めちゃくちゃ堂々とあの方とか言ってるが第三勢力なんて存在しない   作:幽 

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ちょっと、間が開きましたが。本編がスタートします。

感想、いただけると嬉しいです。


家族が騙る

 

 

「悠仁、お前は人を助けろ。あと、もう一つ。頼む、あの子を、探してくれ。」

 

珍しく、呼び出された病院にて、祖父は悠仁を目の前に、絞り出すような声でそういった。あの子、が誰かなんて言われなくても理解した。

それが、彼にとって祖父からの最期の言葉になった。

 

 

「五条先生。」

「ん、何?」

 

特級呪物、両面宿儺の指を飲み込んでしまった虎杖は彼なりに地獄を選んだ。

誰かのために死ぬ地獄。戦い続けるという地獄。

それでも、彼はその地獄を選んだのだ。

虎杖は祖父の弔いを済ませて、改めて五条悟に向き合った。

祖父の言葉がある。どうせ、自分が引き返せないのならば。

そうして。

 

「あのさ、人を探す呪術ってない?」

「急だね。どうして?」

「・・・・探してる人がいるんだ。」

 

俺、双子の兄貴がいたんだ。

 

ぽつりと虎杖はかすかな記憶の中にいる、鏡の写し身のような存在を思い出す。

 

虎杖の記憶の中にある兄は、殆ど掠れて覚えていない。それでも、いたことだけは覚えている。いつだって彼はそこにいたし、いつだって自分の近くにいた。

大好きだったのだ。祖父と同じかけがえのない家族だった。

それでも、兄はある日いなくなった。それが、どんな日であったかは覚えていない。

ただ、おぼろげな記憶の中で、兄が遠のいていくのを覚えている。

何と言っていただろうか。それでも、何故か晴れやかに笑っていたことだけを、ただ覚えている。

 

 

「・・・・行方不明ね。」

「誘拐、だったらしい。」

「なんでらしいなんだよ?」

 

向かい合った伏黒恵のそれに、虎杖は目を伏せた。

 

「よくわかんねえんだ。兄貴、急に家から出て行って。それっきり。じいちゃんがトイレに行ってた数分ぐらいの間にいなくなってさ。最後に駅で見た人いたらしいんだけど。」

「誰か一緒にいたのか?」

「誰かを追いかけてたみたいで、お兄ちゃんっていいながら走って行って。それだけ。」

ずっと、探してんだ。でも、見つからなくて。

 

虎杖は祖父の後ろ姿を覚えている。ずっと、探し続け、電話がなるたびにどこか悲愴な顔をしていたのを。

虎杖だってそうだ。

双子の片割れというならば、きっと見ただけでわかるはずだ。雑踏の中に同じ顔を探していた。いるはずがないのだと、死んでいるのではないかと、そう囁く声がする。

 

(それでも。)

 

たった一人の兄弟なのだ。たった一人、離れがたい兄なのだ。もう、覚えていることなどかすかで、写真の中でしか鮮明に思い出せないけれど。かすかのなにか、暖かな何かが宿っている。

それでも、兄弟なのだ。なら、探さなくては。どんな姿になっても。どんな結末になっても、墓前でもいいからいっしょにただいまと言うのだ。

正直言って、虎杖としては呪術師になるという選択肢自体にはもちろん覚悟もあった。けれど、それと同時に兄を探す術を見つけられないかという打算も込みであった。

 

「・・・・どうかはわからないけど、僕の方でも探ってみるよ。」

 

五条は何か思うことがあるらしく口を噤み、そうして含むように言った。

 

「二人には、話しておいた方がいいね。」

「何がですか?」

 

伏黒の不思議そうな声に、五条はどこか憎々しげに言い捨てた。

 

「虫のことさ。」

 

暗闇を這い回る、忌々しい虫のことさ。

滅多にないほどに苛立ったその言葉に、伏黒は眉間に皺を寄せた。

 

 

「それじゃあ、一年生が全員集まったことだし。話をしようか。言っておくけど、これってものすごい極秘、なようで極秘じゃないことだからそこら辺は覚えといてね。」

 

教壇に立つ五条の言葉に、伏黒恵、虎杖悠仁、そうして新しく加わった釘崎野薔薇は構えを取る。

 

