めちゃくちゃ堂々とあの方とか言ってるが第三勢力なんて存在しない 作:幽
燃料投下のため感想、いただけると嬉しいです。
板取祐礼は、この世界で、一生嘘をつき続けると決めたときからずっと疑問に思っていることがある
呪力とはなんなのか?そうして、術式とはなんなのか?
(・・・・負のエネルギー。怒りだとか、悲しみだとか、そういったもの。体に刻まれた、ある意味で奇跡を生み出すもの。)
こう言えば、某運命に出てくる魔術と似たようなものなのかもしれない。
祐礼の真の目的は、女の趣味を聞いてくる特級と同じだ。呪力からの脱却。
(俺の力を使えば、呪力があるという事実自体はひっくり返すこともできる。)
だが、それではだめなのだ。一時的なものではなく、祐礼の望むのは永続的且つ、世界規模の話になる。
もしくは、負のエネルギーではなく、正のエネルギーならばまた話は違うのだろうか。
(なら、一度考えてみよう。まず、呪力を持つ者と持たない者の違いは?)
元々、原作では呪霊が見えはしても術式を使えないものは多くいた。例えば、三輪霞などが筆頭だろう。
呪力を持っていても、術式をもたないものの違いはどんなものがあるだろうか。
ただ、原作の中でも夏油傑を乗っ取っていた、仮に加茂としよう。
彼は、吉野順平を、術式は持てど脳のデザインが非呪術師であったものと言っていた。
何よりも、祐礼は吉野という少年が高校生になってからようやく呪霊を認識し始めていたことが気になっていた。
吉野が呪霊を認識できるようになったこと自体には真人たちは関わっていなかった。
(吉野自身に仮にもともと術式があったとして。なら、何故幼い頃から呪霊を認識できなかった?)
相伝術式というものがある。
同じ術式を血統内で受け継ぎ続けていたというならば、おそらく血の繋がりは呪術において関係があるはずだ。
だが、そうだというならば突然非呪術師家系から出てくる呪術師はなんなのだ?
某紳士の国の魔法ファンタジーでは、非魔法族の家系から出てくる魔法使いがいた。それについては、祖先に魔法使いがいたという所詮は血統由来のものだった。
ならば、呪術師もそうなのだろうか?
(家系、という単語をわざわざ使っていたのなら、突然変異っていうのもあるのか?)
元々血統というものに重きを置くにしても、やはり吉野という突然呪力というものを知覚した存在は気になる。
(呪力、過度なストレスによる負荷が適正の条件か?)
呪術師は異常な人間が多い。
そういった環境下にいるからである、と一言に言われればそうだろう。
けれど、非呪術師家庭の子供はあまりにも地獄に対して受け入れが良すぎないだろうか?
