口下手なオタクがヒソカの兄に   作:黒田らい

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ジールが作戦を立てる回です。
よろしくお願いします。


前はしっかり見えてますよ?

 国の境目というのは基本的に自然物を用いて決められることが多い。

 そしてその境目を越えようとする者は一部の例外を除いて、関所や役場といった場所で手続きを行い通行の許可を貰う。

 国から犯罪者を逃してしまわないよう、危険物や高い関税がかかっている物等の持ち出しが厳しいものを止める役割も担っている。そのため、国境には高い壁が作られていたり、役人が見回りをしている箇所もあるのだ。

 

 まあしかし、魔獣の住む森だとか、生還者がごく僅かである洞窟だとか、人が立ち入らない為に監視の目がない所も当然ある。

 

 

 

 そこを淡々と狙う人物が一人。

 キャスケットを被り、天パ気味の黒髪を押さえつけ、肩に背負い込むのは丈夫な革の鞄。黒いハイネックに砂色のズボンと、街中でよく見るような服装をしているのは少年であった。

 

(どーも、岩の影からこんばんは。プリティ美少年のジールです。)

 

 ジールは今、洞窟の中に入っていった四足歩行の猛獣を見張る為に近くの岩場に隠れていた。

 

(そーろそろ、出てきてくれてもいいんだよ?)

 

 大きな穀倉地帯に差し掛かる手前を横に逸れ、パドキアとミンボ、そしてジールの実家がある国の丁度境目にやってきていた。

 

 理由はお察しの通り、入国問題である。

 穀倉地帯を突っ切った先にある関所は当然ながら利用出来ない。ならばどうするのか、人の居ないところを通るしか無かろうとジールは山の裾を目指したのだ。

 

 しかし、ミンボに入国した時とは打って代わりそう易々とは行かなくなっていた。

 あの時は、身体をオーラで強化してから崖を降りるだけだった。常人には厳しい高さであってもジールが躊躇う理由は無い。なんならある程度まで降りたところで面倒くさくなって飛び降りたりもした。足の裏が少し痺れただけで特に被害も無かったわけだが、今回は違う。

 

 断崖絶壁が無い代わりに、ジールの何倍もある獣が立ちはだかっているのだ。

 

 ジールは未知の生物に喜ぶ気持ちと、出会った瞬間パクンと食べられてしまいそうな大きさを嘆くのに忙しかったらしい。

 

 まだ発が無い(色々考えているが長いのでここでは割愛する)のと、良いハンターは動物に好かれるという言葉を胸に刻んでいるため、倒すのではなく友好を築いてみようと努力している最中だった。

 

 大きな岩の後ろから顔を出し様子を伺う先は、洞窟の穴を挟んだ反対側の岩場。その少し低めの岩の上に置いたのは毛の長い熊なのか、どデカい猫なのか分からない猛獣にプレゼントする為の魚の山だ。

 魚1匹の大きさはジールがやっと抱えられるくらいにはデカい。川で取ってきたため、どことなく鮭に似ているところもポイントである。

 

 夜行性なのか、夜になると巣の洞窟から出てくる獣に気づいて貰いたくて置いているのだ。

 それは、さながらバレンタインで下駄箱に入れたチョコを受け取って貰えるか様子をみている女子のようだった。話したことも無く直接渡せないからと、設置しておくところもそっくりである。

 

(はよ来い。君との親密度を上げたいんだよ!)

 

 掴んだ岩に罅が入るくらいには興奮していた。そうして月も高く昇ってきた頃に、それは出てきた。

 

 暗闇の中でも分かる巨体は、茶色っぽい長毛で覆われている。ノソノソと歩いていく様は強者の余裕さえ感じ取れるが、毛で覆われた目元は見ることも叶わずその心情は読み取れなかった。

 

 ドキドキしながら絶で気配を消して、獣の様子を盗み見る。巣穴の近くにあった魚に気づいたのか進行方向を変え、岩の方に近づいていくと左右に動きながらじっと視線を魚の山に向けていた。

 

(……食べてくれるだろうか。)

 

 獣は暫く魚を見ていたが、そのままふぃとその場を去ってしまった。野生の警戒心を舐めてはいけない。告白に失敗したジールは心の中で滝のような涙を流しながら、魚を回収する。

 

(べァべァよ、この魚はお気に召さなかったのかい?)

