ひぐらしのなく頃に業 〜IFストーリー〜 作:紫陽花の季節に会いましょう
原作:ひぐらしのなく頃に
タグ:R-15 残酷な描写 ひぐらしのなく頃に ひぐらしのなく頃に業 古手梨花 前原圭一 竜宮レナ 北条沙都子 園崎魅音 園崎詩音 羽入 ベルンカステル IF
壊れてしまった魔女は過去を振り返る。彼女を壊した魔女はただただ嘲笑う。そんな日常。
⚠︎ひぐらし業のif短編集です。割と作者独自の設定とか解釈もあるので苦手な方はブラウザバック推奨です。
制服を着て支度をし、最後に鏡を見る。
髪が跳ねていた。上手くまとまらないので今日はいっそ縛ってみるのはどうだろうと考え、まだ寝ぼけている親友に尋ねた。
「梨花ぁ、わたくしポニーテールにしようかと思うのですけど、似合うと思いまして?」
寝ぼけ眼を擦り、こちらに向かってくる親友。彼女はただ一言、
「沙都子なら何でも似合うと思うのですよ」
と言った。
そんな親友の言葉を聞いて、何かとてつもなく寂しい感覚に襲われたものの、その正体が分からず少女はそのまま髪を結んだ。
「さ!準備出来ましたわ!学校に行きますわよ!」
「はいなのです」
曇りのない笑みで笑う親友___古手梨花を眺め、再び違和感を感じるものの、気にせずに階段を降りていくのだった。
◇◆◇
チャイムが鳴る。
今日もギリギリセーフで席につくこととなった。
「そう言えば梨花、今日の宿題やりまして?」
「勿論なのですよ沙都子、後で僕が見せてあげるのです」
「ナイスですわ梨花!」
笑顔でノートを見せてくる梨花。そんな親友と隣の席で上機嫌にノートを写す沙都子。
暫くして授業が始まり、退屈そうに欠伸をする。今日の落書きは中々傑作に仕上がっている。教師が黒板を消していくが、ルチーアと比べるとそのスピードは非常に遅い。これなら沙都子でも余裕で写すことが出来る。
そんな余裕からか良いところまで写し終えた所で急に眠気に襲われた。昨日は久しぶりに部活メンバーで遊んでいたから、その疲れが残っているのだろう。梨花も同じだろうか、と隣を見ると、梨花は静かに黒板を見つめノートをとっていた。
無機質な親友の表情にやはり違和感を覚える。沙都子がじーっと見つめていることに気づいた梨花は、沙都子に微笑んだ。
赤面。慌てて黒板の方に視線を移す。
(梨花が、わたくしに微笑んだ)
些細な事実。しかしその些細な事実を沙都子は欲していた。そしてこう思うのだ。
_____やはり、あの時梨花の心を折って正解だったのだ、と。
親友の微笑みを間近で見ることが出来る。その事実に至高の喜びを覚える。それに、
「しゃぁっ! 連続並べだぜ!」
「残念だったね圭一くん! 11で止めるよ!」
「おーっほっほ! わたくしはアガリですわよ!」
「みぃ〜」
現在七並べの真っ最中のこの状況。そう、興宮高校ゲーム文化研究会。魅音が残した部活動の延長戦だ。魅音は卒業して都倉大学へと行ってしまったが、ここには高校3年生になった圭一もレナもいる。それに、
「アガリです!」
「早いよ富田くん……僕まだ全然残ってるのにぃ……」
富田くんや岡村くんといった雛見沢分校のメンバー達も揃っている。何れはそれぞれの進路へと進んでしまうのだろうが、今この瞬間ここは雛見沢分校だった。
沙都子はこの空間が大好きだ。魅音や詩音が居ないのは残念だが、大学に行けばまたみんなで遊べる。それに彼女らも時々OGとして顔を出すので存外寂しくはない。
やはりこれこそが自分にとって大切なものなのだ。あの時、ルチーアで勉強漬けの生活をしてそれが身に染みた。梨花はサロンがどうとか、ご機嫌ようだとかお嬢様の生活が気に入っていたようだったが、今こうして楽しんでいる姿を見るとそれも間違いだったのだと感じる。
