めちゃくちゃ堂々とあの方とか言ってるが第三勢力なんて存在しない   作:幽 

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七海の動揺と、五条と夏油。黒鷲になって下準備を進める祐礼について。

話はあんまり進みませんでしたが、頑張ります。
感想、いただけると嬉しいです。


内通者が騙る

「・・・・今日はまた、すげえのが雁首そろえてきたな。」

 

着物を着た、老いた男は自分たちをうろんな目で見つめた。

皺の寄った顔に、短く切られた白い髪をした翁は五条悟たちを待ち合わせの廃墟にて待ち構えていた。郊外にある、寂れた廃墟だ。呪霊の討伐だと言って抜け出すのにはうってつけだった。

 

「まあね、今回は少しだけ事情が違う。」

 

五条悟はそう言いつつ、後ろを窺う。そこには、七海建人とそれに気遣うような視線を向ける夏油傑がいた。

七海はうろんな目で埃まみれの床を見つめていた。

五条は、それに彼の動揺ぶりを思い出した。

 

 

 

 

 

全ては数日前に遡る。

神奈川県のある都市の映画館で頭部が変形した遺体が見つかった。どう考えても呪霊の仕業であることを鑑みて、一級呪術師である七海が任務に当たることとなった。

そうして、五条はそれに虎杖悠仁を同行させることを決めた。

虎杖の戦闘スキルに関しては十二分に信用はできた。虎杖が死んだことに関して、上層部はそれはそれはもめることとなった。

虎杖を殺すか、殺さないか。

実を言えば、これについて意見が二つに割れていたのだ。

両面宿儺の力を失わせるには、彼らには懸念材料が多すぎた。その力を使い、敵対しているくもたちを殺した方がいいのではないかという意見もあった。

そうして、どうするかという判断も出ないうちに虎杖が死ぬ事態となり相当に荒れることとなったのだ。

五条はともかくはその諍いについては放っておくこととし、当分は虎杖を本格的に鍛えることとした。

そうして、基礎的な部分ができている伏黒たちは、二年生と、そうして因縁があるあの男に任せることにしたのだが。

七海と関係者であるだろう、映画館から逃げ出した存在を監視カメラで確認して全てが狂ったと言っていい。

最初、五条は気づいていなかったのだ。

何をしても、その画像では殆ど監視カメラに背を向けており、顔ははっきりと見えなかったのだ。

けれど、七海は違った。彼だけは、ひどく動揺した様子で、その画像を見ていた。

まるで溺れるかのように口を幾度も開けては閉めてを繰り返す。

そうして、画面を凝視し続けた後、絞り出すような声で言った。

 

「・・・・灰原だ。」

 

掠れた声で、幾度も、灰原だ、と。

それに五条は、ひどく、ひどく、面倒ごとになったのを理解した。

まるで、遠い昔にしまい込んだ気に入りのおもちゃたちが物置から顔を出したかのような、そんな気持ちだった。

 

 

 

 

七海は何をしても現場に駆けつけたがったが、その前に五条は黒鷲との会合に連れて行くことを決めたのだ。

何と言っても、死人で生き返るなんて矛盾に彼らが関係している可能性は高かったのだ。

珍しくキセルを燻らせてない男は、ゆるゆると笑って五条たちを出迎えた。

灰原のことを聞いた夏油傑もまたそれに参加していた。

五条は自分を落ち着かせるように息を吐いて、少しだけ離れた場所にいる黒鷲に声をかけた。

 

「聞きたいことがあるんだ。」

 

かすかに照らした日光の中で、黒鷲は三人の男を前に気だるそうに肩をすくめた。

 

「ああ、なんだ。」

「こいつについて情報は?」

 

そう言って五条が差し出したのは、一枚の写真だ。画像自体は不明瞭で、はっきりとした顔立ちはわからないが男が一人。

黒鷲は眉間に皺を寄せて、その写真を眺めた後に首を振った。

 

「・・・・残念ながらないな。こいつは。」

 

