めちゃくちゃ堂々とあの方とか言ってるが第三勢力なんて存在しない 作:幽
真依の話、あと組織の設定について。
やる気のために感想いただけると嬉しいです。
「なあ、兄ちゃん。ちっくと立ち話でもどうだい?」
のんびりとしたそれに、五条悟は声の方に視線を向けた。そこには、ゆるゆると笑う老人がいた。
その日、五条は変わることなく任務に赴いていた。すでに絶えて久しい廃村にて肝試しにいった人間が消えているらしい。五条は相も変わらずさっさと任務を終わらせた。
時間はすでに夕暮れで、暮れかけた日の中を五条は歩いていた。
(今日はもうこれで終わりか。)
夕飯に何を食べるか、そうしてこの頃後見を引き受けることとなった少年の教育方針について考えながら補助監督の元に向かっていた。その時だ。突然、五条に話しかけるものがいた。
五条はそれに固まる。
己の六眼で把握しきれない何か。声のする方に意識を向ける。
そこには、大岩に腰掛けた老人がいた。
雪のように白い髪は短く刈り込まれていた。さびねず色の着流しを纏い、同系色の襟巻きをしていた。手には使い古したキセルを燻らせている。
そうして、何よりも印象的なのは目元だけを覆った鬼の面だろう。
五条はようやく意識に捉えたそれに、目を見開いた。
「動揺してるな。だろうなあ、なんたってその六眼じゃあ、俺のこたあ捉えられないんだからなあ。」
なあ、五条家の若大将。俺と、少しだけ話をしねえかい?
その言葉と同時に、五条はなんのためらいもなしに術式の構えをとった。
五条の脳内には、あの日、伏黒甚爾との対戦に割り込んできた男を思い出したのだ。
「・・・・お前、何者?」
「あーあー、やだねえ。年上への敬意のない若造たあ。」
「質問に答えろ。お前は。」
「一つだけ言えるなら、俺はお前さんたちの追いかける幽霊を知るもの、だな。」
それに五条はピクリと体を震わせた。
その老人は、また、にこりと笑った。
「なあ、兄ちゃん。だから言ったろう。ちょっくらと俺と話をしようや。」
ニコニコと笑ったその姿は、いたずらっ子のように楽しげなものだった。
「・・・・お前は何者だ。その前に、あいつらは何者だ?」
五条はじろりとその老人をにらみ付けた。老人は、いや、それは老いているというのにはどこか若々しい。されど、その見た目通り、生疲れたような目をしていた。
どこか、苦みと悲嘆と、そうして暗く落ち込んだ水辺のような目をしていた。
さて、それは敵であるか味方であるか。
敵の敵であるというのが一番の可能性だろうか。
「まあ、そんなにも急かしなさんな。良い女を前にした童貞でもないだろうに。」
それに五条の額に青筋が浮かんだ。
目の前のそれを殺すのは簡単だ。ただ、それでも円滑に情報を知れるならばそれ以上のことはない。
一旦は無理矢理に気持ちを静めたのはひとえに組織の情報をまったくといっていいほど掴めなかったせいだ。
呪詛師側に潜った夏油であるが、捜しものである彼らは全くといっていいほど見つからない。
呪詛師たちの中にはどうやら接触を持った人間はいるようだが、情報や金を搾り取られるだけ絞られて放り捨てられているものが殆どだ。
少しでも情報を探ろうとするが、誰も彼もが何も知らない。
(・・・・おまけに、それっぽいのだけ探っても、男だったり、女だったり、はては子供が使いだってやつもいる。)
構成員の存在さえも不明瞭。何よりも、構成員に子供を加えられると言うことはその程度の年でも使えるほどに教育が行き届いているということだ。
五条とて、幼い頃から懸賞金をかけられ、呪詛師程度に負けるようなことはなかった。だが、そんな存在を幾人も抱えた組織などあり得るのか?
それ以前に、それほどの組織が今まで誰にもばれないように潜っていたというのか?
