よろしくお願いします。
雪は綺麗だった。空から降ってくる雪に触ってみたくて手を伸ばしたのを覚えている。
掌に落ちてきた白い粒は………。
冷たい風が窓から吹き込んでくる。冷え冷えとしたそれが頬を撫でるのに目を覚ましたヒソカは、ゆっくり起き上がると眠たそうに欠伸をした。
珍しく夢を見たのだと思い出し、ふと窓の外を見やる。そこには乾いた中庭があって、同じ季節でも見れないものがあるんだとヒソカは一人納得していた。
※※※※※※※※※※
年を越して1月。ヒソカは家の中でまったりしていた。
今頃、新しく従兄弟が生まれたからとなんだかんだパーティーに参加しているジールからすれば羨ましい生活である。
知っていたらタッパーに肉を詰めて飛んできただろう。
そんなヒソカは、久しぶりの家を満喫したいという気持ちが3割。この寒い中で野宿をしたくない気持ちが7割で、春先まで家に滞在することを決めていた。
兄が取っていた昔の新聞なんかを取り出して読んでみたり、自分と兄の分のつみきを使っていつもより大きい城を作ってみたりした。
ちなみに一番楽しかったのは、隣の地区にある道場に行ってきたことである。
兄が額縁に入れて飾っていたチラシが目に入り、組手ができる場所だと認識していたヒソカは即効で訪ねに行った。
というのも、この旅で唯一不満だったのは組手が十分に出来ないことだったのだ。
路地裏や倉庫裏だったりと、向こうから殴ってくるタイプの人達がいるところに行っても手応えのある人はいなかった。
それなら、強そうな人とやればいいと思ったのだが、強そうだと思える人は軒並み殴りかかってこなかったのだ。
何故、組手の基準が殴ってくる相手なのか。
それは、昔兄が組手の存在を教えてくれた時に、相手が殴ってきた時だけやり返していい、と珍しく言葉を重ねて伝えてきたからだ。
もし、何もしてきていない人を相手に組手をしようと殴りかかった時は、半年間兄との組手がお預けになると忠告された。それは非常に困る、いつもどれだけ兄にアピールして組手をしてると思っているのか。
だから、旅の途中でも自重してきたのだ。
するとどうだろうか、強い人と組手を出来た事など片手で数える程度だ。今までは兄が相手してくれていたが、今はいないのだからヒソカの不満は溜まっていく一方だった。
そして見つけたのが道場という訳だ。兄が通っていたところなのだから強い人もたくさんいるだろうと、ヒソカは動きやすい服に着替えて家を出た。
ヒソカが道場を訪ねた時、そこには道着を着て素振りの練習をしている人達がたくさんいた。
玄関から堂々と入っていったヒソカだが、事前に連絡などしていなかったので、当然のように迷子扱いをされた。
「きみ、大丈夫かい?迷っちゃったのかな?」
一番近くにいたおじさんに手を繋がれ、門の方に連れていかれたのだ。危うく何もせずに帰るところだった。
慌てて相手を引き止め、ここなら組手ができると聞いてやってきたのだと伝えると、おじさんは困ったように頭をかきなから一旦奥に行こうと案内してくれた。
とまあ、順調にとは言えないが無事に組手はすることが出来た。周りの弟子は入れ替わりもありほとんど覚えていなかったが、師範代が兄のことを覚えていたのだ。
急に来なくなって心配していたようで、代わりに道場でヒソカを受け入れようと申し出てくれた。
まあ、ヒソカはそれを断ったが。
ヒソカがやりたいのは、兄が教えてくれた組手である。道場でのちまちました素振りや型の練習には興味が無かった。
まあまあ失礼な我儘を言ったが、幸い相手の懐は深かった。ならば組手だけ参加していけば良いと許してくれたのだ。
懐の深い師範代は、楽しそうに笑っていた。
そして初戦と相成ったわけだが、ここで思い出して欲しかったことがひとつ。ヒソカが組手と認識しているのは、兄が勝手に作った“なんでも有りの組手”だということだ。
当然、型の応用でやり合うものだと思っていた門下生は初手の足掛けで転んだ。
様子を見ていた周囲は驚愕で固まっていたし、師範代は愉快そうに膝を叩いていた。
「何、型の練習に興味がない人がまともな組手をするはずがないでしょう。あなたの兄も偶に足癖が悪い時がありましたしね。」
師範代は実戦に近い練習も必要だろうと、弟子を突き組手の練習を再開させた。
この時、周囲のリアクションから何かが違ったらしいと気づいたヒソカだが、特に問題も無かったのでスタイルを変えることはなかった。
