バカとウチと本当の気持ち   作:mos

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part C

 ここはどこだろう……?

 

 あ、僕の体が見える。

 そうか。魂が抜け出ちゃってるんだね。

 うんうん。何度も経験あるから分かるよ。

 

 美波が僕の襟を掴んでガクガク揺らしているのも見えるね。

 随分と激しく揺らしてるなぁ。

 あのままじゃ僕の体が壊れちゃいそうだ。

 そろそろ止めないとまずいかな。

 

 それじゃあ、まず体に戻らないとね。

 戻り方? もちろん分かるさ。慣れてるし。

 よいしょっと――――

 

「アキぃーっ! しっかりしてーっ!」

 

 っ──!?

 

 体に戻った瞬間、辺りが歪んで見える程の激しい揺れに遭遇した。

 その勢いはせっかく戻った魂がまた放り出されそうなくらいだ。

 

 ま、まずい! これは想像以上だ!

 こっ、このままでは本当に死んでしまう! 早く美波を止めないと!

 

「──! みっ、みなっ──みっ────や、やめっ──! 死ぬっ──死んで──しま──っ!」

 

 僕はやっとの思いで声を絞り出した。

 でも歪んだ世界の中で僅かに見えた美波は強く目を瞑っているように見えた。

 この様子だと僕の声は聞こえていないかもしれない。

 

 正直もうダメかと思った。

 でも、人生を諦めるのはまだ早いようだ。

 

「あっ! 気が付いた!? よかったぁ……」

 

 どうやら僕の声は美波の耳に届いていたようだ。

 美波は安堵の声を漏らし、やっとその手を止めてくれた。

 

 いやホントに死ぬかと思った……。

 

「うぅ……酷い目にあった……」

「もうっ! 心配掛けるんじゃないわよ!」

 

 あのまま揺すられていたら三途の川を渡っちゃいそうだったんだけど……。

 それにこうなったのも美波が強引に乗せたからじゃないか。怒られる筋合いは無いぞ!

 

 って……?

 

 そうか……本当に心配してくれたんだな。

 顔は怒っているけど、美波の目は潤んでいる。

 これじゃ怒るわけにもいかないな。

 

「美波? 心配してくれたの?」

「え? あっ……う、うん……」

「そっか。ありがとうね」

「ううん。ウチの方こそごめんね、無理に乗せたりして……。苦手だって言っても目を回すくらいかなって、勝手に思ってて……」

 

 あ、あれ? 急にしおらしくなった?

 なんか妙な雰囲気になってきちゃったな……。

 そんなに気にしなくてもいいのに。いつものことなんだしさ。

 

 よし、とにかくこの件は終わりにしよう。

 せっかくの遊園地なんだ。楽しまないとね。

 

「大丈夫だよ。僕ならこの通りなんともないからさ」

「……ありがと。アキ」

 

 僕の掛けた言葉に美波は優しい微笑みを返す。

 その笑顔に僕はちょっとドキッとした。

 

 こういう所はやっぱり可愛いよな……。

 

「アキ、立てる?」

「うん」

 

 美波は手を差し伸べてきた。

 僕はその手に掴まり、立ち上がった。

 

 まだちょっと頭がぐらぐらするな……。

 

「じゃあ次はアキが行きたいところ選んでいいわよ」

「ん? 僕の? うーん……。行きたいところか……そうだなぁ……」

 

 

 

          ☆

 

 

 

「アキってこういうのが好きなのね。ちょっと意外だったわ。ふふ……」

「いいじゃないかぁ……好きなものは好きなんだよ」

「まぁいいわ。さっきの二つに付き合ってもらったし」

 

 今、僕たちは園内列車に乗っている。

 敷地内の高架橋に敷かれたレールの上をレトロな感じの汽車で一周してくれる乗り物だ。

 僕はこういった乗り物が好きなんだ。

 

 座席は二人乗りで、大人でも乗れるサイズになっている。

 もちろん僕の隣には美波が座っている。

 

 列車はゆっくりと進み、微かに風を切って走る。

 その風に揺られ、美波のポニーテールの髪がさらさらとなびく。

 よく晴れた秋の空には雲ひとつなく、青空が遠くまで広がっている。

 列車の上からの眺めは絶景とまでは言わないけど、とてもいい景色だった。

 

 眼下に広がる園内には色々な建物が見える。

 

 一際大きく見える観覧車。

 曲がりくねったジェットコースターのレール。

 中央通りの噴水。

 メリーゴーランドの屋根。

 クレープやお土産を売る売店。

 三角形の屋根のテントはサーカス風に見える。

 

 それからあれは……お化け屋敷だ。

 美波と一緒にいる以上、あそこに行くことは無いだろうな。

 

「結構景色がいいのね。それにいい風……」

 

 横に座っている美波はそう言って目を細めた。

 その表情は頭を撫でてあげた葉月ちゃんによく似ていた。

 

 ……美波もこういう顔するんだな……。

 

 ここでの時はゆっくりと流れている。

 

 いつも慌ただしい生活の僕には似合わない?

 そうかもしれない。

 でも僕だって慌ただしいのが好きなわけじゃない。

 普通に生活しているつもりなのに、なぜか騒ぎが大きくなってしまうんだ。

 本当はこんなゆったりした時間を過ごすのが好きなんだ。

 

 僕は頬に風を感じながら心穏やかに景色を眺めていた。

 

「ねぇアキ」

「うん?」

「アキってさ……その……こういう経験って……あるの……かな」

「ん? こういう?」

 

 遊園地に来たことって意味かな。それなら……。

 

「小学生の頃から何度もあるよ」

「えぇっ!? 小学生の頃!?」

「?……うん。そうだよ?」

「だっ、誰と……?」

「誰とって……姉さんと……かな」

「ええぇっ!? 玲さんと!?」

 

 ?

