めちゃくちゃ堂々とあの方とか言ってるが第三勢力なんて存在しない 作:幽
pixivでも投稿しております。なんとなく、こっちにも投稿してみます。
感想、いただける嬉しいです。
にこりと笑ったその隣で、同じように穏やかな顔をした男が微笑んでいた。
「・・・・君との話は実に有意義だと私は思うよ。」
それに、男の向かいに座った青年は柔らかに微笑んでいる。黒いスーツをまとった彼は、緩やかに微笑んでいた。
けれど、不可思議なことに青年は顔の前に白い布を垂らしている。彼らがいるのは、あるファミレスの中だ。
けれど、誰もそんな彼に対して関心を向けない。
「それで、計画は滞りなくすすめられるので?」
「ああ、呪霊たちとも関係は築いたしね。そうそう、真人が君に会いたがっていたよ。」
「真人様が?はい、また顔を出すとお伝えください。」
礼儀正しく柔らかに微笑んだことを察して、男はいやいやと首を振った。
「伝えておくよ。それにしても、君たちの主は未だに姿を現してはくれないんだね。」
それに、布の面をつけたそれは首をかしげる。
「申し訳ございません。あの方は良くも悪くも慎重な方で。ただ、こちらとしても十分な協力はさせていただいたかと。」
「まあね。夏油傑の体は手に入らなかったが。代用品としては十分だよ。それに、五条や夏油への対策は十分だ。」
「計画が滞りなく進めば、よき結末になるかと。」
「・・・・わかったよ。」
それに、スーツ姿の男は立ち上がり、深々と礼をした。
「それでは、これにて。」
男がするりとテーブルから離れる。男はそれにごくりとコーヒーをすすった。そうして、次の瞬間には男はいなくなっていた。
それに、彼はけだるそうにため息をついた。
「いやはや。つれないことだ。」
そうして、所変わって、ファミレスから少しだけ離れた路地裏。
ぜーぜーと荒く息を吐く、脂汗をだらだらながした少年が一人、壁に寄りかかっている。
そうして、青い顔で、はあああああとため息をついた。
「あの方って誰だよおおおおぉ…」
(あの方とか、第三組織なんてどこにもねえんだよなああああっ!!)
少年、虎杖祐礼はぐったりと息を吐いた。
どんな人間にだってあらがえない現実というものに屈してしまうときはあるだろう。
例えば、テストの結果だとか、運の悪さだとか愛だとか。
まあ、これは覆らないだろうと思えるような何か。
祐礼という少年がそれを自覚したのは、未だに小学校にさえ通っていないほどの年齢の頃。
頭の重い年齢だ。二頭身に等しいバランスの体は簡単にこけてしまう。ごちんと、後頭部に衝撃が走った。幼い体はそれに痛みよりも先に驚きを覚えた。がちんと固まった体を何かがのぞき込む。
「ゆーと、だいじょーぶ?」
舌っ足らずの言葉と共に自分をのぞき込む、双子の弟。
そこで、何かが祐礼の脳裏ではじけた。
柔らかそうな明るい髪色、愛嬌のある顔立ち。
見慣れているはずだ。だって、目の前のそれと自分は鏡から抜け出したかのようにそっくりなのだから。
なのに、自分は目の前のそれと初めて話すと自覚した。口から、無意識にそれの名前が吐き出される。
「ゆーじ?」
「なに、いたいの?」
その呼び名に反応したと同時だ。
頭の中に、己が半身の地獄の生涯と、それを娯楽としていた自分の前世を思い出したのだ。
呪術廻戦という漫画がある。
人気だったなあとぼんやりと考える。アニメにもなったし、書店でも見つからないときもあった。
自分はというと本紙派で、そこまでがっつりと追っていたわけではない。ただ、なかなか丁寧に主人公へ地獄を提供しているなあと思った。
