めちゃくちゃ堂々とあの方とか言ってるが第三勢力なんて存在しない   作:幽 

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お久しぶりの投稿になります。
これで吉野の辺は終わりになります。

感想、評価、ありがとうございます。感想、いただけると嬉しいです。


ひとでなしが騙る

 

 

 

「えっと、ごめん、誰にも会ってないんだ。」

「・・・・そっか。」

 

虎杖悠仁は目の前の少年、吉野順平の言葉にがっかりした。

虎杖は現在、とある川辺で吉野と話をしていた。というのも、呪霊の被害に遭ったと思われる人たちがいた映画館から無傷で出てきた少年が吉野であったためだ。

伊地知と共に彼を探していた虎杖はそうそうに吉野を見つけるに至った。

が、どうも吉野と、どうやら教師であるらしい男のやりとりに不穏なものを感じて割って入ってしまった。

虎杖は伊地知と連絡がつかないこともあり、映画館でのことを聞いた。

がっかりした様子の虎杖に、吉野はそういえばと口を開いた。

 

「でも、その、実は。人が死ぬところは、見たんだ。」

「え?」

 

吉野は言葉少なに映画館で見たことを語った。

 

「人間?」

「ええっと、うん。なんだか、怪物って感じじゃなかった。」

(・・・・人間、じゅそしってことか?)

 

虎杖は聞きかじった知識を考えて吉野に頷いた。相手が人間であるにしろ、ないにしろ、ともかくは自分が同行している七海に話をするべきかと、虎杖は考え込む。

その時、吉野が声を上げた。

 

「・・・・僕って、どうなるの?」

「え?」

 

吉野はどこか不安そうに視線を下に滑らせた。それに虎杖はそれもそうだと納得した。

彼もまた不安であるはずだ。こんな、意味のわからない状態では。

 

「えっと、安心してくれよ。順平は何にもしてないわけだし。ただ、俺たちも色々と調べなくっちゃいけないことがあるだけだからさ。」

「そっか・・・」

 

虎杖はそれにもう一度伊地知に連絡をしようかと悩んだ。その時だ、二人の頭上から声がした。

 

「あれ?」

 

振り向いたその先、河原近くの土手の上。そこには、どこか吉野に似た女性が立っていた。

吉野の母を名乗る彼女と、吉野のやりとりを見る上では二人は良好な関係であることを察して虎杖はどこか安堵していた。なんでも担任であったらしい先ほどの男性との雰囲気を見る上で、少しだけ大丈夫だろうかと心配していたのだ。

 

(・・・・家族、か。)

 

虎杖の脳裏にはもちろん祖父の姿と、そうしておぼろげになってしまった双子の兄のことを思い出していた。

鏡の中から抜け出してきたような、そんな姿の兄。写真の中での記憶と、祖父から聞いた話で構成されたそれは、それでも確かに虎杖にとって大事な思い出だった。

 

(五条先生も探してくれるって、言ってたけど。)

 

未だに、人を探すための術式だとか、呪具というものは見つかっていない。虎杖とて、己の兄が生きていないだろうことぐらいは理解していた。けれど、家族なのだ。祖父に頼まれたのだ。

何よりも、ずっと恋しいと思っていた兄なのだ。

せめて、見つけてやりたいのだ。お帰りと、ただ、言ってやりたい。

じっと二人のやりとりを眺めていた虎杖に、吉野の母が話しかけてきた。

 

「それで、順平の友達だっけ?夕飯食べてかない?」

「は?迷惑だろう!?」

「は?あたしの飯が迷惑だって?」

 

そのやりとりの後に虎杖の腹が壮絶になる。それに、吉野の母は食べていけばいいと言葉を言った。虎杖もそれに乗るかとうきうきしていたが、脳裏に金髪の痩躯をした男のことが

思い出された。

彼の、迷い子のような空気を思い出した。大丈夫だろうか、また、そんなことを思った。

彼は自分は大人であるからと言った。大人として、義務があって、子どもを優先しなくてはいけないのだと。

けれど、大人になったからといって、傷つかないわけでも、悲しくないわけでもないだろう。

 