 

 めそめそしながら変な渾名で呼び始めた。それでも手を止めることは無く火を起こしながらキャンプ地のセッティングを進める。

 べァべァ(仮)をじっと待っていたために夕食も食べていなかったジールは、串に刺した鮭風の魚を焚き火にかけて焼いていく。

 

静かな岩場には、パチパチと火が跳ねる音だけがひびいていた。

 

 どデカい魚がちょうどいい具合いに焼け、塩を振りかけてその魚にかぶりつこうとしたその時、遠くの草陰からべァべァ(仮)がのそりと出てきたのだ。

 間抜けにもかぶりつこうと口を大きく開けたままの一人と一匹は視線はかち合わせ、じっと見つめ合うことになる。

 

(おーぅ、べァべァとの感動的なサイカイー。)

 

 刺激しないようにと、ジールが身動ぎせずに焼き魚を持ち上げてたままキープしているとどんどんべァべァ(仮)が近づいてくる。内心では友好イベントなのか、それとも死亡イベントなのかと盛大に混乱していたジールだが、敵意を感じないからと座ったまま様子を見ることにしてみた。

 

 …その直後、ブォンと振られた前足にジールの焼き魚は飛んだ。

 

 

 綺麗な放物線を描き、遠くの岩に当たってベタっと落ちる。目の前で振られた鋭い爪付きの腕にもびびったが、急に夕食を吹っ飛ばされる事態にジールは固まるしか無かった。

 

 

「そんな危ないもの食べちゃダメよぉー。」

 

 

 野太い声が目の前の獣から聞こえてきた。

 

(……………ギャァァァァァァァアア!シャベッタァ!)

 

 聞こえてきた野太い声に合わない口調だとか、危ないものとはどういう意味なのかとか、話せるということは魔獣なのでは等とツッコミたいところは山ほどあるが、獣が喋るという衝撃によりそんなものは全て吹っ飛んだ。

 

「家の前にあるのを見て、誰かが捨てて行ったのかしらぁ〜とか思っていたから、貴方が食べようとしてるのを見て驚いちゃったわよ。パラサイトが入った魚なんてやめときなさぁい。」

 

「……パラサイト。」

 

「そうよぉ〜、毒はちょっとしかないけどそんなもの食べたら毛艶が悪くなっちゃうわ。」

 

 いやぁねぇ、とでも言いたげな前足の動きを見せながらべァべァ(仮)は軽い調子で話を続ける。

 パラサイトと聞いて危ないところだったと冷や汗を流しながらも、少し冷静になってきたジールは改まってべァべァ(仮)に向き直った。

 

「……教えて頂き感謝する。……それと、貴殿は魔獣で合っているだろうか?」

 

 長い毛皮に覆われ目元は見えないが、何処かキョトンとしているように感じた。

 べァべァ(仮)は四足で立っていたところから腰を落ち着けるように足を折り、うつ伏せで座り込むと頬杖をついてガッツリ話し込む体制に入った。どうにも人間くさい動きである。

 

「やぁねえ、そんなことも知らずにここまできたのぉ?てっきりいい男がワタシに会いに来たのかと思ったのにぃ〜。」

 

(これはなんて返せばいいんだ?)

 

 普段自身のことをプリティだなんだと言ってはいたが、面と向かって言われるのは初めてだった。ジールはいつもの数倍返答に困り、焚き火を突いて火力を調整するフリをした。

 

「まぁ!かわいい反応してくれるじゃないの〜。」

 

 ……枯れ枝も追加で入れておこうか。

 

 

 

 

 そこからは怒涛の勢いだった。べァべァ(仮)は、半秘境となっている洞窟付近には全然人が来ないことだとか、数年前に旅立った娘が可愛かった話や、岩場を囲むようにある森のトップを張ってた時のことなどを話す。とにかく話す。

 久しぶりの話し相手に口が止まらないとはべァべァ(仮)談であったが、ジールもいかにもな面白い話に焚き火の火が消えかかるまで付き合っていた。

 

 最初は、バレンタインのイケメンと乙女の関係であったのに、いつの間にか立場も変わっていった。

 というのも。

 

「そうなのよぉ、あなたの次にはいい男だったわ〜。」

 

「あなた強そうねぇ、いいわよ強い男。」

 

「見てちょうだい!この毛並み!あなたみたいないい男がいつ来ても良いように毎日完璧に整えてるのよぉ。」

 

 ことある事にジールを褒めてくる。しかも雄?としてべた褒めしてくるのだ。

 それに対してジールもなんとか返事をしようと頑張っていだが。

 

「…………あなたも素敵だと思う。」

 

「、その、素晴らしい筋肉を持っているな。」

 

「あぁ、綺麗な毛並みだ。」

 

 

