前回、微妙な終わり方をしたジールの三次試験が始まります。
よろしくお願いします。
「馬鹿ばかりという訳でも無さそうね。」
二次試験終了後に残った52人の受験者達は、初めの部屋に集められていた。
試験を通過した各々の顔を見渡し、少し満足そうに頷いたブルーメがキャスターを使って一回転する。
「まっ、精々この後も頑張るといいわ。貴方たちがライセンスを取れたら様付けくらいは許してあげる。」
ブルーメは髪を跳ねさせながら鼻を鳴らすと、そのままリリーの方を見た。
「皆様の今後に期待すると致しましょう。」
試験が終わりひと息ついたところで、二人の試験官に見送られた受験者達は船に詰め込まれていた。
人数に対して豪勢と表現できよう大型船は、ダーグン街から出港し沖の方へと進んで行く。
その船内では受験者達がご褒美だなんだとはしゃぎながら各々の好きなように過ごしている。ぶっ通しで行われてきた試験に、体を休める者も多いことだろう。
船の最上階にあるレストランの席で一人肉を食べている男もまたこの船の旅を満喫していた。
(ハンター試験…おいしすぎるぞ。)
むしゃむしゃと食べているビーフステーキの話だけではない。もちろん絶妙な火加減で焼かれた肉も美味しいが、ジールがこうしてニコニコしているのは二次試験で手に入れた資料の話だ。
許可を貰って持ってきた辞書だけに留まらず、問題用紙や参考資料等々ちゃっかり拝借してきたジールの鞄の中はまさに宝箱。汚さないようにと今は取り出していないが、食べ終わったら次の試験会場までじっくり読み倒す予定だ。
(レアな研究論文と、ご丁寧に添えられた解説書まで、いやー太っ腹だなぁ。)
追加でやってきた生姜焼き、さらに角煮と中華ダックが机の上に並べられていく。一人で四人席を占領しているジールはそれらを次々と腹の中に収めていった。
その光景を見ていた周囲は、麻袋の口から中に吸い込まれていく大量の肉料理に慄いたことだろう。
それから一晩が経ち、誰も文句の付けようがない最高級の船の旅は終了となる。
腹を満たした者から、睡眠をとったり、スパで体を癒した者まで下船する受験者達の体調は万全と言っていいほどに回復していた。ジールも読書に耽り固まった体を解しながらウキウキとした足取りでステップを降りていく。
皆が到着したのは瓢箪型の島である。大きくなっている下方部には町ができており、今回船が止まった港もある賑やかな場所だった。
(次の試験はなんだろう…そろそろ体を動かしたいなぁ。)
ジールはゴキッと鳴った首元をさらに鳴らしながら、受験者の後をつけて行く。朝日が顔を出すなか貨物を下ろすクレーンを横目に開けた場所まで歩いていくと、そこには一人の少女が待ち構えていた。
「ようこそ、お待ちしておりましたわ。」
肩口で切りそろえられた金髪のショートカットと、上品さを感じさせる服装。可憐な声が視線を集めるその人物を女だからといって舐める輩はもういなかった。
「私は、試験官のビスケット・クルーガーです。」
二次試験で散々に言われてきた受験者達はどんな罵倒が来るのか若干身構えていたが、その雰囲気に違わず丁寧な挨拶をされキョトンとしていた。
そして反応出来ずに固まっていたのはジールも同じだった。
(わぁお、心構えゼロのところにぶっ込まれた。ショートも似合いますねとか、猫被りの時もめっちゃ声いいですねとか色々言いたいところではあるけどとりあえず……麻袋被っててよかったあ。)
首を鳴らしている途中、つまり麻袋の口に手をかけていたジールは労わるようにそれを撫で上げる。
思わぬ出会いにスンッとキャパオーバーし、感情が抜け落ちていったジールだが、試験中だと言い聞かせて平常心をなんとか取り戻した。
そのままふとビスケの方を見ると、どうやらこちらの事を見ていたようでバッチリ目が合う。どうしたのかと首を傾げた頃には説明の為に視線は外れていたが、一番後ろにいる自分を見ていたとは全くもって謎である。
「三次試験では、皆さんにお買い物をして来てもらいたいんです。」
