「なんか落ち着かなかったね」
「そ、そうね。変に緊張しちゃって喉が乾いちゃった」
「僕もだよ」
「あ、じゃあ今度はウチが何か飲み物買って来るわ。待ってて」
美波はそう言うとポニーテールを左右に揺らしながら自販機のある方へ走って行った。
僕は近くのベンチに座り、青空を眺めながら美波の帰りを待った。
ふ~……。
あんなにイチャイチャされたらこっちまで変な気分になっちゃうよ……。
でもあれって見てる方もあんなに恥ずかしくなるものなんだな。
僕もあれと似たようなことをやってたんだな。
あの時はとにかく美波に元気になってほしくて気にしてなかったけど……。
「きゃっ!」
と、そんなことを考えていたら自販機の方から美波の声が聞こえた。
声のする方を見ると、美波が尻もちをついているのが見えた。
それをチンピラ風の男が睨みつけているのも見える。
アイツは確か前に雄二を陥れた時にいたチンピラみたいなやつだ。
座っているベンチまでその下品な声が聞こえてくる。
「痛ぇじゃねぇかコラ! どこに目ェ付けてンだこのガキ! 気ーぃつけろや!」
「ちょっとリュータぁ。そんなガキんちょ相手にすんのやめなよぉ」
横にはあの時と違う女が一緒にいる。随分と胸を強調した服を着ているようだ。
アイツ結婚するとか言ってなかったっけ?
なんで違う女を連れてるんだろう?
「だってよぉ。コイツ俺の足踏みやがったんだぜ?」
「いいからそんなボウヤ放っておきなさいよぉ。って、あら? 女の子ぉ? アタシわかんなかったわぁ~アハハハッ! って、何睨んでんのよ生意気なガキね! 文句があるならその貧相な体がもっと大人になってから言いな! フンッ! さ、行こリュータ」
「ケッ! ガキはおうちでおままごとでもしてろってンだよ!」
僕はその声に激しい嫌悪感を抱いた。
加えて、美波があの二人に突っかかるんじゃないかと少し不安になった。
美波を止めた方がいいかもしれない。
そう思って立ち上がった時、美波の怯えたような表情が目に飛び込んできた。
「美波!」
その瞬間、僕は無意識に体が動いて駆け寄っていた。
「美波、大丈夫?」
「……」
いつもの強気な美波なら怒鳴り返しただろう。
でも今は目を潤ませて俯き、座り込んでしまっている。
チンピラたちはそれを気にする様子もなく立ち去ろうとしていた。
なんだよ……。なんなんだよ!!
髪型や服装を見ればどう見たって女の子じゃないか!
あの女わざとあんなこと言いやがったな! バカにしやがって!
それに前を見てなかったのはお互い様じゃないか!
なんで美波が一方的に攻められなくちゃいけないんだ!
首から上が火照り、頭が熱くなる。
頭の中で赤黒い感覚が渦を巻き、大きくなってくる。
僕の思考は強い怒りの感情に支配された。
許せない……。美波に────謝らせてやる!!
「待てっ! この野郎!!」
「っ──アキ! やめて!」
走り出そうとした僕を美波の叫びに近い声が制止した。
大丈夫。こんな時に殴り合いの喧嘩なんてしない。
「喧嘩はしないよ。ただ──美波に謝ってもらうだけさ!」
僕は語気を強めて言うと再び駆け出そうとした。
だが美波はそんな僕の腕に必死にしがみ付き、止めようとする。
「ウチは平気だからやめて!!」
「っ…………く……」
僕は握ったままの拳を下げた。
だが、まだ震えるほど全身に力が入っている。
「今のはウチがちゃんと見てなかったのが悪いんだから……。それにああいうのは言って謝るわけないじゃない。ウチは大丈夫よ。だから気にしないで」
美波が慰めるようにそう言いながら立ち上がる。
……
美波は僕よりずっと冷静だ……。
アイツらと関わってほしくない。きっとそういうことなのだろう。
そんな美波の気持ちを無視にするわけにはいかない……。
「分かったよ……」
僕は全身の力を抜いた。
でも僕の怒りは完全には収まらない。
「やっぱりアキは優しいね。ウチのために怒ってくれるんだもの」
「……」
美波が褒めてくれたのに僕は返事ができなかった。
くそっ……。なんでこんなに腹が立つんだ……!
「アキ、鞄が。戻ろ」
美波に促され、僕はベンチに戻った。
☆
ベンチに戻ると美波はペットボトルを渡してくれた。
僕はそれ飲んでようやく息をつき、落ち着きを取り戻した。
そして冷静になった僕は自分の行動を後悔した。
僕は怒りに任せてアイツらを追いかけようとした。
もしあのまま走り出していたらアイツらに殴りかかっていたかもしれない。
美波のおかげで喧嘩にならずに済んだんだ。
楽しい一日のはずだったのに……。
きっと美波に嫌な思いをさせてしまっただろう……。
「ごめん……。すっかり頭に血が上っちゃって……」
「ううん。そういうところ、アキらしいわ。ウチはもう気にしてないから大丈夫よ。だから忘れましょ。ね、アキ」
……
やっぱり美波はすごいよ……。
僕よりずっと大人だ。
美波だってあんなこと言われて悔しかったはずだ。
それなのにこんなに僕を気遣う余裕があるんだ。
情けないな……僕は……。
僕は美波に気を遣わせている自分を心底情けなく思った。
こんな僕に対して美波は心配そうな目を向ける。
……
視界に入った美波の悲しそうな目を見て、僕は思った。
いけない。このまま落ち込んでいたら更に気を遣わせてしまう。
これ以上悲しい思いをさせるわけにはいかない。
美波の言うとおり、もう気にするのはやめよう……。
「分かったよ。もうさっきのことは忘れる」
「うんっ……。じゃあ行きましょ。案内板探さなくちゃ」
僕と美波は立ち上がり、鞄を手に取り歩き出した。
ひとまず中央通りへ戻るか。
そう考えていた時、左の手の平に温かい物が触れるのを感じた。
左手を見ると、美波が僕の手を握っていた。
そのまま視線を顔に送ると、そこには可憐に微笑む女の子がいた。
……不思議だ。
美波はどんな魔法を使ったんだろう。
その笑顔を見た瞬間、今までの苛立ちがスッと消えるのを感じた。
僕は自然に口元が緩み、笑顔で美波の手をぎゅっと握り返した。
そうだ。今日は美波と楽しく過ごすんだ──!
僕たちは手を繋いで中央通りを歩きはじめた。