夏油傑という男がいる。
彼は非術師の家系で生まれた。彼を見るに、別段両親から疎まれていたという様子はない。どちらかというと、言動や描写からして愛されて育ったのではないだろうか。
例えばの話だ。
自分に特別な理由があるにせよ、明日さえも知れぬ生活を受け入れられる人間はどれほどいるだろうか。
もちろん、祐礼自体彼らのバックボーンというものを知らない。それ相応に理由があるのかもしれない。
だが、彼らは人としての何かが徹底的に欠落している。
死を悲しまないわけでも、死を恐れていないわけでも、死を受け入れているわけでもないだろうか。
けれど、死ぬかもしれないという可能性を前に彼らはあまりにも軽やかでありすぎる。
何故呪術師であるという事実を受け入れられるのは、彼らがストレスというものへの感覚を麻痺させているからではないかと考えたのだ。
非呪術師と呪術師の違いは、体の中での呪力の循環の違いだ。大量のストレス、強いては多量の呪力を体に流すことで人は呪力のショックを受け、そうして存在を理解する。
花粉へのアレルギーのようなものだろうか。
(まあ、仮にそうだとしてなんだという話だが。)
あくまで今のところそうだろうという予想であって、あまり意味は無いのだが。
ただ、確信というか、祐礼は術式とは肉体に依存しているのではないかと考えていた。
あの漫画では真人は肉体は魂に引っ張られると言っていた。
けれど、元より真人自体信用のできる語り手かはわからない。
何よりも、仮に術式が魂に付属しているというならば、加茂はどうなるのだろうか。
死んだ肉体に魂は宿らない。あのとき、加茂の首を絞めた夏油は肉体の反射だ。
一時は脳に宿っているのかとも考えたが、それもまた加茂という存在への矛盾が生じる。
何よりも、魂に術式が宿るというならば、転生した祐礼の魂へ術式はいつ宿ったというのか。
(知覚できる肉体に術式が宿っているなら、まだ調べられることが多い。)
「お兄ちゃん?」
つたない声に、祐礼はぼんやりと浮かばせていた思考をようやくたたき起こした。
「どうしたの?どこかいたいの?」
つたない声に、祐礼は微笑んだ。
「なんでもないよ、真依。」
自分を誘拐した男に、少女は淡く微笑んだ。
二人がいるのは、祐礼が借りている物件だ。彼は部屋に置いてあるソファの上で考え込んでいた。
少女は、その笑顔が好きだった。その声が、好きだった。
とっても、とっても、優しい声だ、笑顔だ。
両親さえも、しないような優しいものだった。
禪院真依は、己の家が嫌いだった。
だって、彼女の家はことごとく、己を忌むべきものとした。
何が悪いかも、幼い真依にはわからなかった。いつからか、父も母も、家の者皆が自分に冷たかった。
真依は自分の頭を撫でてくれる優しい手に、ゆるりと笑った。
自分を家から助け出してくれた彼ににこにこと微笑んだ。
ある日、珍しく双子の姉が側にいなかった彼女に、ある男が絡んでいた。幼い彼女へ大の大人が嫌みを言うのは大人げないことだったが、それをとがめる存在はいない。
ただ、嵐が通り過ぎるのを待っていた彼女を助けてくれた存在がいた。
「申し訳ありません、呼びに参ったのですが。」
声のする方に視線を向けると、体格に恵まれた男性が一人いた。彼はその名前もろくに知らない親戚筋の男は慌てて去って行く。
災難が立ち去ってくれたことにほっとして、真依は恐る恐る助けてくれたであろう人を見た。
「こんにちは。」
真依はそれに固まってしまった。だって、その声はあんまりにも優しかったのだ。何故か、どんな顔か上手く頭の中で繋がらないが。
けれど、双子の姉の真希からさえも向けられたことのない優しい顔をしていた。
