口下手なオタクがヒソカの兄に   作:黒田らい

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今回で青年期編は最後です。文章長くなってます。

よろしくお願いします。


投獄した。

 到着を知らせるベルの音と共に止まったエレベーターの中から出てきたのは黒い服に身を包んだジールである。

 

 ロティーとの交渉後、用を済ませる為に寄り道をしていたジールは街灯が働く時間帯になりやっとホテルへと戻ってきていた。

 床のマットへ足音を消されながらジールが向かうのは昨日も泊まった一室だ。

 

 チェックインの状況からヒソカが先に帰ってきている事を知ったジールは、疲れ果てた体に鞭を打ちながらこの後の事を考えている。

 

(とりあえずひー君にガスランドに着く前の事を聞いて……、今日は早めに寝よう。)

 

 無事胃薬を購入したジールはそれをお守りにしながら、飛行船の手配やラケルスス家の明日の予定を調べていた。

 大袈裟に表現するならば、頬が痩けていると言えるだろう。午後一番に精神力をガッツリ削られたジールは早く休憩したくて仕方がなかった。

 

 ドアの横にあるナンバープレートを横目で見ながらルームキーを取り出したジールは電子音が鳴ったのを確認し、扉を開ける。

 バスルームや洗面所の扉が並ぶ廊下の先には、ツインで取ったベッドがあるだろう。

 

 ヒソカの姿を探しながら鍵を閉めたジールは、そうしてさ迷わせていた視線を一点で止めることになる。

 

「あっ、帰ってきたんだ♠おかえり♥」

 

 扉のひとつから出てきたヒソカはシャワーを浴びていたのか首元にタオルを掛けていた。

 

 髪から水が滴るのも気にせずにこちらへ笑いかけてくるヒソカを見てジールは大きなため息を吐く。

 

「…………服を着ろ。」

(ついに露出癖でも習得したか……。)

 

 微妙に正常な判断が下せないくらいにはジールもまいっていた。

 

 声色に疲れを滲ませながら呟かれた言葉にヒソカは自身の体を見下ろす。

 確かにそこには下着のひとつも無く、正しく全裸であった。行きの飛行船の中でも小言を言われていたヒソカは、適当に誤魔化そうとへらりと笑う。

 その様子に羞恥心は見られなかった。

 

「洋服、全部洗濯に出しちゃった♦」

「……下は。」

「んー♥」

 

 玄関で何をしているのかと考えながらジールは服を着る素振りを見せないヒソカを見る。

 いつもならもう少し問い詰めて服を着るよう言い含めるが、今のジールにその元気は無い。

 

 何が悲しくて帰宅直後に弟の真っ裸を見なければならないのか、是非とも美女とチェンジしてくれ。

 願望ダダ漏れな心の声を垂れ流しながら鞄へ手を突っ込んだジールは、その中から適当にTシャツを引っ張り出した。

 

 例に漏れず真っ黒なそれはジールの私物である。Tシャツを雑に投げ渡したジールは顔面で服を受け止めたヒソカの横をゆっくり通り過ぎていく。

 

「……裸族と過ごす趣味は無いぞ。それを着てくれないなら部屋は変える。」

 

 Tシャツを引き剥がしたヒソカはいつもと違う兄の態度に目を丸くする。

 普段より丸まったその背中はフラフラとベッドに吸い込まれていった。

 

 そして、ジールは手前のベッドに辿り着くと電池が切れたようにベッドへ倒れた。

 かろうじて靴は脱がれているが、鞄も降ろさないまま眠る兄の姿は初めて見る。

 

 別の部屋になるのが寂しいヒソカはもらったTシャツに袖を通しながらジールの元へそっと近づいた。

 そのまま覗き込むようにベッドの横へ座り込めば目の前には既に寝ているジールの顔がある。

 

 兄の寝ている姿は何度も見ているが、ここまで熟睡しているのは珍しい、とヒソカが試しに肩を突いてみたが反応は無い。

 その後も兄に何をやっても起きない事を確かめたヒソカはさて何をしようかと頭を悩ませる。

 