伏黒甚爾は五条が認めるほどの強さを持っている。
そんな彼、そうして、五条の六眼にさえも気づかれない隠密能力。それが、どんな術式によるものかはわからない。
五条はそれに上の人間たちのことを思い出す。
五条とてさすがにある程度の危機感というものは存在した。
最強であっても救えないものはある。
脳裏に浮かんだ、死んだ少女のことを思い出す。そうして、一人で抱え込んでいた友人のことも。
いくら五条が最強でも、物理的に潰せなければ意味が無いのだ。
(だってえのに!)
何を根拠にそんなことが言える?
仮に今回のことに裏があったとしてそこまで大きな組織の可能性はあるのか?
今、そんなことに取りかかっている暇があるのか?
五条は脳裏に浮かんだくそ爺どもの言葉を思い出す。
もちろん、五条とて、呪詛師たちへの大捜査に乗り出せるような余裕がないことは理解している。圧倒的な人手不足により呪霊に手一杯なのだ。
だが、あそこまで危機感のない老害どもに怒髪天を決めているのも事実だ。
(何もわからない。)
確かにいる。存在している。けれど、まるで幽霊のように不確かに、痕跡さえ掴めない。それこそ、残穢さえも掴めない。
五条の中でじりじりと何かがじれる。
何か、何かが自分の首元に絡まりついている気がする。見えない何かが、じっとりと背後に絡みついている気がする。
「世知辛えな、てめえみたいな坊主がそんなにも憂わなくちゃならねえ状態かい。」
仮面の中から少しだけ見えた瞳に浮かんだ哀れみに、五条は睨みをきかせた。
それに老人は肩をすくめた。
「はっはっはそう怒るな。爺ってのは良くも悪くも若いのが心配なのさ。自分が散々に痛い目を見てきた分にはなおさらに。」
「・・・・御託はいい。さっさと情報をよこせ。」
「そうだなあ、まず、てめえはあいつらが何者かわかってるのか?」
「そうさなあ。まず、あいつらは滅多に表にでてこねえ。今だってそうだ。何の因果で表に出てきたのかわかりゃしねえ。俺たちの一派は、色々と相手と因縁があるんだよ。」
「あいつらの目的はわかってるのか?」
それに翁はキセルを口にくわえ、吸い込む。そうして、ふうと煙を吐き出した。
「国家転覆?」
明らかに語尾にはてながついているだろうそれに、五条は一瞬間を置いた。
「はあ!?」
「なんだよ、その小学生が言い出しそうなこと!?」
「ふざけちゃあねえんだよ!」
五条は老人に向けてきゃんとわめいた。だって、あまりにもふざけすぎていないか?
いや、可能性がないわけではないのだ。ただ、なんというか釈然としない。
もちろん、そういった考えを持つものがいるのもわかる。
ただ、五条が今まで出会ってきた呪詛師とは良くも悪くも、何というか単調だった。
金だとか、良くも悪くも即物的で。
だからこそ、唐突に湧いて出てきたそれに驚いたのだ。
翁はがりがりと頭をかきながら、あーと言いつつまたキセルは吸い込んだ。
「あいつらへの名はねえよ。ただ、構成員、つまりは使いっ走りの奴らはゆうれいと呼ばれ、かつそれぞれを色の名前で区別してるって話だ。そうして、くもってやつに仕えてる。あいつらは、誰にもしたがわねえ。頭を垂れぬと、腹を見せぬと、くもとしてあり続けると決めたもの。」
まるで謎かけのような言葉だった。半信半疑を意味するように悟は男を見る。
「・・・・それだけしか情報ないってわけ?」
「あいつらは基本的にトカゲの尻尾切りが基本で本命に手を伸ばせたことがねえんだよ。だからこそ、だ。」
翁は岩からたんと飛び降りて、五条に向かい合った。
「手を組まないか?」
「・・・・信用ができるとでも?」
「あくまで誘いだよ。情報が入りゃあ互いに御の字。後はまあ、まともな大人もいるって思ってくれりゃあいいだろうさ。」
それが上の人間の対応に対しての皮肉であることを察して五条は眉間に皺を寄せる。
「それ以上、話す気はないってわけ?」