買い物…、それだけか?とざわつきはじめた受験者達を前にビスケはわざとらしく咳払いをした。
「でも、ただの買い物ではありません。この島にある高価な物を持ってきて欲しいのです。」
ジャラっと音を立てて出されたのはお金が入っている袋だ。荒い目のそれにジールは少し親近感を抱いた。
それから、ビスケは袋を掲げながら腰に手を当て言葉を続ける。
「皆さんには元手として1万ジェニーをお渡しします。今回の試験ではより高い物を持ってきた人から合格になるので、頑張ってくださいね。」
最後のところでは、キュルンと音がしそうな表情で見上げてきた。正直、色々知っていても心に来る。
ヴッ…とセルフで心臓を抑えながら、ジールは注意事項を頭の中にメモしていった。
ひとつ、購入金額ではなく、実質的な価値に基づいた金額で判定されること。
ふたつ、価値が1万ジェニー以下のものは即失格であること。
みっつ、持ってくるものはその時点で購入済み、または自力で獲得した物であること。
よっつ、判定は早い者勝ちの為、同じ品物は2つ目以降判定の対象にならないこと。
いつつ、他の受験者から強奪したお金を資金源にすることは禁止であること。
むっつ、制限時間は太陽が沈むまでであること。ただし、それまでは何度でも挑戦できること。
ジールは、途中で忘れそうになったため手帳にも書き出しておいた。
(まぁ、纏めればこんなもんかな。聞く限り、骨董品系を安く買い叩くか、道具を買って珍しい魚を釣り上げるのもアリかな。最終的に自分のモノにして持って行ければいいんだし……。)
試験のやる気が花丸であるジールは至極真っ当に考察している。いくつか思いついた方法を注意事項の下に書き込んでいると前の方から人が近づいてきたようだ。ジールがそのまま顔を上げると目の前にはビスケが立っていた。
(おっと、何か御用ですか?)
「これがあなたの分です。なくさないでくださいね。」
ビスケは持ってきた箱の中からお金の入った袋を取り出し、ジールの方へ渡してきた。どうやら最後のひとつらしい。
ジールは感謝を伝えるように手を動かしながらその袋を受け取ると、そのまま鞄の中へしまった。
その一連の動きを見ていたビスケは首を傾げていた。ビスケを見たジールがどうしたのかと問いかけようとしたが、それより先に辺りに受験者が居ないことに気づく。出遅れたと悟ったジールはそのまま軽く礼をしてその場を去った。
面妖な格好をした男も走っていった。これで暫くは暇になるだろうかと、ビスケは最後の男を見送る。
(あれがザックの言っていた“いい男”ね。……期待は出来そうだわさ。)
鍛えられた身体は甘いところもあるが、周りより頭一つ分は飛び出している。ブルーメ達の試験を通ったのだから切れ者であることは間違いない。その素顔ともうひとつ気になるところはあるが、この試験をどう乗り越えてくるのかが楽しみであった。
(……真面目そうな男だったわね。)
ビスケは港のすぐ近くにある喫茶店に入り、モーニングセットを頼む。コーヒーの香りと、それぞれが持ってくる価値あるものに心を踊らせるのであった。
※※※※※※※※※※※※
(ただ今浜辺でカモメちゃんにパンを貢いでる俺です。どーも!)
海岸沿いにある商店街や、島を一周できるバスの停留所など人が集まる通りから少し外れたところで、ジールは元手の1万ジェニーから朝食を購入し腹ごしらえをしていた。
ここへ来るまでに商店街の出店なんかを覗いてみたが、掘り出し物の骨董品はあまり見つからなかったため別の方法を考えているのだ。
(まぁ、ヨークシンじゃないしそんなにいい物も集まらないかな。…となると気になってくるのが試験会場がこの島になった理由だ。)
もぐもぐしていたサンドイッチも、途中から鳴き声が最高に可愛いカモメに持っていかれていた。
そして柄悪く座り込んでいるジールの横には、臆せず話しかけてくれるベレーくんが座っている。
「カモメさん、可愛いですねー!」
(だろ?)