「・・・・ごめん!吉野の母ちゃん、俺、これから用があってさ。誘ってくれたのにごめん!」

「そうなの?まあ、仕方が無いわね。」

 

虎杖は己の上に当たる七海建人の元に一端戻ることにした。何よりも、疑惑であった吉野から彼の同級生について話を聞くことは出来なかったことも伝えなくてはならないだろう。

 

「うん。吉野、それじゃあ、俺行くから。」

 

そう言って立ち去ろうとする虎杖に、吉野は慌てて声をかけた。

 

「待って!母さん、ごめん、先に帰ってて。」

「えーなに話すの?」

「いいから!」

 

吉野のそれに母親ははーいと渋々その場を去った。吉野はどこか気まずそうに、けれど、ぐっと背筋を正して虎杖を見た。

 

「どうかした?」

「・・・・虎杖君は、呪術師、なんだよね?」

「まあ、そうだけど。」

「どうして、呪術師になったの?」

 

何でも無いような言葉であったが、それに虎杖は固まった。吉野はそれも気にすることなく、言葉を紡いだ。

 

「呪術師ってさ、呪霊だけじゃなくて、人間も相手にするんだろう?悪い人であっても、誰かを殺すかもしれないのに?」

 

その言葉に虎杖は一瞬だけ、言葉を失った。

それは、確かにそうだろう。自分は正義の味方ではなくて、あくまでこれは人という存在の生存戦略に等しい。

呪術師には後悔が多い。脳裏に浮かんだのは、やはり金の髪をした男の姿で。迷子のように、遠い昔の誰かを探す彼のことで。

自分はどうだろうか。何を、後悔するのだろうか。

虎杖はそんなことを考えた後、苦笑交じりに言った。

 

「それでも、立ち止まれなかったんだ。俺はきっと、立ち止まるよりも、進み続けた方がまだ、後悔しないと思えた。」

それだけ、なんだ。

 

苦笑交じりの虎杖のそれに、吉野は目を伏せた。そうして、虎杖は言葉を続けた。

 

「もしも、悪い奴を相手にするとしても、俺は殺したくないなあ。」

「そんなことが出来るの?本当に悪い人なら、殺すことだって選択の内だ。」

「・・・・それでも、殺したくない。」

 

一度人を殺したら、「殺す」って選択肢が俺の生活に入り込むと思うんだ。命の価値が曖昧になって、大切な人の価値までわからなくなるのが、俺は怖い。

 

虎杖のそれに吉野は、ああと頷いた。頷いて、小さくありがとうと言った。

 

「ありがとう。」

「どうしたんだ、順平?」

「・・・・虎杖君のおかげで、僕も決めたよ。」

 

僕は、誰も呪わない。誰かを呪うよりも、大事な人のために頑張りたいと思うんだ。

 

虎杖には、その言葉の意味がわからなかった。ただ、なんだかやたらとすがすがしい笑みであることだけは理解した。

 

 

 

「あの、七海さん、大丈夫ですか?」

 

七海の後輩に当たる、猪野琢真の言葉に七海は言葉少なに返事をした。

 

「なんの異常もありません。」

「そうっすか。」

 

そんな言葉を言っても、お世辞にも大丈夫、などとは言ってられない様子だった。

猪野の心配などをよそに、七海の中では嵐が吹き荒れていた。

 

とても使い勝手良いから。

 

少女の言葉が彼の中で反芻していた。

 

(生きていた!)

自分を庇って死んだ男。明るくて、朗らかで、自分とは正反対の少年。すっかり老けてしまった自分と、記憶の中で太陽のように微笑む彼とのギャップに苦笑した。

生きているのだ、そうだ、心に熱がともる。嵐が吹き荒れて、まるで燃えるように体が熱い。

 

会いたい。

 

胸の内にあるのはそれだけだった。

灰原、灰原、どうしてあなたはそっちにいるんだ?あなたの家族は、ひどく心配していました。妹さんは、泣いていました。

私に会いたくないから?