「ああ、もう少しだけ情報はあるがな。まだ、話せねえ。」
「・・・・わかった。」
五条は一度頷いた後、ためらいもなく己の術式を発動しようとした。
わざわざ丁寧に聞き出す気は無かった。それならば、捕らえて無理矢理に口を割らせた方が早い。五条に悟らせなかった、そうして話しぶりからしてある程度の権限等を与えられていることは察せられた。
「まあ、当たり前だよな。」
老人はそう言うと、己の手の甲を打ちならした。五条はそれを気にしない。自分の早さに自信はあったし、そうして攻撃が通ることもないためだ。
けれど、五条の全ての予想に反して、彼の体は何故か空に吹っ飛ばされた。
「な、んだこれ!?」
「お前さんの性格からして予想してたんだよ。まあ、返答に関してはゆっくりと考えてくれや。」
どんどんと遠ざかる老人はけらけらと笑っていた。
持ち上げられているという感覚は無い。あるのは、空の中に落ちていくという奇妙な感覚。
そうして、五条も自分が浮かび上がっているのではなく、空の中に落ちていることを理解する。
「あと、一つだけ忠告だ。人間つうのは、結局一人で死ぬもんだ。だからこそ、あまり夏油傑に依存するなよ。てめえの正しさも、間違いも、てめえで考えるぐらいにゃ大人になれよな。寂しい坊でもないだろうに。」
俺の名は黒鷲、またいつか会おうじゃねえか。
対処できないわけではない。ただ、自分に起こった事への驚きで呪力操作への集中が乱れた。
その隙を狙われる。
青と夕日の混ざった、黄昏色の空に落ちていく。飲み込まれるように、全てのことがまるで逆さに落ちていく。
それはまるで夢を見ているような、不可思議な浮遊感だった。
そうして、地面に降り立った五条はついぞ、その老人を見つけられなかった。
「・・・・悟、完全にからかわれてないか?」
それに五条は思わず黙り込んだ。翁、黒鷲に逃げられた後、五条は車の中でメールで夏油に事の顛末を知らせた。
そうして、己の自室に帰宅した後、直接電話をかけた。
五条とて腹が煮えくりかえるようだった。
(完全にしてやられた。)
自分への攻撃はけして通らない。だが、今回は心の底からしてやられたと感じていた。
おそらく、黒鷲の術式は重力に関係するものだろう。
無下限術式はあくまでも五条を対象にしたものであって、彼を取り巻く重力まで防ぐことはできない。これはあくまで対象を何として選択するかという問題だ。
自分にできた一瞬の隙。
何よりも、黒鷲の残した言葉に苛立ちが残っていた。図星でないと言えば、嘘になる。
自分はある意味で、何を選ぶかと放棄している。
何を正しいと思い、尊いのだと目を細めるのか。
何を間違いと思い、罪だと除外するのか。
思考の放棄と言えるそれをいじくり回されたかのような、ひどい苛立ちだった。
「・・・おい、悟。聞いてるのか?」
電話口で聞こえるそれに、五条はその苛立ちを素直にさらけ出す。
「なに?」
「何ぶすくれてるんだ。それよりも、黒鷲と名乗った呪詛師の言葉、思うところはないか?」
「思うところ?」
「正直言って情報が少なすぎる。ただ、もしかしたらと思うものがある。」
「だからなんだよ。」
「悟、土蜘蛛って知らないか?」
それに五条の中で何かが繋がる。そうして、無意識のうちに呟いた。
「・・・・まつろわぬ民か。」
古来、国を治める存在に従わない民族がいた。敵になった存在を人ではなく、獣や怪物に例えるのはいつの時代だって存在する。
土蜘蛛は遠い昔、国に従わなかった逆賊たちの総称だ。
「くも、という呼び方にほかの意味があるのかもしれない。何よりも、お前の会った存在が本当のことを言っているのかわからない。ただ、調べてみてもいいはずだ。」
「わかった。こっちでも調べておく。」
そのまま切った電話をじっと見る。老いた男が笑っている、呆れたかのように、自分をとがめるようにそれは自分を見ていた。
何故か、黒鷲の言葉が耳につく。
寂しい坊?