「極秘なのか、じゃないのかどっちだよ。」

「うーん、ここらへん少し複雑でね。まあ、あんまり表立っていうなよって話だから。そこら辺わきまえておいてくれたらいいよ。」

 

じゃあ、話をしようか。くもの話を。

 

 

 

 

「くも、というのはそうだね。呪術界隈で影響力を見せている、呪詛師の組織のことだよ。」

「じゅそし?」

「そっか、悠仁は知らないか。呪詛師は、一般人にも手を出してる悪い呪術師のことだよ。そうして、その界隈で一番に勢いがあるのが、くもって存在が率いてる組織なんだよね。そうして、全てが謎に包まれている。」

 

五条はそう言った後、懐から紫色の石を取り出した。

 

「なによ、それ。」

「呪力の結晶だよ。」

 

その言葉に、野薔薇と伏黒は目を見開いた。虎杖だけはどういう意味なのかわからないのかはてりと首をかしげている。

 

「ちょっと待ちなさいよ。これが呪力?目に見えないはずのそれがこんなふうになるわけ!?」

「・・・・呪力自体は、六眼じゃないと認識できないはずじゃあ。」

「そ、だからこそやばいの。この状態だと一般人にでも認識できるし、おまけにこれを飲み込めば、縛りよりも遙かに簡単に呪力の底上げが可能になる。これは、ある呪詛師から回収した物なんだけどね。」

そうして、これは呪術師にも出回っている。

 

五条の言葉に野薔薇と伏黒が熱心にその石を見つめる。

 

「それ本当!?」

「まあね。でも、基本的に僕の生徒はこれを持つのは禁止だよ。」

「何でよ。」

「言ったでしょう。これは、呪詛師から流れてる物だって。」

 

五条はそう言った後、目の前にあった紫の石をばきんと割った。飛び散った欠片はまるで霧散するように消えていく。

教室内にいた三人は、五条から漏れ出るかすかな、殺気と言えるそれに動きを止める。

教壇に立つその男は、変わることなくにこやかで、けれども沸き立つような憎悪を纏っている。

 

「呪詛師から流れてる物を呪術師が使ってる。この時点で、完全に秩序自体が崩れてるってこと。三人とも、これがどういう意味かわかる?」

 

とっくのとうに、呪術界隈の均衡が崩れ去ってるって事だよ。

 

その声音は、努めて明るい。けれど、冷たく吐き捨てるような空気が彼の中であふれ出るような何かを表している。

 

「だから、三人とも心にとめといて欲しいんだけど。まあ、高専内はいいけど。下手な呪術師に関しては絶対に信用しないでね。上層部はとっくにずっぶずぶだからさ。誰が敵で、誰が味方か、本当の意味でわかんないんだよね。」

くもには気をつけてね。

 

五条は冗談を歌うような気安い言葉で言ってのけた。

罠にかかったら最後、助けられるか僕にだってわからないんだからさ。そんな、朗らかであるのに、凍り付くような声に乗せて。

 

 

 

 

 

「・・・・どう思う?」

「さっきの五条先生の話?」

 

授業が終わり、少しの休憩時間中に野薔薇が口を開いた。それに、虎杖が返事をする。

 

「だってさあ、くもなんて私も聞いたことないわよ?うちのばあちゃんだってそんなこと聞いたことないし。」

「・・・・けっこう古い組織みたいだけどな。」

 

野薔薇の言葉に口を挟んだ伏黒に視線が集まる。伏黒は二人の方を見ながら口を開いた。

 

「五条先生の同期に夏油さんって人がいるんだよ。で、今は呪詛師の界隈に潜ってるらしい。昔、会ったとき同じようなことを聞いた気がする。」

「そんなに言うほど古いか?」

 

野薔薇のそれに、伏黒は肩をすくめた。

 

「知らねえよ。ただ、先生たちもそこまで詳しいことは教えたくないみたいだしな。でも、一年前にあった高専の襲撃事件には関わってる可能性はある。くそ野郎も騒いでたし。」

「くそ。情報が少なすぎる。大体、結晶化した呪力って何よ。便利そうよねえ。」

 

