「………………………………」
僕、吉井明久は故あって地に伏している。
ベッドに入ってから三十分。
僕の理性にも耐性ができていた。
だが僕は眠れなかった。
ちなみにその理由はアレだ。
「すぅ……すぅ……」
可愛らしい女神は怪獣へと変貌し、僕を地の底へと陥れた。
葉月ちゃんはとても寝相が悪かったのだ。
僕はベッドから蹴り出され、床で寝る羽目になってしまった。
う~……さすがに寒いな……。
って、そうか。葉月ちゃんも寝入ったようだし、今のうちに運んでしまおう。
起き上がってベッドの上を見ると、葉月ちゃんの無邪気な寝顔が目に入った。
やれやれ……気持ち良さそうに寝ているな。
……
寝入ったら運んでやろうと思ったけど……。
動かすのも可哀想なくらい可愛い寝顔だ。
仕方ない。僕はリビングのソファで寝させてもらうか。
☆
部屋で見つけた毛布を手に僕はリビングに来た。
それじゃおやすみなさ────
ガチャッ
「!!?」 ←声にならない驚き
ソファに横になった瞬間、リビングの扉が開いた。
意表を突かれた僕は思わず跳ね起きてしまった。
あぁ……美波か。びっくりした。
美波は大きなキツネのぬいぐるみを抱え、僕と同じ驚きの表情を見せている。
……なんでぬいぐるみなんか抱えてるんだろう?
「美波? どうしたの?」
「ア、アンタこそどうしたのよ。こんな所で……」
少し怯えたような顔で美波が質問を返す。
うん。至極当然の疑問だね。なんて答えよう。
もし葉月ちゃんに蹴り出されたなんて言えば、美波のことだから葉月ちゃんを叱るよね。
葉月ちゃんも悪気は無いだろうし……これは黙っておくかな。
でも、じゃあなんて言おう? ゴキブリが出たからとでも言うか?
……女の子じゃあるまいし、そんなかっこ悪い理由言えるわけがない。
じゃあ幽霊が出たと……ダメだ。美波が大騒ぎしてしまう。
う~ん……。
そうか、誤魔化したところで葉月ちゃんがお父さんの部屋で寝てるのはバレちゃうか。
やっぱりそのままを伝えるしかないか……。
「アキ……?」
「あ、うん。えっと……ちょっと葉月ちゃんにベッドを譲ってあげてね。だから僕はここで寝させてもらおうかと思ってさ」
葉月ちゃんに蹴り出されたことは伏せておいた。
これで少しでも美波の怒りが軽減してくれるといいんだけど。
「やっぱりあの子アキの所に行ったのね。どうりで部屋にいないと思ったわ」
「……ん? 葉月ちゃんの部屋に?」
「えっ? あ……そっ、そうじゃなくてね! 葉月寝たかなって思って様子を見に行ったのよ! べべ別に一緒に寝ようなんて思ったわけじゃなくて……そうじゃなくて……」
「えっと……美波? 墓穴掘ってるよ?」
「っ──!」
恥ずかしくなったのか、美波はぬいぐるみで口元を隠すような仕草をする。
やっぱり恐くなって一人で寝られなかったんだな。
それで葉月ちゃんの部屋に行ったらいなくて、ここに探しに来たというわけか。
「やっぱり恐かったんだね。あんなに無理して見るからだよ」
僕の言葉に美波は更に恥ずかしそうにして、ぬいぐるみを強く抱き締めた。
美波のこういう仕草は女の子らしくて可愛いな……。
でもちょっと目に涙を溜めているみたいだ。
これ以上は言わないでおくか。
「じゃあ葉月ちゃんと一緒に寝る? 葉月ちゃんならお父さんの部屋でよく寝てるよ」
「…………」
僕の提案に返事は無かった。
返事の代わりに無言のままこっちへ歩いてきて、僕の横で立ち止まった。
「美波?」
美波は僕の呼び掛けに答えなかった。
そして何も言わずにちょこんとソファに腰掛けると、こんなことを言ってきた。
「ウチ、ここがいい」
へ?
「「…………」」
「えぇっ!? っちょ! ちょっと待って! それはまずいよ!」
「何がまずいのよ」
「い、いや何がって……その……と、とにかくまずいんだ!」
何がって、僕の鼓動とか理性とかいろいろまずい!
葉月ちゃんよりもっとまずい!
僕は逃れようとソファの上を後ずさりした。
でも美波は端まで逃げた僕を追ってきて……。
「どうして逃げるのよ」
「い、いや! だってさ! こっ、こんなのダメだよ!」
「……」
美波が急に黙り込んで俯いてしまった。
し、しまった! 何かマズイこと言っちゃったか!?
と思っていたら────
「ウチが傍いたら……イヤ?」
そう言って再び上げた顔に僕は衝撃を受けた。
かっ…………可愛い……。
「い、イヤじゃ……ない……けど……」
こう答えるのが精一杯だった。
涙目で見上げるのは反則だよ……。
「じゃあウチはここで寝る」
「うぅっ……」
僕が緊張で硬直していると美波は肩を寄せてきて、毛布を僕と自分にかぶせた。
て、抵抗できない……どどどうしよう!
何か……! 何か理由を付けて部屋に戻ってもらうんだ!
考えるんだ……!
だが美波はそんな僕の思考を邪魔するかのように耳元で囁いてきた。
「アキ……」
「は、はいっ!」
「枕になりなさい」
「僕は抱き枕の代わりなのっ!?」
……
ちょ、ちょっと待てっ! 僕の発言は更にまずい状況を作っているんじゃないか!?
美波は『抱き』枕とは言ってないじゃないか!
これじゃ僕が抱き枕にされたいなんて思ってると勘違いされ────
「冗談よ。ふふ……アキの反応って本当に面白いわ」
美波が微笑んで、いたずらな表情を見せる。
「な、なんだ冗談か……」
この状況でからかわれているのか僕は……。
あ、そうか。じゃあここで寝るというのも冗談なんだね。
なぁんだ、そうか。そうに決まって────
「アキ」
「こっ、今度は何!?」
「ウチのわがまま聞いてくれて……ありがと」
「え……? いや……まぁ……うん……」
今度はとても優しい目をしてそう言うと、美波は僕の肩に頭をもたれ掛けて目を閉じた。
寝る体制だ。
────って!
ここで寝るのは冗談じゃないの!?
どっ、どうしよう!?
無理にでも部屋に戻ってもら──あんな目をされたらできるわけないじゃないか……。
そ、そうだ!
いつも技を掛けられている時も密着しているんだ!
いつものように技を掛けられていると思えばいいんだ!
そうすれば気にならないはずだ!
よし……。
…………………………………………………………
いつもは痛みで美波が触れてるなんて考えてる余裕も無いけど……。
こっ、こんなに温かくて……いい匂いがして……。
技を掛けられてるなんて思えるわけないじゃないかぁっ!
くそっ! 耐えるしかない! 耐えるんだ僕の理性……!
僕が悶えているうちに美波は本当にこのまま眠ってしまった。
すぅすぅと寝息が僕の耳元で聞こえる。
僕の右腕からは美波の体温が伝わってくる。
それはとても優しい温かさで……もうじき冬の夜にとても心地良くて……。
でもこの温かさが横に美波がいることを実感させて……僕は……緊張で眠れそうに……ない……。