そうして暇を潰しながら過ごして3ヶ月程が経った日。そろそろ暖かくなるだろうと、ヒソカは家を出ることを決めた。
ここにもしばらく来れなくなるからと、世話になった師範代に挨拶をしに行く。
実は門下生を軒並み倒して、次は師範代だとワクワクしていた時期があったのだが、全力ではない儂と戦って満足しますか?と断られて以来訪ねていなかったので、久しぶりの会話となる。
「久しぶりに顔を見せたと思ったら、行ってしまうのですね。」
「うん、楽しかったよ。」
後ろの門下生達がチラチラと此方を見ている。安心して欲しい、今日はエンドレス組手をしに来たわけでは無いのだ。
「そうですか、では手土産にひとつ。あなたが組手と呼んでいるものは一般的には戦闘と言われる行為です。今後、相手をお誘いする時は誤解されぬようにそちらで声掛けすると良いでしょう。」
ーーどうやらあなたは戦うのが好きなようですので。と、付け加えられた言葉に納得したヒソカは、頭の中の辞書をひとつ書き換えた。
最後に礼を伝え、足軽く道場を出て行く。横目で見た道場にはホッと息をつく門下生達が見えた。
※※※※※※※※※※※
わいわいと盛り上がるバスの中で、ヒソカはガイドの声を聞きながら窓の外を見ていた。
またフラフラしながら目的地を決めるような旅を続けていたが、前よりはその振り幅は小さい。
『2 ラッケスストリート
ガーランド街 パドキア共和国』
絵本の間から見つかったメッセージには旅の最終目的地が書かれていた。
そのおかげでヒソカは森の奥に行ったり、住民がローブを着て生活しているような怪しい街に流れ着くことも無くなったようだ。
『えー、本日バスガイドを務めさせて頂きますココラと申します。気軽にココちゃんとお呼び下さい。』
といっても寄り道をしないとは言っていない。デントラ地区に着いた時に聞いたゾルディック家の噂が気になって、観光バスに乗り込んでいるのを見れば分かるだろう。
バスの中は、家族連れからむさ苦しい男まで様々な人が乗っておりこのツアーが人気であることがわかる。
『……走行中は席を立ったり、後ろ向きに座ったりしないようにお願い致します。』
乗客からガヤをとばされながら笑顔で話すバスガイドは、どうやらこのツアーの華らしい。
ツアーの注意事項を聞き流していると、バスは登り坂に差し掛かった。
『皆様、左手をご覧下さい。こちらが悪名高いゾルディック家が住む、ククルーマウンテンでございます。樹海に囲まれた標高3772mの死火山の何処かに彼らの屋敷があると言われています。』
遠くの方に見えるあれがその山なのだろうかと、想像より広い土地に驚き、その視線は窓の外に釘付けとなった。
『曽祖父、祖父、祖母、父、母と二人の兄弟は家族全員が殺し屋です。彼らの顔を見た者はおらず…』
(殺し屋って、強いのかな。)
見つかるはずもない屋敷を探しながら、ヒソカは組手ーーではなく、戦闘に付き合ってくれる人達だろうかと考えていた。
バスが山道を降り始めると、そのまま樹海の方に近づいていき大きな門の前で止まった。
『こちらがゾルディック家の正門となっております。ここから先は私有地となるためご案内はできませんが、山めぐりのツアー最大の山場となっておりますので、皆様しかとご覧下さい。』
赤い旗を振りながら、正門の近くまで連れていかれるツアー客に紛れてヒソカは門の麓までやってきた。
重厚な扉が重なるように出来ている門はまるで飾りのようで、ちょっと開けてみたいなと好奇心が顔を覗かせていた。
「へぇー、大きいね。」
人混みをかき分けて前に出てきたヒソカは、手を伸ばせば門に触れそうな位置に立っていた。
斜めがけの鞄を後ろに回し、動かしやすくなった腕を突き出すように持ち上げる。
歴史を感じさせる金属の質感にその白い手が近づいていく……。
『それでは出発します。皆様バスにお戻り下さいませ。』
あと数センチといった所で集合の声が掛かる。
少し残念に思いながらも、置いていかれるのは困るのでヒソカは素直にバスへと戻っていった。
少しだけ人数の減ったバスは、残りのルートも走り終え、山を一周すると最初の町へと戻っていく。
無自覚に兄の心臓を絞め殺そうとしていたヒソカは、無事ツアーを終えて町中のバス停で降りていた。
『ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。』