問いかけるような言葉に夏油が応える。

 

「私たちの後輩の灰原雄だ。十数年も前に死んだと、そうだ。死体さえ、残らなかった。」

 

振り絞るような声が夏油の口から漏れ出た。

 

「・・・なのに、今回急に現れたんだ。それで、僕達はくもが関係していると思ってる。」

 

五条は念を押すようにそう言ったが、黒鷲は困ったように顎をしごいた。

 

「はっきりいって、灰原がどうやっていなくなったかははっきりとわからんが。わざわざ、死んだようにして、連れ去るようなことをする存在は思い浮かばん。わざわざ、十数年も温存しておく意味も無いしな。」

「情報は無いんだな。」

「残念ながらな。」

「数百年、いや、それ以上の時間を使って追ってるくせに心許ないことだね。」

 

夏油から飛び出した皮肉に、黒鷲はにたりと笑った。

老いたもの特有の、見透かすような目だ。彼は嘲笑じみた声を上げた。

 

「ああ、数百年追ってるさ。そのたびに、殺され、阻まれ。くもたちに欠片でさえも報いを与えることさえできずに数百という死体の山の上で存続だけは続けた愚かな一族さ。」

 

皮肉の効いた言葉に夏油は少しだけ顔を歪めた。五条はけっと、吐き捨てるように顔をしかめた。

黒鷲は特別な苛立ちも見せずに、困ったように肩をすくめた。

 

「・・・あっちも負傷した人間を治療する術は持ってるはずだ。だが、その灰原って奴を生かしたかはわからんぞ。」

「灰原を、相手が求めるような理由はなにが考えられますか。」

 

割り込むような形で七海がそういった。五条がそれに彼の姿を見れば、それこそ幽霊のようにじっとりとした湿り気を感じる。

 

(当たり前か。自分を庇って死んだ男が、おまけに死体も見つからず、家族に返すこともできなかった存在が生きていたのなら。)

 

たった一人の友人、七海の青い春。

五条は、鈍くはあれども、確かに抱えた何かが痛む気がした。少しだけ、彼は夏油を見た。

 

「・・・お前らに対する人質か。それとも術式が有益なのか。」

「彼の術式は使い勝手いいが、そこまでとは言えない。」

 

ささやかな夏油の言葉に黒鷲は肩をすくめた。

 

「・・・・だいたい、その写真の人間が灰原という人間かはわからないだろうが。容姿を変える方法だってないわけじゃねえ。」

「違う!」

 

けたたましい声に皆の視線が七海に集まった。

 

「それは、灰原だ。」

 

拳を握りしめた男はぎらぎらとした目で黒鷲のことをにらみ付けた。

 

(ああ。)

 

ぼんやりと思う。

後悔と、悲しみと、ぐちゃぐちゃに多くのことが混ざり込んだ瞳は覚えがある気がした。

知っている、知っている目だ。五条には、あまり理解できないけれど。それでも、幾人もの人間が、抱えているのを見た感情だ。

 

「何の根拠だ?」

 

黒鷲は熱のない声で言葉を返した。それに七海は、だんと一歩だけ歩みを進めた。五条は、正直言ってそれを物珍しい気分で眺める。

ああ、これはこんなにも激情をのぞかせることができるのかと。

 

「私にはわかる!」

 

絶叫染みた言葉の後に、本当に、小さな声でわかるんだと、そう付け加えた。

それは取り残された男の残響だ。それは、たった一人で老いてしまった人間の願望なのか、それとも確固たる事実なのかはわからない。

けれど、その魂を削るような声は、確かに七海にとって真実なのだろう。

七海は思う答えがもらえないと理解したのか、五条たちに視線を向けた。

 

「五条さん、私はもう下がらせてもらいます。それよりも行かなくてはいけないので。」

「・・・・わかった。悠仁は先に行かせてるから合流してくれ。」

七海はそれに軽くお辞儀をしてその場を去って行く。それに夏油はふうと息を吐いた。

「もう少し、言い方というものがあるだろう。」

「無茶を言うな。下手に希望を持つ方が残酷だろうが。」

 

