「お姉ちゃんどうでしたか?」
リビングに戻った僕に葉月ちゃんが問い掛けてきた。
そういえば葉月ちゃんがいるんだった。
まずい。多分僕は今、目が真っ赤だ。
真っ直ぐに見つめてくる葉月ちゃんの視線。
僕はその視線から逃れるように背を向けた。
「バカなお兄ちゃん? おめめどうしたですか?」
でも葉月ちゃんにはバレてしまったみたいだ。
「な、なんでもないよ! ちょっとゴミが目に入っただけだから!」
僕は
小学生とはいえ、さすがにこんな言い訳を信じるわけがない。
きっと問い詰めてくるだろう。
なんとかごまかさないと……。
「大変です! おめめ洗わないとです!」
でも僕の言い訳を葉月ちゃんは真に受けてしまった。
葉月ちゃんは僕の袖を引っ張って洗面所へ連れて行こうとする。
「いや、もう大丈夫だよ。ありがとうね。葉月ちゃん」
「そうですか? それなら良かったですっ!」
なんて純真無垢な子だろう。疑うことを知らないんだろうか……。
いつも雄二たちと騙し合いの生活をしているから、こういう純粋な心がとっても嬉しい。
僕は葉月ちゃんの頭を撫でてあげた。
すると葉月ちゃんはいつも通り目を細めて気持ち良さそうにしていた。
ガチャッ
「ただいま~葉月、帰ってる?」
葉月ちゃんとそんなやりとりをしていたら玄関の開く音が聞こえた。
どうやらお母さんが帰ってきたみたいだ。
「あ! お母さん! お帰りなさいですっ!」
葉月ちゃんは元気に玄関へ走っていった。
ホント、元気な子だ。
「バカなお兄ちゃんと一緒にお留守番してたです」
「あら。吉井君まだ帰ってなかったの? 葉月が無理言ったんでしょ」
「葉月は無理なんて言ってないです! バカなお兄ちゃんは葉月のお婿さんだから一緒にいるのですっ!」
「あらあらまぁ。お姉ちゃんの彼氏を横取りしちゃだめよ?」
「違うです! 葉月のお婿さんなんですっ!」
玄関からそんな会話が聞こえてくる。
か、彼氏って……とにかく僕もリビングに戻ろう。
「ただいま~ごめんね吉井君、葉月が無理を言ったみたいで」
「む~。葉月は無理なんて言ってないですぅ……」
お母さんの腰に抱きついて甘えている葉月ちゃんが頬を膨らせている。
なんとも微笑ましい光景だ。
「あ、お帰りなさい」
僕はちょっと目を逸らし気味に挨拶した。
たぶん、目の赤みはまだ取れていないと思ったから。
「美波の様子はどう?」
「あ……えっと、さ、さっき卵雑炊を食べてもらったら少し良くなったみたいで……今は眠ってます」
僕は精一杯冷静に答えた。
でも、もしかしたら声が震えていたかもしれない。
そんなことを気にしている余裕は無かったけど……。
「え? 卵雑炊? 葉月がそんなの作れるわけが無いし……まさか吉井君が作ってくれたの?」
「あ、はい。料理はそこそこできますので」
「まぁそうだったの。お留守番してもらったのにお料理までしてくれたなんて。本当にありがとうね。あなたいいお婿さんになれるわよ?」
お婿さん……て……。
そこは普通『いいお嫁さん』って言うところなんじゃないの!?
いやまあ僕は男だからお嫁さんにはなれないけどさ……。
「はいです! バカなお兄ちゃんは葉月のいいお婿さんなんです!」
「葉月は宿題あるんでしょう? 自分の部屋に戻ってやりなさい」
「む~……。はいですぅ……」
お母さんに
「じゃ、じゃあ僕はそろそろお
「あら、もう帰っちゃうの? お茶入れるから飲んでからにしない?」
美波のお母さんが僕を引き止める。
けど、そろそろ姉さんが帰ってくる時間だと思う。
こんな時間まで家にいなかったら、当然姉さんは僕の交友を疑うだろう。
そうなれば今度は雄二たちと遊ぶのすら禁止されかねない。
「いえ。姉がそろそろ帰ってくる頃なので戻らないといけないんです」
「あらそう……残念ね。じゃ、また来てね」
「はい、それじゃ失礼します。美波さんにお大事にとお伝えください」
「えぇ、ありがとうね。それから『美波』って呼び捨てでいいわよ? そういう仲なんでしょう?」
ま、まさか本気で僕を彼氏だと思ってるのか!?
「い、いやあの! そ、そういうわけじゃ! し、失礼します!」
「ウフフ……初々しいわね。また来てね。吉井君」
僕は玄関を出てがむしゃらに走った。
美波の僕に対する気持ち。
その気持ちに僕はきっと裏切り続けてきた。
謝りたい。心の底から謝りたい。
謝って済むようなことじゃないかもしれない。
それでも謝らないといけない。
そして……僕にとって美波は……。
大切な…………友達?
この二日間の不安。寂しさ。
雄二たちとバカ騒ぎをしていてもこの気持ちは大きくなるばかりだった。
この不安と寂しさは美波がいなかったから?
そうなのか……?
……決めた。
美波の風邪が治ったら、とにかく僕は美波に謝る。
僕の気持ちはまだ分からない。
でもきっと────
急に視界の横に光を感じた。
……僕は赤信号に気付かず道路に飛び出していた。
☆
────目を覚ますと、見た事のない天井が見えた。
次章『怪我と看護と本当の気持ち』に続きます。