めちゃくちゃ堂々とあの方とか言ってるが第三勢力なんて存在しない 作:幽
次で交流戦編になります。
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(・・・・空が、高いな。)
虎杖悠仁はぼんやりとそんなことを考えた、目の前に広がるのは、高く広がる青空だ。
ふわりと感じる浮遊感に虎杖は少しだけ夢を見ているような心地がした。
が、そんな感覚などつかの間のこと。
ぞわりと感じた殺気に虎杖は改めて覚悟を決めて体をひねった。地面にそのまま衝撃を殺して降り立った。
「気を抜くなんざ、余裕があるじゃねえか!?」
自分に突進してくる、黒髪の大男の姿に虎杖は思いっきり上に飛んだ。そうして、その勢いのままに宙で体をひねり足に力を込める。
「あめえ!」
男、伏黒甚爾はその足を掴み己の方に引っ張る。
(予想通り!)
虎杖は囮とした片足を軸に反対の足を振りかぶる。が、甚爾はそれにゆるりと笑った。そうして、掴んだ虎杖を思いっきり地面にたたき付ける。
(やば!?)
「そこまで!」
そんな声と共に、ふわりと明らかに物理法則を無視した浮遊感が虎杖と、そうして甚爾を襲った。
ぐるんと、内臓がひっくり返るような不快感の後、虎杖は自分が空に落ちていることを理解した。それを理解したらしい甚爾は虎杖から手を離した。それを合図に、虎杖はまたぐるんと体が回ることを理解した。そうして、今度こそ自分が地面に向かって落ちていることを理解し、そのまま着地した。
「おい、黒鷲!」
「なんだ、坊主?」
甚爾はグラウンドの端、校舎に上がるための階段に腰掛けた白髪の老人に声を上げた。
「さすがに死にそうなのは放っておけないだろう?」
きゃらきゃらと笑う老人の声に甚爾はぶすくれた顔をした。それを息子である伏黒恵は呆れた顔で、そうして釘崎野薔薇は引いた顔をしていた。
「すげえな、あいつら。」
「しゃけ。」
呪術高専の二年生であるパンダと、そうして狗巻棘は頷いた。そうして、階段の一番上で仁王立ちの禪院真希が醒めた目で見ていた。
もう数日で京都の姉妹校との交流会が迫っていた日のことだった。
伏黒甚爾は何故だとぼんやりと思った。何故高専にて臨時講師をしている自分にくっついて黒鷲がこの場にいるのかを。
甚爾は目の前で男を見た。鬼の仮面を被ったその老人は唯一露出された口元をあげて言葉を発した。
「なんだ、すねるな。アメいるか?」
「・・・・いらねえよ。」
「そうか。そりゃ残念だ。」
老人、黒鷲はにこにこと笑って袖から何かを出そうとするのを止めた。
「にしても、禪院の少女、だいぶ腕が上がっているな。やはり、お前さんに頼んで正解だった。」
目の前では、禪院真希と伏黒の殴り合いが発生している。伏黒もそこそこやってはいるが、肉体的な意味で真希が勝っていた。
「礼を言う、甚爾。本当に助かった。さすがだな。」
ありきたりな、礼の言葉。簡素な、賞賛の声。それは別段、珍しいものではない。けれど、その言葉を心のどこかで嬉しいと思う自分がいた。
黒鷲という男と伏黒甚爾が出会ったのは数年前にまで遡る。
天元の適合者を殺し、自分をはめたらしい勢力について調べていた時のことだ。
「よう、兄ちゃん。ちょっとお話しいいかな?」
刈り込まれた白髪に、好々爺然とした空気、そうしてさびねず色の着流しをしたそれはどこかしゃれっ気のある老人のように見えた。けれど、その顔の上半分を覆った鬼の面が異質だった。
その登場の仕方に、甚爾は自分に誘いをかけてきた男のことを思い出す。甚爾の警戒心を察したのか、老人はまあまあと落ち着かせるように手を振った。
「そんな顔をするな。俺は五条の共犯者だ。」
その言葉に甚爾は少しだけ体から力を抜いた。五条から協力勢力の存在は確かに聞いていた。人気の無い路地裏で、それはキセルを燻らせてそれは甚爾の前に立っていた。
「・・・黒鷲ってのはてめえのことか?」
「そうだ。おお、よかった。連絡が行ってるのか!」
口元に笑みを浮かべてそれは甚爾に言った。が、甚爾は眉間に皺を寄せた。
「それで、てめえは俺に何の用がある?」
甚爾はそう言って頭を巡らせた。五条の話からして目の前のそれは相当古くから続く集団のようだった。
甚爾も伝手を頼り、それについて調べているがまったくといって良いほどその名前を知るものはいなかった。
(何が目的だ?)