笑顔のバスガイドに見送られ、まばらに去っていくツアー客と同じようにヒソカも昼食を食べる為に飲食店を探しに行った。
時計の針は頂上から少しズレてはいたがまだまだ許容の範囲内である。辺りからいい匂いがしてくるなかで、ヒソカは量の多さはこの町随一という定食屋に入り大盛りのパスタをもぐもぐした。
その後は市場を覗いてみたり、配られていたチラシの中から美味しそうな肉屋に行ってみたりと慣れてきた旅のスタイルで問題なく過ごしていた。
満足した後は列車に乗ったり、たまにヒッチハイクをしてみたりと西に向かうために街を渡り歩いていく。
不満に思っていた戦闘についても、組手と言わなくなっただけで相手をしてくれる人が増えたのが嬉しく、途中の町でやり過ぎてしまうくらいには問題無くなっていた。
やはり兄の心臓はキュッと締まった。
さらに途中で兄の真似をして新聞を買ってみたが、これが意外と面白いのだ。
どこかの誰かが賞を取ったなんて記事には興味も無いが、隅に書かれている募集要項なんかは読んでいて面白かった。
酒場なんかでマジックを披露して旅銀を稼ぐのもいいが、たまには別の事もしたくなる。
ちなみに一番稼げたのは、広場で開かれたババ抜き大会の賞金である。誰が何を思って開いたのかは分からないが、カードのカウンティングができるヒソカにとってはカモネギ状態だった。
罪悪感ひとつ抱かずに賞金をかっさらったヒソカが次に向かったのは、ガーランド街。
ついに、この旅も終了となる。
※※※※※※※※※※※
歴史の教科書に出てきそうな石造りの建造物が街の中心にある時計塔から放射線状に並んでいた。
その周りを囲むように並んでいるのは木造の建物と市場であり、活気溢れた人々の声が響いてくる。
『次はー、ベーガー駅。ベーガー駅。お降りのかたは下車の準備をよろしくお願いします。』
列車から到着のアナウンスが流れて来る。
観光客にも人気なこの街は、年間で訪れる人の数も多く、ヒソカが荷物をまとめようと動き出した時には、隣の席の乗客も頭上から鞄を下ろしていた。
蒸気が抜ける音と共に停車した列車は、一斉に扉を開け中から大量の人を吐き出した。
その人の多さに揉まれながらも、無事に降りることが出来たヒソカは初めての土地に興味を示しながらも、人の流れに流され市場の中心までやってきていた。
(賑やかなところだねぇ、奥に見える建物なんかは兄さんが好きそうなものばかりだ。)
観光客が主に楽しんでいるのは、賑やかな市場と歴史のある中心街の建物、それに幽霊が出るという古城も人気があった。
時たま、コアな観光客の中には伝統的な不味いご飯を楽しみにしてくる者もいるが、ヒソカは無難な料理を食べようと決めていた。
多くの店が店頭に人を立たせて呼び込みをしている。太陽が沈み空が薄紫色へと変わってくる時間帯だ、無難に美味しいものを食べるのに丁度いいだろう。
ヒソカは、ナントカビーフの専門店だという店に入り美味しそうな煮物を頼んだ。
メニューに書かれていた料理名は長くてよく分からなかったが、隣に載っていた写真を見るに一番大きい肉が入っているらしい。
ちなみにヒソカが肉料理をよく食べるのは身長の為である。兄が美味しいからとよく口の中に突っ込んできた影響もあるが、肉をよく食べればいい身体が作れるのだと教えられたのだ。それからヒソカは何も残さずよく食べるようになった。
閑話休題。
やってきた肉の塊は、じっくり煮込まれていたのかとても柔らかい肉であった。ヒソカはその塊を切り分けると、大きな口を開けてどんどん中に放り込んでいく。しっかりした味付けの肉はヒソカの好みにあったようで、追加の二皿を頼むと、次は切り分けることなく器用にもそのまま齧り付いた。
満足するまで食べきると、ヒソカはそのまま会計を済ませ近くの宿に向かう。
長い列車の旅と、満腹のお腹によって睡魔がマックスだったため、適当に部屋をとるとそのままベッドに沈みこむ。
ざらつくベッドのシーツに顔を押し付けながら、糸が切れたように寝転んだヒソカは徐々に瞼が下がっていき、次第に寝息を立て始めた。
「……にい…さ、……ぎゅうにく。」
兄に肉料理を勧めているのか、兄が牛肉に見えるのか、それはヒソカにしか分からないことである。
※※
何処からか聞こえてくる人の声に起こされたヒソカは、僅かに顔を顰めながら起き上がった。