ささやか、といえるかはわからないがそれでも善人であることを認めていい少年の地獄を哀れんでいたのは事実だ。
けれど、それだけの話だ。それだけの、なのに、何故だろうか。
「ゆーと、どうしたの?」
目の前で、無邪気に笑う少年。ちょっと、大人としてどうなのかはわからないが悪い人ではない祖父に大事にされている少年。
なにゆえに、そんな地獄を歩む彼の双子の兄として自分は生きているのだろうか。
頭を打った衝撃か前世の記憶が現れたその後、祐礼は見事、と言っていいのかわからないが高熱でぶっ倒れた。幼い脳は十数年生きた記憶を処理できなかったのだろう。
その間も祖父も虎杖も非常によくしてくれた。だからこそ、ひどく罪悪感が芽生える。幼い心は十数年生きた前世に食い潰されてしまった。
そうして、熱も下がり、祐礼はぼんやりと日々を生きている。
別段、変わったこともない。
祖父も虎杖も何かがあるわけではない。当たり前の話で、本編が始まっていないのだから当たり前なのだが。
前世を思い出したと言っても、詳しいことは覚えていない。自分がどんな人間であったか、ぼんやりと霧の中にいるようだった。
けれど、覚えている。
虎杖はきゃらきゃらと笑って外でよく遊んでいるのが見えた。祐礼がぼんやりとしていても二人は何も言わなかったし、不信感もないようだった。
無邪気な子供が、適度によい子で、適度にくそガキな、どこにでもいるかはわからないが不幸になれなんて欠片だって思えない。
そんな子供の遠い未来の地獄を知っている。
そうして、祐礼はその地獄の根源から逃げ出した。
(だってさ、無理だろう。)
地獄を抜け出して未だに一年も経っていない。その、青年と呼んで差し支えのないそれはひたすら人混みを縫って歩く。
誰も彼も祐礼を見る者はいない、関心を持つ者はいない。
それに東京に出てきて良かったと思う。己の存在を気にもとめられないというのはひどく気楽だ。
そうして、ふと、店のガラスに映ったそれを見る。そこには、自分が漫画の中で追っていた少年とうり二つの男がいた。
幸福だったのは、気づいてすぐに術式を使えたことだろう。
祐礼はじっと己の手を見た。
一応、自分の肉体年齢は幼児なのだ。それを術式を使って無理矢理に年齢を引き上げ、大人になっている。
その後は簡単だ。
子供の姿で駅に潜り込み、そうして新幹線に適当な大人にくっついて乗り込む。そうして、東京で降りた後は大人になる。
(・・・・自分の頭を血が流れるぐらいに強打するのは大変だった。)
けれど、そのおかげで倒れた祐礼は保護された。記憶を失ったという設定で。
さすがに、腐っても文明国だ。そこまで行けばある程度の制度の恩恵に与れる。
東北で行方不明になった子供と、東京で発見された男との同一性を見出す者は誰もいない。
自由だ!
今はバイトで、おまけに古くて狭いアパート暮らしだ。けれど、驚くほどに快適だ。当たり前の話で、成人をすでに越した野郎が幼児扱いを受けるのはなかなかに来る。
皮肉なことに、いたどりゆうとという名から逃れられはしなかったけれど。それでも、ましな話だ。すぐに反応だってできる。
漢字は違う。けれど、名前もないという自分に仮に与えられたそれを拒絶もできずに抱え続けている。
祐礼は自分は間違っていたとは思えない。
だってそうじゃないか。
誰が、いつか化け物を腹に飼って、どんな理由があるにせよ死体の山の上で生きていく、そんな少年の人生に付き合えるものか。いっそのこと両面宿儺に虎杖を揺すぶる材料にされるのが関の山だろう。
(今はなんて気楽だろう!)