生ぬるい夜風が己の頬を撫でる。現時点で、わざわざ甚爾に接触する理由。
考えられることとして個人的な依頼が妥当だろう。情報を自分単独で渡すとは考えられない。甚爾がこうやって彼らとの敵対を選んでいるのは、偏に怒りだ。
こけにされたという事実、そうして、頭のどこかで微かにちらつく少年の横顔。
甚爾はそれを振り払うように眼を瞬かせた。
「それで、わざわざご丁寧にご挨拶にでも来たのか?」
老人は、黒鷲は、一瞬だけ黙り込んだ。仮面越し、その目を甚爾は探るようにのぞき込んだ。
「・・・・いや、お前さんのことは昔から知っていた。色々とな。そうだな、いや。ただ、昔から会ってみたかっただけだな。」
どんな理由だ、そう問いたくなるような返答をした後に、老人はキセルを吸った。吐き出した煙は、するりと空に昇っていく。
「身内に止められててな、諸事情で。だから、そうだな。それだけなんだ。甚爾よ。」
俺は、お前に会いたかったんだ。
その声はひどく穏やかだった。まるで、まるで。
何か、その声に思い出しそうになる。蓋をした記憶をこじ開けるような、そんな感覚に襲われる。
その声に、似た印象を受けるものがあった気がした。けれど、甚爾はそれを振り払おうとした。
黒鷲は変わることなくじっと甚爾を見ていた。
それから黒鷲はふらりと甚爾の元を訪れた。それは、調査の依頼であったりしたが、それでも訪ねてくると、時折食事へ誘ってくることがあった。
居酒屋だとか、なんとも気軽に、飯を食いに行かないかと誘ってくる。その意図がわからない。何を思って、そんなことをするのか。
五条悟と連絡を取った折に老人の様子を言えば、彼はそんなことを誘われたことはないと言った。
黒鷲にも一度、食事に誘う理由を問うたことがある。それに彼は一瞬だけ笑みを浮かべた後、飄々と言ってのけた。
「あいつら、可愛げ無いからな。」
「なら、俺にはあんのかよ?」
「そうだな、まあ、他よりはな。」
そう言ってゆるゆると笑う黒鷲はいつも、何かを含んでいるような気がした。
けれど、不思議と甚爾は黒鷲の誘いを断る気にもなれなかった。認識の上でゆがみを起こすらしい仮面を被った老人と食事に時折出かけた。
ただ飯だ、人の金で食べる飯は旨いだろう?