寝ている間に蹴られたのか、足元に丸まっている掛け布団を引っ張り上げもう一度寝直そうとしたが、何度か寝返りを打った後、結局外の騒がしさに負けてベッドから出ることにした。
ヒソカが昨日とった部屋は、大通りに面している2階だった。もう少し裏に入った所にすればよかったなどと考えながら、鞄を引っ付かみ1階にある食堂へ降りていく。
「おはようございます!そちらでプレートを受け取ってくださいね!!」
外の活気にも負けない大声で朝食の案内をされ、響く頭を抑えながらカウンターでトレーに乗ったセットを受け取る。
そのままノロノロと歩き、窓から少し離れた席に着いたところでヒソカは一息ついた。
木造の建物は内装にも暖かみのある家具を使っているようで、落ち着いてみれば朝の時間をゆっくり過ごすのに適している。シンプルなパンとスープの組み合わせも、これから出掛けるのに重すぎないメニューであった。
ヒソカは朝から調子を狂わされ、ささくれだっていた心を宥めながら近くに置かれていた新聞紙に手を伸ばした。
(今日は兄さんのいる家まで行ってみようか。)
久しぶりの再会なのだから、楽しい気分で会いに行きたいのだ。
しかして、どうやら朝の安眠を妨害してきたのは大通りで開かれている朝市が原因らしい。朝から元気に働けるとは、少しくらい休めばいいのにと思わなくもない。
新聞の端に並んでいるオススメの出店を見ながら、いつも通り事件や経済の小難しいニュースを読み飛ばしていた時だった。
捲ったページに載っていたのは大きな白黒の写真。紙面の半分を埋めるそれは、花に囲まれた墓石であった。
『ジール=ラケルスス 死去』
捲っていたその手を止め、細かく書かれた文章に目を通すと、持ってきた朝食に手もつけずそのまま宿を飛び出した。
走ったのは覚えている、何度か道を間違えた気もする。息を切らしながら大きな門の前に立つと敷地の中を見渡しながら、通りがかった人に声をかけた。
「ねえ、ここってラケルススの家?」
「えっ、あぁそうだが……」
「そう。」
最低限の返事を聞くと、ヒソカはそのまま門を乗り越え、屋敷の扉を乱暴に引く。
鍵のかかった扉は大きく音を立てその先を見せることは無かったが、突然の物音に驚いた使用人らしき人物が僅かに扉を開け外を確認しにきた。
その隙間に足を差し込み一気に開けると、その反動でよろけた男を押しやり屋敷の中に入り込む。
そこから先は早かった、人が多く出てくる方に向かって進んでいけば屋敷の奥にいた一人の男にたどり着いたのだから。
「何事ですか?あなたは……」
正直なところヒソカはこの時のことをほとんど覚えていない。
兄のことについて訪ねた記憶はある。その後に男が何やら話していたが、新聞に書かれていた以上の話は出てこなかった。髪色だとか、血縁がどうのと煩く怒鳴っていた気がしなくもないがそんなことはいい。
会いたい人に会えるのか。
最終的に男が投げつけてきた書類を拾うと、それは認定書と停止された戸籍の写しであった。
暫く書類を眺めていたが、それが偽物でもなく兄の死を証明するものだとわかった。
それならここにもう用はない。
書類を捨て、最後に八つ当たりをするとヒソカはそのまま屋敷を出た。
宿に戻る気も起こらず、人の少ない場所へと歩いていく。
ヒソカの心の内を締めるものはなんなのか。
気づいた時には、宿を飛び出し兄に会えないのかとラケルススの家まで行っていたのだ、心の整理をする暇もなかった。
宿で見た写真の下に書かれていたのは、兄が一ヶ月前に病死したというものだ。
それを知った時、ヒソカは焦った。
既に死んでいるというのに、早く会わねばならないと掻き立てられ気づけば走り出していた。
では、会えないと分かった今はどうなのか。
惜しい、悔しい、ーーー勿体ない。
兄さんとやりたかったことがあるのに。兄さんに見せたいものもあるし、試してみたいこともあった。
もっと早く来ればよかったと自身の行動を後悔すればいいのか、今までに無い感情の表現は難しい。
人のいない郊外までやってきたヒソカは、ひとつ思い出した。
雪を捕まえようとして、その白い粒が溶けてしまったことを。
その時はなんと言っだろうか。あぁ。
「…残念だな。欲しかったのに。」
日常の一幕で溶けたそれは、季節を巡り出会うものである。
次回はジールの話です。はっちゃけてます。
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