そんなもの、そんなことは。
ああ、老いた瞳、まるで子供を見るかのような瞳が、自分を見ていた。
五条はそれに、持ったケータイを握りしめた。
じいっと禪院真依は自分に流れる呪力を眺める。
てちてちと床を叩く。過保護に床に敷き詰められた絨毯の上でごろりごろりと転がった。
そうして、真依はぷくっと頬に空気を貯める。
外はすでにとっぷりと帳が降りている。
「はいばらー、お兄ちゃんは?」
それに真依を見守りつつも、何故かかわいらしいエプロンをした灰原雄が現れる。
「うーん?明日までは帰らないぞ?」
それに真依はぱんぱんに膨らんだ頬に更に空気をため込んだ。
真依は、ひどく、ひどく不満だった。今日も今日とて、大好きな兄は真依のもとに帰ってこない。
じいいと真依は今日も今日とて自分の力と向き合っている。
真依は今のところ、勝手に術式を使うことは禁じられている。体への負担、呪力の消費、呪力の研究のためにと連れてこられたそれさえも置いて、真依はそれはそれは大事に育てられていた。
現在、真依の瞳は呪力を認識しているが正直言って幽霊はそのことを嫌がっていた。ただ、真依自身早く呪力を扱いたいという思いのため徹底的にだだをこねたのだ。
幽霊も呪力の扱いに慣れ、術式を早く扱って欲しいという願いのため、散々に迷ったあげくの選択だった。
足がつく可能性があるとわかっていても、幽霊は彼女のもろもろを偽装して小学校に通わせようとしていた。
ピカピカのランドセルを買ってもらった当初、真依は目をキラキラさせていた。
そんなふうに大事にされていても、真依はひどく不満だった
大好きな兄はなんだかんだとずっと外を回っている。時折、夜中にこっそりと帰ってきてはそっと冷蔵庫に入っている作り置きの食事だけが彼の置き土産だった。
(・・・・・わかったら、帰ってきてくれないかな。)
ぼんやりとそう思う。真依は、じいいと自分の手のひらに通う呪力を見る。まずは慣れておこうといって自分に施されたそれのせいか、確かに呪力の扱いがずっとスムーズになった。
けれど、だからといって元の呪力も少なく、幼い少女にできることはあまりない。
(・・・・調べる。何か、調べる。)
幼い少女にとって、何かを調べるとすればなんと言っても虫眼鏡だ。だが、虫眼鏡でじいいと何を見たとしても、呪力は何のかわりもない。
そこで真依は灰原雄にも、意見を聞いた。灰原はまさか呪力を調べているなどとは思わず、虫眼鏡でもわからないなら顕微鏡を使ってはという話になった。
(・・・無理。)
顕微鏡なんて物は家にはないし、元より真依の目にしかうつらないものを調べられるはずもない。
真依はまた、未だに短くて柔い手足をばたばたと不満を表すかのように振る。
「どうかしたの、真依。」
真依のまるで魚のような動きに灰原がひょっこりと台所から顔を出した。それに、真依は思いついたかのように口を開いた。
「灰原、固まらない物を固めるのってできない?」
飛び込んできた質問に灰原はきょとりと目をまばたかせた。
「え、うーん。ごめん、わからないかな。」
情けないそれに真依は不満げに頬に空気を詰め込んだ。
「役立たず!」
「あーどこで覚えてくるかな、そういうの?」
灰原はそう言って真依の元に行き、悪い子めとその脇腹はくすぐった。真依はそれにきゃきゃらと笑い声を上げる。
ひとしきり遊んだ後、真依のギブアップに灰原は手を止めた。
「はい、もうすぐご飯だから待ってること。」
「はーい。」
大人しく返事をしながら、真依はぼんやりと考える。どうすれば、呪力というものがわかるようになるだろうか。
「うーん。」
ばたばたとする真依を見つつ、灰原はケータイで件の男に電話をかける。
少しコールがあった後、男は電話に出る。
「こんにちは、幽霊さん。」
『・・・・灰原か。定期報告か?』
「はい、そうですよ。真依は今日もご飯もしっかり食べたし、変わったこともないです。」
『わかった。あと、明日には帰る。』