黒鷲は仕方の無い子供を見るような目で、七海の後を視線で追う。

 

「・・・・真実なら、そいつがどんな理由で相手についているにせよ。地獄であることにゃかわらんだろう。」

 

悲しい目をした黒鷲は、そう言って軽く首を振った。五条はその後に、ずっと疑問であったことを口にした。

 

「そういや、お前、七海のこと知ってたのか?」

「そりゃあ、ただでさえ数が少ない一級だからな。調べようとおもやあ調べられる。」

 

熱のない声でそういった。そうして、黒鷲はちらりと夏油を見た。

 

「そういや、例の器のガキ、死にかけたらしいな。」

 

のんびりとした態度で黒鷲は言った。それに五条は顔をしかめた。それに夏油が口を開く。

 

「・・・何故、それを知っている?」

「あのな、あんだけ騒ぎを起こしてわからないってことはないだろう。」

 

呆れたような言葉の後、黒鷲ははあとため息を吐いた。

 

「いや、それよりも先に報告だ。」

「へえ、珍しいね。そっちからわざわざ報告なんて。」

「宿儺の指を、誰かが集めてる。」

 

それに五条と夏油の目が見開かれた。それに黒鷲は淡々と言葉を続けた。

 

「・・・・器の小僧の話が出て、俺達もちっと気になることが出てな。少し、捜し物をしてたんだ。」

「捜し物?」

「ああ。それでな。両面宿儺の指があると掴んだ場所があったんだが。消えていた。誰かしらが、指を集めてるのは確かだろう。」

 

それに夏油と五条の二人は、ある特級呪霊の存在を思い出す。夏油が五条の方に視線を向けると、彼もまた頷いた。

二人は確かに特級呪霊である存在について何かしらの目的があって五条の前に現れたと考えていた。が、明確な理由までは思い至っていなかった。

 

「その様子じゃ、何かしらで集めてる奴に覚えはあるようだな。」

 

低く、乾いた声に夏油は顔をしかめた。

 

「そっちは何かあるのかい?」

「・・・・くもの関係者らしき存在と呪霊らしい存在に繋がりがあることがわかった。そうして、未確認の呪詛師とも。」

 

それに五条たちはぴくりと目尻を震わせた。

呪霊と人が何かしらの取り決めを持って協力関係を築く、それは非常に考えにくかった。

まず、そんな存在と関わりを持ったとして、殺されない程度の実力が必要だろう。そうして、呪霊とは人を嫌うものだ。そんなものと手を組むというのは、それ相応の理由が必要になる。

目の前の存在からの情報は信用できるか?

 

(悟は一応信用しているらしいが。)

 

夏油にとって黒鷲というのは、良くも悪くも信用をしていいのか微妙な存在だった。ただ、彼がくもという未知の存在への情報を持っていることは魅力的であったのだ。

ただ、その老人から感じる奇妙な親しみは感じてはいた。

なんと表現すれば良いのだろうか。

父や母に感じるような、そんな普遍的な善性に感じる好ましさがその男にはあった。

ただ、数回、数度話しただけの人間にそんなことを思うのは不思議ではあった。

 

「どっかの誰かが両面宿儺の器を使って企んでるのは確かだ。護衛をつけておくのは勧めるがな。情報はそれぐらいだ。」

「・・・・その呪詛師の詳しい情報は無いわけ?」

「掴んだ奴が死んだ。なんとか、そいつの言い残したのがさっき伝えたことだけだったんだ。」

 

五条はふむと口をとがらせた。

呪霊と呪詛師、そうしてくもが宿儺の指を集めている。

それは虎杖という器が現れたというのはもちろん理由としてあるだろう。

 

(宿儺はあくまで手段だ。)

 

五条は己の顎に手をやる。

元より、宿儺の復活自体を願うものはいないはずだ。同じ呪霊であろうとも下手な慈悲など与えるような存在ではない。呪霊でも己が滅びを願うことはないはずだ。

ならば、器という存在を介して、宿儺に何かをさせることを目的としているはずだ。

 

(それとも、あくまで宿儺の指はフェイクで、それ以上のことを企んでいる?)