そんなものだ。黒鷲はたわいもない話をよくした。一般的なニュースだとか、そんなことをよく話した。酔っているのか、酔いもしないのか、酔っていないのか、わからない挙動のままで老人は話をした。
その老人はよく甚爾の息子と義理の娘の話もした。
いつの間にか二人と仲良くなり、爺業に勤しんでいた。甚爾としては阻止しようとしたが、十種影法術を持つ伏黒恵について釘を刺されると口を閉じてしまった。
元より、くもたちは伏黒の術式を狙っていた。老爺が彼の周りにいるのを見れば、攫われることへの牽制には成るだろうと言われれば納得は出来た。
何よりも、その爺は伏黒の家に行っては子どもたちを何かしら甘やかした。
聞いた話では、春には桜を、夏には海を、秋には紅葉、冬は雪遊びを。
数度か、そんなことに付き合ってやったというのだ。
何がしたいのかわからなかった。他にするためのアピールにしては明らかに過剰だった。
へたをすれば、甚爾まで引きずって行かれることもあった。
五条たちはそれ自体を止めることはなかった。事実、黒鷲とは友好な関係を築きたがっていたし、子どもたちとの会話で素性を知るヒントがあればと考えていたようだった。
何よりも、幼い子どもたちのささやかな楽しみを邪魔したくなかったのだろう。
断るのならば、断ってしまえば良かった。行かないだとか、そんなことも言えた。
けれど、いつの間にか仕方が無いと引きずられていった。
珍しく家に帰った折にくつろいでいれば、それは楽しそうに自分を見下ろすのだ。
「なんだ、せっかく天気が良いんだ。ちょいっと、外にでもいこうや。」
時折のことだった。そう言って、本当に、たまにそれは自分や子どもたちを外に連れ出した。
家族やら、恋人たちがひしめくそこに子どもと行くのはどこか滑稽で。それでも、老人がこいこいと手招きをすれば、仮面から垣間見える眼を細めるのを見ると、何かを思い出した。
何か、胸の中でぐるぐるとした。
何かを思い出しそうになる。その何かを思い出しそうな感覚が不快で渋々従った。
その老爺が自分を呼ぶ声に、自分を見る目に、自分にかける声に、何かを思い出しそうになる。けれど、それが何かを思い出せずに、何か不快で止めてしまう。
そうして、その日、甚爾は己の不快さの理由をようやく知った。
その日、甚爾はその老人に誘われて食事をしていた時のことだ。カウンター席で食事を食べていたときのことだ。
隣にいた酔っ払いがこんなことを言ってきた。
なんだ、兄ちゃん。親父さんと飲みかい?
そんなことを冗談染みて言われた。別段、違和感のない言葉だった。年の離れた親子に見える程度の年齢差はあっただろう。
けれど、その時、何故か甚爾は固まってしまった。固まった甚爾の代わりに、黒鷲は答えた。
「おお!自慢の息子だ!」
それが冗談染みたものだったことぐらい、わかっていた。けれど、甚爾はがたりと勢いよく立ち上がり、そのまま店を飛び出した。
(なんだ?)
ぞわりと、嫌な感覚だった。なにか、不快感と言える何かが湧き出してくる。ふらふらと、どこともしれずに歩き続けた。何に、そこまで感じるのか、わからなくて。
(なんだ、俺は。何を、そんなに・・・・)
「おい、甚爾、大丈夫か?」
声がした。とっくに、馴染んでしまった声だった。聞き覚えのある、老爺の声がした。後ろから聞こえてくるその声に、思わず立ち止まってしまった。
まるで、縫い止められたかのようだった。
「甚爾、すまん、不快だったか?」
それに甚爾は黙り込んでしまった。不快、そんなことを感じるような感覚など残っていたのか?
それでも、腹の中で、何か不快なものが渦巻く気がした。
そのまま、どこかに行こうとした。そのまま走り去ろうとした。けれど、黒鷲の声に立ち止まってしまった。
「甚爾、こっちを向けよ。」
仕方が無い子どもにかける声音だった。いつもなら、無視するような声音だった。けれど、それに甚爾は振り向いた。
夜の中で、老爺は変わることなく笑っていた。優しげに、穏やかに、それは笑っていた。
それから目が離せなかった。何かが、己を満たした。何かが自分に注がれている。
それに、ああと、甚爾は気づいた。
その目に宿ったものが、何であるのか。
甚爾くん!