もちろん、そこまで余裕のある生活ではない。けれど、それでもいつか来る地獄から逃れられたとするのならば万々歳じゃないか。
いくつもバイトを掛け持ちしている。
スーパーに、コンビニの夜勤だとか。一人で帰るアパートで、術式を解いて子供の姿で眠る。幸いなことに祐礼の術式は単純で、そこまで難解な呪力の扱いをする必要はない。つけっぱなしでも別段平気だ。
時折、トイレだとかに入っては小休憩を挟んだりする。術式の特性のせいか、反転術式も使えるというチートぶりだ。何かあったときだって大丈夫。
(原作連中に近づかなければ、俺の人生は安泰だよな。)
聞いた話では、海外では呪霊やら呪術師の存在は希少らしい。ならば、いつかは金を貯めてどこかにいこうか。
遠くに、ただ、遠くに。
客に頭を下げて、重いものをもって。誰にも会わないように家に引きこもる。呪術師に会わないように、裏方の仕事をできるだけして。
早く、お金を貯めよう。どこに行こうか。どこか、言葉が通じなくても、遠ければそれでいい。
あの子に会わないところに、あの人に、会わない場所に。
後悔しない、死にたくない。あの地獄なんて、俺には関係ない。
ちらりと、ガラスに映った虎杖悠仁が自分を見ていた。
本当に?
祐礼が最後に見たのは、虎杖悠仁が自分を見送る姿だった。
祐礼が家から飛び出たのは、うららかな休日だった。虎杖と庭で遊んでいた自分は、祖父がトイレにいった時を狙ってそっと走り出した。
その前に、祐礼は虎杖に笑った。
区切りだったのだ。もう二度と、会うものかとそんな覚悟を決めて走り出した。
さようなら。
その意味を、虎杖は理解ができただろうか。わからないけれど、それでよかったのだ。
さようなら、我が無関係の双子の片割れ。
舞台に立つのは君一人、配役の名前に自分はいらない。
割り切ったはずだ。自分にはどうしようもない。変えられることはどれほどあるのか。
祖父は病気で死ぬ。虎杖の悲劇を止めてどうなる。
おそらく、虎杖というそれがいようといまいと、夏油傑の体を乗っ取ったそれのやることは変わらないだろう。
全てを解決したとして、誰かの呪いは終わらない。
(転生したってだけでおなかいっぱいだ。)
だから、布団に潜り込む。眠って、目覚めて、仕事をして、呪術師が怖いから引きこもる。少しずつたまる預金額だけが救いで。
それでも、頭の隅に、かすかな罪悪がのさばった。
いなくなってしまった兄を、そうして、孫を彼らはどう思っているのだろうか。
祐礼が知る限り、二人はいなくなった子供を気にしないなんてことできるはずもない。
自分は、彼らに何を背負わせてしまったのだろうか。自分は、彼らにどんな呪いをかけてしまったのだろうか。
気になって、息が苦しくなる。
体が重い、まるで石でも飲み込んだかのように体がだるい。眠っていても、どうしようもなく夢を見る。
いつか破滅へと転がり落ちるあの子。いつか、たくさんの人を殺してしまう君。
誰だっただろうか。誰かに生きてと言われなければ、人は死んでしまうものらしい。
死ぬのだろうか。漠然と、そんなことを考えた。
自分は知っている。それを、自分は知っている。
殺すのか?
「俺は!」
ぼんやりと、いつもの帰り道を歩いていたその時、口から漏れ出たそれは夜の中に溶けていく。
誰もいない夜道。周りは簡素な住宅街で、ちかちかと電灯の明かりが揺れている。
かみ殺せない動揺に、祐礼は歯がみする。
「どうしろってんだよ・・・・」
かさりとスーパーの袋がなっている。暗い夜道の中で、頭にあるのは置いてきた彼ら。
