バカとウチと本当の気持ち   作:mos

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part I

 皆が帰り、僕は病室へ戻ってきた。

 美波はまだ寝ているみたいだ。

 

 僕もちょっと休むかな……。

 

 椅子に腰かけると、ギッと音がした。

 

「ん……あれ? ウチ……」

 

 どうやら今の音で美波が目を覚ましたようだ。

 

「ん、目が覚めた?」

「あっ! ウチ、寝ちゃってた!?」

「きっと疲れてたんだね。病み上がりなのに無理するからだよ」

「ごめんねアキ……ベッド取っちゃって……」

「いや、構わないよ」

 

 美波が申し分けなさそうにベッドから降りようとする。

 僕は素朴な疑問を投げ掛けた。

 

「でもなんでシーツなんか抱えて……?」

 

 僕の質問を聞くと、美波はベッドに腰かけた状態で動きを止めた。

 そして何かを言いたそうに口を開こうとしては躊躇(ためら)い、口を(つぐ)んだ。

 何度かそんなことを繰り返し、ようやく出した美波の言葉に僕は戸惑った。

 

「ウ、ウチ、シーツを取り替えようとして……そしたらアキの匂いがして……それで……その……」

「え?」

 

 この一言しか出なかった。

 

 匂いを嗅いでいたら寝てしまったということか? そんなに僕の匂いっていいのか……?

 でもそれって……す、好きな人に対する行動みたいじゃないか……。

 

 !……そうだ。話すなら今だ。

 

 僕の写真のこと。

 美波が僕をどう思っているのか。

 

 それから僕は謝らなくちゃいけない。

 僕のことを好きなんだとしたら、その気持ちに気付かなかったことを。

 それに気付かずにDクラスの挑発に美波を利用したことを。

 

「美波」

「な、何?」

 

 心を決めて話しかけると、美波は頬を赤く染めて狼狽(うろた)えていた。

 

 まずDクラスとの件を謝ろう。

 雄二の立てた作戦とはいえ、僕は美波の気持ちを考えずに作戦を進めたんだ……。

 

「強化合宿の後にさ、Dクラスを挑発したことがあったよね」

「えっ……? あ……うん。そうね。どうしたのよ突然」

「あの時、美波を利用してしまって……本当にごめん!」

 

 僕は椅子に座ったまま深々と頭を下げた。

 

 もし美波が僕を好きなんだとしたら……。

 恋人のフリをしてくれなんて……最低だ……。

 

「そ、そんな、ウチは別になんとも……それにあれは仕方なかったじゃない。他に方法なんて────」

「違うんだ……! 僕は美波の気持ちを考えてなかったんだ。やっぱり別の方法を考えるべきだった。だから……本当にごめん」

「……」

 

 美波は沈んだ表情で俯き、黙り込んでしまった。

 

「それから、美波の部屋にあった僕の写真なんだけど……」

 

 僕の言葉に美波がビクッと体を震わせた。

 

 美波の気持ちを聞いて……。

 もしそうならもう一度、しっかり謝るんだ。

 

「あれって、もしかして美波は僕のこと────」

「ア、アキっ! 今からウチの本当の気持ちを言うから聞いて!」

「へっ? う、うん」

 

 美波が立ち上がって声を張り上げる。

 僕は言葉を遮られ、その声に気圧(けお)されて思わず頷いた。

 そして美波は大きく息を吸うと、一息でまくし立てた。

 

「ウチにとってアキは……! 自然に話しができて! 一緒に遊んでいると楽しくって! たまに見せる……優しさがとっても温かい! ……とても……とっても魅力的な男の子なの!」

 

 

 ────────── 時が凍りついた。

 

 

 え……?

 

 この台詞は……Dクラスとの交渉で僕が清水さんに言った言葉にそっくりだ。

 

 な、なんで美波がこの台詞を知っているんだ!?

 清水さんに聞いたのか!?

 いや、清水さんは僕を徹底的に嫌っている。

 僕の言葉を美波に伝えるなんてあり得ない。

 

「う……あぅ……」

 

 僕は言葉にならない声を発した。

 

 は、恥ずかしい! 穴があったら入りたい!

 

 美波は僕のあの時の台詞を知っていた。

 何故? どうして? 雄二たちの仕業か?

