よろしくお願いします。
爽やかな朝の風が部屋に吹き込んでくる。
カーテンの隙間から差し込む光は、隈をこさえたジールを通り部屋の中に入ってきていた。
パタンと質のいい音を立てて閉じられたアルバムを見て息を大きく吸い込むと、ジールは凝り固まった身体を解すように伸びをした。
(将来有望そうですね、貴重なお話ありがとうございました。)
「これでボクの話は終わりかな、どう?二人とも可愛かったでしょ?」
「……ああ。」
何冊もあるアルバムを鞄に詰めながら話をまとめたイルミにジールが返事を返したところで、ピタリと動きを止めたイルミが半目でジールを見返した。
「……あげないよ。」
イルミから振ったにもかかわらず肯定すれば警戒され、否定した時はリサイタルのアンコールが始まってしまう。
どう返せば良いのかと、頭を悩ませるジールは毎回無難に収めようと必死だった。
「ひー君と……イルイルも居るから充分だ。」
(まっ、会っちゃった後は確約出来ないけどね!)
それだけ言うと、ジールは替えの服を取り出しシャワールームに向かい入浴の準備を始めた。
「……イルイルはどうする?」
シャワールームの入口から顔を出したジールは、未だベッド横に座っているイルミへ声をかけた。
二人の距離が空いていたため、聞き逃さないようじっとイルミの顔を凝視する様に集中すれば普段より早口で返事が帰ってくる。
「ボクはいいから、さっさと入ってくれば!」
シッシッと手を動かしながら追いやられたジールは、一晩中酷使した頭を労わるように髪を洗い始めた。
※※※※※※※※※
「……朝食。」
相変わらず黒い服に袖を通したジールは、自身よりも頭一つ分背の低いイルミを連れて宿を出ていた。
「食べに行くの?何処にしようか。」
飲食店が多く集まる都会ならば、ある程度の料理は食べられるだろう。勿論お金がある時だけだが。
ジールの残額は2630ジェニー、年下に奢られるなんて格好悪いことは出来ないと慎重に店を選んだジールは、こってりと書かれた看板のラーメン屋の前に立っていた。
特に文句も言わずに着いてきたイルミはその文字を見上げてポツリと呟く。
「朝からラーメン……。」
(若い胃袋の特権だよ、食べれるうちにやっとこうぜ。)
「……。」
食券を購入し店内へ入れば『いらっしゃいませー!』と朝とは思えないほどの声量に出迎えられ、二人は並んでカウンター席に腰掛けた。
セルフサービスのお冷を注ぎイルミへ渡したジールは、自分の分も入れ一気に飲み干す。
お代わりを注ぎ直し、ボトルを元の位置に戻したところで出てくるのは弟の話だった。
「ジールの弟って夜戻ってきてなかったけど、一緒にいないの?」
「……遊びに出てる。」
かれこれ5日以上顔を合わせていないジールだったが、その事は特に気にしていないようだった。
「えー、放任ってやつ?心配にならない?」
(おっと、暫く会わないうちに心配性が悪化してるやんけ。)
付け合せのギョーザを受け取りながらジールがイルミの方を見れば、その視線は外されることなく己の方に向けられている。
ミルキの時も初めての弟に喜んでいたイルミだったが、キルアが産まれた時はイルミが成長していたのも交わり過保護に拍車がかかっていた。
ジールは原作で読んだ事を思い出し、さりげなく軌道修正を図っていたが目に見える成果は未だ無いままだ。
(まあ、最終的に決めるのはイルイルだし俺のは唯のお節介だけどねー。)
「……心配しなくはない。」
「なら、見えるところに置いておけばいいのに。」
「……干渉しすぎると嫌われるぞ。」
ジールがヒソカを探している時からの会話だったが、今のイルミからすれば近くにいるのに管理をしようとしないジールは理解出来ないらしい。
まあ、ジールとしてもあの危なっかしい()弟を野放しにすることに葛藤はあるので、目の前にいる時は注意する様にしている。
最近はイルミと自分とで弟の心配の方向性が違ってきている気がするジールであった。