それは、きっと気の迷いだった。振り返らないと、自分のために生きると決めて、偽ってここまで来たのに、それでもさみしがり屋の過去は延々と自分のことを追ってくる。
一度だけだ。一度だけ、会いに行こう。自分のいなくなった彼らの元に。それこそが正しいのだ。そのあり方こそが、あるべきものだった。
だから、間違ってなどいなかったのだと、そう、思いたかったのだ。
久方ぶりの地元は特別に変わったことはない。よくいったスーパーだとか、特別な変化はない。ただ、やたらと張り紙が眼に入る。何気なく見たそれ。
「行方不明・・・・」
思わず漏らしたその張り紙には、いたどりゆうとの名前が書かれていた。
何か、嫌なものがべったりと背中を流れている。気分が悪い、動きたくない。なのに、なぜか足は吸い寄せられるように虎杖家を向かっている。
そうして、見慣れたそこにたどり着いた。
別段、変わったところなど無い一軒家だ。そこに、自分と片割れと、祖父が住んでいた。
(そういえば、じいちゃんは、俺と血はつながっていたんだろうか。)
ぼんやりとそんなことを考えて、家をじっと見る。
何をするわけでもない、何かができるわけでもない。ここに、自分ができることはない。
それを決めたのは自分なのだ。今更、今更何をしようというのだろうか。
祐礼はそのままきびすを返そうとした。けれど、その前に背中に声がかけられる。
「なあ。」
未だに高くて、幼い声だ。わかる、ああ、わかる。その声が、誰のものなのか。すぐにわかってしまう。
かすかに、軽い足音がした。立ち去れと、己の中で声がする。
わかる、わかるのだ。振り返れば、自分の中で押し込め続けた何かが崩壊してしまう。
遠い昔、心の奥に閉じ込めて蓋をした何かが、がんがんと喚き出す。
鍵をかけて、閉じ込めたそれが、ガンガンと扉を叩く。
「兄ちゃん、なあ。」
声がして。幼い声がして、だから、あんまりにも久しく、懐かしい声だったから。だから、祐礼は、それに思わず振り返ってしまった。
「うちになにかよう?」
「ああ。」
漏れ出た声に、少年は不思議そうに首をかしげる。
「なあ、兄ちゃん。だいじょうぶ?」
こてりと首をかしげたそれは、心の底から気遣わしげに自分を見ていた。
今まで、夢を見ていたのだと思う。内に孕んだ心と体の齟齬のせいかずっと夢を見ているようだった。
きっと、あれは夢だった、寝ぼけ眼で見た、くだらない夢、そんなことを思って。
けれど、目の前にいる。
幼い少年。あの日、漫画の中に見た彼にそっくりな少年。
ようやく、見ていた夢から覚めた気がした。
そのままどうやって帰ったかなんて覚えていない。ただ、気づけば東京のアパートに逃げ帰っていた。
何かを言った気がする。けれど、記憶は遠くに放られていて、殆ど覚えていない。
けれど、気づくと、見開いた目尻に涙がたまり、そうしてそれが頬を流れる。まるで、水たまりでも作るかのように、流れていく涙。
部屋の真ん中にうずくまり、シミのできる畳を見つめる。
ああ、泣いている。気づけば、手の甲で無理矢理にその涙を拭った、拭った、拭って、拭って、それでもやむことのない涙に、祐礼の口から絶叫がほとばしる。
獣のうなり声のような、喉の奥からあふれ出した声が、ただ、ただ、吐瀉物のように吐き出されていく。
ああ、ああ、ああ!
死ぬのか、あの子は、あの少年は。いつか、どんな悪意もなく、ただ、ただ、背負わされた業によって多くに呪われて死ぬのだろうか。
地獄を見るのか、憎しみも、怒りも、悲しみもなく、ただ、ただ、押しつけられたそれによって罪を被っていくのだろうか。
俺は、それを見捨てるのか?