そう、アレは間違った夢だったのだ。梨花はいつも猫を被っていて、それでも沙都子のことを大事にしていて、仲間想いで。だから、あんな梨花は夢だった、そう考えるのが1番なのだ。
「さーて梨花ちゃん、このままだと負けちゃうぜ?」
「みぃ」
「そうですわよ梨花! 梨花だって罰ゲームは嫌でございましょう?」
揶揄うように梨花の側に寄る。梨花は困ったような顔で笑うと、パスを宣言。やはりアガレない。
「梨花、勝つためには何でもする意志が必要でしてよ。腑抜けていては勝てませんわよ?」
「わかっているのですよ、沙都子」
梨花はそう言うが、やはりその表情には力がない。これは今日に限った話ではない。
4年前。そう、4年前のあの日から、梨花は覇気がない。勝負に勝ったりもするから、やる気がない訳ではないのだ。つまり正確には覇気というよりは、
「みぃ、負けちゃったのですよ」
「あはは! 梨花ちゃんが最下位か〜。もうちょい粘れば逆転できたかもしれないんだぜ?」
「良いのですよ、仕方のないことなのです」
そう、仕方のないこと。これが梨花の口癖となった。沙都子も薄々気づいてはいるものの、これが望んだ世界なのだと物足りなさを感じつつも割り切っている。
______古手梨花には意志がないのだ。
4年前、沙都子の手によって心を折られ、完全に屈服してからその傾向は顕著に現れている。
罰ゲームの衣装を着て、恥ずかしそうにしている梨花。その表情は「諦め」のような寂しい感情で満ちていたことに、沙都子は気づいていない。
「そういえば沙都子、模試の結果どうだったんだ?」
「うっ、け、圭一さん! 今そんなことはどうでもいいですわよ!」
「どうでもよくはねーよ! 魅音と同じ大学に行けるかどうかは重要だろ? 監督は大学の費用も出してくれるって言ってる訳だし……」
「そうなのですよ、沙都子は幸せ者なのです」
「そ、そういう梨花はどうなんですの? 模試の結果、良かったんでしょう?」
「みぃ、僕は古手神社を継ぐので進学はしないのですよ」
「えっ!?」
梨花の発言に目を丸くする沙都子。よく考えたらそうだ。梨花は神社の娘、つまり大学に行かなくても進路はある。だがそれは、
「離れ離れになる……?」
「沙都子?」
「そ、そんなの嫌ですわ! 監督に頼んで梨花も大学に行きましょう! きっと楽しいですわよ?」
「そんなことを言われても、なのです」
「そうだよ沙都子ちゃん、無理強いは良くないよ?」
レナが嗜めるが、沙都子はそれどころではない。折角4年前、あれだけ苦労して梨花と一緒の空間を作り上げたのだ。それがまた離れ離れになるというのは、沙都子にとっては一大事であった。
「ねぇ梨花、わたくしたちいつまでも一緒ですわよね?」
「そうなのですよ」
「なら、一緒の大学に行きますわよね?」
「……はいなのです」
「それでこそ梨花ですわ!」
無邪気に笑う沙都子と、微笑む梨花。そんな梨花を、レナはじっと見つめているのだった。
◇◆◇
「こんなにも素敵なところなのに、こんなにも素敵な友達がいるのに……どうして僕は、余計な夢を望んだのでしょう?」
4年前のあの日、梨花は屈服した。夢を諦め、雛見沢に残り、沙都子と暮らし続けることを選択した。
待っていたのは停滞の日々。魅音が消え、退屈になった部活動。いつもと変わらない学校の風景、100年前から変わらず同じ時間にチャイムが鳴り同じ時間にお昼休みが始まる。
雛見沢は緩やかに人が減っていく。でも仕方ない。雛見沢は何も変わらないのだから。100年も同じ景色を見て、100年も変わらない情景に想いを馳せる。
それは、梨花にとっては毒であった。
梨花は言う。退屈は魔女を殺す毒だと。
