part A
僕、吉井明久はいつものように生活指導室に来ていた。
もちろん鉄人の指導を受けるためだ。
雄二やムッツリーニも同罪のはずなのに僕を生贄にしてさっさと逃げてしまった。
そのせいで僕はあいつらの分まで怒られている。
この恨みは忘れない。いつか絶対に復讐してやる……。
「分かったな? じゃあ今日はもう帰ってよろしい」
鉄人が僕にそう告げ、ようやく説教の時間が終わった。
やれやれ……やっと帰れる。
今回はいつもの倍くらい叱られたな。
まぁいつも通りほとんど聞き流してたけどね。
さて、外はもうだいぶ暗くなってるな。さっさと帰るとしよう。
いつまでも残っていたらまた余計な用を言いつけられそうだ。
僕は鞄を手に取り、生活指導室を出ようとした。
「あー吉井。ちょっと待て」
扉閉めようとした僕を鉄人が呼び止めた。
くそっ……さっさと帰ればよかった。
このまま扉を閉めて逃げるか……?
……いや。やめておこう。
今逃げても明日この件で捕まるだろうし。
どうせまた面倒な用事を言いつけるつもりだろうけど、仕方ない。
大人しく話しを聞いておくか。
「へーい?」
僕はめんどくさそうに声を出しながら振り向いた。
「お前、島田の家は知っているか?」
なんで鉄人はこんな事を聞いてくるんだろう?
確かに美波の家は勉強会で行ったこともあるから場所は分かる。
「一応知ってますけど……」
と答えると、
「じゃあ帰りに立ち寄ってこの課題を島田に届けてこい。先生達はちょっと手が離せないんでな」
鉄人はそう言いながら一枚のプリントを手渡した。
美波の家は僕の帰り道とは違う方向だけど……。
他に特に断る理由は無いし。まぁいいか。
どうせ鉄人のことだから断っても無理に押しつけてくるだろうし。
「へーい」
僕はプリントを受け取り、鞄に入れた。
美波はこの二日間、学校を休んでいる。
鉄人の話しでは風邪を引いて寝込んでいるそうだ。
つまり僕の任務は休んでいる美波に課題のプリントを届けることだ。
それにしてもいつも健康的な美波が風邪とは珍しい。
珍しいが、そのおかげで僕はこの二日間、追い回されることのない平穏な日を送っている。
ただ……この平穏な日々に僕は何か物足りなさと言うか、寂しさを感じていた。
一応Fクラスを覗いてみよう。
誰か残っていれば道連れにしてやる。
しかしFクラスの扉を開けると、そこはもぬけの殻だった。
雄二達は帰ったのか。チッ……薄情な奴らめ。
仕方ない。一人で行ってくるか。
☆
えーと、美波の家は……こっちか。
僕は商店街を通り、美波の家に向かった。
いつも買い物をしている見慣れた商店街。
遅くなっちゃったけど、夕飯どうするかな。
姉さんは帰りが遅くなるって言ってたし、僕一人か。
そういえばお腹空いたなぁ……。
簡単なものにしようかな……。
ぼんやりと夕飯の献立を考えながら歩いていると、いつかのファンシーショップが見えてきた。
そしてその前を通りかかると、急に去年の記憶が蘇ってきた。
そういえばこの店で初めて葉月ちゃんに会ったんだっけ。
葉月ちゃんはお姉ちゃんに元気になってほしくてぬいぐるみを欲しがっていて。
僕はそれを手伝ってあげて。
でもそれはつまり美波に買ってあげた事になって……。
そんなことを考えながら歩いていたら、いつの間にか美波の家の前まで来ていた。
そういえば美波の両親って共働きでいつも留守にしてるって言ってたよな……。
ということは美波は今一人で家にいるんだろうか?
あれ? な、なんでドキドキしてくるんだろう……。
落ち着け。僕。
と、とりあえずインターホンを押してみよう。
ピンポーン
うわわ……ドキドキが増していく……。
「はーい?」
カメラ付きのインターホンから女性の声が聞こえた。美波の声じゃない。葉月ちゃんでもない。
ということは……美波のお母さんかな?
「あ、あの、えっと、僕、美波……さんのクラスメイトで――――」
インターホンに向かってここまで言ったところで僕の言葉は美波のお母さん(と思しき人)の声に遮られた。
「あー! あなた吉井君ね? ちょっと待ってね」
ほぇ? なんで僕のことを知ってるんだ?
初めて会うはずだけど……。
扉が開くと、美波に似たスレンダーの女性が笑顔を見せながら出てきた。
「え、えっと、はじめまして。僕、美波さんのクラスメイトで吉井明久といいます」
「美波の母です。こちらこそよろしくね、吉井君。今日は美波のお見舞いに来てくれたの? さあ上がって」
「え? あ、は、はい……」
しどろもどろになっていたら家に上がることになってしまった。
プリントを渡すだけのつもりだったのに……。
まぁいいか……。
渡したらすぐ帰るとしよう。