腹に抱えた罪悪感が、産声のようにほとばしる。
ああ、無理だ。
これから死にゆく誰か。
俺は知っているよ。あんたたちが死ぬのを。罪も、罰も、憎しみも、ことごとく無く。事務的に、享楽的に、無意味に、無価値に殺されて死んでいくあんたたちを知っている。
俺だけが知っている。
まるで胎児のように丸まって、ようやく自覚したそれに、ひたすらに絶叫した。
逃げろ、そうだ、逃げてしまえばいい。
祖父からも、地獄の象徴たる弟からも、逃げたじゃないか。逃げて、遠くに行けばいいじゃないか。
「む゛りだ・・・・」
そんなこと、無理だ。無理なのだ。
ただ、理解してしまった事実に、彼はのたうち回る。
だって、だって、彼はあまりにも平凡だった。善人は報われるべきで、悪党には罰があるべきで、理不尽に憤り、平穏に微笑んでしまう程度に、彼は平凡だった。
そうして、罪を背負って人生を歩めるほど、彼は強くはなかったのだ。
その事実を背負って、逃げ続けるにはあまりにも彼は弱すぎた。
むくりと、起き上がった彼は、とっくのとうに壊れていたのかもしれない。
ただ、ただ、彼は理解してしまったのだ。
この業を背負って、地獄を壊し尽くさねば、自分は幸せにはなれない、幸せになることを自分自身は赦せない。
「やってやるよ。」
血反吐を吐くように、彼は吐き捨てた。それは、呪いだ。
地獄を是とした世界と、人と、呪霊と、そうしてこの世界を作った誰かへの呪いだ。
ああ、お望みならば見るがいい。
これより始まる、一人の男の茶番劇。全てを否定し、たたき壊し、陳腐な舞台で自分は踊るだろう。
けれど、それでいい。終わるとしても、ただ死ぬだけというならば、せめてそこで踊り狂ってやる。
「ゆーじ・・・・」
吐き出した、無関係の、赤の他人の双子の弟。
もしも、いつか、君がこの世界で平穏に、老いて死ぬことができたのなら。その時、きっと自分はようやく己を赦すことができるだろう。
夏油傑の中にまるでシミのように違和感が出てくるようになったのは、天内理子が死んだ後のことだった。
盤星教「時の器の会」が解散したとのことを流し聞いていたとき、違和感を覚えることがあった。
それは、信者の人間からの話だ。呪術高専もさすがに内部で何かがあったかは調査をしたが、その中で幾割かがおかしなことを言っていたという。
気になり、夜蛾に報告書を借りて目を通した。
曰く、自分は元々この宗教に関して否定的だった。なのに、何故か、この数ヶ月妙にここに入り浸っていて。
曰く、私もさすがに人を殺すなんて信じられなかったし、警察に連絡しようと思ってたのに、何故かしなくちゃって。
曰く、あいつそこまで熱心じゃなかったのに、この頃急に信仰に篤くなって。
まるで湧いて出てくるようにそんな話がいくつも書かれていた。
もちろん、夏油はそれを苛立ち混じりに流し読んでいた。今更、言い訳でしかないだろうと。
けれど、それにしてはあまりにも、そんな話が出てきすぎた。口裏を合わせているのかと思ったが、皆が皆、同じようなことを最後に言う。
だって、彼がそうした方がいいって言ったから。
彼とは誰かというと、全員が困り果てた顔をしてこう言うそうだ。
顔もろくに覚えていない。ただ、背が高くて、男で。
そうして、全員が口をそろえて。
とても、とても、神様みたいに優しい声をしていたと。
はて、彼とは一体誰なのか?
「・・・・今回の件は、組織的な思惑が絡んでいる可能性が出てきた。」
「盤星教の信者たちの話、信じてんの?」
教室内には、夏油と夜蛾、そうして最強に成り果てた五条悟がいた。
態度が悪く、机に脚を乗せた彼に夏油は呆れた顔をする。
「悟、机から脚を下ろしたらどうだい?」
「うっさい、この頃ただでさえ任務が続いてるんだぞ。」
イライラとした彼に、夏油は少しだけ視線を下げた。
五条と任務に出ることは殆どなくなった。別段、一人でも十分にこなせはする。けれど、おいていかれたかのように空虚さが、重たく腹にのしかかる。
最強であった自分、けれどそれさえも今では過去のことだった。自分を置いていった親友。
(・・・私は強い。)
けれど、今、助けたいと願った誰かを救えなかった自分に価値はあるのか?