「…………仲良いから大丈夫だよ。」
「……散歩くらいは許してやれ。」
メインの豚骨ラーメンと醤油ラーメンがそれぞれの前にやってきた所で、二人の会話は途絶える。
イルミは何やら考え込みながら麺を啜っているが、それを見たジールが改善されたかな?と思うことは無い。
毎回似たような会話をして別れるが、次に会った時も変わらず重めのブラコンを突き通しているのだ。
そして、無言の二人はたまに水のはいったピッチャーを渡したりしながら黙々と食べ続けた。
ジールはいつの間にか増えたメンマをイルミに返したりしてスープの一滴まで飲み終えると、机に貼られたメニューに目をやる。
食後のバニラアイスを食べたジールが、会計の為に立ち上がればその後ろにはイルミが着いてくる。
そういえばお坊ちゃんだったなと、支払われるお金を当然のように見ているイルミにジールはラーメン屋を選んだことを少し複雑に思った。
『ありがとうございましたー!』
変わらずの声量に押されながら、まだ空が白い街へと出てきたジールはチラリとイルミへ視線を落とす。
「……。」
「仕事までもう少し時間あるし、着いていくよ。」
無言で見下ろされて動揺するようなメンタルなどしていないイルミは、その意図を察して返事を返す。
「そうか。」
別れ際の会話が苦手なジールは、安心したように息を吐いて自身のスペースがある市場の方へ歩き出した。
昨日より更に警備員が増えた気がするなと呑気な事を考えながら進んでいると、その横に並んだイルミが暇つぶしなのか話を振ってくる。
「ねぇ、オーラの揺れ増やしてるでしょ。」
「……。」
ジールが動揺を見せるようにオーラを動かすとイルミに「それだよ。」と指摘される。
実はヒソカと再開した時に、オーラが見えると兄さんが喋らなくても色々分かって便利だよね、といった風に言われたのだ。
今まであまり動かない表情と少ない言葉で表現していたジールからしてみれば正に目を見開く発見だった。
「……楽だぞ。」
喋らなくても良いなんて!と偽装の為に習得した能力の活用法に喜んだジールはそれから意識してオーラで感情表現をしていた。
まあ、一般人には通用しないため使えるのは極一部の人を相手にした時だけだ。
「ブラフじゃないの?」
ガヤガヤと騒がしい出店の間を通り抜け、見慣れてきた地区に出てきた。
ジールの偽装していない時のオーラを知っているイルミからすれば、わざわざ感情をオーラに乗せるなど引っ掛けにしか見えないらしい。
顔見知りの店主に軽く頭を下げながら、イルミから出てきたまさかの使い道に感心したジールは頭の隅にメモを取っておいた。
「……大体本当だぞ。」
自身の出店に着いたジールは、荷物を下ろしながらイルミに返事をする。
(荒ぶるオタク心は絶対外に出さないからな。)
なんて事ないように雑談をしながら、今日こそは稼いでやると息巻いているジールは店先にござを敷き始める。
その手つきは初日よりもそれらしくなっていた。
空箱に腰掛けながら、相変わらず手伝う気配を見せないイルミは適当に言葉を投げながらジールを観察しているようだ。
そして、ジールが商品を並び終えた頃に雑談の方も一区切りが着きそうになっていた。
「へぇー、今度連れてっ――」
イルミに背を向けながら作業をしていたジールは不自然に切れた言葉を不審に思い、探るように後ろを振り返ろうとする。がその時、ジールの前に複数の人が立ち止まる気配がした。
「すみません、お時間よろしいでしょうか。」
丁寧な声掛けに、どんな人かと視線を戻したところでジールは全力で愛想笑いをした。
「ヨークシンシティ南部警察署の者です、こちらの店主は貴方ですね?」
最近街中でよく見かけていた腕章を見せながら話しかけてきた人達の職業に盛大にビビっているジールは、イルミが姿を消したことに納得しつつも解せない気持ちでいた。
(そりゃ、面倒事なんて嫌ですよね!!てか待って、マジで俺なんもやってないよ!?えっ?)