彼は淡く笑って、真依と視線が合わさるようにかがみ込んだ。
「真依ちゃんだね?」
「・・・・えっと。」
「ああ、気にしないで。そうだね、少しだけこのおうちに用があってね。大丈夫?」
真依は久方ぶりにまともに扱われたことにほっとしながら、ちらりと男を見た。男は、淡く笑って姉が帰ってくるまで少しだけ話をしようと誘ってきた。
真依という少女は臆病で、姉がいなければ初めて会うような人間と関わることもできなかっただろう。けれど、その優しい声を聞いているといつだって背中に張り付いた臆病さも、そうして警戒心も消えてしまっていた。
彼の話は真依にはとても面白かった。何よりも、まともに大人に構ってもらえているという事実も嬉しかった。
ただ、男はとても不思議な人だった。
名前を聞くと、彼は淡く笑ってゆうれいと名乗るのだ。
「おにいちゃん、おばけなの?」
「・・・・そうだねえ。似たような者かもね。」
そっと手のひらに転がされたあめ玉を真依は舐めながら彼のことを見上げた。彼はおいしいかいといいながら、真依の頭を撫でてくれた。
彼はとても優しかった。真依のつたない話も、うんうんと頷きながら聞いてくれた。真依は姉以外に話など聞いてくれるものはなく、ひたすらつっかえながらでもつらつらと話を紡いだ。
好きな色、動物、大人たちの知らない自分たちの秘密基地、そんなものだった。
夕方になっても姉はなかなか帰ってこない。
それでも、真依はあまり気にしていなかった。ただ、ただ、いつの間にかゆうれいのことが大好きで、彼と話せれば幸せで。
幼い少女は気づかない。頭の中で、何かがひっくり返る。
ずっと、この孤独な家の中で味方であってくれた姉のことさえも塗りつぶされて、ただ、ただ、彼女の心は優しい男で満たされていく。
「・・・・・真依ちゃんは、このおうちのこと好き?」
やっぱり優しい声がした。優しくて、そのままその声だけに浸っていたいと思うような声だった。
それに真依は咄嗟に返事ができなかった。うんなどと、お世辞にだって言えなかった。
幼い子供にだってわかるのだ。臆病であるが故に、わかるのだ。
自分はどれほどまでに、姉がどれほどまでにこの家で疎まれているのか。
黙り込んだ真依に、男は柔らかな声で言った。
「じゃあ、俺と来るかい?」
そういって、自分を膝にのせて男が頭を撫でてくれる。
「ほんとう?」
真依はそれに歓喜を爆発させた。
だって嬉しい。嬉しい、とても嬉しい。
ここから行こうと、そう言ってくれるならひどく幸せな気分になった。
己を愛してくれない家族、居心地の悪い家。ここから出て行きたい、ここじゃないどこかに行きたい。
それは、幼い子供にとって紛れもない本心だった。
親に愛されたいという心も、家に受け入れられたいという心もあったはずなのだ。けれど、それは彼女が知らない間にひっくり返ってしまう。
「うん!行く!待っててね、お姉ちゃんに。」
真依は体を翻して己の姉を探しに行こうとする。けれど、それよりも先に真依の手は男に掴まれた。
ゆうれいのほうに視線を向けると、彼は柔らかに微笑んでいた。
「真希ちゃんは、連れて行けないんだ。」
「どうして?」
「・・・・彼女は、ここでやることがある。」
それに真依は今まで弾んでいた心が沈んでいく気がした。
姉がいない。姉とは行けない、ならばと傾きかけていたその時だ。ゆうれいはそっと屈み込み少女と同じ視線になる。
初めて、真正面から男の目を見た。
優しい色をした目が、自分を見ていた。
「・・・・一緒においで。」
その声はやっぱり優しい。何故だろうか、その声を聞いていると男への大好きという感情でどんどん塗りつぶされていく。
「大丈夫、なんにも怖いことはないよ。ただ、真依ちゃんはここが辛いだろう?」