ああ、そうだというなら、自分は二度と、あなたに会おうなんて思わない。生きているだけで、呪術師なんて辞めてもいい。

ただ、一度だけ、一度で良いから。自分は、あなたに。

反響する心の中で、どす黒いものが沸き上がる。

灰原という彼は、何よりも善良だった。太陽のように明るくて、朗らかで、誰かを助けることの出来る人間だった。

ならば、なぜ、そんな彼が帰ってこないのか?

 

(あれのせいだ。)

 

脳裏に浮かんだ、少女の姿。甲高い、忌々しいほどの声。そうだ、あいつらだ。あいつらのせいで、彼は帰ってこないのだ。帰ってこれないのだ。

今まで味わったことのない怒りだった。純粋な、何もかもを燃やすような、そんな怒り。

なんとしても、あの呪霊を殺さなくては。そうして、あの少女から聞き出さなくてはいけない。

 

(灰原・・・・)

 

もしも、赦されるというならば、どうか。話をさせて欲しい。今まで、散々に積み上げた、大人になれきれない己の話を。

 

 

 

里桜高校に報告にない帳が下りた。それに虎杖は慌てて昨日携帯番号を交換した吉野に電話した。

 

『もしもし?』

「あ、順平?ごめん、俺だけど。」

『虎杖君?どうしたの?』

「いや、ごめん。昨日の今日だからさ。なんかなかったかなって。」

『なにか?特には、なにもないよ。母さんも仕事に行っちゃってるし。』

「そ、そっか。なら、いいんだ。」

 

虎杖はそのまま電話を切った。どうやら吉野たちの方にはなにもないようだ。伊地知からもあちらに人をやると言ってくれている。ほっとしている虎杖の電話が鳴った。吉野かと画面を見たが、そこには非通知の文字が躍っている。

 

「はい、もしもし?」

『ふ、あはあははははははははは!』

 

電話に出た瞬間、虎杖はその甲高い声に固まった。それはひとしきり、けたけたと笑うと、言葉を走った。

 

『ねえ、あんた、虎杖悠仁でしょ?』

「えっと、そうだけど。あんた、誰?」

『あたしはね、赤っていうんだ!ねえ、悠仁、あのね、あたし、あんたに話があるんだ!』

 

どこか幼い声音に虎杖はなぜ、こんな少女から電話が来ているのか疑問に思う。何を言うのかと思っている中、虎杖の耳にとんでもないものが滑り込んできた。

 

『ねえ、ゲームをしない?あんたが大好きな、人間の命をかけたゲームよ。』

「何言って・・・・・」

『えっと。あいつ、七海だっけ。そうだ、ナナミンって呼ぼっか?ナナミンに前の、遊ぶ約束果たしに来てって言っといて。里桜高校で待ってるから。逃げたらね、たくさん死ぬんだ!楽しいから。』

思いっきり、遊ぼうね?

 

蜜のように甘くて、悪魔のようにまがまがしい言葉が、虎杖の脳裏をのかすように囁かれた。

 

 

 

「・・・・ほんとに来るわけ?」

 

体育館の舞台の上、そこに据わった真人はうろんな瞳で、隣に佇む少女を見た。彼女は、ええと笑った。

 

「きっと来るわ!黒がこう言ったら来るって言ってたもの。だから、大丈夫よ。それに、この短時間じゃあ五条も来ないわ。」

「ふーん?」

 

真人は気だるそうにため息を吐いた。

虎杖悠仁を追い詰め、両面宿儺に有利な縛りをつけるという話は一応流れた。黒からの助言で、両面宿儺がそういった要求に応じるかもわからず、下手な煽りは不利益を被る可能性もある。

けれど、真人としては虎杖に対して興味があったし、自分が責任を取ると言うことで接触を図っている。一応、協力者である呪詛師も今回のことには無関係だ。

 

「にしても、すごいねえ。」

 

真人はぐるりと体育館の中を見回した。そこには、眠りこけている幾人もの生徒や教師が転がっていた。

 