そう、実際に古手梨花は死んだのだ。あの時、沙都子の提案を受け入れ全てを諦めた時点で「古手梨花」は死に、残ったのは「古手梨花のような何か」であった。
沙都子に流されるまま生きるのは楽だ。何故だか知らないが、沙都子の言うことを聞いていれば惨劇は起こらない。それが何を意味するのか考えなかったことはないけれど、深く考えるとまたあの地獄に引き戻される気がして、考えることをやめた。
ただ流されるまま興宮高校を受験し、ただ流されるままゲーム文化研究会に入り、毎日目標も夢もなくただ遊び、程々の宿題をやって眠る。
出来るだけ感情を殺して答える。間違ってでも「素の古手梨花」なんて出してはいけない。
そうだ、ありのままの自分でいたからこそ私はまたあの地獄に巻き戻されたのだ。ルチーアではありのままの自分を出して過ごしていた。でも、それが間違っていた。本当の古手梨花なんて誰も求めていなかったのだから。だから、出してはいけないのだ、といつも言い聞かせる。
(分不相応な夢だったの。私が幸せになろうとしたことは間違っていたのよ。雛見沢に残り、みんなと過ごすことが私にとっての幸せなの)
今日も猫を被り、「みぃ」と演じる。そうしないと、もしかしたら唐突にまた昭和58年の6月に戻されてしまうかもしれないのだ。そんな恐怖に駆られて今日も生きている。それに、沙都子に従ってれば戻されない。
きっとこのまま梨花は神社の神職に就くだろう。「もう決まっていること」、あの日赤坂に言った言葉を、まさか高校生になっても使う羽目になるとは思わなかった。
けれど仕方ない。もう決まっていることなのだ。自分には夢も意志も要らない。ただ決められた人生を生きる。そうすれば、梨花は取り敢えず生きていることは出来るのだから。
(だから、私は……)
沙都子の為に宿題をやった。仕方のないことだ。
今日ゲームで最下位になってしまった。仕方のないことだ。
沙都子に大学に行こうと言われ、行くと答えた。仕方のないことだ。沙都子に従っていれば生きていられる。
「梨花ちゃん、梨花ちゃんはやりたいことはないの?」
部活後、レナが尋ねて来た。梨花は表情一つ変えずに答えた。
「ないのです」
そこにはただ「無」が存在していた。絶望を見せられ、夢を砕かれ、全てを諦めた「古手梨花のような何か」という「無」があるだけ。
力なく笑う梨花を見て、レナは言う。
「梨花ちゃん、ずっと変だよ。昔の梨花ちゃんは、もっと自分があった。でも今は……」
「空っぽ」
「え?」
「空っぽよ。あは、あはは、空っぽなの。私、何のために生きているのかしらね? あは、あはははははは!!!」
「……それが、本当の梨花ちゃんだよね? でも、どうして」
確信したようにレナは言うが、その後の梨花はただただ諦めた表情で言う。
「もうこれでいい。仕方ない。決まっていることなのですから。だからレナ、もういいのです」
「____ッ!」
「もう疲れた。疲れました。疲れたのです、これで口調は合ってたかしら。ううん、合ってたのデスか? あれ、僕は……私は……? まぁ、いいや」
「り、かちゃん……?」
「レナ、また明日なのです。明日は勝つのですよ」
いつもの梨花。だけど、もうレナは知っている。これが梨花ではないことを。レナにとって梨花は、15歳とは思えないほど大人びた少女。
「梨花ー! どこにいましたの? 帰りますわよ!」
「沙都子、はいなのです」
いつも梨花。だけど、沙都子は知らない。これが梨花ではないことを。沙都子にとって梨花は猫を被る等身大な少女。
だから、今日も梨花は猫を被り自分を殺す。夢なんて見ない。希望なんて抱かない。
そうしていれば、生きていられるのだから。
アレ、私ハ、何ノ為ニ生キテイルンダッケ?