 トーク力の低さが露呈していた。なんとか失礼の無いように言葉を選ぶのに必死だったのだ。なんだ素晴らしい筋肉とは、ふわふわの毛並みでほとんど見えていなかっただろう。

 それでもべァべァ(仮)は喜んでくれたようで、何度かその太い腕で背中を叩かれた。オーラがなかったらジールは多分死んでいただろう。

 

 そうして、星の輝く素晴らしい夜に一人と一匹は語り明かした。

 

 

 

 

 

 

「…………ところで貴殿の名はなんというのだ。」

 

 朝日が昇り始めた時のセリフである。

 話が面白く盛り上がったのも分かるが、名前くらいは最初に聞くものだろう。勝手にべァべァなどと心の中で呼んでいたからか、すっかり忘れていたらしい。

 

「あら言ってなかったかしらぁ?ベラロッキー・ベアアルドっていう魔獣よ。」

 

 話の途中で取ってきた葡萄の実を爪で器用につまみながらベアアルドは答えた。どうやら種族名を名乗っているようだ。

 

「なら、べァべァでも問題無さそうだな。」

 

 普段はこれでもかと口をどもらせるのに、ジールは渾名だけはポロっとこぼす。何処を聞いたらべァべァでも問題無いと言えるのだろうか。

 

「いいわねぇ、かわいい名前じゃない!あなたがそう呼んでくれるなら大歓迎よ〜。」

 

 拍手するように前足を地面に叩きつけるべァべァ(正式)は、ご機嫌だった。ジールの微妙なセンスの渾名を受け入れるとは子を育てた経験からなのか、とても深い懐を持っている魔獣のようだ。

 

 

 そうして、太陽が完全に顔を出した頃。ジールは旅立つ為の準備をしていた。

 楽しく話せる魔獣という貴重な出会いをしたわけだが、ひー君を追いかけるという大事なミッションの為にも先に進まなければならないのだ。

 

「あら、もう行っちゃうの?」

 

「……ああ、べァべァと話すのはとても楽しかった。しかし、俺は行かなくてはならない。」

 

「まぁこんなところを通るくらいだもの、わけアリなんでしょう?わかったわ〜。」

 

 そう言って、のっそり起き上がるとべァべァはジールの前までやってきた。使わなかった寝袋なんかを鞄に詰めていたジールは、差した影に気づき手を止めた。

 

「楽しくお話させて貰ったし、ワタシが街まで案内してあげるわぁ。」

 

「いいのか?」

 

「任せてちょうだい!この時期は暇してるもの。」

 

 なんといい魔獣だろうか。べァべァへの好感度はこの一晩で爆上がりであった。

 

 いそいそと荷物をまとめ終わったジールはべァべァの横に並び立った。

 べァべァの話では、彼?彼女?が住んでいる洞窟の別の出口が街に繋がっているらしい。ジールの歩幅に合わせて歩いてくれるべァべァは、薄暗い洞窟内で明るく話しながらこの先の街のことを教えてくれた。

 時間にしてみれば数時間の道のりであったが、ジールにとっては誰かと一緒に居るという久しぶりの体験だった。

 

「あれよ〜!このまま進めばちゃんと街まで行けるわよぉ。」

 

 首を動かし、ひとつの道を示すとべァべァはその場に立ち止まった。

 

「……そうか、ここまでありがとう。」

 

「いいわよぉ、ワタシもジールとお話出来て楽しかったわ〜。」

 

 

 最後まで楽しそうに話すべァべァを見ていると別れるのが寂しく思えてきた。

 

「また会えるだろうか。」

 

「あら〜、寂しがってくれるのぉ?大丈夫よまた会える気がするもの。……ほら、行きなさい!」

 

 優しく背中を押されたたらを踏んだジールは、一度後ろを振り返り手を降ると真っ直ぐ歩き出した。

 

「あらヤダ、笑顔も素敵ね。」

 

 

 

 ーーーザッァァ。

 足取りは強くしっかりとしたものだ。少しの素敵な出会いを経験したジールはまた一歩成長出来た気がした。

 

 

(……動物に好かれるというのは、魔獣にも当てはまるのだろうか。)

 

 築き上げた友好の大半はあちらからのアプローチだった気がしなくもなくもない。成長出来たのは半歩だけということにしておこう。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

 ジールが目指しているもの、それは実家であった。ひー君が施設を脱走したと聞いた時、すわ反抗期かとショックを受けたものだが、よくよく考えてみれば『お兄ちゃんに会いに行くんだ!!』の可能性も無くはない。

 

 では、脱走したひー君が何処に行くのか。ひー君がかなり頭がいいことは分かっているのだ。十中八九実家だろう。メッセージに気づいたかどうかも知りたい為、とりあえず実家に行って確認してみようというのがジールの考えであった。