二次試験が終わり、改めて挨拶された時はその声の高さにボクっ娘疑惑が浮上したが、人に性別を訪ねることなど出来ないジールにとっては未だベレーくん判定である。
「モロウさんは、この後どうするんですか?」
ジールが分け与えたサンドイッチを食べ終わったベレーくんは当てがあるようだった。
迷いなく聞かれた問いかけにジールは素直に答える。
『考え中、キミは?』
「僕は、山の方に行こうと思ってます!」
なんでもこの島の立地は貴重な薬草が繁殖するのに適しているらしい。海にも高級魚がいるらしく意外とハントする物には苦労しないようだ。ベレーくんの知り合いが薬草に詳しい影響で、山の方に行くようだが、親切にもジールへ色々教えていってくれた。流石情報屋。
ジールが商店街を物色している間に集めたらしい情報はどれもためになるもので、知っているだけで有利になるものばかりであった。
『ありがとう。参考になった。』
「いえいえ!サンドイッチを頂いたお礼ですよ!では、僕はこの辺で失礼しますね。モロウさんも頑張ってください!!」
サンドイッチに対してお礼がデカい気もするが、お辞儀をした後元気よく走っていったベレーくんは気にしていないようだった。
(とりあえず、この島は試験に打って付けのようだ。)
豊富な資源と、途中で見かけた特産品のガラス細工もサイズが大きいものなら試験を通過できるだろう。ベレーくんを見習って情報収集から始めようかと、立ち上がったジールは町の中心を目指した。
(でもやっぱり一番がいいよなー。)
やるからには、島で一番高いものを買いたいと考えていたジールは、町のバス停を通り過ぎて商店街まで戻ろうとする。
「海賊団の元アジト見学ツアーはこちらになりまーす!30分後の出発となっております!是非ご参加くださーい!!」
バス停のひとつを通り過ぎたところで、聞こえてきた客寄せの言葉にジールはずっこけた。
(…海賊団って、そんな危ないところでツアーするのかよ。)
麻袋の穴からそちらを見れば、赤いツアーの旗を振りながらバスガイドのお姉さんが笑顔で広告していた。まあ、ゾルディック家にもツアーがあったしこの世界ではアリなのだろうとジールは何とか納得する。
「海辺の洞窟にある秘密のアジトを見学できるのはこのツアーだけですよ!!」
秘密のアジトという言葉にジールの耳は反応した。こんなツアーが組まれている時点で秘密ではないだろうがそんなことはどうでもいい。ロマンが詰まっているのだ。
トントン。
「はい!なんでしょ…………。」
決まれば即行動、ジールはバスガイドのお姉さんに申し込みはどうするのかと訪ねて即効で役場へ向かった。
観光案内や、住民登録、港の管理までこの島の事はここで回されているであろう町役場に到着したジールは、観光案内の窓口に並んでツアーのチケットを購入した。全部で5500ジェニー、半分以上を持っていかれたが仕方ない事だ。
(ほら、この島にある海賊団のアジト跡地なんて試験に関係ありそうですし。おすし。)
最悪海に突っ込んで魚でも取ってこようかと考えながら、ウキウキでチケットを受け取ったジールは
役場の中を見渡した。
(……ちょっと聞いていこうかな。情報収集、情報収集〜!)