体の内で、何かがぐるぐると回っていく。
「調べたが、確かに信者の中に今まで無関係を装っていたというのに、急に態度を変えたものがいたのも事実だ。呪術高専が把握していない呪詛師組織がある可能性は否定できない。」
「といっても、その組織の足取りは掴めてるんですか?」
「まったく。今のところ、調査は進めている。お前たちも気をつけておけ。言えるのはそれだけだ。」
それに夏油は腹の中で吐き捨てる。
だから、なんだというのか。
あの子は死んだのだ。おまけに、彼女を殺した男は今でも逃走中だという。
自分では、何もできなかったという事実だけがそこに横たわっている。
(最強、そんなもの。)
けして、赦さない。彼女を殺した、ただ、幸せになりたいと願った幼いあの子を、自分は、自分だけはけして。
孤独だ。ひどく、孤独だった。
救いたいと思った少女の一人さえも、そうして、隣で最強を自負した彼の相棒であることさえも、ことごとく失った。
そうして、ただ、特別であった。けれど、それだけだった誰かを食い物にした、凡俗なる何かを、自分は、けして。
赦したくないと、そう、思っていた。
ある村のことだ。疲れ切った体を引きずって、彼は任務に赴いていた。
そこで、夏油はある地獄を見た。
呪霊を祓ったその後、牢屋に入れられた、幼い少女たち。
何かが、かちゃんとはまり込みそうになる。なにか、ずっと腹の中で蓄えていた何かが、爆発するようにあふれ出しそうになる。
なんとなく、それに気づけば後戻りはできないとなんとなしに理解した。
帰れなくなる。彼の所、大好きな親友、相棒。
(でも。)
いいじゃないかと、ぼんやりと思った。だって、もう、彼は、一人きりの最強だから。
だから、夏油はそれを、その憎しみを飲み込んだ。
双子の彼女たちに微笑んだ。大丈夫だよと、そう思って。
だから、くるりと依頼者たちに振り返ったその時だ。
「大体、彼女が確かにそう言ったんだ!間違いない!」
「そうよ、あの人がそう言ってたんだもの!」
けたたましく言ったそれに、喉の奥に引っかかったかのような心地がした。
「あなたたちも、知っているでしょう?あの人ですよ、彼女ならきっと信じても。」
「待ってください、あの人って。」
「あーあ。だめよ、おしゃべりが過ぎるわ。ねえ、あなた?」
唐突だった。唐突に、にゅるりと、その背から細い腕が伸びてきた。そうして、その上では依頼者の体に絡みつく。黒いレースの手袋に覆われた手が、その胸に這うように添えられた。
その次の瞬間、男の口から血しぶきが吹き出した。
甲高い悲鳴が、部屋を満たした。力なく倒れた男の背から現れた、未だ少女と言っていいほどの、誰かだった。
俗に言うゴスロリをまとったそれは、真っ黒な髪を腰まで伸ばしている。
そうして、顔の前に布を垂らしていた。
夏油はそこまで目立つ存在に気づかなかった自分に愕然とする。背後にいた少女たちを守るために、後ずさった。
「だめよ、だめ。今までちゃんと色々よくしていたでしょう?ねえ。」
少女はそう言った後に、立っていた女に飛びかかる。そうして、躊躇なく、もう一人の依頼人の頭を引っこ抜いた。
血しぶきが、まるで水遊びをした後のように散らばった。彼女は布で顔が覆われていても、わかるような弾んだ声で夏油に言った。
半端に染まったその面は、ひどくおぞましかった。
「こんにちは、傑君!」
あなたのこと、迎えに来たの。
そう言って、それは自分に手を差し出した。
「どういう意味だ?」
吐き捨てるようにそういえば、目の前のそれは困り果てたかのように首をかしげた。
「どうって、そのまま。うちに来ないかってお誘いに来たの。」
「うち、だと?」
夏油はそう言いながら、ちらりと後ろを見た。ともかくは、彼女たちの安全を考えなくてはいけない。呪霊を出すか考えるが、下手に手を出すには目の前の存在はあまりにも得体が知れなかった。
「そうよ。あの方が、あなたをご所望なの。だって、あなた強いから。だから、あの方が欲しいって!」
あなた、呪力を持たない人たちのこと、嫌いでしょう?
弾んだ声に、体が固まる。かみ合いかけていた何かが、戻ってくる。
「大丈夫、あなたが私たちに協力してくれるなら、こちらもちゃんと代価を差し出すわ。そうだ、その子たちだって来ればいいわ。不自由なことをさせる気はないから。」
少女はペラペラと、その年頃の通り、明るく、無邪気で、そうして残酷に笑っていた。
「そちらの望みは何だ?」
「知らないわ。私は連れてこいって言われてるだけだし。あの方が教えてくれるんじゃないの?そうだ、私のことは、赤って呼んで。素敵ね、そんなふうに呼んでもらえたら、とっても嬉しいもの。」
夏油は、少女の言葉に考える。
自分は、その手を取るべきなのか?