記憶の中で女が笑っている。自分に、これ以上にないほどに、向けられたことのない感情を注いだ女。
知っている。その目に宿った感情の名前は、慈しみであって、優しさであって、そうして、いっそのこと、愛と言えるものであるのだと。
そんなものを注いだ女がいたものだから、甚爾はその目に宿ったものが何であるのかと知った。
「てめえは、なんなんだ?」
低く押し殺した声に黒鷲は困ったように笑って袖に両手をしまい込んだ。
いつも通り、それは微笑んで、どこか苦笑染みたそれで甚爾を見た。
「唐突に、どうしたんだ?」
「どうして、俺に会いたかったんだ?」
甚爾はまるで熱にうなされるようにくらくらとした感覚でそう言った。珍しい感覚だ、まるで体の中の何かを燃やすように気分が悪かった。
「・・・・俺は、てめえの息子じゃねえ。」
反射のように口から出たのはそれだけだった。どうして、そんなことを言ったのかわからない。口から漏れ出た、拒絶の言葉にそれは手を顔で覆った。
そのせいで、顔はよく見えなかった。が、黒鷲はくるりと甚爾に背を向けた。
「・・・・すまんな。俺の、ままごと遊びに付き合わせた。」
掠れた声だけが聞こえた。己に背を向けた男の顔はよく見えない。ただ、わざわざのぞき込むようなことも出来なかった。
気分が悪かった。その老爺に宿っている瞳が、言葉通りなら、自分を息子のように思っていることも、全てが気分が悪かった。
全て気分が悪いのに、目の前の男を傷つけようだとか、この場から去ろうとは思えない自分がいた。
「・・・・己の人生などないようなものだった。生まれた頃から決められた。俺は、覚悟も諦めもあったが。そうだな、昔、お前さんに会ったこともあるんだ。覚えてないだろうがな。その時、思ったんだ。気色悪いだろうがな。」
黒鷲はそう言ってくるりと、微笑んだ。
苦笑の混じった、けれど、優しくて暖かな、甚爾にとって最も遠いどこかにある笑みだった。
「こんな息子がいりゃあ、きっと、鼻が高いだろうなあ。なんてなあ。」
夢を見たと言うには、願うほどのことでもねえ。ただ、お前さんみたいな、賢しく、強く、へそ曲がりが息子だったら。きっと、俺は心の底から嬉しかったと思うんだ。
優しい声がした。優しくて、柔らかで。
甚爾は、陥落するように跪いた。
くらくらする、熱に浮かされたように、甚爾は黒鷲のことをにらみ付けた。
どこかで似たような話を聞いた気がした。生まれたころから決められた人生で、決まった人生。自由など無く、恵まれていたかもわからない男の人生。
思い出す、何かとダブっていた。
跪いた甚爾に、黒鷲はそっと近づいた。そうして、彼は甚爾の大きな体を抱きしめた。
柔らかな女の体ではない、小さな子どもの熱ではない。
それは、甚爾の知らない感覚だった。
自分よりも小柄とは言えたくましい体つき、固い体、体温の低いそれ。
甚爾は固まった。気色悪いとはねのけてしまいたかった。なのに、甚爾は目を見開いて、固まった。
振りほどいて、いっそのこと殴りつけてやれば良かった。なのに、抵抗できない自分がいた。
知らない感覚だ。当たり前だ、甚爾の人生で、そんなに優しく、何の欲もなく、慈しむように抱きしめてくれた男なんていなかった。
そっと、節くれだった手が自分の頭に乗せられた。するりと、頭を撫でられた。
子どものように頭を撫でられた。
それに甚爾は、己の心を理解する。
甚爾も、少しだけ、思っていたのだ。
気安くて、明るくて、歩み寄ってくることはあっても甚爾のことを遠くから見ているだけで。けれど、拒絶しているわけでも、どうだっていいわけでもなくて。
どこか、甚爾が望めばいくらでも腹を見せた。酒の席でくだらない話をした。孔時雨ともそんな話をしたこともあった。