聞くのはタダだからと、島に移住する人向けの窓口へ向かっていく。ジールが訪ねた内容は少し違ったらしく別の人を紹介されたが、概ね聞きたいことは聞き出せた。
それと、この島の人達はハンター試験が行われていることは知らないようだが少々ガラの悪い人達が来ることは知っていたらしい。ジールを見ても追い返され無かったことは僥倖だった。
不審者の対応は海賊団がいた頃に慣れたようだった。
(もしかしたら試験会場がこの島なのも、島の人達が厳つい野郎に慣れているからかもしれない。)
ツアーの時間になるからと役場を出たジールは無事バスの時間にも間に合い窓際の席に座ることに成功した。もちろん隣は空席である。
「皆様!本日はハブ海賊団のアジト見学ツアーにご参加いただきありがとうございます!本ツアーは先月捕獲されたハブ海賊団の本拠地である洞窟の中を見学するツアーとなっております。」
島の外周をなぞる様に走るバスからは、綺麗な海がよく見えた。バスはこのまま瓢箪型の島の上部まで行くようだ。
ジールは、意外と最近だなと驚きながらも、移動時間を埋めるように話される説明を興味津々で聞いていた。
「ハブ海賊団は、この島を中心に一帯の海を縄張りにしていた海賊団です。執拗に商船や金持ちが乗っている船を狙う様は“海のハブ”と呼ばれ嫌われておりました。」
(なんで“海のハブ”なんだよ、ウミヘビでいいじゃん。それかチンアナゴ。)
「それを捕まえてくださったのが、プロハンターの方だったのです!星を持つ優秀なハンターの方は極悪な海賊団をものともせずに捕獲し、晴れてこの島に平和が訪れたのでした。」
抑揚のある聞きやすい説明に、ツアーの参加者も話にのめり込んでいた。
(へぇー!プロハンターが捕まえたのか、どんな人だろう。)
半ばプロハンターのオタクとなっているジールは思わぬ所で出てきたプロハンの影にニコニコである。
クライムハンターだろうか、それとも海賊専門の人がいるのかと思考の海に沈みそうになったところでバスが止まった。外を見ると海岸が崖になっており、ここからは徒歩で中に入ると説明される。
バスから降りてみると潮風が強く吹く。島の町からちょうど真反対にある半島部分であった。
「皆様、足元にはお気をつけください!…そして、こちらの階段を下った先に海賊団のアジトがございます。」
目立つ赤い旗を振りながら先頭を歩いていくバスガイドに着いていくと、崖の下の方に口を開けた洞窟が見えてきた。
(……ここが秘密のアジト。)
思わず唾を飲み込み緊張を紛らわせると、ジールはそのまま洞窟の中に入った。
「こちらの入口部分はカモフラージュの為に通常の洞窟と変わらない状態で使用されていました。そして奥に進んで行きますと、こちらのスペースから拠点として使われていた痕跡が見えてきます。」
ツアーの為か、壁に取り付けられたライトが薄暗く洞窟内を照らしている。十数人のツアー客は皆ドキドキしながらその中を進んでいった。
そうして奥の道を曲がったところで広い空間にでる。地面には土に汚れた絨毯が敷かれ、木箱や樽などが無造作に置かれていた。壁には何かのタペストリーや地図も貼られている。他の空間に続く横穴も複数開いており、海賊達がここで活動していたのがよく分かる場所であった。
(ぽい、めっちゃそれっぽい!)