(せっかくの機会(チャンス)だし何か悪戯しようかな♠)

 

 起きた時にどんなリアクションをしてくれるのか、わくわくしながらヒソカは買い出しに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ぼんやりと上がってくる意識とともに自身が目覚めた事を自覚したジールは、未だ開きたがらない目蓋に従いつつ起き上がろうと手を動かした。

 

 しかし、それは想定と違った結果を招く。

 

 僅かに動いたと思った腕は何かの反動で元の位置に戻る。異変に気づいたジールが慌てて体を起こそうとしたが胴体も、首すら思うように動かない。

 

(は?身体が動かないのだが?)

 

 起きたくないなど微睡んでいる場合では無い、バッと目を見開き視界の内を確認したジールは自身の寝ているベッドの上に見覚えのあるオーラが広がっていることに気づく。

 

 早くも特定された犯人の名を呼ぼうと口を開けたところでジールは違和感を覚える。

 

(待って、なんか臭いんだけど。)

 

 自覚した瞬間その臭いがより一層強くなった。

 部屋全体に充満する腐った果実の臭い、しかも複数の何かが混ざりあっていてなんとも言えない香りになっていた。

 

(ドリアンみたいなやつに、腐った魚?牛乳みたいな、酸っぱい臭いもするぞ……やめよ考えると余計気持ち悪くなる。)

 

 もはやテロ。鼻を塞ぐことも出来ないジールは囁かな抵抗としてオーラで鼻を覆ってみたが今度は目が痛くなってきた。

 

 根性で起き上がりベッドのスーツごと上体を起こしたジールの耳は玄関の開く音をとらえる。

 

「おい、ひーく……ゴホッ」

 

 このタイミングでやってくる人は一人しか居ないだろうと、そちらに視線を向けたところでジールは噎せた。

 何故こんな事になっているのか問い詰めようとしたところで、その視界に入ってきた暴力にジールは密かに完敗する。

 

「もう少し驚いてよ♠」

 

 僅かに残っている寝る前の記憶の中にあった黒いTシャツを着ているヒソカはその下にボクサーパンツしか履いていなかった。

 まあそれはいい、その格好で玄関から入ってきたことについて深く考えたくはないが百歩譲って許容しよう。

 

 しかし、ガスマスクは良くない。

 

 目の前に立ったヒソカはシュコーシュコーと鳴らしながらジールを見下ろしていた。

 

 インパクトが強すぎる。何故胴体はそんな紙装備なのに顔だけ厳重なのか。

 この部屋のことを考えれば妥当かもしれないが、ジールはそのアンバランスさに今にも腹筋が爆発しそうだった。

 

 部屋中が臭くなっていることも笑い飛ばせるくらいにはツボっている。

 

 そして、身体が固定されたことに驚かなくても、臭いについては何かリアクションがあると思っていたヒソカはガスマスクをつけたまま首を捻っていた。

 

 見る限りでは兄はシーツを身体に纏わせたまま僅かに震えていただけである。兄の不意打ちを狙う作戦はあえなく撃沈したようだと結論づけたヒソカはバンジーガムを解除し、窓を開けにいった。

 

 ヒソカの視線が外れたところで、机を叩くジェスチャーをしながら爆笑しているジールは激臭と笑いによって滲んだ目尻を拭いた。

 

「ひー君、臭いの元は何処に置いた?」

 

 爽やかな風が吹き込んでくる窓際でガスマスクを取り外したヒソカはベッド横のテーブルを指さした。

 悪戯を流された事が少々不満なようだ。ヒソカはケイジバンというやつは使えないなと昨夜の事を思い出しながら買い揃えた品々を並べる。

 

「……多いな。」

 

 ベッドの上で体の向きを直したジールは顔の下半分を手で覆いながらテーブルの上を見る。

 

「穀食羊の腸詰めと、青デールが腐ったやつ、発酵させたウィークフィッシュなどなど♥」

 

 全部食べ物な辺りに恐怖を感じる。説明を求めたジールは暫く考え込んだ後鞄からビニール袋を数枚取り出した。

 