それは事実だった。だから、真依はこくりと頷いた。
それに男は淡く笑って、ぼそりと真依にささやいた。
「《うこい》」
何かを囁かれた。それが何かはわからない。ただ、それで徹底的に真依の中で何かが変わる。いきたくないと、今まで思っていたのに。
その言葉を最後に、真依は素直に青年の首に抱きついた。
「うん、いく。お姉ちゃんがいなくても、いく。」
それに彼は真依のことを抱きしめてくれた。真依はびくりと体を震わせたが、暖かなそれに手を回した。
父とて、母とて。
こんなふうに抱きしめてくれただろうか。ぼんやりと、幼いながらにそんなことを考えている。
遠のいていく家があった。それに、心底安心している自分がいた。
ゆうれいはそのまま真依のことを抱き上げて、道を歩いた。揺られて、暖かなその体に触れていると、いつのまにかうとうとと微睡んでいた。
かすかな意識の中で、誰かがごめんなと言っていた。
祐礼はぼんやりと少女を攫ったときのことを思い出す。
あの後、禪院家について少し探りは入れたものの、真依のことを心配する声は聞こえてこなかった。聞こえてくるのは、少女を攫った敵対しているだろう存在への怒り。
禪院家を舐めているという、プライドからくる怒り。
たった一人だけ、たった一人の少女だけが静かに泣いていた。涙と言えないような、怒りを湛えた眼で、泣いていた。
(君は、俺と似ているのかな。禪院真希。)
いつか、地獄に弟/妹を置いていく兄/姉よ。
禪院真希、君は今、悲しいだろうか。今、何に怒りを燃やしているだろうか。
君は俺を憎んでいるだろう。奪われたと、怒りに震えているだろう。
それでも、ぼんやりと思うのだ。
いつか、結局の話、君は地獄に妹を置いていくのだろう。
怒っていてくれ。そうして、本当の意味で全てが終わったら。
幼い少女は、世界の全てのように自分を見ていた。
「・・・・何でも無いよ。」
「ふうん?あ、そうだ。お兄ちゃん、見て!できたよ!」
弾むような声で彼女はぽんと、彼に何かを差し出しだ。それは、青いガラス玉だ。祐礼はそのガラス玉をつまみじっくりと完成する。
「構築術式は使えるのか。」
「うん、でもすごいつかれる。」
「そうだな、構築術式は呪力も使うし、体への負担も大きい。にしても。」
祐礼はガラス玉をのぞき込んだ。
「そういえば真依、お前さん、ガラスの作り方なんて知ってるのか?」
それに真依はきょとりとした眼をする。
「ううん。知らない。」
「なら、どんな風に作ったんだ、これ?」
それは純粋な疑問だった。それに、真依はうーんと首をかしげた。
「なんかね、体に力を入れてね、いいなあって思ったらできてる。」
(構造を知らなくてもいいのか。なら、もっと意味不明なものでも作ろうと思えば作れるのか?例えば、強力な呪具でも。)
ただ、それを試すにはあまりにも彼女は幼く、かつ呪力も少ない。
何を持っても呪力が足りない。燃料がなければ機械は動かないのだ。
「いっそのこと、呪力自体を吸収するだとか。いや、その前に呪力ってなんだ。目で見れるぐらいわかりやすけりゃいいのになあ。いや、いっそ呪力操作からか。」
祐礼はそんなことをブツブツと言いながらソファの上でガラス玉を見た。
(・・・・呪力操作か。そういや、五条は六眼のおかげで繊細な呪力操作ができるんだっけか。つって、六眼手に入れるなんて無理だろうしなあ。)
そう思いつつ、自分の目に呪力が見えないことを嘆いた。そこで、ふと、思いつく。
祐礼はがばりと起き上がる。それに、隣に座っていた真依が不思議そうな顔をした。
祐礼は目を閉じた。
(なら、俺の眼を呪力を見えるように反転させれば。)