いかにもアングラなアジトにジールは興奮していた。
「それではこれから暫くの自由時間となります!満潮になりますと危険ですので、その前には集合するようにお願い致します。アジトの中にあるトラップは全て撤去されていますので、ご安心下さいませ!」
むしろトラップがあったような場所なのかと一抹の不安を抱いたジールであったが、気を取り直してアジトを探索する事にした。
(……金目の物落ちてないかな。)
そう、横道に逸れかけたが只今三次試験の真っ最中である。ジールは、アジトに少しでもいい物があれば持っていくつもりであった。
ゴミ捨て場に、寝室、娯楽室に、なんの部屋か分からない空間など、かなりの広さを誇るアジトの中を順々に歩いていく。たまにバスガイドが待っている最初の部屋に戻ったりとジールは行ったり来たりを繰り返していた。
トントン。
「…はい!なんでしょうか!」
『宝はある?』
そして半分程を捜索し終わったところで、ジールはバスガイドさんに声をかけていた。金目の物の影も形もなかったのだ。藁にもすがる思いである。
ちなみにバスガイドさんはジールのことをアジトが大好きな参加客だと思っている。隅々まで洞窟の中を練り歩いていればそう思われるのも仕方ない。
「海賊団の所持していた財宝は、プロハンターの方が回収していかれたのでここにはありません。ここにあるのは誰も持っていかなかった残りカスですね!」
(……残りカス、言い切ったな。)
『そうか、ありがとう。』
「いえ!雰囲気はありますので是非残り時間もお楽しみください。」
笑顔で旗を振ったバスガイドさんに見送られたジールは残りの道の捜索を再開した。まだ諦めないようだ。
そして、集合時間の直前。ジールは怪しい場所を見つけた。それは縦横無尽に伸びている横穴の行き止まりである。
やってきた通路の先に何も無く訝しんでいたら、床の一部がカパカパと動いていることに気づいたのだ。
もしや、なんかすごい感じの仕掛けが!?と語彙の溶けたことを考えながら、動いている部分をじっと眺めていると、蓋が開く様に地面に隙間ができ、その間から水が出てきた。
(キタキタキタキターー!!)
爛々とさせた瞳を向け、しゃがみ込んだままその様子を見守っていると、遂に湧き出る水の勢いで地面の一部がパカりと外れた。
(きゃーーー!パーフェクト!俺の心にくる演出オブザイヤー受賞ですね!!!)
外れた部分の窪みには水が入ってきている横穴と、ビー玉のような石が嵌っていた。
理想的な演出にワクワクしながらその石を触ると、カコンと音を立ててその石が押し込まれた。
(はわわわわ……)
ジールの中に新たな幼女が誕生した。パッと見で罠が無さそうだからと安易に触るのは正にお子様である。
それから直ぐに行き止まりだった通路の壁が動き、先に続く通路が現れた。この仕掛け、どれだけジールを喜ばせれば気が済むのか。
キャッキャしながら、通路を進めばそこには大きな空間が広がっている。
商船や金持ちの船を狙っていた海賊がここまでして隠したものが何か、言うのは無粋と言うものだ。
※※※※※※※※※※※
仕掛けに夢中になっていたジールは当然ながら集合時間に間に合っていない。
さらに言うと崖の上で待っていてくれたツアーの方々に、先に行くよう伝えたジールは隠し部屋の中身を持って山の中を突っ切っていた。
訝しがりながらも先に出発したバスは正しかった。もしも、あの場でジールが持って帰ってきたものを見れば誰しもが目の色を変えただろう。無益な争いを生まない為には必要な措置だったと言えよう。
そうして、争いの種になりかねないブツを袋に詰め込んだジールは町に戻ってきていた。バスより早いのはご愛嬌である。
(やー、マジモンは重いですな。)
サンタクロースのように大きい麻袋を担いだ麻袋は仁王立ちで役場の建物を見上げる。
(ぐへへ、これで俺の完璧な計画が成功するぞ!…ところでこの袋、扉通るかな。)
少し枠に引っかかった部分もあったが、何とか押し込んだジールは先程紹介された職員に声をかけていた。
用件を知っている職員は口角を引き攣らせながら対応する。こいつマジかと思ってもやらなきゃいけない役場勤めは大変なのだ。
「ご用件は、先程の書類のことでよろしいでしょうか。」
『よろしく頼む。』