◇◆◇
沙都子にとって梨花は親友だ。一時、聖ルチーア学園などという学園で疎遠になってしまっていたが、あんなものは幻だ。
目の前の梨花は親友で、大切な人で、梨花も沙都子をそう思っていると信じて疑わない。
けれど時々思うのだ。
これで良かったのか、と。
目の間の少女は本当に梨花なのだろうか。これは、梨花の姿をした唯の抜け殻なのではないだろうか、と思ってしまうこともある。
それこそが、違和感の正体だった。
沙都子は梨花を雛見沢に留めたい一心で梨花を何度も殺した。角を生やした神様の力を借りて何度もループし、また梨花の闘ってきたカケラを追体験して梨花を取り巻くルールを知り、梨花を追い詰めて屈服させた。
それが、梨花にとっても自分にとっても幸せなのだと疑わなかった。悟史がいなくなり、肉親のいない沙都子にとって梨花は家族であり、親友であり、愛する人であった。そしてそれは、梨花にとっての自分もそうなのだと、信じて疑わない。
だから今日もまた梨花と共に過ごす。自分といることが梨花にとって幸せで、梨花といることが自分にとって幸せなのだから。だから、だから……。
「……え?」
だから、目の前の血塗れの梨花を見て、目の前が真っ暗になる気持ちがした。
梨花は、飛び降り自殺をした。
親友の少女は目の前で天に向かって手を伸ばしていた。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! わたくしを置いていかないで! と沙都子は叫ぶ。だが梨花は一言、
「ごめんなさい」
と呟いた。そして、
「あぁ、は、にゅ、う……」
と言い残して手がだらりと垂れ下がる。
最後の最後まで、沙都子は「羽入」と言う存在にすら勝てなかった。沙都子は梨花を知らなかったのだ。100年の追体験をしたものの、結局は古手梨花という人物を推し量ることが出来なかった。
沙都子は、家族が欲しかった。自分のことを愛してくれる家族が、自分を支え自分が支えることのできる家族が欲しかった。
けれど、梨花はまたしても置いていった。沙都子はその原因が分からない。そして、やり直させて欲しい、という彼女の願いもまた、受け入れられることは二度となかった。
北条沙都子は救われない。
◇◆◇
「悪趣味ね」
ふよふよとカケラが漂う世界、摩訶不思議な空間で優雅にティータイムを楽しむ黒いゴシック調のドレスに身を包む少女は言った。
「梅干し紅茶が、かな?」
「この結末が、よ」
角の生えた女性が揶揄うも、少女はそれを気にする素振りすら見せずに紅茶に更にもう一つ梅干しを追加した。
「もう一度ループでもさせてあげれば?」
「まさか。それでは不平等ではないか。世界はそう都合良く出来てはおらぬ。人の子は、一度のチャンスに縋り付くからこそ面白いし、物語としても花がある。くくく」
「ふぅん。その不平等で私はこんな風になってしまったわけだけど」
「不満か? 我が巫女よ」
「別に。今となってはどうでもいいわ。あとアンタの巫女になった覚えはない」
「くく、それでこそ。しかし酷いものだ、人の子の為に、生きてやっても良かったのではないか?」
沙都子をループさせた張本人、角の生えた神は面白そうに笑いながらカケラを突いた。そんな彼女に見向きもせず、古手梨花に瓜二つの少女は紅茶を啜る。
「退屈は魔女を殺す毒なの。100年も生きててやっと抜け出せた先が自由意志なんて持たせないという雁字搦めの人生なら、死んだ方がマシと考える。それが魔女よ」
「魔女は辞めたのではなかったのか?」
「100年よ。それは人間の倫理観を壊すのには充分すぎる時間。辞めると言って簡単に辞められるようなものじゃないわ」
「そう言うものなのか」
少女____ベルンカステルは魔女に成り立てではあるが、その精神はとっくに魔女であった。そして、目の前の神は彼女にとってのパートナーでもあり、彼女を壊した元凶でもある。
「一応聞いていいかしら?」
「なんなりと聞くが良い」
「何で私を壊したの?」
「……………」
「一応、一回アンタのクソゲーをクリアしてあげたっていう実績があった訳だけど」
「……理由は言わずともわかるであろう? 我が巫女」
「ええ、勿論。
『面白いから』、よね?」
「ああ、くくくっ」
「ほんと、悪趣味ね」
そう言うと、ベルンカステルは再び紅茶を啜った。