祐礼の術式の発動条件は認識の有無だ。ただ、認識するとしても多々条件はある。
例えば、祐礼の姿についてだがそれとて現在の彼の状態の反転に過ぎない。
“幼い少年”の反転をするとして、子供を起点にして大人に、男を起点にして女に。また、幼いを起点に老人にもなれる。
ただ、半端な年齢である中年になることはできない。そうして、動物にもなれない。
また他へ干渉を行う場合、祐礼のことをしっかりと認識していないといけない。そのため、視覚、聴覚などを媒介に干渉を行っている。
ただ、複雑な干渉になるとそれ相応に手間もかかる。
好感度についてはただ、相手が持っていたものをひっくり返す程度なため声や目を合わせるだけで済む。
けれど、相手の術式や呪霊との契約についてはそれ相応に縁が必要になる。
伏黒甚爾に発したのは逆さ言葉だ。発した言葉を逆転させることで彼への干渉を深めたのだ。
何よりいいのは、相手の一部を取り込むことだ。
祐礼が伏黒甚爾や五条悟、そうして夏油傑の三つ巴に立ち会いたかったのはこのためだ。
三人がたっぷり流してくれた血液についてはしっかりと手に入れてある。
特に、五条の血液が手に入る機会なんてこのときぐらいしかなかっただろう。
祐礼は自分の眼を反転させる。そうして、眼を見開いた瞬間、祐礼はたたき付けられるような情報量にぐらりと意識が遠のきそうになる。
「ぐっ!」
サーモグラフィーのように、呪力が巡りに巡った世界に吐き気を覚える。
うめき声を上げた祐礼に真依は慌てて話しかけた。
「・・・・いや、何でもないよ。」
脂汗をだらだらと流しながら言おうがおそらく信用はないだろう。けれど、そういうしかない。
祐礼はそう微笑みながら真依の頭を撫でた。
(・・・・呪力操作するにゃあいいかもしれないが。もう少しひっくり返す起点を考えねえと頭が焼き切れるかもな。)
そんなことを思っていると、カリカリと窓の外からひっかくような音がする。それに、祐礼は視線を向けた。
そこには、見張りをさせていた呪霊の姿があった。
(・・・・あ、死ぬ。)
灰原雄は、目の前に迫り来る、呪霊を見てそう思った。
二級呪霊の討伐だったはずだ。
灰原と、そうして七海建人がいればなんとかなるだろうと送り出され、そうして顔を出した呪霊に絶望した。
(七海、逃げられたかな。)
灰原は現在、一人で呪霊に立ち向かっている。
囮になると決めたのは、簡単な話で灰原の術式は障壁を張れるためだった。だからこそ、灰原は選択した。
二人で逃げることはできないのなら、自分が囮になることで時間を稼ぐと。
大丈夫だ、だから行って。
見送った七海のことを覚えている。
呪霊がニタニタと笑っている。そうして、術式だろうそれを自分に向けるのも見えた。
障壁はすでに限界だ。だからこそ、灰原は簡潔に自分の死を予想した。
障壁が壊れる。
避けるために飛び退いたが、両足が消し飛んだ。
痛みの中で絶叫する。
ああ、痛い、痛い!
激痛の中で、薄れていく意識の中で、それでも走馬灯が頭の中で回っていく。
両親のこと、そうして自分と同じように変なものが見えた妹のこと。
大丈夫だ、彼らはこちらには来ない。自分だけが、ここに来た。
世話になった学校の先輩や先生。
そうして、そうして。
(七海・・・・)
自分の友人よ、君は助けを求められただろうか。
君を生かせた、君は生きていける。自分はここで死ぬ。それが嫌でないなんて言えないけれど、それでも、君を助けられたのならそれできっと報われる。
自分に、呪霊の手が伸びる。
ああ、死ぬ。
血があふれて、痛みがあって。思考の中で恐怖の中で、わめき立てる声がある。死にたくない、怖いと、妹や両親へ手を伸ばす。嫌だ、嫌だ、嫌だとわめき立てる声がある。