「では、上の個室にご案内しますので、そちらで対応させていただきますね。」
職員が手のひらを向けた階段を見て、ジールは頷いたあと横に置いていた麻袋を担いだ。
大きな荷物を持つ不審な利用者に、役場にいた全員の視線が集まっていくが、気にしないジールはそのまま二階へ上がっていった。
応接室に着き、麻袋の中身をぶち開けたジールは昼食にでもと出された肉まんを器用に食べながらひたすら待つ。たまに騒がしくなる港の方を見たり、持ってきた物のひとつを手に取ったりとダラダラ過ごしていたところでようやく準備が整ったようだ。
途中から人手が足りないと判断されたのか、職員の人数も5人に増えていた。
対面する形で座っているジール達の間にはなんともいえない空気が流れている。
そうして最後に入室してきたのはこの島にある町の町長であった。
「あなたが今回の話を持ってきた方ですな?」
ちょび髭を撫でながら問いかけてくる町長はどこか緊張しているようだった。
『今回の財宝の金額は尋ねない。全てそちらの支払いに使わせてもらおう。』
「して、本当に手に入るとお思いか?」
準備していたように出されたフリップに動揺しながらも強気な返答を返した町長は、ジールの立てた人差し指に視線を奪われた。
『今日一日でいい。』
購入を証明する書類に期限を一日と書き込み、町長や職員に見せる。
「な、ならばこれほどの大金でなくとも、十分です!」
最初に対応していた職員は、慌てたように金額の書かれた用紙を見せようとする。いかに不釣り合いな取り引きなのかと伝えようとしたようだ。
しかし、ジールは首を横に振りそれを断った。
『全てだ。……残りは寄付。』
『サインしても?』
身構えていた町長は、予想外の言葉に口を開きながらも何とか頷いた。それを見たジールはさっさと自身の署名欄に名を書き、町長にもペンを渡した。
『いいものを買った。』
※※※※※※※※※
夕方と言うには少し早い、八つ時にやってきたのは何やら書類を一枚持った麻袋の男。
港には、ビスケの前にそれぞれの購入品を持った受験者達が集まっていた。
「いい魚ですね。大きいですし、これなら5万ジェニーはいきますよ。」
「よっしゃー!!!!!」
同じ物は判定しない、何度でも挑戦できるというルール上、何かを手に入れた受験者達はこぞって持ってくるため、昼前からビスケは大忙しであった。
中には軍資金が尽きて頭打ちとなった者や、満足いく金額になったのか周りで冷やかしをしている者達もちらほらいたが、大半の受験者達はすでに2回目の判定を受けていた。
「あっ!モロウさーん!買い物終わったんですか?」
金額に満足した者の中にはベレーくんもいた。手を振りながら掛けてくる姿にジールが頷いて返すと、そのままの流れでフリップを取り出した。
『何にした?』
「僕ですか?僕はいい薬草を見つけたのでそれにしました。20万ジェニーですよ!」
薬草に付けるには高価なそれに驚いたジールは思わず固まった。
「いい美容液を作るのに必要な薬草なんです!いつの時代も女性は美の追求に金をかけるものですから!」
自慢げに言われた言葉に、そんな草もあるのかと頷く。内心では美容液の原材料にそれだけ払うとは、完成品はいくらになるのかと打ち震えていた。
「それで、モロウさんは何にしたんですか!是非教えて下さい!」
どうやら気になるらしいベレーくんは、ビスケの元に行くジールの後ろをつけてきた。それに対してもったいぶった様に書類を揺らすと、ジールは見ていろというように首を動かし、順番がやってきたビスケとベレーくんに書類の中を見せた。
数拍の間の後。
「えーーーーーーー!!」
「ありえないだわさぁーーー!!」
ベレーくんは勿論、流れ作業のように書類を覗き込んだビスケはなかなかにいいリアクションを見せた。
周りで様子を見せていた受験者達も何があったと、書類を覗き込もうとしている。
「ちょっと、あんたこれいくらしたのよ!?」
『知らない。』
「えっ、え、どれくらい払ったんです?」
『知らない。』
試験が始まってから今まで淀みなく、物の金額を言っていたビスケにも分からないもの。
「「なんで島買ってるんですかー!」だわさ!」
それはこの島の所有権であった。
書類を覗き込もうとしていた受験者達も固まっている。
(いやー、ベタだけどこれが一番確実じゃん?)