虎杖は二人の間で交わされる会話の内容があまりわからずに困ったように黙り込んでいる。

ただ、虎杖の思考は五条の言っていたくも、という組織のことではなかった。

 

(ゆーと。)

 

彼は二人の会話を聞き流しながら、五条に頼んでいる探索のため呪術について考えていた。

どこにいるのだろうか。

自分の兄弟、たった一人の、片割れ。

 

(みつけなきゃなあ。例え、どんなことになってても。)

 

約束だ。祖父に託された、望まれた。その願いは、虎杖の願いでもあった。

 

「・・・・虎杖。」

「ん?なに?」

 

物思いふけっていた虎杖に伏黒がおもむろに言葉をかける。うーんと、野薔薇のうめく声がした。

 

「いや、何でも無い。」

「そう?」

 

伏黒は何かを思うように言葉を飲み込んだ。虎杖はどうしたのかと首をかしげている中、伏黒はじっと虎杖の顔を見る。

 

(・・・・どこかで、会ったことがあったか?)

 

誰かわからない、ただ、伏黒は虎杖という少年の顔に奇妙な懐かしさをずっと感じていた。

 

 

 

 

 

「・・・・何、今回も収穫はなしなわけ?」

 

五条は不機嫌そうに電話口で吐き捨てた。それに、電話の向こうのしわがれた声が苦笑する。

 

『おいおい、収穫がないのはお互い様だろうに。』

 

ひょうひょうとしたその言い方に五条の眉間に皺が寄る。もしも、仮にここで彼の後輩に当たる伊地知潔高がいれば全力で逃げ出していただろう。いや、大抵の人間は機嫌の悪い五条に近づきたがらない。

ある意味で兵器に等しい彼への扱いというのはそんなものだ。が、あくまで電話の相手である黒鷲はひょうひょうと変わることなく話を続ける。

 

『元々、俺たちもそこまで情報持ってるわけじゃねえって言っただろう。そのせいでこんな協力関係築いてるんだがなあ。』

「本当に使えない。」

 

五条は憎々しげに吐き捨てる。そうすれば、すまんすまんとなんとものんきな返答がした。それののんきな声音に五条の神経は逆なでさせる。

 

「ほんとにふざけてんの?」

『ふざけちゃねえさ。ただ、めぼしいもんがねえのは事実だ。大きな動きなんざ、一年前の襲撃事件ぐらいだろう。そういや、あんたの親友は大丈夫なのか?乙骨の坊主をぶつけられてたようだが。』

 

それに五条はぶわりと殺気を纏わせて吐き捨てるように言った。

 

「後からのこのこやってきたお前がどの口で!?」

『それ以上の犠牲を、我らとて強いられていることを忘れるな。』

 

ぴしゃりと吐き捨てられた声音に、五条は思わず黙り込む。その声に含まれた何かに、思わず口を噤んだ。そうして、五条は頭をぐしゃりとかき回す。

頭を冷やすように息を吐いた。

 

「・・・・無事だ。正直言って、わざわざ傑を狙った意味もわからない。いや、それよりも、憂太をけしかけられて傑が無事であるって言う意味がわからない。」

『相手の目的が見えねえな。上層部の様子はどうだ?』

 

それに五条は憎々しげに吐き捨てた。

 

「あいつらのおかげで、ましなほうだよ。」

 

呪石の利便性に、全ての古参たちが魅入られたわけではない。基本的に、呪石を使っているのは後がない落ちぶれかけた家系や、または死んでも影響のない下っ端に使わせる家系に分かれる。

が、呪術界隈への影響力を安定して持っている家系などは、そんな怪しいものを使うことに反対している。

一番に呪石を否定しているのは加茂家だろう。彼らなりに注意喚起を行っているが、使い続けるものはある程度存在する。

幸運なことかはわからないが、加茂家などの保守派とは呪石をばらまいている相手に対しての方向性だけは一致している。

 

「・・・・まったく。その方向性はあっても、ほかに関しては全くといっていいほど合わないんだよね。憂太だって、自分たちがじり貧ってわかってんなら処刑せずに利用ぐらいすればいいのに。」