違和感がある。けれど、腹の中で暴れ狂う怒りが、救えなかった彼女への悔恨が、その手を
欲してやまなかった。
あの子は死んだ。守るべき誰かに、欲を持って殺された。
彼女は特別だった。けれど、幸福だったわけではない。そのために、全てを捨てて行かなくていけない理由はあったのか?
呪霊がいるから悲劇が生まれる。非術士がいるから、術士たちが食い尽くされる。
(無能なら、猿なら、死んだ方が。)
ぐるりと、何かが夏油の中でのさばった。
「大丈夫!五条悟にとって、あなたは無価値になったけど。でも、あの方はちゃんとあなたを大事にしてくれるわ!」
少女の無邪気な声を聞いたとき、何だろうか。今まで揺れていた、迷いの針がぐるりと不愉快に傾いた。
「黙れ。」
夏油はぎろりと少女をにらみつけた。少女は不思議そうに、夏油を見ていた。
今まで、なんとも思わなかった。どちらかというと、不愉快な依頼人を殺してくれたことに感謝さえしていた。
なのに、何故だろうか。
その言葉を聞いた瞬間、一気に不愉快に傾いた。
わからない、わからない、ただ、目の前の女がひたすらなまでに不愉快だ。それだけを考えて、夏油は目の前のそれを睨む。
「誰が、無価値だって言うんだ?」
「だってそうでしょう。五条悟はもう、一人で大丈夫だもの。なのに、あなたは彼に勝てないって拗ねてるじゃない?」
それに、まるで子供のように、直情的な怒りがこみ上げてくる。
少女はまるで踊るように、くるりとターンをして数歩動いた。
「あまり私をなめないでくれないか?大体、あんなひねくれた屑に追いつけないだって?私のことをなめすぎていないか?」
「あら、そうとしか見えないから言ったのに。でも、いいじゃない。だって、お猿さんたちを嫌ってるのは事実でしょ?なら、ほら。」
一緒に行きましょう?
自分に伸ばされた、手。それは、まるで地獄への誘い文句のようで、けれどたまらなく魅力的だった。
特別なだけの、少女を思い出す。彼女を殺した、彼女によって救われるはずだったのに、彼女の不幸を招いた誰か。
けれど、その女への不快感に、素直に手を取ることができない。
そうして、何よりも、自分で語ったその事実に五条のことが頭を離れない。
その時だ、後ろにいた少女たちが声を上げる。
「だめ、その人が来てから、みんな変になったの、だから!」
その言葉が終わる前に、牢屋に向かって何かがたたき付けられる。また、夏油の頬に生暖かい何かが広がる。
「きゃあ!」
悲鳴の後に、夏油は牢屋に依頼人の死体がたたき付けられたことを理解する。
「・・・余計なこと喋らないでよ。私が怒られる。」
すねた子供のような声に、夏油はようやく思い出した。
黒い服、白い布の面。男であると聞いていた、だが、ああ、そうだ。
こいつは、あれの。
あの人が、そうしろって言ったから。
悪魔のように、引き金を引いた誰か。
「お前か、彼女を殺すようにそそのかしたのは!」
激高する夏油をみてもそれは不思議そうに首をかしげた。その後に、ああと思い出したように言った。
「彼女?あー星漿体かあ。私はしてないわよ?あれは黒がやったんだし。でもいいじゃない。」
だって、どっちに転んでも死んじゃうはずだったんだもの。
なんとなく、夏油はそれに察する。その布の面の下で、少女は天使のように笑っているのだ。化け物のように、笑っているのだ。
吐き出されたそれに、夏油は呪霊を呼び出した。それに、少女はたんと飛ぶ。
「あーあ。そんなに怒らなくていいのに。でもいいわ。来ないなら興味はないもの。」
やることはたくさんあるし。
夏油が呪霊を少女に向けるが、それよりも先にまるで彼女の体は霧のようにかき消える。狐に化かされたかのように、夏油は立ちすくんでいた。