「……まだ使うか?」

「もういらないかな♣︎」

「なら、全部入れてくれ。」

 

 何重にも重ねたビニールをヒソカに手渡したジールは洗面所に行き何やら作業をしているようだった。

 

 戻ってきたジールはヒソカに礼を言いつつ濡らしたタオルを袋の中に入れ、厳重に封をすると再び鞄の中へ仕舞っている。

 一連の流れをわけも分からず眺めていたヒソカはジールから金を手渡されていた。

 

「渡した小遣いも減っただろう。」

 

 確かに高価なものもあったが、ヒソカは悪戯を仕掛けて報酬を貰うとは思っていなかった。

 

 ひとつ言えるのは、仕掛ける前にはジールへ自白剤系の薬を投与して口を塞げない状況でやった方がいいということだ。

 驚いた瞬間、オーラの偽装が解けて滑らかなオーラ操作に戻るタイプのジールを相手にヒソカが悪戯の成功を確信する日は遠かった。

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 パドキア共和国ガーランド街の中心、時計塔がシンボルの古い街並みに懐かしさを感じたジールは、隣に並ぶヒソカを見る。

 一度だけ来たことがあると申告したヒソカは、待ち行く人々をぼんやりと観察していた。

 

 ちなみにラケルススの屋敷に向かう道中で、グラムガスランド前の事を訪ねたジールはヒソカから参考になるか微妙な回答を貰っている。

 

『道案内してくれた人?……あぁ!携帯壊しながら歩いてた子のこと?』

(いや、聞かれても分からん。携帯ってそんなに壊れるものだっけ?)

『……名前は?』

『そういえば聞かなかったな♠』

 

 まあひー君が覚えている時点で相当強い人なんだろうと携帯壊し子さんを脳内にメモしたジールであった。

 

 閑話休題。

 

 屋敷前、行儀よくベルを鳴らしたジールは堂々と門の前で仁王立ちしていた。

 

 暫くして、屋敷の中からこちらへ向かってきたスーツの男は要件を訪ねようと来客の顔を見て固まることになる。

 その様子を見て、相手が自分の事を知っていると気づいたジールは試しにその男へ話しかけてみることにした。

 

「……そちらの家主に用がある。」

「い、いえ。貴方を敷地内へ招く事は出来ません。」

「そうか、わかった。」

 

 こちらに気づいた時に警備でも呼べば良かったのに、と喋りかけたことを棚に上げながらジールは力ずくで門を開けた。

 

 伸ばされる手に本能的な恐怖を覚えた男はその身を震わせながら後ずさるが意味の無いことだ。

 流れるように拘束され、簀巻きのまま庭へ転がされた男の横をジールとヒソカは通り過ぎていく。

 

「捕まえるだけかい?」

「使用人は適当に転がしとけ。」

 

 鍵が開いたままになっている玄関から乗り込んだジールは人数を数えながら出てくる使用人達を捕らえていく。

 万全な盤を用意するために邪魔が入らないよう下準備を終えたジールは、廊下に点々と転がる警備員を跨ぎながら屋敷の奥へと進んでいった。

 

(いやー、晴天晴天。絶好の復讐日和です。)

 

 手加減を間違えないよう、扉の前の男を気絶させたジールは拘束具で男の手足を締め上げる。

 

 どうやら部屋の中にいるターゲットも屋敷の異変には気づいているようだった。中から喚くような声が漏れ出ている。

 別のルートで回っているヒソカはまだやってきていないが、ここで我慢できるほど無感情ではないジールは吹き飛ばすように扉を開けた。

 

「……。」

 

 部下に向かって喚き散らしていた男は、大きな音に動きを止め驚愕の表情を見せていた。

 倒れた扉の先にある姿を恐る恐る確認する様はまるで臆病な亀のようだ。

 

(顔面に二、三発入れてやる。)

 

 数年来の思いを込めて部屋に入っていったジールは堂々とした足取りでジブットへと近づいていく。

 そして、怯えていたジブットも近くに来たことでやっと相手が誰なのか気づいたのだろう。

 