最初にジールが役場でやった事、それは島が購入できるのかを確認することだった。住む人は土地を買うからと移住者の窓口に行ったわけだが、大層慌てた受け付けに別の偉い人を紹介されたのだった。
結果としては一応購入できる、だった。常時売りに出しているわけではないが、土地として値段はついているとのこと。
それを知ったジールはどうにかして買えないものかと金目の物を探していた訳だが、後はご存知の通りである。
「ちょっと、あんた役場まで行って聞いてきて!」
「はい!」
近くに立っていた黒服の男がビスケの一声で走っていった。
そして、ざわつく受験者達の中心で待つこと数分。汗だくで帰ってきた黒服さんは、ビスケに耳打ちで話しているようだ。
「じゅっ、11お…ッ。」
話の途中、思わずといった様子で叫びかけたビスケは慌てて口を押さえた。
それを聞いたジールは島の値段?それとも財宝かな?けどまあそんなにしたんだな。などと、感心していただけだが、ビスケはどうやらそうではないらしい。
「これに値段を付けることは出来ません。」
(あっ、猫が帰ってきた。……素も見てて楽しかったんだけどな。)
純粋な土地の値だけでは無い。その土地が生産する物の価値も含まれているそれは暫定的な値段に収まり切らないものである。
「ですが、一位通過は確実でしょう!おめでとうございます。」
悔しそうな表情から一転、いいものを見たと言わんばかりの笑顔でビスケは宣言した。
「わぁ!さすがモロウさんですね!凄いです!」
それを聞いたベレーくんも惜しみない賞賛をジールに送った。純粋な達成感に浸っていたジールであったが、周りから褒められ少々くすぐったい思いをしていた。
「それにしても、11億なんてどこで稼いできたんだわさ。」
照れるように麻袋をかいていたジールをしゃがませると、ビスケは小声で訪ねてきた。
先の金額が財宝の値段だと知ったジールは格好付けたのに聞いちゃったなどと呑気に考えながら、素直にフリップで説明する。隠し通路の下りには特に熱が入っていたのは分かりきったことだろう。
あらかたの説明を聴き終わったビスケは、その後何事もなかったかのように残りの受験者達に判定を下していった。さすがはプロ。メンタルの強さは折り紙つきだ。
「ただ今を持ちまして、三次試験を終了します!」
きっちり太陽が沈みきったタイミングで終了の合図が出され、受験者達が集められる。
1万ジェニーを超え安心した者、足りずに失格した者、高額商品を見つけられた者、様々な表情の受験者達は前に立つビスケを見て次の言葉を待つ。
「皆さんお疲れ様でした。今回の試験では、情報収集能力や、交渉力、狩りの能力など様々なものが求められていましたが、一番大切なのはその価値を見抜く力です。私は、プロハンターになるためにそういった審美眼が必要だと思っています。」
一息付き、ビスケはぐるりと受験者達を見渡す。
「その眼を持っていた人が、今回の試験の合格者です。…………では、合格者10名を発表しますね。」
「「「「「「「「はぁぁ!!!?」」」」」」」」
一斉の大合唱。1万ジェニーを超えれば合格だと思っていた受験者達は突然の宣言に動揺を隠せない。それを見ていたビスケはとてもいい顔で笑っていた。
「私は、高価なものを持ってきた人から合格にすると言いましたよ?1万ジェニーは最低ラインです。」
言った。確かに言っていたと、思い当たる節がある者は黙り込んでしまう。もう後は自分の品が他より高いことを祈るしかない。
「それでは一位のひとから発表します!一位、ジール=モロウ、価格判定不能。二位、ラーヴィラ、101万ジェニー。三位ティリー・ベルド、20万ジェニー。四位プディッチ=ラー、18万ジェニー。五位――」
数名の安堵する人達と、失格に落ち込む人とで港は阿鼻叫喚と化していた。
(宝探しも楽しかったけど、そろそろ身体が動かしたい。)
二次試験での不完全燃焼物を全力で燃やしきったジールは、四次試験に思いを馳せる。
――はっちゃけた自身が盛大にやらかすことも知らずに。
次回は、試験官達のお茶会から始まります。
ここまで読んでくださりありがとうございした。
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