昨日会った奴が原因なら全力で突き出してやろうなどと考えながら、ジールは大人しく着いていく事にした。
※※※※※※※※※※
人々の咆哮といった方が正しいような歓声が響く地下のステージに立っているヒソカは、兄が警察にお世話になっている事などもちろん知らない。
そしてヒソカのいる薄いはずの空間は、痛い程のライトで照らされていた。
『勝者!ヒソカ!!!』
中央に立った女性がマイクを持ちながら、ヒソカの名を呼べば熱いほどの光がヒソカに集まってくる。対象的にリングの上で事切れている男は黒服のスタッフによって回収されていった。
「ガキ!よくやったー!!」
「いっよしゃーー!!!」
「マジかよふざけんな!!!!」
「最高だぜお前!!」
観客席から身を乗り出すように叫ぶオークションの参加者達は五連勝を決めたヒソカに向かって紙切れとなったモノや賞賛を投げつける。
最後の方にはほとんど倍率も上がらないようなオークションだったが、圧倒的な力を見せるヒソカに観客は大満足のようだった。
ペコペコしながら渡されたタオルを受け取ったヒソカは、それを首にかけ裏の通路を通って割り振られている部屋に戻っていく。
初めに兄へ伝えた地下闘技場から数えて三件目の会場にやってきたヒソカは大層満足そうにしていた。
ヒソカは初めの所で五十人抜きをし、次の場所を紹介されていた。そして、二件目では出てくる戦士の質も上がっておりもう少し上に行けばさらに強い人と会えるのではないかと考えたヒソカは容赦なく相手を叩きのめした。
そうして、冷や汗をかきながら紹介されたこの会場には毎年高額なチップがかけられている戦士達が集まっていたのだ。偶に念能力者すら拝めるような最高の舞台にヒソカはニコニコである。
(こういう戦いの場所なら兄さんも注意してこないし思う存分出来て良いよね♦……まぁ目の前でやらなきゃ大体見過ごしてくれるけど♠)
少々建付けの悪いドアを開けながら、兄のことを考えるヒソカは誰も居ない部屋へ到着した。
ブロック毎にトーナメントが進んでいくため、暫く暇になったヒソカはトランプタワーの限界に挑戦し始める。
初めは騒がしかった控え室も、今では全員戻って来れなくなっているためヒソカの貸し切りであった。
手始めに三段のタワーを作り終えたヒソカは、左に増築していく形で段を増やしているようだ。
用意されていた机の上で楽しそうにトランプ遊びをする青年は、そこだけ見れば子供らしい表情をしている。
(今頃兄さんは何をしてるかな♥)
かなり格好悪い状況になっていることだけは確かである。しかし、地上のことを一切気にしていないヒソカには関係のないことだ。
ラストのトランプを乗せたそれを暫く眺めながらヒソカはある計画を練っていた。
(兄さんも強い人を探すのにハマってくれれば最高なんだけど……、どうしよう♦)
ヒソカ本人は今回のように強い人が集まる場所へ積極的に参加しているが、兄のジールはそうでは無い。
兄は戦闘自体は楽しそうにしているが、わざわざ相手を探したりせずにいる。
前に一度訪ねたときは、「ひー君で充分だ。(むしろこれ以上増やさないで、死んじゃう。)」と嬉しい言葉を返してくれた。
しかしヒソカの勘は言っている、兄の周りには絶対強い人が集まってくると。
会えなかった時期のことを兄は詳しく話そうとしないが、絶対面白い事を隠しているのだろうとヒソカは半ば確信していた。
己とは反対にペラペラと話すタイプでは無い兄から聞き出すのは無理だろうと思っているが、意外と戦うことを嫌ってない兄をこちらの趣味に引き込むのは不可能では無いとヒソカは考えているのだ。
(まずは一回こういうところに連れてきて……あとはゴリ押しで♦)
ひとしきり眺めたヒソカはそろりと手を伸ばしカードを突く、中心のバランスが崩れたタワーはそのまま崩壊し机の上に散らばった。
パラパラと落ちていく瞬間を瞬きすることなく凝視していたヒソカはまたカードを集め直して、トランプタワーを作り直す。
しかし、部屋に設置されたスピーカーからCブロックのトーナメントが終わったというメッセージが流れてくる頃には、タワーを作るのに飽きてきたヒソカがいるだろう。
日の光が入らない冷たい部屋で時間を潰すのはあまり楽しくないようで、神経衰弱もやり終わったヒソカはつまらなさそうに机に突っ伏した。
こういう時、鞄が小さいと持てるものも少なくなってしまい暇が出来る。基本的にトランプがあればある程度の時間を潰せるヒソカであったが、気分では無い時はいつも暇を持て余していた。
そして、ヒソカは兄が持ってる鞄があれば楽なのにと考えるのだ。何を隠そう兄の持っている鞄は容量が明らかに外見と合っていない代物だ。
普段からたくさんの本を持ち歩いているのに、鞄はヒソカのものと大差ないサイズの物がひとつだけ。
鞄の造りはヒソカのものより高級そうであったが、この前市場で買っていた骨董品が全部入るような見た目では無い。
あの時も、何も考えず物を詰め込む兄を見てこちらが可笑しいのかと自分を疑いそうになった。