「いいでしょ?呪具なんだけどねえ。眠らせるだけだけど、こういうときは便利なんだあ。」

そういって、赤はそっと香炉の蓋を閉めた。辺りには甘い匂いが立ちこめている。

「ああ、そうだ。真人は一旦、校舎の方にいなさいよ。」

「えーなんでさ?」

「いいの、最初は私が戦うって決めてたんだから!」

 

真人は己に命令するそれに一瞬だけ苛立ちが募ったが、すぐにはいはいと頷いた。真人も、やりたいことがあったためそれでいいと納得したのだ。

 

 

 

頭の中で幾度もシミュレーションしたことを、祐礼は巡らせた。

彼がいるのは、本来ならば吉野がいたはずの体育館の舞台の上だ。現在、幼い少女の姿をしているが、それでも大丈夫な程度に準備は進めた。

生徒たちを犠牲にするし、虎杖の覚悟と認識のために、自分はひどいことをする。けれど、とっくに覚悟は決まっていた。

ばん!

体育館の扉が開いて、まるで鏡の中から出てきたかのような、自分とうり二つの少年が飛び込んできた。

 

「何してんだ!お前!?」

 

それに祐礼は穏やかに微笑んだ。当たり前のように、本当に、軽やかに微笑んで見せた。

そうだ、これもまた、大事な演目の一つ。自分の望む結末のために、己が選んだ過程の一つ。

演じることには慣れている。

 

「ふ、あははあはははははははは!よかった!来てくれたんだ、私ね、赤って言うんだ。それじゃあ、お兄ちゃん。」

私と、遊ぼう?

 

そういって祐礼は、赤の仮面を被って、天使のように微笑んだ。

 

 

 

 

「ふ、あははははは。ねえ、のろまね!だめよ、もっとちゃんと当てないと!?」

 

校舎の中にけたたましい赤の声が響き渡る。

体育館にて眠り続ける生徒たちの中に一人の少女の姿を見つけた後、虎杖は逃げ出した彼女の後を追った。

校舎の中に逃げ込んだ赤は虎杖に向けた日傘を振りかぶる。

たたき付けられるそれは、華奢な日傘にしては明らかに、重い。まるで鉄パイプにでも殴りつけられたかのような衝撃が走る。

 

「な、なあ!君、なんなんだよ!?さっきの電話だって、意味は?」

 

狭い廊下の中を赤は壁や天井を蹴り、体をひねって虎杖を攻撃する。が、虎杖としては赤を攻撃する気にもなれない。

それがどう見ても善良でないことは理解できても、まだ年端もいかない幼い姿をしているのを見ると殴りつけることができない。

そのため、必死に捕まえようと赤の姿を追うが、彼女はまるで宙に浮いた木の葉を掴もうとするときのようにするりと虎杖の手のひらから逃れた。

 

(どうなってんだ?)

 

赤はその傘をたたき付ける瞬間や蹴りつける瞬間はまるで石のように重く、けれど回避をする瞬間は木の葉のように躱してしまう。

 

「守ってばっかじゃ意味ないんだけど!?」

 

少女は突き出された虎杖の手を避け、足下に降り立った。そうして、すくい上げるように虎杖の足を払った。転がるように後ろに倒れ込む。赤はそれに正面から足をたたき込んだ。そうして、虎杖の上に片足を置き、そうして日傘を彼に突きつけた。

 

「ねえ、ふざけてんの?」

「ふ、ふざけてるって言われても。」

「あのね、私とあんたは敵なの。だから戦ってるのよ?わかる?あんたは私を殺す気で来なくちゃいけないの。」

「だから、電話のあれだって意味がわからないんだよ!何がしたいんだ!?」

 

そうだ、虎杖にとって状況が飲み込めなかった。

電話で聞いた声は確かに幼かった。何か、ぞわりと嫌な予感に突き動かされるように走り出したものの、そこで見た幼い姿に固まってしまった。

今でさえも、戦っていいのかわからない。それに呆れたように赤はため息を吐いた。

 

「はあ、ほんとつまんない。虎杖悠仁、あんたさあ、自分がどうして器になったのかちゃんとわかってんの?」

 