「わっかりました!任せてください!」
『・・・・お前は。いや、いいか。』
電話口から聞こえてくる呆れた声音に灰原は首をかしげる。灰原として任された仕事をできるだけ全力でやっているだけなのだが、声の主、雇い主である彼の声から疲労感がにじみ出る。
そうして、灰原はなんとなく相手が電話を切ろうとしていることを察して、一つだけ質問をした。
「そういえば、一つ聞きたいことがあるんですけど。」
『なんだ?』
「固まらない物を固めるってできないですかね?」
ちんぷんかんな質問に、電話口の彼は黙り込む。明らかに困惑してるようだったが、なんだかんだで律儀な彼はそれに答えた。
『・・・・・冷凍だとか、固まるような性質の物を混ぜたり。後は、そうだな圧力をかけても固まるのか。宝石だとかは強い圧力で結晶化するもんだし。まあ、なにを固めるかによるが。』
「あーなるほど。そういう方法があるんですか。」
『急にどうしたんだ。』
「いえ、ただ真依が急に聞いてきたんで俺もなんかあるかなあって。」
『・・・・まあ、それならいい。』
そのままぶつりと切れたケータイを置いて灰原はさっさと食事の準備に戻った。
それは、本当に無邪気な好奇心だった。真依は灰原に寝かしつけられた後、ベッドの中で丸まっていた。
そうして、先ほど灰原に聞いたことを思い出す。
(あつりょく、えっと押す力。)
灰原は、例えば泥団子を作るとき、握ることで固まるだろうと例え話をした。そのことを思い出しながら、真依は自分の手を見る。
構築術式は、呪力を元にして無から有を作り出す。だが、真依が目に見えるような形になって欲しいのは呪力そのものだ。
(・・・・呪力さえあれば、どんなものだって作れる。)
真依は自分の慕う幽霊の言葉を素直に信じた。それ故に、手に力を込める。
いつもならば、これが欲しいとだけ漠然と考えるしかない術式に一つの思考を持ち込んだ。
呪力は泥、手で丸めて力を込めるように構築していく想像。
何を作るわけではない、ただのエネルギーでしかない呪力を結晶に。無を有へと転換する。
自分の手の中に硬い感触があった。真依はそれに手のひらを開ける。
暗闇になれた瞳は、手の中にある歪な形の石を見た。
わかる、呪力を認識できる彼女の目には、それが何かわかった。
真依はベッドから飛び出して、未だに灰原が起きているだろう居間の方にかけだした。
「灰原、見て!呪力の石!」
きらきらと、電灯の下で濁った紫色の石が鈍い光を放っていた。
(・・・・真依のやつ、何があったんだ?)
祐礼はそんなことを思いつつ、はてりと首をかしげた。
電話口で話した内容はどこまでも不思議な物だった。
(まあ、好奇心がうずくか。そういう年だもんな。)
ふっと、わずかに微笑んだ彼の耳に何かのうめき声が聞こえてくる。それに、祐礼は笑みを消した。凍り付くような、うつろな目で声の方を見た。
怯えた顔をした男は、鼻水と涙でぐちゃぐちゃになったそれで祐礼を見ていた。
暗くよどんだ瞳は、ぼんやりと汚いなあと眺めた。
おそらく、これから数年は特別なイベントはないだろう。いや、もちろん、祐礼の知らない何かがある可能性もある。原作のキャラクターたちの言動にも一応目を光らせていく気だ。
今回、五条たちに土蜘蛛という設定を臭わせたのは、しばらくの間目を逸らしたかったというのもある。
何よりも、いっくら謎の組織でも、ある程度設定という物は必要だろう。
目的、思想、意味。
人は、いつだって理由を求める。
殺すこと、奪うこと、憎むこと。
漠然としたものでも、意味や理由を見つければ人は思考を固定化するものだ。
存在しない、滅びた民。
何よりも、夏油の中に入っていたメロンパンが納得する程度の設定という物が欲しかったのだ。さすがに、全てが謎の組織と手を組む気にはなれないだろう。
遠い昔、この国に滅ぼされた民が、もう一度栄華を求める。それがどんなものだとしても。
なるほど、なかなかに狂ったものとしては映える命題じゃないか。