 

現在、宿儺の指はほとんど回収できていない。けれど、もしも、全ての指が集まり、それを回収した場合。

五条は両面宿儺に勝てるのか。そうして、戦った場合、周りの被害はどれほどになるのか。

そこまで考えたとき、五条の思考に夏油の不機嫌そうな言葉が割り込んできた。

 

「仲間が死んだって言うのに冷たいね。」

(弱いんだから仕方が無いだろうけど。)

 

五条はそんなことを考えたが、夏油の手前ではそれは黙っておいた。彼の正しく、そうして優しすぎる気質はよくよく理解していた。

夏油の言葉に黒鷲は少しだけ感慨深そうな顔をした後、ああと頷いた。

 

「その不条理を飲み込めねえのならこんな生業さっさと足を洗うべきだろうさ。」

 

帰ってきた返事は、好々爺然とした黒鷲には珍しく、冷たく、そうして辛辣だった。

夏油の方を冷めた、黒い瞳で眺めた男は白髪の髪を揺らして天井を見上げた。

 

「弱けりゃ死ぬ。それを理解して俺達はくもを追ってる。こんな力を持った俺達は、どうせ人から離れて生きていくしかないんだからよ。」

 

その言葉は、夏油にとってひどく癪に障った。

その言葉はまるで、呪力を持った人間の犠牲は当然としているように聞こえたせいだろうか。

彼の脳裏には、一人の少女のことが思い浮かんだ。目の前で、頭から血を流して死んだ彼女。生きるべきだった彼女、幸せになれたはずの彼女。

伏黒甚爾のことは今でも憎いと思う。

けれど、彼でさえも、あのくもたちの手のひらの上で踊らされたというならば、少しだけ思うところがある。

 

(それに。)

 

夏油もまた、禪院真希と話をしたことがある。あまり人を寄せ付けないような空気を持っていたが、彼女から漏れ聞いた、禪院家での呪力の無い存在への扱いを知ったとき。

夏油の中に、苦々しいものは生まれていた。

赦せはしない、憎いと思う。ただ、くそったれの、クズ野郎が抱えた過去に思うことがないわけではなかった。

喉の奥からせり上がってくるような、嫌な感覚だ。

 

「・・・・良い顔するようになったな、お前。」

 

悲痛にゆがんだ夏油の顔を見て、黒鷲はどこか楽しそうに言った。それに五条は顔をしかめた。その顔に黒鷲は手を振った。

 

「ただ。少しだけ嬉しく思ってるだけさ。人には人それぞれに、大なり小なり地獄があるってことがわかったってことだろう?」

 

きひ、と笑ったその様はまさしくいたずらっ子のようなのに、目はまるで地獄の底を覗いたかのように(くら)かった。

夏油も何かしらの意図があっての言葉だと理解して、五条と同じように、というかこの場に来てからすっかり眉間に刻まれた皺を深くした。

 

「どういう意味だ?」

「お前さんが引き取った姉妹、そりゃあかわいそうだったな。だがな、あんなことはよくあることさ。」

 

夏油はその言葉を聞いた瞬間、そのまま黒鷲への攻撃へ入ろうとした。それこそ、反射のように。

けれど、それよりも先に、黒鷲は言葉を重ねた。

 

「親に殺される子供はいる、小さな箱の中で同級生になぶられて死ぬ子供がいる、理不尽に追い詰められて死ぬ奴も、血を分けた家族にさえも見捨てられることもある。だがな、別段、それは呪力を持っていようが持っていまいが、生まれちまった環境で決まる。その悲劇に、呪力があるかは関係ないって話さ。」

 

「その程度で分けられる問題だと思うのか。その、運が悪かった、良かったというだけで。彼女は!」

「お前は、本当に天元が存続していると思うか?」

 