けれど、彼とは違った。その老爺はいつだって、甚爾のことを慈しむように見ていた。
じいちゃんと、老爺に子どもたちが話しかけていた。それに、ああ、それに。
甚爾は背けていた感情の正体を理解した。
父とは、こんなものだろうか、なんて。
「すまなかったな。」
顔は見えない。老爺がどんな顔をしているのかなんて、見えない。なのに、きっと、悲しそうな顔をしていることだけはわかった。
「もう二度と、お前さんの前には顔を出さないよ。他の奴を代わりにするさ。ただ、一つだけ、これだけは覚えておいてくれ。」
あまり己を呪ってやらないでくれ。親父気取りをしたかった、爺の戯れ言だ。
するりと、手が、体が離れていく。自分に背を向けたそれが去って行く。
甚爾はそれを、それに、口を開いた。
「くそ爺!」
吐き捨てるように言った。ずっと、お前だとか、名前も指し示す名称さえも呼ばなかった甚爾が、初めてそう呼んだ。
爺と、そんなことしか言えなかった。
「・・・・また、家に来い。あいつらが、じいさんが来ねえって愚図るだろうが。」
絞り出すような声でそう言った甚爾に、振り返った黒鷲は嬉しそうにそうかと言った。本当に嬉しそうに、そうかと、そう言った。
(あれからだ。)
黒鷲はそれから何かしら態度が変わることなど無かった。自分に依頼をして、そうして時折食事に誘われる。それ以外でも、それ以上でもない。
接触しない時間の方が何倍も長い。けれど、甚爾はその男からの連絡を嬉しく思う自分がいた。
伏黒も、そうして津美紀もまたその老爺に懐いている。
甚爾はちらりと己の息子と殴り合う少女を見た。それは、自分と同じ、それこそ従妹に当たるはずの禪院真希だった。
(あいつを連れてきたのもこいつだった。)
数年前、当時中学生の真希と甚爾があったきっかけは黒鷲だった。
「こいつのこと、鍛えてやれないか?」
そんなことを言ったことを覚えている。
禪院家の娘が一人攫われたのか、殺されたのかという話は甚爾も知っていた。いなくなって数年経つ間、手がかりもないことから死んでいるのだろうと思っていた。
が、その子どもの双子の片割れに会うなどとみじんも考えていなかった。
曰く、双子の妹を碌に探しもしない家に嫌気がさして家出したのだという。
「それを俺が見つけてな。」
丁度、競馬場にいた甚爾の隣に座り、黒鷲はぼやいた。少しだけ離れた場所で、腫れた頬をした少女がうつむいている。
「てめえが世話すりゃいいだろうが。」
「ああ、生活云々に関しちゃ五条が責任を持つとさ。来年、高校は東京の高専に入学って条件でな。ただ、あの子はまだ中学生だ。それまで時間はある。無駄にする手はないだろう?」
「俺に面倒ごと押しつけんじゃねえよ。」
「・・・・あの子はお前さんと似てるんだ。天与呪縛、呪力が極端に低い代わりに、優れた肉体を持っている。」
その言葉に甚爾は思わず少女を見た。自分と似た、それ。
「その状態で、女で、おまけにいなくなった妹の行方を気にして反抗的。どんな人生を歩んできたかわかるだろう?」
禪院家で育った甚爾はそれだけで少女がどんな生活を送ってきたのかを理解した。が、それで受け入れるほどの甘さなんてなかった。
が、その老爺の願いは、どうしてか受け入れてしまった。
悩みに悩んで、呪霊相手の依頼に関しての同行と、体術をたたき込むという約束だけはさせられた。
嬉しそうに笑った黒鷲は、そっと甚爾に万馬券を渡してきた。
自分の買った馬券が紙切れになっていく中、男の買ったそれだけが当たった事実にむかついたのはまた別の話だろう。
真希という少女は無口で、無反応で、甚爾も扱いにくかった。ただ、根性だけはあって甚爾に食らいついてくる。その理由を、甚爾は知ろうとは思わない。