 

 何を驚いているんだろう。

 父さんや母さんはいつも仕事でいなかったから姉さんに連れられて行ってたんだけど。

 家族で遊園地に行くのってそんなに珍しいのかな。

 

(そんな……姉弟でなんて……でも玲さんならあり得るかも……じゃあアキが悩んでるのって瑞希だけじゃなくて玲さんもなの? そんな……玲さんが相手じゃウチなんて勝ち目ないじゃない……どうしよう……)

 

 美波は何かブツブツ言いはじめてしまった。

 どうしたんだろう……。

 

 もしかしてドイツじゃ家族で遊園地に行くことって無いのかな。

 そんなこと無いよね……?

 

「美波だって葉月ちゃんと行ったことくらいあるんじゃないの?」

「えっ……? 葉月と!? な、何言ってるのよ! ウチにそんな趣味は無いわよ!」

「へ? そうなの?」

 

 美波は遊園地は好きじゃなかったのか……。

 じゃあ僕が誘ったから無理して来てくれたのかな。

 悪いことしちゃったな……。

 

「あっ、あたりまえでしょ!! 美春じゃないんだから……」

「ん? 清水さん……?」

 

 ちょ、ちょっと待って。

 なんで清水さんが出てくるんだ?

 まさかもう清水さんと家族に!?

 

 いや待て待て……よく考えろ。落ち着いて整理するんだ。

 えぇと……。

 

 美波が『こういう経験があるのか』と聞く。

 僕が『小学生の頃から何度も姉さんと行っている』と答える。

 美波がそれに驚いて、『葉月ちゃんと行くような趣味は無い』と答える。

 加えて『清水さんと違うのだから』と言う。

 

 うん。最後がおかしい気がする。

 美波が遊園地を好きじゃないとしても、ここで清水さんの名前が出てくるのが分からない。

 清水さんが葉月ちゃんと遊園地で遊ぶ趣味がある?

 いやいや……そんなわけないだろう。

 それに美波は週末も本気で清水さんから逃げ回っていたから急にそんな仲になったとは思えない。

 

 どこか話しが噛み合ってない気がする。

 僕はまた勘違いをしているんじゃないだろうか?

 

 

 ん? もしかして────

 

「ね、ねぇ美波。こういう経験って遊園地に来たことって意味じゃないの?」

「えっ? ち、違うわよっ!」

「ほぇ? 違うの?」

 

 やっぱり僕は勘違いしていたのか。しかも最初の所から……。

 じゃあこういう経験って何だろう?

 

「こういう経験っていうのは! ……その………………」

「ん? ごめん聞こえなかった」

「だからっ! 誰かとデートしたことあるのかって聞いてるの!」

「あぁなんだ、デートのことか。どうりで話しが噛み合わないと――――えぇっ!? そっ、そんなのあるわけないじゃないか!」

 

「な、なぁんだ……よかった。そうよね、姉弟でなんておかしいものね」

「美波、その勘違いは姉さんの前では絶対にしないでね……」

「なによ。ウチのせいだって言うの? アンタが勝手に勘違いしたんじゃない」

「う……。そうだけどさ……そ、そう言う美波の方こそ経験あるの?」

「ふぇっ!? ウ、ウチだって初めてよっ!」

「そっ……そうなんだ……」

 

 話題を変えようと思って切り返したつもりだったけど、完全に失敗だった。

 僕は急に恥ずかしくなって目を背けてしまった。

 

 今更だけど……美波とデートしているんだよな……。

 気にしたらドキドキしてきた……。

 な、なんか意識しちゃって……話しづらくなっちゃったじゃないか……。

 

 横目にちらっと美波を見ると、向こうも頬を赤く染めて目を背けていた。

 

 美波も同じ気持ちなのかな……。

 

 そう思っていたところに美波がちらっとこちらに目を向けてきた。

 思わず目が合う。

 僕は慌てて目を背けた。

 

 な、なんだろうこの感じ……ドキドキして……胸の辺りがむず痒い……。

 

「ねーねーママ。でーとってなーに?」

「デートいうのはね、好きな人と一緒に遊びに行くことよ」

「じゃあボクも大好きなママと一緒に遊んでるからでーとだね。わぁいでーとでぇと~」

 

 後ろの席の親子連れが僕たちの話しを聞いていたようで、こんな会話が聞こえてきた。

 

 僕は再び横目に美波を見てみた。

 美波は顔を赤らめて前髪をいじっている。

 

 好きな人と一緒に……か……。

 

 

 汽車はそんな僕たちを乗せて静かに汽笛を鳴らした。

 

 このゆったりとした時の流れの中、僕たちはお互いを意識し合いながら過ごした。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 汽車は園内を一周して乗車駅に戻って来た。

 ゆっくり時間を掛けた運転のおかげもあって、この頃には僕たちの緊張も解けていた。

 

「こういう乗り物もいいものね」

 

 最初はちょっとバカにしていた美波も見直してくれたみたいだ。

 

「うんっ!」

 

 僕は嬉しかった。

 すごく嬉しくて、とびきりの笑顔を向けた。

 

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