 

 混乱する僕に美波は言葉を続けた。

 

「Dクラスとの試召戦争の後、教室の前で聞いちゃったの。アキの気持ち……。嬉しかった……ウチのこと女の子として見てくれてて……魅力的だって、言ってくれて……。でも本当はアキは瑞希の方が好きなんじゃないかって……そう思ったら怖くて言えなかった」

 

 目を逸らし、辛そうな表情で言葉を(つむ)ぐ美波。

 だが次の言葉はそれまでの沈んだ声とはまるで違う、叫びに近い声だった。

 

「でも! アキが写真を見た時に決めたの! アキが瑞希を好きでも構わない! ウチは自分の気持ちを伝える! だから聞いて!」

 

 真正面から真剣に見つめられ、その猛烈な勢いに僕は座ったまま何も反応することができなかった。

 そして美波は再び大きく息を吸い、ある意味僕の恐れていた言葉を放った。

 

「ウ、ウチは──! ア、アキのことが────すっ、す、好き! 好きなの!」

 

 それは躊躇(ためら)うような、それでいてはっきりとした口調で。

 

「でっ、でも……! アキが……瑞希がいいって言うなら…………ウチは……友達として……応援……する……」

 

 美波の声は先程の勢いが嘘のように沈んだ声に戻り、目を強く瞑ってぽろぽろと涙を溢しはじめた。

 

 信じられないことだった。

 けど、他の誰かへ向けられたものでも、からかわれているわけでもない。

 バカな僕だってこれくらいは分かる。

 細い体を震わせ、涙ながらに放ったこの言葉が嘘であるはずがない。

 

 僕は告白を受けている。

 正真正銘、僕に対しての告白を。

 

 期待していなかったと言えば嘘になる。

 だが反面、恐れていた。

 

 それは今までの美波に対する接し方に後ろめたさがあったから。

 だからこそ、謝ろうとしていたはずだった。

 けど、今僕はどう言葉を掛ければいいのか見当もつかない。

 

 僕は聞いたことを後悔した。

 

 確かに美波の言う通り、僕は姫路さんのことも好きだ。

 でもこの数日間で感じた美波に対する気持ちは、姫路さんへの気持ちとは違うような気がする。

 

 ── 僕にとって美波は、ありのままの自分で話しができて、一緒に遊んでいると楽しくて、たまに見せるちょっとした仕草が可愛い、とても魅力的な……女の子だよ ──

 

 あの時、清水さんに言ったのは紛れも無く嘘偽りのない僕の本心だ。

 僕は美波と一緒にいるのが楽しいんだ。

 

 でもこの通り、僕は何の取り得もなくてバカでブサイクで甲斐性なしだ。

 こんな僕が美波を幸せにできるのだろうか?

 それに僕の姫路さんに対する気持ちはどうなんだろうか?

 

 想いを告げられて、はじめて気付いた。

 僕はまだ美波の気持ちを受け止める覚悟ができていなかったんだ……。

 

「美波……僕は────」

「答えなくていい……」

 

 美波が僕の言葉を遮った。

 

「やっぱり怖いから……答えなくていい……」

 

 美波は小刻みに震えながら涙を流す。

 

 唇を噛み締め、あんなに小さくなりながら震えている。

 きっと、ありったけの勇気を振り絞った告白だったのだろう。

 そんな美波に僕は答えることができないのか……。

 

 僕は立ち上がり、美波の華奢(きゃしゃ)な体をぐっと引き寄せ、抱き締めた。

 美波は僕の胸に顔を埋めて涙を流し続けた。

 

 ごめん美波……今は答えられない……。

 

 でも……。考える。

 

 僕は美波を想いを受け止められるのか。僕は姫路さんをどう思っているのか。

 僕の頭でも時間をかけて考え続ければきっと答えも出るはずだ。

 いや、出さなきゃいけない。

 

 だから……今は時間がほしい。

 

「美波。よく聞いてほしい」

「……うん」

「僕は今、答えを持っていないんだ。だから……時間がほしい。自分の気持ちを整理する時間がほしい」

「……」

 

 美波は返事をしない。僕は構わず続けた。

 

「必ず答えを出すから! だから……待っててほしい」

 

 僕の言葉の後、美波の震えは止まった。

 

「……うん……分かった。待ってる」

 

 美波はそう言い、僕の胸の中で顔を上げた。

 大きな吊り目には沢山の涙を溜めていた。

 そして美波は背伸びをし、僕の唇に自分の唇を押し当てた。

 

「待ってる」

 

 美波はそう繰り返すと僕から離れ、鞄を手に部屋から走り去って行った。

 

 

 僕は病室の窓から道路を走っていく美波を見送った。

 

 

 きっと答えを出すから────

 

 

 そう心に誓いながら。

 

 

             ☆

 

 

 

 翌日、僕は退院した。

 頭の包帯は取れたものの、まだギプスは取れない。

 

 Fクラスは相変わらずだ。

 美波がいて、姫路さんがいて、雄二や秀吉、ムッツリーニがいる。

 

 いつもの皆。いつものFクラス。

 

 走り回れない僕はギプスと松葉杖を使った逃走術を編み出した。

 そして僕はいつものように美波に関節技を極められている。

 

 ……でも……前と少し変わったことがある。

 

 美波の技は前より痛くなくなった。

 それに技をかけている時に笑顔を見せるようになった。

 僕はこの笑顔が好きだ。

 

 

 

 必ず応えを出すから────

 




物語は続きます
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