『一度固定化されちまったものを変えるのは難しいもんだからな。』

「俺が言いたいのはそういうことじゃねえんだよ。ガキの青い春ぐらい大人が邪魔する権利なんざねえだろう。」

 

憎々しげに吐き捨てたそれに、電話の奥で笑いをかみ殺したかのような声がした。

 

「何笑ってんだよ。」

『いや、いいことだと思ってなあ。』

 

五条がまた口を開こうとしたとき、黒鷲が先に声を発した。

 

『つたなくとも、自分にとっての正しさも、悪徳も考えられるようになって結構だ。』

他人に善悪の価値観なんて、曖昧な物を任せるもんじゃねえからな。

 

まるで幼い子供の成長を語るような声に、五条はまた眉間に皺を寄せる。

 

『己に均衡を保つほどの力があると理解するならば、せいぜい己の振る舞いは己で決めることだ。お前は兵器ではなく、人間なのだからな。』

「おい、何が。」

『まあ、年寄りの戯れ言だ。それじゃあ、また連絡する。』

 

そう言い放って電話はぶちりと切れる。それに、五条はスマホをにらみ付けて叫んだ。

 

「んだよ!あのくそ爺!!!」

 

出会った頃から、良くも悪くも逃げるのが得意な黒鷲は、肝心なときにするりといなくなる。定期的に報告会のようなものをしているが、互いに収穫は殆ど無い。

呪石を使った家系は徹底的に隠蔽を図るため見つからず、呪詛師を絞ろうと自分たちからの接触方法を持っていない。

 

(黒鷲、ねえ。)

 

五条は自分の持つスマホに視線を向ける。

くも、という存在を知るために関連のありそうな書物をあさっていたときのことだ。

土蜘蛛というそれは、幾つかの氏族に分かれていたらしく、それぞれに名前を持っていた。そうして、その一つの名前が黒鷲といった。

五条は山積みになった問題に頭を悩ましてため息を吐いた。

 

 

 

 

 

「よかったのか?」

「何がだ?」

 

脹相はちらりと青年を見た。どこか、ぼやけた印象を受ける青年は脹相に背を向けて、どこともしれない方向を見ている。

 

「わざわざこんな北までやってきて、何もしないのか?」

 

脹相はそう言いつつ、目の前に広がる町を見下ろした。脹相がいるのは総合病院の屋上だ。夜のせいか、さほど視界はよくない。ただ、ぽつりぽつりと確かに存在している呪霊が少なくなっているようだった。

 

「昨日、明らかに動きがあったが、本当に何もしなくて構わなかったのか?」

「・・・・ああ。あれは放っておいた方がいい。」

 

板取祐礼はそう言った後、ぼんやりと照らされた町を眺める。脹相は心ここにあらずというそれにどうしたものかと悩む。

この町にやってきてからの彼はおかしい。どこか、ふわりふわりとした雰囲気で、考え込むような仕草をする。脹相にさえも、数日だけ過ごすからと用意された廃屋に放りっぱなしで一日中を外に出たままだった。

 

「脹相。」

「なんだ?」「もう一度、この町に来る用がある。その時、またついてきてくれるか?」

「ああ。それは構わないが?」

 

その言葉に、脹相の弟はほっと息をつき、そうしてこわばっていた体から力を抜いた。そうして、口を開く。

 

「ありがとう。」

 

久方ぶりに浮かんだ笑顔に、脹相は顔を輝かせた。

 

「ああ。お兄ちゃんに任せておけ!」

 

うっきうきの声と共に脹相が胸を張るが、祐礼はひどくあっさりとした態度で彼の横を通り過ぎていく。

 

「さて、さっさとずらかるか。」

「え、あ、おい!まって、黒!」

 

ばたばたと脹相は彼の後を追って足を進めた。

 

 

 

 

 

本編のスタートする場所にわざわざ立ち寄ることにリスクがないとは思わなかった。

祐礼はとつとつと一人で町中を歩いていた。

故郷にて、己の双子の片割れの顛末を見に行ったのは、ひとえに覚悟を決めるためだった。

両面宿儺の指を食べさせるか、食べさせないか。

食べさせる以外の選択肢を、祐礼は持たなかった。元より、自分たちの生があの男によって望まれたものであるならば、虎杖が今回の騒動に関わらせないという選択肢はあれにはないだろう。

