 

 

 いや、こんなくだらないことで時間を潰している暇ないんだった。

 

 ……今日は用事があることを伝えておかないと。

 

 

 

「……なぁ」

 

 

「……」

 

 

「今日……夕飯いらないから」

 

 

「……なんで?」

 

 

「ちょっとな」

 

 

「それってさ、」

 

 

「ウチハが想像するようなやつじゃねぇよ……」

 

 

「信じていいんだよね?」

 

 

「あぁ、もっと個人的な理由」

 

 

「ふーん」

 

 

「ちゃんと伝えたからな」

 

 

「ねぇエイタ?」

 

 

「……あんだよ」

 

 

「今度の休日、どっか食べいこうよ」

 

 

「……テスト期間中だろが」

 

 

「外で食べてくる余裕あるんでしょ? それに一日中あそぶ訳じゃないもん。午後はエイタに勉強教えてもらえばおけ」

 

 

「あのなぁ……」

 

 

「はい、決まり。前から気になってたとこあるんだけどさー、そのお店美味しそうな料理一杯でボクだけじゃ絶対食べきれそうにないんだよねー。だからエイタも協力して?」

 

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

「いらっしゃい」

 

 

「遅かったですかね……」

 

 

「曖昧な時間設定にしたのは私だ。気にすることはないよ」

 

 

「そうですか……」

 

 

「? どうかしたのかい?」

 

 

「いえなんでも……それじゃあ、お邪魔します」

 

 

「どうぞ」

 

 

 

 アパートの玄関前。

 

 申し訳なく伏し目の青年。

 

 向かうは鉄面皮の女性。

 

 

 

 青年は私服。暗色でじじくさい。

 

 サイズが絶妙に合っていないのか、全体のバランスに違和感を覚える。

 

 いわゆる、センスがないと言うやつ。

 

 

 

 女性も普段着で……というか学校指定ジャージ。

 

 紺に白地のラインが入り、実名入りの刺繍がはいった年期もの。

 

 端から見ればコスプレに見えなくもないその服装は、センス以前に常識を欠いている。

 

 

 

 これがまだ長年の付き合いとかならまだ理解のしようとあるのだろうが、実際は会って数週間の間柄。

 

 それでも問題なく会話を交わし、何事もなかったかのようにアパートの一室に消えていく様は、見る者によっては一種のホラーだ。

 

 

 

「材料と道具はこちらで用意させてもらったよ。好き嫌いは、なかったはずだね?」

 

 

「はい。……野菜、切ればいいんですかね?」

 

 

「悪いね、私ばかり甘えるようで。メツギさんの力になれるかどうかわからないが、私なりの解釈を食事しながらでも話そう。無論、客観性は保証できないが」

 

 

「そんなこと……負担については気にしないでください。俺は迷惑かけるより、迷惑する方が気が楽でいいですから」

 

 

 

 嫌味ったらしく放たれた青年の言葉を最後に、事務報告は終わりを告げた。

 

 最低の一言。

 

 社会でやっていけるとは心底思えないディスコミュニケーション。

 

 

 

 では彼女の方は? と問われれば、こちらは判断が難しい。

 

 わかってスルーしているのか、天然でキャッチできなかったか、ただ単に意思疎通がヘタクソなのか。

 

 二の句が続かないのなら断定のしようがないが心配ご無用。

 

 一応、社会人であるという証言をここに掲げて飾っておこう。

 

 

 

「キムチ、カレー、豆乳、味噌、トマト、ゴマ担々、豚骨、柚子、塩、あごだし鴨だし昆布だし……。鍋は多彩な味付けが魅力だ。変わり種も捨てがたかったが、今日はオーソドックスに水炊きにしてみた」

 

 

「……気を使わせてしまったみたいですね」

 

 

「そんなことはない。休日の予定を想像する時が楽しいという人種はいるものだ」

 

 

「?」

 

 

 学生と社会人という立場。

 

 世代によって成り立たない会話もあるのだ。

 

 同じ目線に立てない以上、ここから会話を膨らませることは経験がなければ難しい。

 

 まして距離を近付けようとする努力を見せない口下手ならばお手上げ。

 

 

 

 野菜、鶏肉を切っていく。

 

 二人の間に会話はない。これで鍋をつつく関係とは、これはいよいよ理解に苦しむ。

 

 

 

 カセットコンロと、一人暮らしには不釣り合いな両手鍋。

 

 青年の顔が曇った。

 

 

 

「言って貰えば用意出来ましたよ」

 

 

「ん? あーこれかい、実家から送って貰ったんだ。鍋のサイズが少し……いやかなり大きいが。厄介払いだよ。私の両親も、もう歳だ」

 

 

「仲、いいんですね」

 

 

「比較対象が少ないからノーコメント。さっ準備できたよ、鍋に具材を詰めていってくれ」

 

 

 

 次々に突っ込まれていく総決算。

 

 不要野菜の大掃除。

 

 にんじん大根キャベツもやしえのき椎茸ピーマン? オクラ?? ほうれん草??? アク抜きしたのか。

 

 少々、いやかなり異質な鍋パーディーではあるが知ったことか、他人事だ。

 

 

 

「あれから……随分と悩んだ。そもそも賢いの幅が広いんだ。能力があることを賢いという。規範に則ることを賢いともいう。古語の恐ろしきが転じて賢い。異なる解釈を賢いと称し。経験を積んだ者を賢いとも讃える」

 

 

「半端な質問でした……」

 

 

「本当にそうだろうか? 咄嗟の発言、行動にはその人の本性が現れると聞く。メツギさんは、物事を知っているだとか要領が良いだとかの表層的な賢いではなく、もっと深い場所にある核心に疑問を持ったんじゃないだろうか?」

 

 

「そんな大層なことは……」

 

 

「メツギさんには、哲学者の血が流れていると思うんだ」

 

 

「……哲学って聞いたことはあるんですけど、一体なにするんですか?」

 

 

「物事の根源を見出だす学問だよ。紙も鉛筆もいらない学問とも、古代ギリシャから始まる果てしない学問とも言う」

 

 

「……それ実生活で役に立ちます?」

 

 

「立たんな。哲学は夢を叶える秘密道具ではない」

 

 

「……」

 

 

「話を戻そう。私の見立てではメツギさんは賢いの本質を探しているように思える。違うかな?」

 

 

「……分かりません」

 

 

「直ぐに返事を期待するつもりはないさ。焦らず、じっくり、ゆっくり組み立てていけばいい」

 

 

「そうやって」

 

 

「?」

 

 

「いえ……なんでも」

 

 

 

 加熱を続けるガスコンロ。

 

 しかし水の量が多いからか、なかなか沸騰の兆しは見えない。

 

 

 

 この時間、この空間は気不味いにも程がある。

 

 なぜこの二人は互いの存在を許容することができるのか。

 

 チグハグな距離感。

 

 近いんだか遠いんだか。

 

 地球外生命体同士の交信を見せられているようで、心底気味が悪い。

 

 

 

「メツギさんが見つけるべきだと思うんだ」

 

 

「え?」

 

 

「人から貰った答えというのは酷く空っぽだ、それがどんな道筋を経て辿り着いたのかのプロセスがない。メツギさんはいま手の届く範囲の答えに納得できていない。違うかな?」

 

 

「だからって……俺には」

 

 

「メツギさんは愚かじゃないよ」

 

 

「……何ですかいきなり」

 

 

「私が思う"賢さ"をメツギさんは既に持っている」

 

 

「……さっきっから訳わかんないですよ」

 

 

「大丈夫、きっと見つかるから。きっと」

 

 

「……」

 

 

「なかなか煮えないね」

 

 

 

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