バカとウチと本当の気持ち   作:mos

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part L

 僕はリビングを出て美波の部屋の前まで来た。

 

 うぅ……やっぱり緊張するな……。

 

 僕は意を決して扉をノックした。

 

  トントン

 

『お母さんのバカっ!』

 

 あぅ……確かに僕はバカだけどお母さんじゃないよ?

 

 扉の中から聞こえてきた美波の声はまだ怒っている。

 話しかけて大丈夫かな……。

 

「僕だよ。美波」

『あっ! アキ!?』

 

 扉が開いて美波が出てきた。

 まだパジャマ姿だったけど、髪はいつものポニーテールにいつものリボン。

 髪を下ろした美波もいいけどやっぱりこっちの方がいいな。

 

「ごめんねアキ……。お母さんだと思って……」

「いやぁ、気にしなくていいよ」

「うん。ありがとアキ」

 

 美波が素直に礼を言う。

 

 こんな時、以前なら『紛らわしいことをするな』と怒られただろう。

 でも今はこうして僕に可憐な笑顔を見せてくれる。

 

 あの日以来、やっぱり美波は変わったと思う。

 そしてあの日以来、僕の意識も変わった。

 そう。以前の僕なら美波を誘うことにこんなに緊張することはなかった。

 こんなにも胸が高鳴ることは無かった。

 

 しっかりしろ吉井明久!

 誘うんだろ! 如月ハイランドに……!

 

 僕は自分に気合いを入れて話を切り出した。

 

「えっと、それでその……お母さんからの贈り物なんだけどさ……。今日こ、これ、一緒に……どう……かな」

 

 僕は貰ったチケットを見せた。

 

「…………アキがどうしても行きたいって……言うなら……」

 

 美波が口元に手を当て、困ったような顔をして呟くように言う。

 どうしよう。美波が可愛い……。

 

 僕のドキドキは一層激しさを増していく。

 

 勇気を……勇気を出すんだっ……!

 

「ぼ、僕は! ……みっ美波とい、一緒に……い、行きたいっ……!」

 

 勇気を振り絞って発した僕の言葉は酷くしどろもどろだった。

 美波と話すのにこんなに緊張するなんて……。

 

「っ──! しょ、しょうがないわねっ! アンタがそんなに行きたいって言うのなら……行って……あげても……」

 

「……ううん。ウチも……ウチも! アキと一緒に行きたい!」

 

 美波の返事は妙な言い直しを含んでいた。

 けど、そんなことは全然気にならなかった。

 

 だって、美波が僕の誘いを受けてくれたんだ。

 僕の意思は美波に伝わって、美波もそれに応えてくれたんだ。

 

 嬉しかった。

 

 とても単純に、本当に嬉しかった。

 僕は嬉しくて堪らなくて思わず大声を上げてしまった。

 

「やったぁーっ! 美波ありがとうーっ!」

「ちょ、ちょっとアキ、痛いってば」

 

 と、言われて気付いたら、僕は美波の手を両手で握って上下に激しく振っていた。

 

「あっと……ご、ごめん」

 

 僕は慌てて手を放した。

 

 (はしゃ)ぎ過ぎだろう。僕。

 落ち着け……落ち着け……。

 

 よ、よし、それじゃ準備だ。

 えぇと……そうしたらまずは……。

 

 そうだ。まだパジャマじゃないか。まず着替えないと。

 でも昨日の服じゃまずいよな。

 一旦帰って着替えて……お金も持ってこないと。

 

 今の時間は朝八時。

 僕は一時間もあれば準備できると思うけど……。

 美波の準備はどれくらい掛かるんだろう?

 二時間あれば大丈夫なのかな?

 

「えっと、それじゃあ僕は一旦帰って準備してくるよ。十時に如月ハイランドの正面ゲート前に待ち合わせでいい?」

「うん。分かったわ。アキ、気をつけてね……」

「大丈夫さ。もうあんな失敗はしないよ。じゃ、お母さんに挨拶してくるね」

「うん。ウチも準備するわ」

 

 美波は部屋に戻り、僕は挨拶するためリビングへ向かった。

 

 それにしても女の子を誘うのがこんなに緊張するものとは思わなかったな……。

 っと、そうだ。戻る前に自分の服に着替えなきゃ。

 

 僕はお父さんの部屋に置いておいた自分の服に手早く着替え、リビングに戻った。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 リビングに戻ると葉月ちゃんは朝食中だった。

 お母さんの方は僕のお土産の林檎を剥いていた。

 

「お母さん、葉月ちゃん、僕そろそろ帰ります。泊めていただいてありがとうございました」

「あら。もうお義母さんなんて呼んでくれるの? 気が早いわねぇ」

「あ! いや! そ、そうじゃなくて! ……お、おば────いえ。お義母さんでいいです……」

 

 言いかけてすぐ、僕は獲物を狙う獣のような殺気を感じて言い直した。

 

 もうどうにでもなれ……。

 

「バカなお兄ちゃん、もう帰っちゃうですか……?」

 

 駆け寄ってきた葉月ちゃんは寂しそうだ。

 でも、しゃがんで頭を撫でてあげると、いつも通り目を細めて気持ち良さそうにした。

 

「んふ~……また来てくださいですっ!」

 

 今日は聞き分けがいい。お母さんの前だからかな?

 僕は立ち上がって再度お礼を言い、玄関へ向かった。

 途中お母さんが美波を呼び、葉月ちゃんと三人で玄関で見送ってくれた。

 

「気をつけて帰ってね。吉井君」

「バカなお兄ちゃん! またですっ!」

「アキ、じゃあまた…………(後で)……」

 

 僕は三人に見送られ、玄関を出て家に向かった。

 

 

 今日はどんな一日になるんだろう。

 こんな気持ちは生まれて初めてだ。

 今まで感じたことのないわくわく感。

 楽しみでたまらない。

 

 足取りも軽く、飛び跳ねるように走りながら僕は自宅への道を急いだ。

 

 おっと。信号には気をつけないと。

 如月ハイランドに行く前にまた事故なんて洒落にならないからね。

 




次章、『バカとデートと繋がる気持ち』。
ですが、その前に閑話が一つ入ります。
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