ならば、ここで下手に宿儺のそれから遠ざけるよりも、五条悟に保護させた方がまだましだ。

渋谷であったように大量に摂取させなければあそこまでのことは起きないだろう。

だからこそ、祐礼は最初の虎杖たちに対しての干渉を放棄した。

その代わり、彼は病院に向かったのだ。

そうだ、本編が始まるその日、丁度、己の祖父が死ぬ。

 

以前から調べていたため、病室は知っていた。けれど、一度たりとも、向かうことはなかった。

会うのは、別れを言うときだけだと、決めていた。

 

しんと静まりかえった病室。殺風景なそこは薬臭かった。全体を白で覆ったそこは、何故かやたらと死の臭いがした。

こつりと、床を叩く靴の音がする。窓際のベッド。そこには、一人の老人がいた。

 

(・・・・小さくなった。いや、じいちゃんが痩せて、俺がでかくなっただけか。)

 

かすかに聞こえる寝息が、その老人の命の残量を表しているようだった。そうして、祐礼は覚悟を決めて、そっと祖父を揺すり起こした。

 

「なんだあ、悠仁かあ?」

 

寝ぼけ眼の彼はゆっくりと祐礼を見上げた。それに、祐礼は淡く苦笑した。確かに、間違えられても仕方が無いだろう。成長した祐礼は、すっかり、双子の片割れとうり二つなほどに似ているのだから。

ただ、祖父はあまりにも虎杖にはらしくない、苦みの走ったそれに違和感を覚えたのだろう。眉間に皺を寄せた。

 

「じいちゃん。」

「悠仁、どうした、何かあったのか?」

 

祖父は自分の感じるそれの答えを探ろうとじっと祐礼を見た。祐礼はそれに、ゆっくりと言葉を発した。

 

「俺を探して。」

 

その言葉に、全てを察したのだろう。祖父は祐礼に縋り付くように手を伸ばした。もう、動く体力も無いのだろうベッドから降りることもできず、祐礼に手を伸ばした。

祐礼は淡く笑みを浮かべたまま、すでに死に近しい老人に言葉をかけた。

 

「じいちゃん、俺のこと、探してくれたんだね。ありがとう。俺も、会いたかったよ。」

「ゆうと、お前、今までいったいどこに・・・・・!?」

「ごめん。じいちゃん、俺、どっかにいるんだ。でも、帰れないんだ。でも、今だけはじいちゃんにお願いがあるんだ。」

 

じいちゃん、俺を探して。

 

祐礼は幾度も、幾度も、祖父に囁いた。

ありがとう、ありがとう。俺を探してくれて。だから、じいちゃん。悠仁に伝えて。俺のことを探して。

じいちゃん、大好きだよ。だから、お願いだから。じいちゃんは、じいちゃんのことを赦してあげてね。

微笑んだ彼に、祖父は体力の限界が来たのか崩れ落ちる。祐礼はそれに乗じて病室から抜け出した。

 

 

 

 

それは呪いだと、そう言われればそうだろう。

ただ、祐礼はそれに対して何の躊躇もなかった。

本編で、祖父の言葉は確かに孫の幸福を願う言葉であったのだと思う。

誰かに大切にされるように、その死を嘆かれるように生きろと、その願いはきっと全うだった。

けれど、虎杖悠仁という少年の性質か、それとももっと別の物かはわからないが、たくさんの物がそれを赦さなかった。

(だったら、悠仁。俺だけが、お前を呪うよ。)

 

無辜なる誰かの多くの死によってではなく、いなくなった兄弟に囚われて生きてくれ。

まだましだ。

どうか、利己的に生きてくれ。どうして、お前が悪いものか。お前がどうして、罪を被る必要がある。

紙面越しに見た、あの渋谷。

あの渋谷に罪があるとして、罰があるとして、それを償うべきは弟ではないはずだ。

どうか、生きてくれ。

どうか、俺を探すために、何があっても生きてくれ。

俺を引きずって、どうか、もがきながら生きてくれ。

参れもしない祖父の墓。

もしも、もしも、全部が終わって、もう大丈夫だと思ったら、その時は行こうと思う。

ごめんなさいと、謝りに。

 