 ジールの顔を見据えて笑顔を作ったジブットはのたまった。

 

「ああ、君か。どうした?やはり我が家が惜しくなったかな。やはり赤髪などと共にいるのは苦痛だろ―」

 

 言い切らないうちに、ジブットは頬を殴られ壁際まで吹き飛ばされた。

 ジブットの痙攣する手足を見下ろしながら、ジールは気を鎮めるために大きく息を吐く。

 

(いやー忘れてた、思った以上にうざい。……よし、崖から突き落とすか。)

 

 敷地の奥にある絶壁を思い浮かべながら、騒ぎ立てる部下を黙らせたジールはジブットに縄を括りつけた。

 

 三年が経ち、どうやらおっさんのことを少しは忘れられていたようだ。と自身の認識の甘さを確認したジールはジブットを引きずりながら階段を下りる。

 頭を打たなきゃ大丈夫だろうと鈍い音を立てながら運ばれるジブットの口には途中から布が突っ込まれていた。うるさかったらしい。

 

 そして離れを通り過ぎ、広々とした敷地を抜ければ見えてくるのは切り立った崖だ。下に流れている川は街中で恋人とのデートスポットにもなっている素敵な川に繋がっている。

 

 せっかくだから精一杯叫ばせてあげようと、ジールが詰め込まれた布を手袋越しに取り出せばジブットは元気に喋りだした。

 

「き、貴様!私に向かってこの仕打ちはなんだ。まさか契約書のことを忘れてはいるまい!こんなことをしたからといって「黙れ。」」

 

(契約書って何を指してその話題を出してるんだ?出ていく時に結んだ契約書にはラケルススを名乗ること以外禁止されてないからな?接触禁止も入れとけばよかったのになバーカ!!

 それともあれか、俺がラケルススに戻るためにこんなことしてると思ってんの?頭湧いてるじゃん。俺はちゃんと守りますー。どっかの誰かさんと違ってちゃんと守りますよー!!)

 

 ヒソカの施設脱走を思い出したジールは、だんだんイラついてた。ジールの怒気に当てられたのか、一瞬黙ったジブットだがその数秒後にはまた訳の分からいことを叫んでいる。

 

「やはり外の血が混ざると野蛮な行動に出るようだな、ラケルススの崇高なぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 蹴落とした。

 

 耳障りな言葉を撒き散らすその口ごとジブットを崖に落としたジールはどんどん引っ張られていく縄にあわせて縄の握る位置をずらしていく。

 

「あ“あ“あ“あぁぁぁぁぁぁ……!ぐぇっ。」

 

 そろそろ水面に着くであろう高さで縄を強く握ったジールは潰れたカエルのような声を遠くに聞きながら縄を引き上げる。

 縄が食い込むのか、呻きながら引き上げられたジブットは口の周りを汚しながら地面へ転がされた。

 

「……はぁっ、こんなことをしてタダで済むと思うなよ。貴様など貴様の親のように私の指示ひとつでどうとでもなるぞ。」

 

 ここまでされていながら自身が上の立場であると信じて疑わないジブットにジールはある種の関心を持っていた。

 しかし――、

 

(おっさんの口からその話題が出るのはアウトなんだよ。)

 

「……次は紐なしでやるか。」

 

 簡単に縄を解いたジールは、倒れているジブットの腹に足を掛けながら睨みつけた。

 ここで明確な命の危険を察したジブットは何かを言おうと口を開いたがもう遅い。

 

「ふざけ……っ。」

 

 眼前に迫る恐怖に、落下の途中でジブットは意識を飛ばした。

 勢いを増したその体が水に落ちようとしたその時、ジブットの体は不自然に空中で止まる。

 

 脱力しきったジブットを見下ろすのはスケッチストッパーを使っているジールであった。

 冷めた目で気絶している男を見据えているジールは細く伸ばしたオーラでジブットを回収する。

 

(……そのまま落ちてもよかったけど、まだ一発しか殴ってないし。)

 