けれど、それと同時に奇妙な静けさがある。
ああ、死ぬとその事実を受け入れて、見送った背中に安堵している自分がいる。
掠れていく意識の中で、呪霊をじっと見ていた。
その時だ。這いつくばった灰原の視界に、誰かの足を見た。
何の変哲も無い革靴、スーツ。
それは、当たり前のように灰原の前に立ち、呪霊を前にする。
姿はよく見えない、ただ、黒い髪が揺れているのが見えた。
「・・・間に合ったが。そうはいっても早めにしないとな。」
男はそう言って、呪霊を前に手を上げた。
「・・・・出来たてほやほや、アイギスの盾なんて。」
言葉と供に男へ呪霊の攻撃が襲う。けれど、それは男に届くこともなく跳ね返されていく。
「跳ね返した後、反転術式で干渉して。」
ぼそぼそと男の声が聞こえてくる。そうして、跳ね返されたそれを浴びて呪霊は反撃の意欲を失ったのか逃走を図った。
「まあ、祓わない方がいいか。」
そう言った後、それはくるりと灰原の方を振り返った。顔は、不思議なことに布でできた面をしていた。
「・・・・・やあ、死にかけたあなた。一つ、取引をしませんか?」
感情を感じさせない、淡々とした声だったはずなのだ。けれど、何故だろうか。
流れ出ていく血のせいか、やたらとぼやけた思考の中でその声はひどく優しく聞こえた。
「私はあなたを生かしてあげます。その代り、私の言うことを聞いていただきたいのです。二度と、家族には会えぬでしょう。二度と、友人には会えぬでしょう。ですが、生きたいと願うなら、私の手を取りなさい。全てを忘れても構わないというならば、そのまま生きて足掻きなさい。」
目の前に差し出された手に、灰原は考える。一瞬だけ、その手を取るか考える。痛みと、恐怖で染まった思考の中でもどこかで考える。
いいのかと、そんなことを考えた。
けれど、灰原はそれでも男に手を伸ばした。
これはきっと縛りだ。これは、自分を縛り付ける約束だ。
けれど、伸ばしたそれを掴んでいた。
「・・・・わかりました。灰原雄。私はあなたを生かす。その代り、我が同胞として働いてもらいます。」
言葉と供に、灰原は意識を失ってしまった。
どすりと、思いっきり腹の上に何かがのしかかってくる。
それに灰原はぐえっとうめき声を上げた。
ぱちりと目を開けたその先で、真っ黒な髪をした少女はむすりと自分を見ていた。
彼女は、ぼすぼすと灰原の腹を叩く。
「おなか減った!」
灰原はじっと彼女の方を見た後、にやりと笑って勢いよく起き上がる。
「よし!朝ご飯だあああああ!」
大声を上げながら、少女、真依の体をくすぐった。それに、彼女はきゃあああああと悲鳴染みたものをあげながら、けたけたと笑う。
そのまま灰原はベッドから飛び降りて、真依と朝食のためにキッチンに向かった。
「今日のご飯なにー?」
「今日はゆうれいが置いていったフレンチトースト。」
「やった!」
灰原は冷蔵庫に入っていたタネにつけてあった食パンを取り出しながらそういえば、足下の少女はるんるんと嬉しそうに声を上げる。
そんな声を聞きながら、灰原は自分でも何をしているんだろうかと心の中で首をかしげた。
「あなたに命じるのは、一つだけ。この子の護衛兼世話です。」
目を覚ましてすぐにひょっこりと現れた男はそういった。
自分が眼を覚ましたのは、今でも真依と、そうしてもう一人と住んでいる場所だった。
日の光が入って明るい部屋の中で、スーツを着た男が一人の少女を連れて立っていた。
自分が横たわっていたベッドを思いっきり起き上がる。そうして、灰原は開口一番に叫んだ。
「あなたは誰ですか?」
そう呟いた後、少年ははてりと首をかしげた。
そういえば、自分とはいったい誰なのか?