その言葉に虎杖は眉間に皺を寄せた。

その言葉は、明らかに可笑しいはずだ。まるで、自分が誰かに器にされたかのような言い方じゃないか。

 

「ど、どういう意味だよ?」

「なによ、知らないの?自分が、何者なのか。」

 

退屈そうな少女のそれは、まるで仮面が剥がれ落ちたかのように。それこそ、表情という仮面が剥がれたかのような、能面じみたそれ。

 

「忌々しいことに貴様は選ばれ、生み出されたのだ。己の役割を違えるな。器よ、血潮の末よ。」

 

その言葉が虎杖には意味がわからなかった。

生み出された?選ばれた?

いいや、自分は、確かに選んだはずだ。そうだ、あの日、両面宿儺の指を食べたのは、自分の選択のはずだった。

 

本当に?

 

少女の、その瞳を見ていると、胸の奥ががたがたと揺れ始める。本当に、そんな単語が幾度も反芻した。

ぐらつく思考の中に、何かの悲鳴が上がる。

虎杖は赤の後ろを思わず見た。そこには、怯えた様子の男子生徒がいた。赤は面倒そうに虎杖の側からのいた。

少年は狂ったように近くにいた赤に縋り付いた。

 

「た、頼む。助けてくれ!化け物が!」

 

虎杖がそれに答えようとしたとき、いつの間にか近づいていたらしい赤は、その男子生徒を階段方向に吹っ飛ばした。

ひしゃげた音を立てる男子生徒になど目もくれずに、赤は階段の先に目を向けた。

 

「真人、それなに?」

「なんか教室に残ってたみたいでさ。お前のが終るまで遊んでたんだよ。」

「ふうん?」

(人間?)

 

やってきた灰色の髪のそれに虎杖は体勢を整えた。男子生徒は尋常ではない様子で、今度は虎杖に助けを求めた。虎杖が男子生徒に駆け寄ろうとした瞬間、真人と呼ばれたそれは手を前に突き出した。

ぐにゃりと、腕が変形し、それは窓に虎杖をたたき付けた。それに、虎杖は己の短慮さを理解する。

そうだ、継ぎ接ぎ顔の、人の姿をしたそれ。

 

(ナナミンの言ってた、呪霊!)

「逃げろ!」

 

反射的に叫んだそれに男子生徒は逃げ出そうとする。けれど、その近くに立っていた赤が何の躊躇もなく、その男子生徒の腕を日傘で殴った。

ごきりと、嫌な音がした。

 

「うん、じゃあ、君も。寂しくないように友達と同じになろうか。」

 

たんと、男子生徒の方に真人は手を置いた。

 

無為転変

 

ぐにゃりと、その少年の体は幼子がいじくった粘土のように変わり果てる。

 

それに、虎杖は呆然と見入っていた。

 

何か、ああ。

人から変わったそれは、軋んだ音を立てて、拘束の解かれた虎杖に飛びかかる。

助けなくては。

殆ど、面識のないそれ。

これから死んでしまうそれ。人から、人でない何かに変わってしまったように見えるそれ。

ああ、助けなくては。

衝動が、虎杖を支配する。

助けなくては、助けてなくては。

だからこそ、虎杖は両面宿儺にそれを懇願した。

本当に思ったのだ。

助けてなくてはと思ったから、自分の何もかもを、捧げてもいいから。

 

嘲笑が、響き渡った。

両面宿儺の声が、真人の声が。

そうして、幼い少女の、甲高い、笑い声がした。

 

「ふ、あははははははははは!何、余計な邪魔が入ったかと思ったけど。最後に、笑わせてくれたから褒めたげよっかなあ?」

 

視界の端で、子どもが、それが、悪辣に笑っていた。

それに、虎杖は理解した。

これは、だめだ。

人であるとか、人でないとか、そんなことは関係なくて。

呪いでしかないものたち。そうして、人であるのに、性悪なもの。

ああ、これは、殺さなくてはいけない。

 

ブッ殺してやる。

 