 是非ともおっさんには己の罪を数えて欲しい、と呟きながら再びジブットを地面へ転がしたジールは縄で縛って屋敷へと持ち帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何処に行ったのか探したよ♦」

 

 ジブットを担いで戻ってきたジールは、書斎で探し物をしているヒソカと合流した。

 ジブットの方で溜め込んでいる証拠品がないか、探してくれているようだ。

 

「……ああ少し。何かあったか?」

「多分?色々あったからまとめて置いとくよ♦ところで兄さんはやりたいこと終わったの?」

「まだ。」

 

 ジール的にはまだジブットと何ひとつ話せていない。書斎から繋がっている扉を適当に開けたジールは、ヒソカに覗かないよう釘を刺してから隣室に閉じこもった。

 

 途端、普段の数十倍に膨れ上がったオーラに気をとられたヒソカは扉に近づく。

 しかしドアノブに手をかけたところで中から聞こえるボソボソとした話し声と骨を砕く音に笑顔で回れ右をした。

 

 

 

 

 

 

「……起きろ。」

 

 水差しをひっくり返し頭から水を掛けたジールは気絶したジブットが唸り声をあげるまで揺すり続けた。

 

「わたしは、たしか……。」

 

 ぼんやりしていたジブットは先程起きた出来事を鮮明に思い出したようだ。

 流石にジールが本気だと気づいたのだろう。口が動くようになっても怒鳴り散らすことはなかった。

 

「……俺はお前のことを恨んでいる。」

 

 煩くならないようジールが拳銃を突きつけながら話し始めてみれば、ジブットは固唾を飲んだままジールのことを見上げている。

 記憶にあるジールの話し方と違うことに今更気がついたようで、目を見開いていた。

 

「お前が俺の親の仇だとわかった時は殺してやろうかとも思った。」

 

 カチャリと音を立てて近づけられた拳銃に震えるジブットだが、大人しく怯えるだけではない。

 

「何を言う、黒髪を…混血の貴様を引き取ってやる為に必要な処置だった。感謝こそすれ恨まれるなどラケルススのことを侮辱しているのか!」

 

 バンッ。

 

 ギリギリで耳の横を通っていった銃弾はジブットの背後を焦がした。至近距離で撃たれたジブットは片耳から消えた音に鼓膜が破れたことを知る。

 

 ジュッと熱い銃口を眉間に押し付けられたジブットは悲鳴を上げながら暴れだした。

 

 しかし拘束されているその身では大きく動くことも出来ない。苛立たしげに踏まれた足の痛みに動きを止めたジブットはジールのことを睨み上げた。

 

「……はっきり言おう。ラケルススにもお前にも価値は無い。」

「ふざけるな!代々続いている我が家に価値が無いだと!?そんなはずないだろう、その当主の私も当然称えられるべき地位にいる。」

「無い。この家は直になくなる。」

「戯言を!!」

「信じなくとも構わない。……お前を送り込む牢屋は予約してある、安心しろ。」

 

 屋根があってよかったな。と鼻で笑ったジールを見てジブットの威勢は削がれていた。

 どうやら自家が無くなるという発想はなかったらしい。確かにあれだけの権力を持っていれば多少の法など気にせずに生きてこれるだろう。

 

 しかし、それも珍品や貴品、骨董品の管理者でいる内だけだ。

 

「……しかしそれだけでは俺の気が済まない。数発殴らせてくれ。」

 

 突きつけていた拳銃を仕舞ったかと思えば、眼前の男はその口角を上げ空虚な笑みを見せる。

 ジールから感じる謎の圧力によって気圧されたジブットは途中から言葉を発しなくなった。

 

 

 

 

 

 床を割るような轟音に人体から響く鈍い音、耳を澄ませば僅かな水音も聞こえてくるだろう。

 

 ヒソカは敷地内に気になるものを見つけながらも隣室から聞こえてくるジールの本気(オーラ)にその身体をよじっていた。

 

 暫くして静かになったかと思えば再び膨れ上がったオーラにヒソカのオーラが臨戦態勢になろうとする。しかし、それは軽い扉の音と共に出てきたジールに防がれた。

 