だからといって、構成員として新しくキャラクターを作ったものの、設定をある程度固めなければぼろが出ればおしまいだ。
祐礼は、そのために古着屋で着物を探したり、幼女のために洋服を探している自分についてなんとも言えない気分になる。
(・・・・じいちゃんの容態も、見とかねえと。)
もう、すっかり動揺さえも感じなくなった己の弟のことを思い出す。
ちらりと、見に行った。
時折だけ、見に行った。沈んだ顔をした彼が、それでも友人と遊ぶのを見て。暗い顔した祖父が、それでも少しだけ心持ちを取り戻した顔をしていた。
祖父は変わることなく自分のために情報を探している。弟が、雑踏の中に現し身のような自分を探すことを知っている。
祐礼はちらりと自分の目の前で芋虫のように寝っ転がるそれを見た。
それは、何でも額に縫い目のある男に接触したという呪詛師だった。
なんと言うことはない。彼は自分よりも弱く、そうして祐礼は徹底的に隠れて行動した。おかげで、その呪詛師を捕らえることも、口を割らせることも簡単だった。
痛めつけたせいで、血のにおいのするそこ。人里離れた廃屋は、まさしくホラー映画に出てきそうだ。
(なら、俺はなんだろうか。ホラー物のラスボス?思いっきり安っぽいやつ。)
「や、やめて。い、や・・・・・」
祐礼は血まみれのそれを眺めながら、ぼんやりと座った椅子を漕いでいた。
自分は、きっと地獄に落ちるだろう。
たやすく、人を殺した。命を踏みにじったこともあるし、たやすく人権というものを泥で汚したこともあった。
傷つくような心はとっくにない。
祐礼は、弟が言った言葉を思い出す。
誰かを殺すことで、自分の大事な人の命さえも軽く扱ってしまうのが恐ろしいと。
ああ、なるほど。
確かにそれは至言だったろう。
けれど、祐礼は逆だった。
誰かの命を軽んじて、天秤を動かすたびに重みに傾いだ愛しい家族への情が身を焼くのだ。
自分の地獄の果てに、あなたたちの幸福があるのなら。
自分の罪過の果てに、あなたの清廉さがあるのなら。
それでいい。
それでいいじゃないか。
だって、自分は兄だから。
兄は弟を守るものだ。もちろん、一概には言えないだろう。
それでも、自分が彼の前を歩み、全ての罪過を被るのならば。どうか、善良なる弟よ。平淡でつまらない道で退屈にあくびをして、歩んで、いつか死んでくれと切に思う。
それこそが、祐礼の罪だ。そうして、祐礼が己が己であるために歩んだ人生だ。
そうして、同時に思うのだ。
どうか、自分を悼んでいきてほしい。忘れないで欲しいと、そう、思う。
祐礼は優雅に微笑んだ。
「そんな顔をしないでください。ご安心を。」
祐礼は優雅に足を組み替えた。
「あなたのことは、ええ、それこそ。つま先から頭まで、完璧に再利用してあげますから。だから、安心して死んでくださいね?」
絶望に満ちた男の顔に、祐礼は考える。
(脹相の体はこいつを使うとして。下の彼らの体はどうしようか。ああ、そうだ。いっそ、術師と人間で器として違いがあるか調べてみようか。)
その時は、せめてとびっきりの悪党の体を使おうか。ああ、そうしよう。せめて、せめて、善人は幸福に生きて、死ぬべきだろうから。
いつの間にやら第四勢力もブラフのためにぶち込まれている。
板取の名前は漢字を間違えてるわけではありません。
術式の強さについてはどうしようかと悩んでおります。また、何かありましたらこちらにどうぞ。
https://odaibako.net/u/kaede_770
祐礼が考えているくもなんかの設定について知りたいでしょうか?小説の中ではたぶん部分的にしか出てこないので、関係ないと言えば関係ないんですが。
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知りたい
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別にいい