 

 

 そうして、約2年ぶりの帰郷は行われる。

 

 懐かしい街並みに心を浮かばせながらも、ジールは人目に付かないようフードを深く被り絶をしていた。

 というのもおっさんとの約束が原因である。社会的に死んだことになっているジールが堂々と街中にいるのは宜しくない。生きていると考えている人なんて殆どいないだろうが、もしラケルススの長子だなんだと騒がれると約束違反になってしまう可能性があるのだ。

 

 お屋敷生活で、おっさんに隙を見せるのは良くないことだと十分に学習したジールは、そういった火種を生まないようこれまで旅をしてきた。

 

 魔獣であるべァべァは平気だろうと名乗りを上げたが、それまではぼっちで生きてきたのだ。いかにべァべァとの会話が楽しかったのかは察せるだろう。

 

 

 そしてたどり着いた家の鍵を開けると、中にはジールが送っていたダンボールの山が出迎えていた。

 

 中身はお屋敷からちょくちょく送っていた新聞の切り抜きやお気に入りの本である。久しぶりに読みたくなってきたが、今は駄目だと強い意志を持ってダンボールをどけると、そこには変わらぬ我が家があった。

 

 そのままジールは一目散に本棚へ掛けていくと一番好きな本を取り出した。パラパラとページを捲り、何も挟まっていないことを確認すると、本をひっくり返しもう一度確認し、挟んでいた住所の紙が無くなっていることを確信する。

 

 そっと本を本棚へ返すと、ジールは全力で頭を働かせた。

 

(つまりひー君が、この家に来たことはほぼ確定。なんなら俺が隠していた紙も見つけていた、流石ひー君。)

 

 ここでもうひとつ確定したことがある。それは、家に来た時点ではひー君が念能力に目覚めていないということだ。

 ジールがちょっとした仕掛けを準備していたために分かったことだが、これについてジールはガッツポーズを披露した。

 

(大丈夫。ひー君はまだバンジーガムを使ってないヒソカだ。あぁでも、旅をしているなら念を使えた方が安全だよなぁ。)

 

 ジールは色々思い当たるところが出てきて膝から崩れ落ちる。埃の積もる床の上で、安心感と旅の心配で板挟みになったジールはゴロゴロ転がっていたわけだが、それもピタリと動きを止めた。

 

(いやでも、この世界も街を歩く分には武術の心構えがあれば十分だし、ひー君が街にいることを願っておこう。)

 

 ジールは気づいたのだ、屋敷にいる時に考えていた程世界はデンジャラスでは無いということに。

 

 考えてみて欲しい、念能力が無ければ命の危険に晒されるのか、否。そんな危ない世界など人類が一瞬でいなくなるだろう、そんなものは暗黒大陸だけで十分である。

 では何故そんな簡単なことにも気づかなかったのか、それはジールの世界の基準が原作知識だったからだ。そんな主人公みたいなイベントが街中で頻繁に起こっていたらここが暗黒大陸になってしまう。

 

 ということで、ジールはゴンが遭遇した出来事を基準に世界の危険度を測っていたのだ、それではインフレも起きるだろう。しっかり旅をして自分の目で見た今は、あれが一部で起きたことだと理解した。

 勿論諸手を挙げて安全だと言うわけではないが、キメラアントばりの化け物はそうそう出てこないことに気づけたのだ、これぞ成長。

 

 

(じゃあひー君は、多分この家でメモを見つけて、きっと俺のところまで来てくれたハズだから…)

 

 

 ポクポクポク、チーン。

 

 

(ああああああああぁぁぁ!!!!!!ひー君に死んだと思われてる可能性大。おいおい嘘だろパトラッシュ)

 

 

 慌てすぎて色々混ざっている。

 たいして被害が無いからと自身の死に頓着しなかったツケがやってきた。ジールの予想では、ガーランドまでやってきたヒソカが兄の死を知ったところまで出てきていた。大正解である。

 

 ひー君が念能力に目覚めていないという朗報に喜ぶのも束の間、お兄ちゃんが死んだと誤解されていることに気づいたジールは落ち込んだ。上げて落とされたのである。

 

 一旦、ダンボールの中から良さげな小説を取り出しそれを読んだ。数時間かけて精神を安定させたジールは、再び現実に戻って来ることとなる。

 

(まず、何がよくないか。それはひー君の行先に予想がつかなくなったということがひとつ。そして次に、むしろこっちの方がやばいのだが、金がそろそろ無い。世界中を飛び回るのには全然足りない、しかも入国出来ない!なんてこった。)

 

 座っていた椅子を後ろにしならせながら、天を見上げる。

 ひー君の行先についてはお兄ちゃんパワー(長年の勘と原作知識)でどうにか出来るが、後者はどうにもならない。陸続きなら今までみたいに入国することも考えたが、海を渡っての密入国は流石に無理だ。そもそも犯罪ですしおすし。 

 

 

 そうして、作戦の練り直しが行われたわけだが、ジールの今回の方針は“急がば回れ”と“急いては事を仕損じる”である。

 

 只今のカレンダーは10月。しっかり体制を整えてからひー君探しに乗り出すことにした。

 

 

 

(つきましては!俺、ハンター試験を受けます!)