凍えた声音だった。まるで、至極当たり前の理を解くかのような。そんな声音だった。

 

「人の死を望むのは、呪術師にとっちゃあ簡単だ。だがな、続くことには意味がある。知ってるか、たった一人と引き換えに守られる世界の理っては案外どうしようもないことばっかりなんだぞ。」

「・・・・知った口を聞くけど、天元のこと、なんか知ってるの?」

「さあ。それは自分で調べてみろ。ただ、そうだな。己のせいで死ぬ誰かがいるという事実を平気で受け入れられる人間は少ないんだ。」

 

苦みの走った声だった。そうして、彼は夏油を見た。

その目を見ていると、どこか居心地が悪くなる。ぶわりと膨れ上がった憎しみは、その悲しげな瞳を見ていると、するすると収まってしまう。

夏油は何か、その哀愁を纏った目を見ているとあふれ出る何かが収まってしまう。

深い暗がりのようで、けれど含まれた悲しみに居心地が悪くなる。

黒鷲ははあとため息を吐きながら頭を掻いた。そうして、独り言のように呟く。

 

「悪徳を憎むのはいい。だが、それじゃあ心がすり減るだけだ。善を肯定するのはいい。だが、それじゃあ曖昧なことさえも壊してしまう。人の心には、善も悪も両方ある。一方的に悪徳を好むものだっているが、呪術師だろうが、なかろうが。」

 

ふうと、老いた男は夏油を子供を見るような目で見た。

幼くて、無垢なものを見るような目で、彼を見た。

 

「だからまあ、昔よりかはずっと良い顔してるって話だ。悉く愛せるほど人は愚かでもないが、憎めるほど醜いってことでもねえだろう。お前の愛する呪力持ちがいたとしても、生まれた場所や資質で、呪力を持った弱者をいたぶる奴だって出てくる。そんなもんだ。例え、呪霊がいなくなろうとも、人間は人間だ。賢しい獣に変わりは無い。それでもだ、悲しい空しいところばっかじゃなくて、美しいものがあることをわかれば、愛せるときも来るかもな。」

 

夏油はそれに何も言わなかったのは、その言葉の中にどうしようもない苦さと、確固たる確信が混ざっていただろうか。何か、少なくとも自分よりも長く生きたものが語る重さを感じた。

 

「はあーあ!僕さあ、正論て嫌いなんだけど?まあいいや。それよりも、お前、僕達の昔についてだいぶ詳しいね?」

 

夏油が黙り込んでそれを聞いていた隣で、割り込むような形で五条が言った。

それに黒鷲はああと頷いた。

 

「ああ、お前さんたちのことは昔から協力者として目をつけてたんだよ。何せ、そうそうない特級だ。力になるって確信はあった。まあ、性格に難があるのは置いとくが。」

「それなら、あの時まで近づいてこなかったのは何故だ?」

「そりゃあそうだろう。理想だけを追い求める人間も、正しさを他人に委ねるだけの兵器もお呼びじゃなかったからだ。」

 

辛辣なそれに夏油と五条は同時に威嚇するように声を上げる。黒鷲はまるで双子のように息の合った返事にけらけらと笑った。

 

「まあ、てめえらよりも数倍生きて、幾度もやらかして。そうして失った人間の言葉だ。傷みを知っているなら、聞いておくだけでも良いだろうさ。」

 

黒鷲はそう言った後、二人に手を振った。

 

「そんじゃあ、俺はそろそろいとまをもらうぞ。こちとら猫の手も借りてえからな。」

 

くるりと背を向けてその場を去ろうとする背を二人は見つめた。

幾度か、その後ろ姿をつけたときもあったが彼の気配はまるで、それこそ幽霊のようにふっと消えてしまう。そうして、聞きたいことを訪ねようとしてものらりくらりと躱されるのが関の山だった。

 

「それじゃあな、クソガキども。」

 

黒鷲はそう言い捨てて、廃墟の闇に消えてしまう。

それを見送った後、五条は憎々しげに吐き捨てた。

 