(俺は本当は死ぬはずで、幽霊の上司さんの慈悲で生かされている、らしい。)
じゅうじゅうとバターとパンの焼ける音がする。食欲をそそる甘いにおいに真依は眼をキラキラさせている。
灰原と、男は自分を呼んでいた。どんな意味があるのかと問うと、彼は少しだけ黙った後に意味は無いと首を振った。
だから、自分は灰原になった。自分の名前がそれだけであることに特別な感慨はなく、なるほどという納得しかなかった。
男は戸惑いに満ちた灰原に、少しだけ考えるような素振りをした後に淡々と言った。
「私は幽霊、私たちは幽霊。あるはずであり、いないもの。くもに仕える、ありながらないもの。どうぞ、私のことは幽霊と。」
仰々しい名乗りをした。
曰く、彼以外にも仲間はおり、自分もいつかは出会うかもしれないが。それはともあれ、彼らは共通して幽霊と呼ばれているらしい。
「よし!やーけーた!」
「やーけーた!」
灰原はフレンチトーストを皿にのせ、牛乳を汲んだ。
「ほら、席に着く!」
弾んだ声と供に、少女は居間に置かれたテーブルに着いた。そうして、二人は互いに向かいに座り、手を合わせる。食べやすいように小さく切ったフレンチトーストを前にする。
「いただきます!」
それと共に、真依はもぐもぐとフレンチトーストを平らげる。それを見ながら、灰原はまたぼんやりと考える。
自分が何者であったのか、灰原は知らない。
知識はある。
一般的な常識、呪術というもの、己の術式。そんなものはわかる。
ただ、思い出というものはことごとく無くなっていた。
幽霊にそれを聞いたが、彼は冷たく教えられないと言った。
(与えられた役目をこなせば、命の保障をしよう、か。)
彼はそういった。
灰原に命じられたのは、目の前の少女の護衛と日常的な世話だ。時折帰ってくる、といっていいのかわからないが、幽霊が世話を代わる日は特別暇だ。
指定された人間に関わらない限りは基本的に自由にしていいと言われている。
(なんだっけ、銀髪の人と、黒髪の人とか。あと、金髪の人がいたなあ。名前は、確か、ごじょうにげとう、さん?あと、ななうみ?あれ、どうだっけ?)
やたらと容姿のいい人ばかりのせいか、すぐに顔は覚えられた。ただ、名前に関しては曖昧で、あとで資料を確認しようと灰原は思い立つ。
ほのかな甘みのあるフレンチトーストは素直に旨いと思う。
それを味わいながら、灰原は自分についてを考える。
生活自体は別段不自由していない。
家は確保されているし、真依自体元々大人しくさほど手間はかからない。生活資金だとか軽く数百万を超える金が入った通帳だって渡されている。
ぼんやりと、灰原は考える。自分が何者であったかを。
わからない、帰らなければと思う心がある。記憶ではない何かが、置いてきたものがあると告げている。目の前の何の変哲も無い少女をここに置いていいのかと疑問が残る。
ゆうれいは何も言わない。問いかけても教えてくれない。
ただ、そうはいっても自分の命が彼に握られているのも事実だった。
(俺が逃げたら、次に真依につけられる世話役がまともである保証はない。)
幼い子供が傷つけられるのは心が痛む。ずきずきと、苛まれる。
それでも、何故だろうか。
一応は自分たちの保護者兼監視役が真依という少女にどれほど優しく接しているのか知っている。
命令さえ守ってくれれば、俺の何をかけてでも命の保障だけは約束しよう。確かに、男はそう約束した。縛りを結んだ。
「ねえ、灰原。」
「ん?なんだい?」
思考の中に少女の声が割り込んだ。それに、彼は素直に応じる。
「お兄ちゃん、今日帰ってくるんだよね?」
「ああ、そのはずだよ。」
それに真依はぱあああと顔を輝かせる。そうして、弾んだ声を出した。
「じゃあ、晩ご飯は一緒かな?」
「そうだね、何か用意しておこうか。手伝ってくれる?」
「うん!」
弾んだ声がする。嬉しそうな声がする。
幽霊をどう思えばいいのかわからない。ここにいることが正しいのかはわからない。
ただ、それでも、男が真依に接するときの優しい声音を知っている。灰原に向ける声音が、どれほどまでに優しいか理解している。
(大丈夫、俺、たぶん人を見る目はあると思う。)
そんな確信をした後に、灰原は今日の食事についてを考え始めた。