「待たせたな。」

「ううん♠全然♥」

 

 楽しかったと伝えるヒソカをスルーして、ジールは山積みになった書類に目をやる。

 

「早かったね♦」

「……あれ以上話したら棺を買ってた。」

「そっか♥」

 

 ジールは他者への嫌がらせや、倒産に追い込んだ企業についてなど叩けば埃のように出てくる証拠の数々に眉を顰めながらも書類を読み込んでいる。

 

 読み進めるうちにその中で、ひとつ毛色が違う書類が混ざっていた。何かの証拠というよりは何処かからラケルススに送られてきた電報のようなものだ。

 

 日付けがちょうどジールがラケルススを出てきた日になっている。何かが気になるジールがそれに目を通そうとしたところでポケットから電子音が鳴った。

 

 誰からか確認をすればそこには登録していない数字が並んでいる。訝しみながらも緊急の連絡だった場合を考えてジールは受話器のボタンを押した。

 

『もしもし?ジールであってる?』

「……誰だ。」

『あってるみたいだね。オレだよ、シャルナーク。』

「……何の用だ。今忙しいんだが。」

 

 ジールが通話し始めて暇になったヒソカは暫く何かを考えるように視線をさ迷わせていた。

 

『それがさぁ、あの果実酒をノブナガ達に盗られそうになって……』

「飲めなかったのか?」

『いや、美味しかったから意地でも渡さなかったけど。割れちゃったんだよね、もう一本無い?』

 

 天井を見上げ視線でなぞっていたヒソカは、いいことを思いついたのかニンマリと笑ってジールの裾を引く。

 

「悪いが今忙しいんだ、また後で……」

『あぁうん、分かってるよ。ちゃんと電話が取れる時に掛けただろ?』

「……?」

 

 シャルナークの意味深な発言に首を傾げながら、ジールは裾を引っ張りながら窓際へ連れてこうとするヒソカに視線を合わせる。

 

 書斎の雰囲気に合わせた縦長の窓まで連れてこられたジールはどうしたのかとヒソカに問いかけようとした。

 

『オレも今そこにいるんだよね。』

 

 バッと窓の外に影が降ってくる。

 驚いて固まっているジールに軽く手を振ったシャルナークは逆さ吊りの状態で器用に窓を開けた。

 

 どうやらヒソカは気づいていたらしい。注意力が散漫していると己を律しながら一歩下がったジールは室内にシャルナークを招き入れた。

 

「やあ、果実酒ちょーだい。」

 

 くるっと、軽い身のこなしで入ってきたシャルナークは両の手を前に差し出して要求してくる。

 ジールは用の済んだ電話を切りながら、シャルナークの手を軽く叩いた。

 

「……その前に、何故ここにいるかだ。」

 

 ジールがラケルススの家に行くことを決めたのは昨日だ、前もって知ることは不可能に近い。それに追いかけて来たとしてもこんな私有地に侵入するリスクを負わずに接触するくらいできるだろう。

 

「あははっ、やっぱり分かる?今度ここの物盗りに来ようと思って下見に来てたんだよね。」

 

 隠すことなくあっさりバラシたシャルナークはそう言いながら肩を竦めた。

 ジールは隣でトランプを混ぜ始めたヒソカにデコピンを入れながら、シャルナークにある一枚の書類を見せる。

 

「えーなになに、ラケルスス家の貴重品、全100点が盗難された……ジール、もしかしてオレが来ること知ってたの?」

 

 驚きと感心を見せるシャルナークにジールは首を横に振って答えた。

 

「……俺が適当に荒らして提出するつもりだった。」

「へぇー、そんな書類あるんだ♠」

「本当に?やっぱりオレ達のこと予想してたんじゃないの?」

 

 いつも通り軽く流すヒソカに、何故か頑なに認めようとしないシャルナークはそれぞれの反応を見せる。

 

「まぁそういうことにしておくよ。それで彼は?」

 