「あーあ、ほんとに食えない爺さんだね。」

「捕まえて吐かそうとは思わないのかい?」

「そうしようとしたんだけどさ。重力使いだもん。僕じゃあどうも制限されちゃって。傑だってやってみればいいよ。空にすっ飛んでくバグ技みたいなの受けてみなよ。」

 

げえええええと五条はベロを出して吐き捨てた。それに夏油は自分ならばどうかと考えるが、よくよく思えば捕まえたとしても相手方からの縁が消えて情報が入ってこなくなるのも確かに痛い。

何よりも、夏油としてはどうもあの老人が好ましく思える。飄々としてその老人は、良くも悪くも、大人のように見えるせいだろうか。

そこまで考えた後、夏油は頭を振った。

 

「・・・それよりも、悟。どう思う?」

「どうって?」

「こんなタイミングよく、虎杖君の行く先に宿儺の指が現れると思う?」

 

それに五条はゆっくりと夏油の方を見た。

 

「内通者、ってことかい?」

 

顔を見合わせた二人は多くは語らずとも似たようなことを考えていた。

あまりにもタイミングが良すぎるのだ。

虎杖を殺そうとした上層部がいたとして、宿儺の指など簡単に持ち出せるだろうか。何よりも、そんな取り合わせをするような度胸の人間などいない。

ならば、考えられるのは何か。

 

「くも側にこちらの動きがある程度ばれてるって考えで良いね?」

「ああ、だろうさ。候補はいる?」

「・・・・呪石なんてものに魅入られる馬鹿って案外いるんだよなあ。」

 

夏油の苦々しい言葉に五条は頭を抱えた。

呪石のおかげである程度の賛同者も増えたが、逆を言えば権力目当ての内通者もまたいるということだ。特に禪院家などあくまで静観を選んでいる。

五条がどうしたものかと考えていると、くいっとそれを夏油がのぞき込む。

 

「悩んでるね?」

「お前だって悩んでくんない?」

「そりゃあ悩んでるけどさ。僕だっているじゃないか?」

 

夏油はからかうような口調で五条に言った。

「昔は二人で最強だったけれど、今は二人とも最強だろう?」

面白がるような言葉に五条は目隠しの下で、目を丸くした。そうして、ケラケラ笑う。

 

「いっつの間にそんなキザな言葉覚えたの?」

「悟のいない時。」

 

楽しげな夏油の言葉に五条は立ち上がる。

 

「ま、確かに?僕最強だし?傑もいるし。誰にも負けないよね。」

 

楽しそうに笑って、二人はそのまま廃墟から出るために歩き始める。二人は、そのまま話をする。

内通者を探すこと、生徒のこと、そうして今まで触ってこなかった天元についても。

 

「なあ、ラーメンでも食べて帰らない?」

「まあ、ミミとナナには帰らないって言ってるし。かまわないよ。」

「よし、この前恵たちと見つけたとこなんだけどさ。」

 

楽しそうな声が響いた。問題なんて山積みで、それでも五条も夏油も欠片だって不安はなかった。

己の隣に、彼がいる。ならば大丈夫だ。これ以上の事なんて無いだろう。そう思って、二人は互いに何も言わずともくすりと笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・これで次の対校戦はまだ、厳重になるだろうが。」

 

板取祐礼は、老人の姿を解き、そうして廃墟の窓から五条たちを見送った。

そうして、ふうと息を吐いた。

 

(七海はだいぶ動揺してたが。まあ、あれはあれでいいか。怒りは思考を鈍らせる。誘導が楽になるし。くもって存在への不安感もあおれただろうか。)

 

祐礼はその後に真人と合流した後のことも考える。

予想通り、真人の行動は止められず、映画館のことはばれてしまった。元より、彼の行動理念からして今回のことはばれてしまっただろう。

ただ、幸運なのは今回、己が生みの親は関わってこないことだろう。彼の望みである対校戦において宿儺の指の持ち出しに関しては、脹相を使えばすむ。

 