 

 3ヶ月後にあるハンター試験でライセンスを取って、自由に各国を行き来しようという魂胆である。

 そもそも受かるのか、落ちたらどうするんだなんてことは考えない。何故なら考えた時点でフラグが立つからである。

 とは言っても、一回で何十万と申し込みがある試験だ、不安に思う部分もある。

 

 

(あぁー、会場まで辿り着けるかな。)

 

 まずはそこからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 頬を刺す空気の中、長い道のりを経て辿り着いた人々は大きな部屋に集められ時が来るのを待っていた。

 何処を見ても荒々しい格好の者が多く、各々が互いを警戒しながら過ごしている。中には周りの事など気にしていないといった風に壁にもたれかかっている者もいたが、総じて腕に自信のある者が集まっているのだ。

 

 

 

 そして、著名な剣士であったり、アマチュアで既に功績を上げている者、常連といえる回数の試験に参加し周囲に顔を覚えられている者などある程度注目を集めている者達がいる中で一際目立っている人物が居た。

 

 人々が避けながら様子を伺っているため、見つけるのは簡単であろう。その人物は、特に名が知られているわけではない。そもそもなんという名前なのかこの場にいる者は誰一人として知らないのだ。

 

 では、何故注目されているのか。

 足元はよく見かける靴で、服装は黒一色だがこれからに備えて準備されただろう大きな鞄も含めて一般的なものだ。入口で渡されたであろうナンバープレートも、43番と若いものだが少々の関心で済むだろう。

 そうしてプレートが付けられた胸元から視線を上に上げた時、人は視線を奪われながら一歩身を引くのだ。

 

 

 

 43番の頭部には麻袋が被せられていた。

 

 それは、頭部より少し大きい四角いタイプの麻袋を被り、首元で袋の口を締めている。

 囚人が護送途中に脱走してきたのかと考えてしまうくらいには可笑しい格好であった。罰ゲームでもしているのかと考える者もいたが、正面に回れば分かるだろう。目の位置にペンで二つの黒丸と眉毛らしきものが描かれていることに。

 わざわざ袋に描きこんでまで装着しているのだ、きっと本人の趣向なのだろうと考え直した者が大勢いた。

 

 中央よりやや外れた位置で突っ立っている麻袋は、別になにかアクションを起こしたわけでは無い。

 なんなら、最初で最後の勇者がチンピラよろしく声をかけに行った時も声一つ発さずじっと見つめるだけだった。

 周りのガラの悪さを考えれば一悶着起きても可笑しくは無かったが、麻袋は目だと思われる黒丸でじっと見つめるだけで反応を返さずにいたのだ。その空気に耐えられなくなった勇者は汗を流しながらささっと後退り、今では麻袋から一番遠い部屋の隅に縮こまっている。

 

 ざわめきが収まらない室内で、また一人と会場に到着し人が増えていく、やかましさは次第に膨れ上がり一部を除き人々がひしめき合っている。その中で微動だにせず立っている麻袋は周囲から浮いていた。

 

 

 そうして一連の流れを見ていた周囲は確信した、今年のハンター試験にもヤベー奴がやってきたと。

 

 

 古くさい土壁に近い材質で出来ている一部屋には約320人の腕利きが胸にプレートを付け集まっていた。これから行われる試験に夢をかけ必ずや合格してやると心を燃やす者達だ。

 

 その中でポツンと立っている麻袋も当然試験への期待で胸を踊らせていた。

 

(やべぇ…ハンター試験受けられるとか、俺前世でめっちゃ徳積んでんじゃん。)

 

 

 気合いを入れるように拳を握り、肘を引く。俗に言うガッツポーズであったが、周囲は突然動いた麻袋に驚き肩を跳ねさせていた。

 

 

 

 

 

 『第273期ハンター試験開幕』

 

 




次回は、ジールが試験会場に行くまでと1次試験のお話です。

読んでいただきありがとうございました。感想等励みになります。
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