 シャルナークの視線はジールの後ろから書類を覗き込んでいるヒソカに向いていた。

 警戒、といってもジールが背中を向けているのを見ているのでどちらかというと興味が勝っているようだった。

 

「……あぁ、紹介してなかったな。ひ「ヒソカって呼んで♥よろしく♦」だそうだ。」

 

 手放していなかったトランプを振りながら笑顔で挨拶したヒソカに、言葉を遮られたジールは諦めて杜撰な紹介ですませる。

 僅かに漏れ出た、……むしろわざと出したであろうヒソカのオーラを敏感に察知したシャルナークは微妙に嫌そうな顔をしてジールに何かを訴えてくる。

 

 多分、なんだコイツあたりだろうと理解したジールだが肩を竦めるだけで流した。

 

「……続けていいか?」

 

 話を進めようと舵をきり直したジールにシャルナークはどうぞと笑顔で返す。それは何かを期待するような笑みだった。

 

「俺はこの家から貴重品を盗めればいい。そちらは?」

「オレは本と焼き物と人形……あとは高く売れそうなものかな。」

 

 指を折り、思い出しながら話すシャルナークに、ジールは言われた物品のリストを取り出しチェックを入れていく。

 

「へえ!そんなのあったんだ。」

「……あぁ外部には出回ってないものだ。」

 

 何故それがジールの手元にあるのかなど今更言う必要は無いだろう。

 該当する品に印をつけ終わったジールは暫く考え込む仕草を見せたあと、シャルナークの方にファイルを見せながら二つの品名を指さした。

 

「33番のナイフは高く売れるだろうが触ると面倒臭い、それと97番の壺は出来れば渡したくない。」

「なるほど?」

「あと、本は読み終わったら返してくれ。」

 

 戦ってみたいのか、後ろでソワソワしているヒソカを宥めながらジールが条件を提示すればファイルを覗き込みながら頷くシャルナークの姿があった。

 

「うん、両方とも欲しいな。本は多分平気じゃない?」

「……わかった、取扱説明書をつけておこう。」

「さっすがー。」

 

 先程の頷きはなんだったのか、一歩も譲る様子を見せないシャルナークに半ば予想がついていたジールは諦めて取説を付ける事にした。

 

「それで、こんなにもてなされてオレは何を言われるのかな。」

 

 こちらを見るシャルナークはフランクな雰囲気をまといながらも一切の油断は見せていなかった。

 しかしそれに反応をみせることもなく、ジールはさらりと交換条件を述べる。

 

「……窃盗者の欄に名前を使いたい。」

「なんだ、そんなことなら使っていいよ。どうせ書かれただろうし。」

 

 ジールがラケルスス家にあった貴重品の数々を説明書付きで旅団に渡す代わりに求めたのは、盗難届けに旅団の名を使うことだった。

 

 初めは窃盗者不明でラケルススの落ち度だけ主張するものを書くつもりだったが、ここに来てシャルナークに会ったことでその窃盗に信憑性を持たせることが出来るようになったのだ。

 既に死亡しているジールの名前は書けないので大変助かっている。

 

 原作とは違い、まだ結成して二年程しか経っていない幻影旅団はA級になっているわけでは無いが、その活動から各地で噂される程にはなっている。

 

 一部からはB級への登録要請があったらしい。その時のジールは時の流れを感じてはしゃいでいたものだ。

 今回、国の貴重品を盗むとなれば確実にB級登録はされるだろう。構成メンバーをみればA級でも良い気はするが段階も大切だとジールはひとり頷いている。

 

 さて、ラケルススを解体する為にその核を壊そうとしていたジールにとっては正に渡りに船。

 快諾してくれたシャルナークに礼を言いつつ地下の保管されている倉庫へ向かうジールの後ろをヒソカとシャルナークがついて行く。

 

 ちょっとしたツアーのようにケースの中にある貴重品を紹介しながら仕舞っていくジールはとても手際がよかった。

 偶にキシャーーー!と奇声を上げたり、物品の周りを走り始めたりと奇行を見せることもあったが全て適切な取り扱いの元行っている。

 

 決してジールがバグったわけではない。

 