しかし、なんでも出てくる兄の鞄はここには無いどんなに想いを馳せても玩具は出てこないのだから、別の方法を考えるしか無いのだ。
(あと1ブロックだっけ、もう全員倒しに行っちゃ駄目かな♠)
その方がたくさん戦えて楽しいだろうと、遊び道具に困っていたヒソカは自身の思い付きに名案だと賛成し立ち上がった。
決勝で二人としか戦えないなら、今行って三十二人とやれる方がお得だよね、とヒソカが控え室を出ようとした所で置いてあった自身の荷物から音が鳴っている事に気づく。
中から取り出してみれば音の正体は携帯の着信音であり、兄からかかってきたものだった。
「もしもし♥兄さん?」
『……今どこにいる。』
電話の向こうからは何やら人が話し合っている声が聞こえてくる。
「ボクは闘技場にいるよ♠」
『……あとどれくらいだ?』
何やら用があるらしい、兄が現在地らしき住所を話しているのを聞きながらヒソカは全員を倒してダッシュした時の時間を考える。
『Dブロックのトーナメントが完了しました。ただ今より準決勝を開始します。登録者の皆様は――』
控え室に響く招集の声は電話越しにジールにも聞こえたようだ。アナウンスが流れ終わったジールは黙ったままヒソカの言葉を待つ。
数も減って早く済みそうだと、準決勝に来る三人分の顔を思い出しながら時間を計算したヒソカは、荷物を持って控え室を出た。
「三十分後にはそっちに着くよ♥」
『わかった。』
通話を切ったヒソカは、最初の組み合わせを解説している女性の元に向かって歩いていくと軽い調子でその肩を叩く。
「どうされましたか?」
今回の稼ぎ頭がどうしたのかと、マイクを切ってこちらを向く女性にヒソカはニッコリ笑いながら提案する。
「バトルロイヤルなんてどう?」
ペラペラとよく回る口で、大会を盛り上げようと話すヒソカに段々と乗せられていった運営は、遂に身を乗り出して宣言した。
『今日のラストはバトルロイヤル=デスマッチだぁぁぁあ!!!!』
「「「「「「「おぉー!!!」」」」」」」
たとえ急いでいようとも、楽しめる瞬間は十分に堪能していくスタイルのヒソカはちゃっかり自分好みの決勝戦に塗り替えた。
対戦相手は全員念能力者、ここ数日の中で一番の戦闘が出来そうだとワクワクで舞台に上がったヒソカは三者三様で待ち構える相手を見据えた。
ここの闘技場に何度か参加しているらしい相手側は、仲間意識がある様で完全に一対三の構図になっている。
投げナイフを装備しているBブロックの優勝者と、素手でこちらに構えを取っているCブロックの優勝者、そして手の平に火の粉を散らしているDブロックの優勝者はこの大会で間違いなく強者と呼ばれる者たちであった。
『それでは皆様、チップの購入はここで締め切らせて頂きます!倍率から見ますと、やはり前回チャンピオンに輝いたタカトウが優勢です!しかし、本日ダークホースのヒソカも負けていません!』
実況席の机に足をかけながら、会場を盛り上げる女性の表情はキラキラと輝いていた。
破裂しそうな歓声が舞台を包む、タカトウと呼ばれた素手の人物はその声に応えるように腕を上げるが視線は油断なくヒソカの方を向いていた。
『レディー……、ファイッッ!!!』
ゴングと共に投げられたナイフを半身で躱したヒソカは、息を着く暇もなく接近してきた男の腕をとり重心を崩した所で火を使う男の方へと投げる。
(うん♦いい感じ♥)
パシっと横目で捉えたナイフを投げ返しながら、三人の様子を確認するヒソカは先程よりも楽しそうに笑った。
※※※※※※※※※※※
(マージで怖いんだけど、俺は悪いやつじゃ無いですよー。)
開店準備の終わった出店を隣の店主に任せ、ジールは警察官が勤めている交番のような建物に連れてこられていた。
しょっぴかれるような事はあまりしてこなかったジールだが、過去に一度だけこの世界の警察にお世話になったことがある。
その時も巻き込み事故のようなものだったが、担当の警察官が凄く怖かったため若干トラウマとなっているのだ。
(どこを見ても警察官ばっか、イルイルに見捨てられた俺はぼっちで取り調べだよ。)
無駄にガタイのいい人がたくさんいる建物の内を案内され、入るように言われたのは無機質な小部屋だった。
白い部屋の中にはひとつの机と、それを挟むように二脚の椅子だけが置かれている。
ジールのトラウマとは裏腹に丁寧に対応してくれた優男は、中の椅子に座っていいと言い残し一度部屋から出ていった。
敵()のアジトに一人取り残されたジールは、カツ丼が出てくるのかを考えながら時間を潰し始めた。
壁にかけられた時計の秒針の音だけが室内に響く中、五分程経ったジールが親子丼がいいと結論を出したところで、先程と同じ優男とムキムキのおっさんが入ってくる。
「お待たせしました。今回ご同行をお願いしたのはある捜査についてお話があるからなんです。」
そう言いながら机の横に立つ優男と、無言で目の前に座ってくるムキムキにジールは反応を返さず耳だけを傾けている。
(……出来れば座る人チェンジしない?)