(脹相にも、話してやろう。)

 

誰にも話せないだろうから、誰かに聞いて欲しいとぼんやりと考える。

脹相を、あの町に連れて行ったのは、誰かに見張っていて欲しいと思ったからだ。誰かと、いつか、故郷に帰ると約束を交わしたかった。

そんな日が、自分にやってくることなんて欠片だって信じてはいなかったけれど。

 

 

 

 

 

「申し、申し。呪いが王よ。どうぞ、その希少なる時間を割いていただきたいのですが?」

 

唐突に自分にかけられた言葉に、両面宿儺はぴくりと体を震わせた。

特級呪霊を苛立ちのままに屠った宿儺は、虎杖から主導権を奪えていることを理解した。そのままに、逃げ出したもう一人の少年の元に足を運ぼうとした。

生得領域が消え去ったその瞬間、宿儺は自分に話しかけてくるものがいた。

声のする方に視線を向けると、そこにいたのはおそらく年若い青年だ。スーツを纏い、顔に布製の面をつけたそれは、にこやかに微笑みながら宿儺を見た。

 

(気配を感じなかった、だと?)

 

少年院に張り巡らされた生得領域は、呪霊で溢れていた。それこそ、異物が入り込めば戦闘は起こっていたはずだ。

 

(いや、これは人間か?)

 

はっきりと、気配を探ろうとするとまるで霞に触れるように曖昧な印象だけが残る。

 

「何者だ?」

 

一応、そんな問いかけをしたのは、ひとえに宿儺の機嫌が良かったためだ。煩わしい小僧の拘束を脱している今はひとまずは殺さない程度に機嫌が良かったのだ。

 

「ああ、申し訳ございません。私はくもに仕える幽霊の一つにございます。かなうならば、私のことはどうぞ、黒とお呼びくだされば幸いです。」

「くも?」

「はい、あなた様よりも遙か昔、この島にて栄えていたものの末裔にございます。」

 

それに宿儺は彼の発言からして該当するだろう何かを探した。

 

「・・・・東の果てに、朝廷に逆らった民がいるとは聞いたが。」

「はい、我らが主はそれらの末裔であり、我らは仕えし影なれば。」

 

宿儺はそっと己の顎に手をやった。

それに覚えというものはなかった。

宿儺の全盛期と言える時代からは、それこそ遙か過去の存在だ。自分は知る限り、そんなものは表舞台に立っていたこともない。

だが、深く潜っていたという可能性は隠しきれない。

何が目的でそれがやってきたのか。好奇心というものが多少なりとも刺激される。

 

「今日は、宿儺様にお聞きしたいことがあり、参りました。少々、お時間をいただけないでしょうか?」

 

宿儺はそれに、ふむと息を吐いた。そうして、あっさりと言い切った。

 

「興味はあるが、死ね。」

 

たんと、それは軽やかに飛んだ。男の頭に手を伸ばし、そうして思いっきり吹っ飛ばそうとした。

が、不可思議なことが起こった。宿儺の体はまるで引っ張られるように後方に吹っ飛ばされた。

 

(跳ね返された、のか?)

「申し訳ございません。何か、ご不快なことでもありましたでしょうか?」

 

平然とそういったそれに、宿儺は顔をしかめた。

やたらと丁寧なその声音は鼻についた。

 

「貴様の話など聞く気分ではない。何よりも、人を殺すことに意味など無いだろう。」

「ああ、ああ、呪いが王よ。耳を傾ける程度の時間はありましょう。羽虫の言葉を聞くほどの余裕もありませんので?」

 

それに宿儺にとって苛立ちを煽る。だが、自分の追撃をそらして見せたそれに好奇心が煽られた。

 

「ならば、話してみるがいい。」

「・・・・はい、呪いが王よ。世界をひっくり返そうとは思いませんか?」

「なに?」

「ただ、人を殺すのは楽しくございません。例えば、無抵抗な虫を殺すのもよろしいやもしれませんが。強者とひりつくような呪いあいも、それはそれは好ましいのでは?」

 

歌うような声音と共に、それはそっと宿儺に対して手を差し出した。

 