ただ、彼女の地獄を、甚爾は少しだけ理解できる。その年若い弟子と言えるそれは高専に在籍しているものの、甚爾の仕事によく同行している。
だから、何だという話ではない。特別な思い入れなど少女には持っていない。それでも、真希の世話を続けているのは、同情か、それとも。
「甚爾、真希のこと、ありがとうな。」
甚爾はそれに薄く笑った。老爺の声が、聞こえる。それを、その感謝の言葉が心地良いと思える自分がいた。
「礼を言うぐらいなら飯をおごれや、じじい。」
愛称のように成り果てたじじいという単語は驚くほどに甚爾の口に馴染んでいた。
(・・・・真希のやつ、だいぶ鍛えられたな。)
老人の姿をとっている虎杖祐礼はそんなことを考えながら、ちらりと後ろにいる大男を見た。
(伏黒甚爾とある程度の親交を結んでおいてよかったなあ。)
正直、真依のいない状態での真希の行動はどんなものになるのか予想は出来なかった。ただ、本来負けず嫌いの彼女ならば必ず禪院家に反抗して高専に入学することは予想できた。もしもダメだったときは、策を打つ気でいた。
が、事態は予想の斜め上を言った。双子の片割れを探さない禪院家に真希は反抗に反抗を重ねた。そうして、とうとう家出をした彼女を祐礼はなんとか回収できた。
回収できなかったときは恐ろしかったが、それでも筋書き通りにすすんでほっとしたものだ。
祐礼はまた、甚爾を見た。そうして、ほっとした。
(・・・・こいつの好感度のいじくりは本当に大変だった。)
伏黒甚爾が原作に関わり続ける確信が欲しかった。一時的な怒りをあおれたとしても、どうでもいいと途中退場をされては困る。
だからこそ、甚爾の生きる理由を早急に作らなくてはいけなかった。
恵だけではダメだった。彼を産んだ妻を亡くした男の嘆きを埋めるためにはどうするのか。
だからこそ、祐礼は黒鷲を偶像の父親として固めることにした。まめに会いにいった。そうして、少しずつ男の領域へ入り込んだ。
子どもを手懐けるのは簡単であったし、タダ飯で男を釣るのは簡単だった。少しずつ、少しずつ、手に入れた甚爾の一部を取り込み、そうして自分の一部を甚爾に食べさせた。
自宅にまで乗り込んだのは、手料理を食べさせる機会が欲しかったのだ。
男の嗅覚がどれほど強いのか確信が持てないために、味の濃いものだとかに血を一滴垂らしたりした。
元より、同じ料理を食べるというのは、同調としての意味合いがあった。
自分の干渉が強くなるにつれ、気分が悪そうな顔をしていたため、いつばれるのかと不安であった。
が、天は祐礼に味方をした。
最高のタイミングだった。父親という言葉への拒絶、自分への嫌悪感、違和感が最高潮になった瞬間、祐礼は甚爾の好感度を反転した。
少しずつ作った繋がりは、甚爾に相当な不快感をもたらしたが一度感じた感情を甚爾は放り捨てることもなく抱えてくれている。
それにどんな感情があるとは言えなかった。すっかり、演技というものになれた自分に笑ってしまう。今ならば、俳優にだってなれる気分だった。
仮面を被るのに慣れた、口調を変えるのも、感情を出すのだって平気だ。
(時々、自分がどれかわからなくなるのは辛いけどなあ。)
それでも、もう慣れてしまったことだった。
もうすぐ、交流戦が始まる。そうして、呪霊たちの襲撃も近づいている。
祐礼はそのままこれからのことを考えて頭を巡らせた。
祐礼が考えているくもなんかの設定について知りたいでしょうか?小説の中ではたぶん部分的にしか出てこないので、関係ないと言えば関係ないんですが。
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知りたい
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別にいい