────── 夢を見た ──────
『……ウチはドイツで暮らす』
『そんなの寂しいよ……』
『……全然寂しくなんてないわ』
あれ? このやりとりは……いつかの?
美波がドイツに……?
『待ってよ美波……』
美波のいない毎日……。
『行かないでよ……』
そんなの……寂しいよ……。
……………………寂しいよ……。
・
・
・
「っ──!」
目が覚めた。
体を起こして周りを確認する。
病室のベッドの上だ。
夢……か。
はぁ……。なんて気分の悪い目覚めだ。
目が覚めた今でもはっきり覚えている。
あれは確か肝試しの時の……。
どうしてこんな夢を……。
……
美波がドイツに……。
またあの感じだ……。
なんなんだ。このモヤモヤした感じは……。
……
僕は……。僕は……美波に────
「アキっ!!」
美波の声?
なんだ、僕はまだ夢を見ているのか。
こんな夢はごめんだ。さっさと覚めてくれ。
「アキーーーーっ!!」
悲鳴のような声と共に、体に何かがのしかかる感じを受けた。
え? 夢じゃない?
胸元を見ると綺麗なポニーテールとリボンが見えた。
あぁ、美波だ。良かった……。美波はいなくなったりしてない……。
ちゃんとここに────?
って! 美波!? なんで美波がここに!?
「アキ! アキっ! アキぃっ!!」
「ちょっ、美波!? えっ!?」
なんだ!? 何が起こっているんだ?
なんで美波は僕に抱きついているんだ?
どうして美波は僕の胸に顔を押し付けて泣いているんだ?
「美波、落ち着いて。どうしたの?」
「それはこっちの台詞よ! なんでアンタ……こんな所に……いるのよっ……!」
僕の胸に顔を埋めて泣きながら声を絞り出す美波。
そうか。美波は昨日も休んでいたから僕が入院したことを知らなかったのか。
「ごめん。伝えてなかったね。一昨日の帰りにちょっと交通事故に遭っちゃってさ。でも大したことないから大丈夫だよ」
「その格好で……どうして大したことないなんて……言えるのよっ……!」
あー。
頭に包帯。左足にはギプス。
なるほど、大したことないようには見えないね。
「美波、心配かけてごめんね」
「心配したわよっ! アキのバカっ! バカバカっ!」
美波が顔をぐりぐりと押しつけながら僕をバカにする。
なんだろう。罵倒されているのに、なぜか心地良い。
あんな夢の後だからだろうか。
「美波も風邪治ったんだね。良かった」
「うん……アキが看病してくれたから……」
まだ涙声の美波が僕の胸の中で答える。
この『看病』という言葉で、僕は昨日のことを思い出した。
美波の部屋の写真のことを。
そうだ……あの時、決めたんだ。
僕は美波に謝らないといけない。
「美波、聞いて。僕は────」
「あら? 美波さんですか?」
姉さん……なんというタイミングで来るんだ……。
ハッ! この状況はまずい!
美波はまだ僕に抱きついたままだ!
「……アキくんは何をしているのですか?」
い、いけない。姉さんが攻撃態勢だ。何か言い訳を……!
「え、えっと、これはね、姉さん……」
……
ダ、ダメだっ! 何も思いつかない!
どう考えてもこの状況を説明できそうにない!
「こ、これはウチが勝手にしたことなんです! アキは悪くないんです!」
僕が言い訳を諦めかけた時、美波はぱっと離れて姉さんに言った。
涙で頬がびしょ濡れだよ美波……。
それに自慢のポニーテールもあんなに乱れて……。
「美波さん? 泣いているのですか? まさかアキくん……」
冷たい汗が出た。姉さんの氷のような視線が痛い。
「ち、違うんです! これはアキが無事だったから嬉しくて……すごく嬉しくて……!」
袖で涙を拭いながら姉さんに理由を説明する美波。
そんなに心配してくれたのか。こんな僕を……。
美波の言葉を聞くと、姉さんの顔は氷の女王のような表情から温かい笑顔に変わった。
「美波さん、うちのバカでブサイクで甲斐性なしのアキくんをそんなに想っていただいて、ありがとうございます」
「アキは確かにバカでブサイクで甲斐性なしだけど……。優しくて……温かくて……だから……ウチは……その……」
美波の声はだんだん小さくなって最後の方は聞き取れなかった。
分かってはいたけど、やっぱり僕はバカでブサイクで甲斐性なしらしい。
いいんだ……自分でも分かっているさ……。
「ところで美波さん。風邪で休んでいたと聞いていますが、もう大丈夫なのですか?」
「あ、はい。アキが看病してくれたから……」
「アキくんが……ですか?」
またもピンチが訪れた。
姉さんが再び僕に視線を移し、睨みながら言う。
「アキくん。交通事故に遭った日の事を話していただけますか?」
もうごまかせそうにない。
ここで正直に言わなかったら何をされるか分からない。
仕方ない。正直に答えよう……。
「姉さんごめん……実は一昨日、美波の家に学校の課題を届けに行ったんだ。色々事情があって美波の看病をすることになってさ……。その帰りに事故に遭ったんだ」
「アキ……ウチのためにごめんね……」
「美波のせいじゃないよ。僕が不注意だっただけさ」
って、なんだ?
いつもの美波じゃないぞ?
まだ風邪の影響が残ってるのか?
「そういうことでしたか……。まったくアキくんは……しょうのない子ですね」
え? それだけ? 怒らないの?
女の子の家に行っていたなんて知ったらお仕置きは当然だと思ってたのに。
「美波さん、今日は学校はどうされたのですか?」
拍子抜けしていると、姉さんが当然の質問を投げ掛けた。
そういえばとっくに授業が始まっている時間だ。
それに美波は制服姿じゃないか。
「あ……。その……今日は……」
Fクラスの中でも授業を真面目に受けているのは姫路さんと美波くらいだ。
その真面目な美波が授業を抜け出したのか?
「玲さん! 今日はウチにアキの看護をさせてください! お願いします!」
突然の美波の申し出。
あまりに突然のことで、僕は何も反応できなかった。
「お気持ちは嬉しいのですが……高校生の本分は勉強です。学業を疎かにしてはいけませんよ?」
「勉強は追いつきます! 風邪で休んでいた分も含めて!」
「ですが────」
「お願いします!!」
美波の強い意思が感じ取れる強い言葉。
美波は大きな吊り目を更に吊り上げて姉さんを見つめる。
姉さんもそれに負けじと真剣な顔を美波に向ける。
えっと……僕の意思は?
「「…………」」
姉さんと美波が無言で睨み合うこと数秒。
しばらくの沈黙の後、姉さんは微笑んで答えた。
「分かりました。それでは今日のところは美波さんにお任せします」
「はいっ! ウチ、頑張ります!」
「ですがアキくん、美波さんに不純異性行為を働いたら……その時は分かっていますね?」
「は、はひ……」
「それではアキくん、姉さんは仕事に行ってきます。美波さん、後を頼みますね」
「はいっ! 任せてくださいっ!」
元気に返事をする美波。
やけに張り切っているようだ。
姉さんは鞄を肩に掛けると、軽く手を振って部屋を出て行った。
何か妙なことになっちゃったな。
それにしても美波は学校をサボったりして大丈夫なんだろうか。
「ねぇ美波」
「何?」
「今日、学校には行かなかったの?」
「……行ったわよ。行ってすぐに布施先生と西村先生が話しているのを聞いちゃったのよ」