「強者?五条悟のような、か?」

「はい。詳しい情報については言えませんが、我らは人をさらに強くする算段を立てております。呪いが、さらに世界に溢れましょう。憎しみが、怒りが、苦しみが。弱者は嘆き、強者は笑う。」

 

その箱庭で遊ぶのは、さぞかし楽しいと存じます。

呪いが王よ。

黒は朗らかに笑って、宿儺にお辞儀をした。丁寧に腰を折り、片足を後方に引いた。

 

「指についてはこちらで集めましょう。ですので、準備が整うまで眠っていただければ幸いです。」

「ほう、俺に黙っておけと?」

「王とは、お膳を整えてから宴に呼ぶものかと。」

「それで、貴様に何の得があると?」

「さあ、特別には。」

 

それは、あんまりにも朗らかな声で言い放った。宿儺は男の方に視線を向けた。

変わることなく綿で覆われた顔は表情は見えない。けれど、その声だけはやたらと明るかった。

 

「興味がございません、どうでもよいのです。主が望みを叶えんとするが、王になりますれば。」

 

朗らかに、それはあくまで軽やかに言って見せた。心の底からどうでもいいというように。

 

(嘘、ではないのか。)

 

その、空虚な無関心さはまるで空洞に響く風音のように寒々しい。その温度のなさが、奇妙な無関心さを確かに表していた。

別段、男の言葉に興味は無かった。けれど、その男が発する奇妙な空気、そうして、自分を跳ね返した力。

それへの好奇心は確かに存在していた。

 

 

 

 

(かかれ、かかれよ!!)

 

押し殺した鉄仮面の奥で、祐礼は宿儺が頷くのを待っていた。

 

(賭けだ。そうだ、それこそ、でかい賭けだ。)

 

少年院の事件で、わざわざ虎杖と宿儺の交代を黙認したのはひとえに接触の場を欲したためだ。

宿儺にとって、祐礼の考えた設定はそれ相応に興味を引くはずだ。

知らない何か、いるかもしれない強者。

 

(カードを切れ、交渉の糸口を探れ。)

 

幸いなことに、祐礼の術式を使えば、攻撃に当たることはそうそうない。

祐礼は口を開いて、さらに言葉をたたみかけようとしたその時だ。

宿儺が、ある方向に視線を向けた。そうして、にかりと笑った。

 

「お前の話は後にしよう。その前にすることがある。」

 

そう言い放つと同時に、宿儺が消えた。祐礼はそれを見送り、そうして察する。

 

「伏黒のやつ、入ってきたのか!?」

 

(強い。)

 

宙を舞う伏黒をみて祐礼が思ったのはそれだけだ。さすがは呪いの王。下手なポテンシャルだけでも目を見張る。

 

(けどな。)

 

祐礼は少年院に吹っ飛んでくる伏黒の重力を反転させる。それによって、落ちていく彼は一瞬だけ浮かび上がる。それに、術式を解除すれば彼はそのまま落ちてくる。

勢いを殺された伏黒を鵺がなんとか支えながら降り立った。

 

「・・・・あんたは。」

「お前は逃げなさい。ここは。」

「ほう、お前、それの味方をするのか?」

 

祐礼が伏黒を逃がす前に、宿儺は一気に距離を詰める。祐礼はそれに息を吐いて、向かいあう。

 

「・・・・これは、まだ生かしておいた方がよろしいかと。」

「俺に指図をすると?」

「そのようなことは!」

「おい、あんた、どけ。」

 

伏黒は一瞬の混乱の隙に構えをとる。彼から発せられる何かに、祐礼の体が震えた。そうして、宿儺の嬉しげな絶叫が響き渡る。

 

(狂った!くそが!)

 

祐礼は宿儺を丸め込み、穏便にことを進めようと考えていた。心臓をえぐられようと、祐礼ならばなんとかなる。

 

(筋書きと同じか!)

 

それに祐礼は覚悟を決める。できるだけ、宿儺の神経を逆撫でることだけはしたくなかった。だが、仕方が無い。

祐礼は宿儺に向かって飛びかかる。もちろん、宿儺はそれに応戦する形で拳を振うが、それを祐礼は反射する。その勢いのままに吹っ飛んだ彼を祐礼は追う。

 

(反転術式、順転!)