それは、掛け値なしの、虎杖悠仁というそれの本音であった。

その言葉に、その表情に、悪辣に笑う少女の仮面の下で、少年が一人、悲しそうな顔をしていた。

 

 

 

(・・・・必要があった、そう言えば済む話ではないな。)

 

表面上はゴスロリの衣服を纏った、愛らしい少女は校舎の二階部分で校庭で起きている惨状を眺めていた。

今回の件で真人と虎杖をぶつける気ではあった。

先ほどの反応、見目が少女だからといってあそこまで舐めた、とは言わないが油断してもらっていては困るのだ。

虎杖のあり方は出来るだけ守る気ではいる。けれど、虎杖自身の強さによって死ぬ可能性は十分に考えられるのだ。

ならば、必要最低限の覚悟も、実力も、そなえてもらわなくてはいけない。

 

「戦いに必要なのは、強さもある。だが、それ以上に戦う意思をもてるかどうかだ。」

 

祐礼は、脳裏で、爆発的な殺意を自分に向ける弟のことを思い出した。

できるだけ、とは思っている。けれど、それでも、祐礼の脳裏には己の望みのために踏みつけにした誰か、名前さえ知らないエキストラの顔が浮かんでいた。

真人によって犠牲になった誰か、学校で死んだ彼。今まで、散々に犠牲にした誰か。

それに祐礼はあざ笑うように微笑んだ。

ああ、くだらない話だ。

そんなものへの罪悪感など、持っている暇などないくせに。

自分が助けた吉野と、先ほど死んだ男子生徒になんの違いがある?

強いて言うならば、虎杖が傷つかないように。そうして、自分の勝手な微かな愛着。

笑える話だ。そんなものを持つ資格さえ、ないだろうに。

 

(そうだ、悠仁、強くなれ。最低限で良い。そうして、自分が何者であるのか、立ち位置がどこにあるのか。疑問に思え。)

 

両面宿儺の器とは、自然発生であり、偶然の中で生まれたのか?

その疑問を持ってもらうために、今回祐礼はわざわざ彼の目の前に現れたのだ。

 

(悠仁はそれを五条に告げる。彼に告げれば、夏油や、その他にも伝わるはずだ。あとは、黒鷲を使ってたきつけるか。)

 

呪術界隈で、段々と五条家と加茂家の二つと、禪院家での対抗的な図が出来ている。今はまだ、禪院直毘人が当主を務めている間はいいだろう。が、彼が死んだその時は?

 

(次の当主は、誰にするのが得策か。)

 

祐礼はぼんやりそこまで思考して、ふと、校庭での戦いが大詰めに来ているのに気づいた。

虎杖と真人が校庭に飛び出して戦っているのは遠目に見ていた。七海がそれに加わったのも遠目に見ていた。

赤の気まぐれさについては真人も知っているため、戦いに加わらずとも何も言わないだろう。

祐礼はスマホを取り出して、電話をかける。

 

「もしもし、準備はいいな?」

 

タイミングは、もうすぐ訪れる。

 

 

 

虎杖ががんがんと、真人の領域を叩く音がする。

七海はじっと目の前の真人を見た。自分の詰み具合については自覚していた。

死ぬ、目の前でそれが立っている。

呪術師はくそだ。だから、逃げた。

自分では何も出来ないと思った。救えないものというものを、目の前でまざまざと見たものだから。

だから、逃げた。けれど、七海はここに戻ってきてしまった。

 

ありがとう

 

そう、言われた。ただ、そんなことを言われただけで。自分が呪術師になろうとおもったきっかけなんて思い出せない。呪術高専に入ろうと思った理由さえもおぼろげだ。

ただ、自分と同じものがいる場所に行きたかったのか。

けれど、逃げ出す理由だけは覚えていた。

 

(そうだ、生きて。)

 

思い浮かんだ、後悔。己の無力さの証。苦い、苦い、青い春。

 

「死ね、ない。」

 

七海は最後まで抵抗するために、眼鏡の奥で真人をにらみ付けた。

 