(そうだ。その時、あいつの弟たちの持ち出しはしてやらないと。)

 

祐礼はそんなことをぼんやりと考えながら、己の手を幾度も握っては開いてと繰り返した。

真人曰く、魂に干渉することで、彼は他の姿に変わるらしい。それに、祐礼は一つの賭けをしたのだ。

そうして、彼はそれに勝った。魂が肉体に影響するならば、姿を変えることで魂もまた変動するのではないのかと。その仮説はあっていたらしく、性別を変えた祐礼は真人には別人として認識された。

 

(でも、なんだっけ。あの男と真人の意見の食い違いから見て、術式によってそこら辺の認識に違いが出てるのかもしれねえな。)

 

今にも崩れ落ちそうな天井を見上げて、思考に浸る。

五条たちに与える情報をどれほどまでにすればいいのか悩んでしまう。あまり詳しいことを伝えたあげく、本来の筋書きからそれてしまえば行動がしにくくなる。だからこそ、曖昧に、小出しにした。次の対校戦にて警備が厳しくなるだろう。

 

(それで、花御でも死んでくれて、頭数が減れば万々歳だな。あと、天元についても探りを入れたし。これで次の時にでも情報を持ってきてくれればそれでいいか。あと、そうだ。真依。あの子、連れて行こう。)

 

祐礼は真依と交わした約束を思い出す。

真希を連れてきたいと言われたとき、祐礼はそれを拒んだ。筋書きから外れることを恐れたのだ。けれど、彼女の思いも理解できた。

それ故に、詭弁を吐いた。守れる程度に強くなれば、連れてきても構わないと。

真依は強くなっただろう。

呪石による圧倒的な物量と、努力を重ねて。

祐礼の養い子は、強く、そうして美しくなった。

恨まれているのだろうと、祐礼は思う。漫画の中で見た、強くて、美しい少女のことを思い出す。妹を置いて、飛び出した姉のことを思い出す。

自分ならばどうだろうか。虎杖悠仁を攫い、そうして都合の良い子供に育てられたら。

 

(いや、思考しても無駄だ。俺と悠仁。そうして、真依と真希。あり方が違いすぎる。)

 

祐礼は己の手を、もう一度眺めた。

曰く、双子とは、呪術師にとって不吉であるらしい。

 

(同じように生まれてきた。肉を分かつたそれは、己と同じもの、だったか。)

 

真依は何かに気づいているようだった。何か、双子であるということにかんして、何かを理解しているようだった。

祐礼はぼんやりと考える。自分もまた双子であるが、感じた物は無い。

 

(二つで一つ、俺はあいつで、あいつは俺で。裏と表であるなら。)

 

ぼんやりと考え込んでいた祐礼の思考を、ポケットにしまっていたスマホのバイブが邪魔をした。

祐礼はそれにスマホを取り出す。連絡用にと、複数のスマホを所持している彼は鳴っているのがどれかと目線を走らせた。

 

(これを手に入れんのも面倒だったなあ。自由業の方々にも探りを入れて手に入れて。)

 

祐礼は鳴っているそれに出た。

 

「もしもし?」

『黒か?俺だ。』

「ああ、脹相。どうだ?」

『お前に言われたとおり、あの子供を監視しているが真人に関わる様子はない。』

「そうか、わかった。ありがとうな。」

『ふ、お兄ちゃんにかかればこれぐらい簡単だ。』

 

そんなことを聞きつつ、祐礼はすぐに真依のことも、真希のことも、そうして弟のことも思考の端から追い出していく、

そんなことを考える暇はない。そんなことを思考するいとまはない。

祐礼は脹相の言葉を聞きながら、次に何をするかを考え始めた。

 

 

 

 




また、何かありましたら。
https://odaibako.net/u/kaede_770

祐礼が考えているくもなんかの設定について知りたいでしょうか?小説の中ではたぶん部分的にしか出てこないので、関係ないと言えば関係ないんですが。

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