この世界の一部の人間はガタイが良すぎるんだと、冷や汗を流しながらここまで来たことの感謝を述べる優男の声を聞き流す。
「私はヘレスメといいます、こちらはドタブカ。」
(ヘ……?待って、ここで自己紹介来るの?メモる準備出来てないんだけど。)
「我々が担当している事件についてですが、……昨夜起きた放火事件についてはご存知ですか?」
スっと横から机の上に出された写真には、大きな屋敷が黒くなり崩壊している様子が写っていた。
見覚えのない建物に首を横に振ったジールは、そうですかと零すヘレスメの方を向き次の言葉を待つ。
「昨日の夕方に起きたものです。一般人に被害はありませんでしたが、一瞬で火が回ったため建物の被害は大きいものとなっています。」
「で、あんたを呼んだのは現場にある物が落ちてたからなんだが、……知らねぇとは言わせねえぞ。」
濃い顎髭を動かしながら詰め寄ってくるドタブカを見つめ返すジールは、腕を組んだまま微動だにしない。
ヘレスメがドタブカを宥めながら出てきた二枚目の写真には、焦げた床にミスマッチな品が写っていた。
炎の中にあったとは思えない、焦げ目ひとつ無いものは確かにジールにも見覚えがあるものだ。
「……ナツメトカゲの舌か。」
初めて反応を見せたジールに、ヘレスメは写真を指さしながらジールを探していた理由を話す。
「こちらの物品が火種の一部だと判明しています。調査の結果、市場でこれを商品登録されていたのはモロウさんの店のみとなっていました。只今、別の入手経路も調べていますが、希少品のこちらを販売している店はそう多くはありません。」
ヘレスメが言葉を濁しながら話したところで、それを取っ払うようにドタブカが結論を言う。
「共犯なら自白しろ。ちげぇなら知ってることを話してくれ。」
問答無用で犯人だと疑って来るかと思えば、こちらの話は聞いてくれるらしい。
【ナツメトカゲ】
主な生息地はバルサ諸島。
活火山の火口付近に巣を作る体長1.5m〜2mの大型種。
環境に合わせて変化した身体は熱に強い耐性を持っている。特に溶岩やその冷え固まったものを食べる事があるため、800℃以上の物質を口内に入れても熱傷しない舌が有名である。
また舌には多量の油を溜める袋がついている。初めは外敵から身を守るためのものだと考えられていたが、周囲に熱耐性の高い生物しか居ないことを考慮するとその有用性は低いだろう。
食事の際に、油袋の破損が原因で頭部が爆破した個体が複数確認されており、袋の意義については学会でよく議論されている。
(引用『世界の可哀想な生き物図鑑~バルサ諸島編~』)
ジールは昨日のことを思い出しながら、チラリと二枚の写真に視線を落とした。
今までの話で気になる点がいくつかあったのだ。
「俺は犯人では無いが、ひとつ心当たりがある。」
ゆっくりとジールが喋り始めると、二人は心当たりの言葉に反応を見せる。
ドタブカが早く内容を聞かせろと目で訴えてくるのに対して、気づかないフリをしたジールは屋敷の写真を示しながら言葉を続けた。
「……これの室内の写真が見たい。」
事件に関する情報が出てくるのかと思っていたドタブカは、予想外の言葉に反応を返せないでいた。
ジールは気になった部分を確かめたいだけだったが、前後を飛ばした言葉は伝わりにくい。
返ってこない返事に伝家の宝刀を出そうかと悩み、先に我に返ったヘレスメが書類についていた残りの写真を見せてくれなければ、気まずそうにもう一度問いかけていただろう。
そして出てきた数枚の写真を見れば、部屋の大半が焼けた後で黒くなっているのが分かる。
しかし、構造上の問題か一部原型を保っている場所もあった。ジールは玄関ホールだと思われる壁に飾られたモチーフを見つけたことで、己の勘も中々だと自画自賛を始める。
「犯人の見当はついている……、がそちらも何か知っているようだ。」
ジールの言葉に動揺を見せたヘレスメと、片眉を上げてみせるドタブカを見据えながらジールは鞄の中からある物を取り出す。
「俺も知りたい事が出来た。協力者というのはどうだろうか?」
伝家の宝刀ハンターライセンスを見せながら、ジールは勇みよく交渉を始めた。
次回こそ走ってくれると思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
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