自分は、死ねない。彼を、灰原を、まだ、確かめていない。彼に、会えるかもしれない。

ならば、自分は。

「生きなくては、いけない!」

 

呪術師の死には後悔がつきまとう。それは、裏を返せば、呪術師の死には後悔が必要となる。ならば、七海は死ぬべきだった。七海の運命は、死であったはずだ。

彼の中に、悔いが生まれてしまったから。

けれど、どんなことにでも、イレギュラーは存在する。

 

がしゃんと、領域が崩れる音がした。上から、少年と、少女が一人ずつ落ちてくる。

 

「あ、真人、ごめん!」

 

明るい声の、その後に、真人の体が切り裂けた。

 

両面宿儺によって傷つけられた真人に、崩れていく領域に、虎杖悠仁は本能のように、目の前のそれが殺せると認識した。

走ったその先で、真人ははあとため息をつき、残った呪力を自分に込める。それに、虎杖は純粋な殺意を込めて、拳をたたき込んだ。破裂した真人はそのまま下水に逃げ込んだ。

 

「赤、お前のせいなんだから、一人で帰れよ!」

「わかってるわよ!ごめんって!」

 

七海は、その時、真人を捨てた。追いつける可能性を考えて、近くにいた少女に焦点を当てる。

何よりも、その少女には聞くことが多すぎる。

 

「逃がしません!」

 

七海の手が、少女に迫る。捕まえられる、そんな確信があった。けれど、それに反して、どこかで懐かしい声がした。

 

「・・・・埴安の術、天岩戸。」

 

それと同時に、七海と少女の間にまるで膨れ上がるように土の壁ができあがる。それに吹っ飛ばされる形で、七海は転がった。

覚えがあった、それは、その声に、その術式に。

 

「すいません!ちょっと、この子、連れて行かれるわけにはいかなくて!」

 

明るい声だ、暑苦しくて、けれど温かな声だ。

古い、ずっとしまい込んだ記憶の中で、忘れかけていたそれ。

聞こえてきた、土壁の上に七海は視線を向けた。

 

「灰色、遅い!」

「仕方が無いだろう、黒に言われて急いできたんだから?」

 

黒い髪に、まるで時が止まったかのような、その顔立ち。

「灰原!」

七海は、叫んだ。友の名前、ずっと、求めていた、その顔に。その言葉に、灰原ははてりと首を傾げた。

 

「赤、この人って俺の知り合い?」

「しらなーい。それより、早く逃げるわよ!」

「そうだね。えっと、ごめんね、お兄さん。俺、逃げないといけないから。」

 

灰色、灰原は七海が行動を起こす前に、サングラスをかけて閃光弾を地面にたたき付けた。

 

 

 

『もしもし、黒?赤のこと、送り届けてきたよ。』

「ああ、ありがとう。すまんな。」

 

『いいけど。あ、そうだ。迎えに行った先で、俺のこと、知ってる人に会ったんだけど。』

 

祐礼はそれに、少しだけ体を震わせた。

 

「・・・・気になるか?」

『・・・・いいや。大丈夫。それじゃあ、真依たちと待ってるから、早めに帰ってるからね?』

 

灰原はそれだけを言って、電話を切った。

祐礼は、赤の変装を解き、借りているアパートでスマホを見た。

決めていたことだ。

ここで、本格的に灰原の存在をアピールすること。

 

(これで、七海は本格的に戦いに引き込める。灰原のことは、夏油にも餌になるだろうから。悠仁も、呪霊への憎悪を駆り立てられたか。そうだ、線引きは出来た。一皮むけられるか。)

 

祐礼はつらつらとそんなことを考えた後に、ふと、自分が見殺しにした人々の顔が思い浮かんだ。

そうして、微かな頭痛。

 

(・・・疲れてるな。)

 

祐礼はそう思い、次に向けるために少しの休息を取ることにした。

 

 

 





何かありましたら、こちらにお願いいたします。
https://odaibako.net/u/kaede_770

祐礼が考えているくもなんかの設定について知りたいでしょうか?小説の中ではたぶん部分的にしか出てこないので、関係ないと言えば関係ないんですが。

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