そうして、少女を連れて出てきた外、村では地獄が広がっていた。
嗅いだこともないような、生臭く、そうして鉄くさいそれ。
ことごとく、積み上げられた死体の山が、ひたすらなまでに積み上げられていた。
五条は、ちらりと携帯電話に目を向けた。
高専の教師になった五条は、つかの間の休憩時間をある一室で過ごしていた。
一応は、離反したという設定になっている親友からの連絡を待っていたのだ。
数年前、任務先で一般人十数名を虐殺したという知らせを受けたとき、現実を疑った。
ようやく見つけた彼は、神妙な顔で五条に言った。
「私は、少しの間潜る。」
何を言っているのかわからなかった。けれど、夏油は淡々と村であった女の話を始める。
「確かなわけ?」
「わからない。ただ、夜蛾の言っていたことは真実に近いように私は思う。」
「一人で行く気か?」
「・・・・高専内に、裏切り者がいる可能性も考えている。」
それに、五条は目を見開いた。けれど、反論をするほど現実を知らないわけではない。
夏油曰く、彼が拾った少女たちからも、ある時期から急に彼女たちへの虐待がひどくなったという証言もあるらしい。そうして、その場にやはり、白い布の面をした男の姿があったと。
「何かが、裏でいろいろと動いている。私はそれを探るために呪詛師の間に潜ることにした。」
悟、私は君を信じるぞ。
珍しく、くさい台詞を吐き出した。夏油は、五条をじっと見た。
「・・・お前は、私がいないと寂しいだろう?」
五条はそれに何を言っているんだと思った。けれど、向かい合った夏油の顔があまりにも悲しそうだったから。
だから、茶化さずに、彼は応えたのだ。
「・・・・当たり前だろ」
自分たちは、変わることなく親友なのだから。
それに、夏油は笑った。
安堵したように、泣きそうに、それでも笑っていた。
「一度でも、お前を疑った僕の失態だよねえ。」
はあと、五条はため息をつく。そうして、数年経った今も、全くといっていいほど足取りを掴めない存在に向けて舌打ちをした。
「ゆうれいなんて、ちょっと嫌な呼び方だよ、本当に。」
「・・・・・いよいよ、原作も近いな。」
祐礼は、そんなことを言いながら、パソコンに目を向けた。そこには、夏油や五条の動向がメモされている。
(・・・まず、相手の戦力を削るために、夏油の呪詛師行きを阻止。)
祐礼の術式の効果は、反転だ。男を女に、子供を大人に。姿を変えたのは、この術式によるものだ。使い方によっては応用も大変効く。
そうして、彼はその力を使って、第三組織をでっち上げたのだ。
盤星教「時の器の会」や夏油が呪詛師へ転向するきっかけの事件に、裏に誰かがいたように仕向けてヘイトの操作を行った。
現在、なんとか夏油の体を乗っとった存在とのコンタクトも叶っている。
(・・・・反転、好感度までひっくり返せるって本当に便利だよなあ。)
おかげで、誰かにとってひどく信頼をできる存在を装うことも、誰かにとって怒りを一心に受ける存在になることも自由自在だ。おまけに、現在の実験で呪霊にもそれは叶っている。
こくこくと、時間が迫る。どこまでも、時間が迫る。ふと、自分の顔をケータイのカメラで確認した。
そこには、遠い昔漫画の中に見ていた主人公の姿がある。真っ黒な髪だけが唯一違うところだろう。
「大丈夫だよ、ゆーじ。」
お前の地獄は、滅ぼすよ。ことごとく、ことごとく、徹底的に。
うっすらと微笑んだ彼は、どこまでも一人だった。
祐礼が考えているくもなんかの設定について知りたいでしょうか?小説の中ではたぶん部分的にしか出てこないので、関係ないと言えば関係ないんですが。
-
知りたい
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別にいい