ジェットコースター乗り場の手前で僕たちはやっと案内板を見つけた。
やれやれ。思ったより歩き回ったな。
ん? これは……?
案内板の横に別の看板が立てられている。
「美波これ見て。サーカスだって」
「へぇ~遊園地の中でもやっているものなのね」
「今の時期だけみたいだね。せっかくだし、見てみない?」
「うん! ウチ、見てみたい!」
「えーと時間は……ちょうど開演前みたいだね。よし、行こうか」
サーカス風のテントは本当にサーカスだった。
受付に入ると、ここは一日周遊券の対象外だった。
中学生以上1500円か。二人で3000円。
よし。ここは────
「僕が出すよ」
「いいわよ。ウチの分は自分で出すわ。アキのお財布状態は分かってるから」
「き、今日は大丈夫だよ!」
「無理しなくていいのよ。それにウチだってこれくらいのお金は持ってきてるわ」
「で、でも────」
「ウチがいいって言ってるんだからいいの! いいから従いなさいっ!」
「っ! わ、分かったよ……」
「分かればいいのよ。さ、入りましょ」
こういう時の美波には逆らわない方がいいな。
言うとおりにしよう。
僕の男の尊厳は脆くも崩れ去り、僕たちは1500円ずつ払って入場した。
☆
場内はそんなに広くなかった。
如月ハイランドの敷地内にテントを立てただけだから広くできないんだろうけど。
見渡すと場内の座席はほぼ埋まっていた。
結構人気あるんだな。
場内は全席自由席。僕は空いている席を探した。
「アキ、あそこ二人分空いてるみたい」
美波が中段席に空いている席を見つけたみたいだ。
僕たちはその席に座った。
横に座った美波は楽しみで堪らないという顔をしている。
実は僕も楽しみだったりする。
だってサーカスを生で見るのなんて初めてだからね。
席に座るとすぐに照明が暗くなり、舞台がスポットライトで照らされた。
そこへ髭を蓄えたサーカス団長らしき人が登場し、会場に向けて舞台挨拶をはじめた。
「ウチ、サーカス見るのなんて初めてよ」
「僕もテレビでしか見たことないよ。楽しみだね」
僕も美波もサーカスを直に見るのは初めてだった。
だからわくわくして団長の挨拶は全然耳に入っていなかった。
挨拶を終えた団長が退場し、まずは犬のパフォーマンスショー。
団員に率いられ、数匹のプードルが出てきて演技を披露する。
プードルは団員の指示でフープをジャンプしたり、くるくる回ったりして、とても可愛らしい。
「可愛いわね。それにとっても賢いわ」
「うん。そうだね。僕より賢いかも」
「さすがにアキが犬より下ってことは……あるかもしれないわね」
「そこは否定してよ! 冗談なんだから!」
「ふふっ、分かってるわよ。アキの反応を楽しんでるだけよ」
「それならいいんだけど……」
いいのかよ。
僕は自分にツッコミを入れずにはいられなかった。
冗談を言うのってなかなか難しいもんだな。
やっぱりこういうのは美波には敵わないや。
美波は視線を舞台に戻し、プードルの可愛らしさに見入っている。
大技が決まると会場から歓声と拍手が巻き起こる。
プードルは他にも縄飛びや逆立ち、バック転、それに綱渡りまで披露してくれた。
犬ってこんなに色々なことができたんだね。
僕なんかよりずっと多芸だ。
やっぱり犬って僕より賢いのかもしれない。
多彩な芸を披露してくれたプードル達は最後に団員に一緒にお辞儀をした。
これでショーは終わりのようだ。
次は空中ブランコショーだ。
跳び台にスポットライトが当たり、飛ぶ側の女性と受け止める側の男性が紹介された。
飛ぶ側はフライヤーと言い、受け止める側をキャッチャーと言うらしい。
紹介された女性は手足がすらりと長く、胸のサイズも含めて美波によく似た体型をしていた。
一方、男性の方は比較的小柄で、引き締まった体をしている。
紹介が終わると男性はブランコにぶら下がり、揺らしはじめた。
そして逆さまになって両足をブランコに掛け、両腕を伸ばす。
続いて反対側から女性がブランコで勢い良く飛び出す。
場内にはドラムロールが流れはじめ、緊張感を煽る。
二人は大きくブランコを揺らし、タイミングを合わせようとしているようだ。
見ているこっちも手に汗握ってしまう。
二人は数回ブランコを揺らし、中央付近でついに女性がブランコから手を放した。
そして女性は空中で何度か回転し────
場内から割れんばかりの拍手と歓声が湧く。
男性は女性の腕を絡め取り、見事にキャッチしたのだ。
これはすごい……。あんな回転をしてよく相手に掴まれるなぁ……。
「アキ! 今の見た!? すごいすごい!」
そう言いながら美波は僕の肩をバンバン叩いている。
美波、興奮するのは分かるんだけど僕の肩が外れそうだよ……。
でも美波だってあれくらいできそうな気がするな。
フライヤーの女性と体型が似ているからとかそういう理由でなく、普段感じている美波の身体能力の高さからすれば、ちょっと練習すればすぐできるんじゃないだろうか。
「あの女の人すごいわね。憧れるわ」
「美波だってあれくらいできるんじゃない? ちょっと練習すればさ」
「え? ウチには無理よ。あんなのできないわ。それにああいうのは相方への信頼が大事なのよ? ちゃんと受け止めてくれるって信頼してるからこそできるんだから」
「信頼か……そうだね」
「ウチは……アキを信頼してるけどね」
「それは僕にキャッチャーになれと言っているの?」
「アキできるかしら?」
「それは美波が重くて支えきれ待って待って!! 腕がもげちゃあぁぁぁぁぁ!!」
久しぶりに貰った美波の本気の関節技はとてつもなく痛かった。
「まったく。女子に対して失礼よ!」
「うぅ……冗談だよぅ……」
美波が軽いことは前に風邪で休んでいた時に抱っこして分かっている。
でも美波には胸のことに加えて体重のことも言わないほうがいいみたいだ。
「冗談にも言っていいことと悪いことがあるわよっ!」
「み、美波、周りに迷惑だからちょっと落ち着いて……」
「えっ? あ……は、早く言いなさいよ……恥ずかしいじゃない……!」
僕の言葉で美波は周囲の視線に気付いたようだ。
周りの席の人達は僕たちのやりとりに苦笑いを浮かべていた。
そんなやりとりをしている間に団員の男性は女性を放り投げ、跳び台へ着地させた。
続いて男性も跳び台に飛び乗り、二人は肩を寄せ合って歓声に応えた。
あの二人は信頼し合っているんだな。
信頼か……。
美波は僕を信頼してるって言うけど、僕は信頼されるほど立派な人間じゃないと思うんだよね……。