(・・・・・予定通り灰原の回収は成功。助ける代わりに縛りをかけて記憶は消した。)
何よりも大変なのは、灰原の死ぬ任務がいつであるかわからないときだ。記憶によれば、伏黒甚爾との決闘から数ヶ月ほど後だったはずだ。
そのため、呪術高専の窓へ好感度反転で探りを入れ。それに加えて呪霊で遠回しに監視をさせていた。
祐礼の術式を使えば、呪霊を操ることはできなくはない。どちらかというと、好感度を高めるだけのため、厚意にすがって頼みを聞いてもらうような形であるが。
道具のように扱うことはできない。ただ、手駒として、盾として、囮として扱うにはこれほどのものはない。
残穢さえも、祐礼の術式で扱えばなかったことになる。
(本当に幽霊になったみたいだ。)
「あのお、そろそろ。」
声のする方に視線を向けると、そこには老いた女が座っていた。祐礼はそれににっこりと微笑んだ。
二人がいるのは、都内にあるレストランだ。レストランの中の人間は、二人をまったく気にしない。いっそのこと、布面を被った男の事なんて忘れてしまう人間だっているだろう。
「ええ、そうですね。引き続き、調査をお願いしますね。」
「はい、はい!わかっております。ただ。」
「ええ、何も喋らず、何も知らせず。約束さえ守ってくだされば我らは何もしませんよ?」
祐礼はオガミ婆が差し出してきた情報をまとめた書面を持ってそういった。
柔らかな声に、オガミ婆は怯えたように体を縮こませた。
原作が始まるまでできるだけ情報を集めておきたいという思惑があった。
ただ、そうするには残念ながらあまりにも伝手がない。
少しの間だけ呪詛師の中で動いていたときもあったがそれだけではあまりにも足りない。
そのため、思いついたのが呪詛師を脅すことだった。
下手に呪術師に手を出せば足がつく。だが、裏世界の呪詛師なら誰が死んでもさほど情報が回らない。
(・・・・呪術が使えなくなるのは、そんなに怖いか。)
そんなものは当たり前の話で、呪詛師でありながら呪術が使えない存在の末路など分かりきったものだろう。
呪力があるということをひっくり返し、一瞬だけでも呪術を奪ったときの狂乱振りは今でも覚えている。
惨めに死ぬのは、そんなにも恐ろしいのだろうか。
(俺は、こんな力、いらなかったなあ。)
そんなことを思いつつ、祐礼は変わることなく微笑んだ。
「ええ、また、お願いしますね?あの方もとてもお喜びになっていますから。」
それにオガミ婆はまだ続くだろう地獄に肩を落とした。
祐礼はそれに興味が失せたように目を伏せた。
(・・・・これからは、資金稼ぎと情報収集、あとは真依や自分の授業になるか。それと、世話係も確保したし、脹相たちの器を探さないとな。)
真依を抱えた状態で脹相たちと話し合うような余力は無い。そのため、目をつけていた灰原を連れてきたのだ。彼の術式を知って、正直当たりを引いたとほくそ笑んだのは秘密だ。
祐礼は考える。
器として贄にする誰かのことを、徹底的に誰かの死に慣れた自分を。
(・・・それでも、悠仁。)
お前だけが幸せであるならば、自分はいくらでも、どんなことでもなして見せよう。
心のどこかで、一人になって泣いている双子の片割れについてを考えた。
呪力ってこんなもんかなっていう祐礼の考え。呪力実験は真衣ちゃんが幼くていったん断念。
真衣はたぶん、原作よりもある意味で幸せかも。お姉ちゃんのことは、心の片隅で忘れてる。
灰原の術式は摸造しました。
主人公と灰原の術式悩んでおります。もし、何かあればこちらにいただければ。
一応、ハーメルンで別名義で活動しており、分けておこうかと思っているので活動報告は使わない気です。
https://odaibako.net/u/kaede_770
祐礼が考えているくもなんかの設定について知りたいでしょうか?小説の中ではたぶん部分的にしか出てこないので、関係ないと言えば関係ないんですが。
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知りたい
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別にいい