 

祐礼の術式は物事を反転させる。それをさらに反転させた場合どうなるか。

答えは、対象の起点を更に順転させる。

肉体の力を、呪力を、1の力をもう一つ先に進める。

祐礼はそれによって更に強化した身体能力を使い、宿儺に飛びついた。

そうして、彼の体を触る。

 

「逆言葉・れども。」

 

言葉を発して、虎杖の現状をひっくり返す。

表と、裏。

それを悉くひっくり返す。宿儺が祐礼を睨んだ。それを、恐ろしいとは思わない。ただの殺意程度ならどれほど畏れる必要があるのかと。

祐礼と虎杖は兄弟なのだ。それこそ、血の繋がった同じ腹から生まれた自分たち。斬ることのできない、たった一人の兄弟よ!

ならば、干渉がどれほどまでに簡単なのかわかりきったことだろう。

 

「き、さま。」

「呪いの王よ。どうぞ、お眠りを。全ては滞りなく、我らが主もそう望まれておりますので。」

柔らかな声を出すと同時に、虎杖自身が眼を覚ます。

 

「・・・・誰?」

 

掠れた声がした。自分とうり二つの顔が自分を見ていた。

それに、喉の奥から何かがほとばしりそうになる。

ああ、だって。例え、偽りなのかもしれない。自分というのは異物なのだろう。けれど、それでも、たった一人だけ残った家族だ。

もう一人の家族は、散々に親不孝をしてしまったけれど。それでも、お前だけは。お前だけは、どんな犠牲を払おうと守ると誓った。

祐礼の地獄は、その少年のためにあるのだから。

何かを言いたかった。何か、逃げていいとでも吐きたかった。けれど、そんなことは言えないから。だから、祐礼はそっとその額に触れた。

 

「眠りなさい。なしたこと、なさなかったこと、報いはきっと来るはずだ。」

 

術式のせいで無理矢理に表と裏をひっくり返したせいか、彼はそのまま気を失う。

 

(大丈夫だ、まだ、まだ。間に合う。ならば。)

 

祐礼は振り返る、そうして自分に近づいてくる伏黒が見えた。

 

「伏黒恵様、一つだけ、取引をいたしませんか?」

 

まだ、自分はちゃんと笑えているだろうかとそんなことを考えた。

 

 

「・・・・つまり、何も覚えてないわけ?」

 

五条を目の前にして、虎杖と伏黒は塩をかけられた青菜のようにしぼんでいる。

 

「・・・・俺も、誰かに会った気がするんだけど。さっぱりで。」

「俺も、誰かに助けられた気はするんですが。誰か、覚えていなくて。」

 

その言葉に、五条はゆっくりと目を細めた。

彼らがいるのは高専の一室だ。後に回収された二人は、気を失っており、外傷も見受けられなかった。

そうして、伏黒の発言だ。

宿儺と戦闘があり、そうして虎杖の心臓は抉り取られたが、何故か傷が治っている。

 

(あいつか?)

 

心臓を抉り取られた虎杖を救えるほどの実力を持っているような存在に、五条は覚えがない。黒鷲の線も考えたが、わざわざ彼らの記憶を消す意味も無い。宿儺もそれをする理由が見当たらない。

そうして、唯一考えられるのなんて。

 

(・・・・宿儺の器にくもも気づいたのか?いや、だとしてなぜ連れて行かなかった?)

 

縛りを結んだことを察して、五条はぴりぴりとした空気を出す。

散々に、均衡も秩序も崩れかけているというのに、未だに現状を理解していないのか。

 

「・・・・悠仁。本格的に修行しようか。」

「え、つけてくれんの!?」

 

ウキウキとした虎杖の声を聞きながら、五条は完全に後手に回っている自分たちの現状を鑑みて、上層部への殴り込みを考えた。

 




https://odaibako.net/u/kaede_770
また、何かありましたらこちらまで。

祐礼が考えているくもなんかの設定について知りたいでしょうか?小説の中ではたぶん部分的にしか出てこないので、関係ないと言えば関係ないんですが。

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