 ちなみに番号の割り振りは以下のようになっている。

 

【1-25】本、書簡

【26-33】古代文明品

【34-50】素材(生き物の一部や鉱石)

【51-71】加工品(無害)

【72-99】加工品(有害)

【100】不明

 

 加工品とは銘打っているが、大半は念によって作られた不思議物品である。

 ちなみにジールがパクってきた鞄は70番に割り振られていたものだ。

 

 もちろん年々物が増えていくためそれ用に開けてある欠番や100番以降も存在している。

 100番以降も作っているのに欠番があるのは途中の当主がコレクター精神で重要品を二桁以下に収めたかったからと聞いた。少し親近感が沸いたのは内緒だ。

 

 そしてジールが一番少年心を擽られたのはもちろん100番。昔にその品とデータごと消えた不思議な品物などトキメキしかない。恋が始まってしまいそうだ。

 

 シャルナークには1番から25番までの本以外にも約20点の品を渡した。

 

「これが33番だ、シャンシャンが持て。」

「こんな感じ?」

 

 最初に言っていた珍品の前までやってきたジールはシャルナークにナイフの柄を持つように言った。

 そして確認する様にジールのことを見たシャルナークはそこで動きを止める。何が起こったのかヒソカは不思議そうに覗き込むが、ジールは分かっているぞというように頷いた。

 

「女性の声が聞こえたか?……なら、そのまま愛を囁け」

「へぇ♦」

 

 ジールのとんでもない指示に驚く二人だが、シャルナークは脳内に響く声が煩いのか返事も出来ないようだった。

 

「綺麗な刃だね、美しい装飾だ。……愛し、て」

「声に出さなくても伝わるぞ。」

 

 蹴られた。

 

 丁寧にナイフを持ちながらも、シャルナークは見事なバランス感覚でジールにローキックを入れた。

 

 その様子を笑いながら見ていたヒソカはジールにひっつきながらシャルナークの隙を伺っている。

 そして暫く黙り込んでいたシャルナークが息をついたのを確認したジールは次の説明を始めた。

 

「……ナイフは女性の目に入らないように管理してくれ。それと活動期間中は一日一回この椿油で掃除をする必要がある。他にも幾つかあるがあとは説明書を読め。」

「……なんだか面倒くさい。」

「だから言っただろ、触ると煩いんだ。」

 

 

 もうひとつの97番の壺の方には30項目以上の制約が着いており、破った場合最悪命の危険もある事を十分に言い含めてからシャルナークに渡した。

 

 品物を全て回収したジール達は適当に地下室を荒らしてから地上へと戻る。

 

 

 

 

 

「早く終わって助かったよ。」 

 

 大きな袋を持ちながら窓に身を乗り出しているシャルナークはご機嫌なようだった。

 たくさんの物品を回収するのに時間はかかったものの目的の品が下見の段階で手に入ったのだ、きっとこの後は貰った果実酒で酒盛りだろう。

 

「キミの顔を見てココのことを思い出したのはいいけど、誰も一緒に来ようとしなかったんだよね。」

 

 まったく困っちゃうよ、と笑いながら窓枠に引っかかった袋を押し出したシャルナークは横に二歩避ける。

 そしてそのまま袋ごと庭に飛び降りると、のんびり門の方へと歩いていった。

 

 

 最後の最後に我慢出来なかったらしいヒソカのトランプが窓の縁に刺さっている。それを見たジールはまだ持った方だろうと、応戦しなかったシャルナークの大人な対応に感謝しながら書類の山に戻っていった。

 

「ねぇ、彼とはどんな関係なんだい♦」

 

 期待した展開にならなかったヒソカは、何事もなかったかのようにジールの後をついて行く。

 ジールはそれを軽くあしらいながらさっきまで見ていた書類を探していた。

 

「……我慢してたな。」

「誤魔化そうとしてもダメだよ♥凄く気になってるんだ♠何処で出会ったの?」

 

 グイグイ質問して来るヒソカに、ジールは何処に書類を置いたのか記憶を漁りながら、適当に机の上を調べる。

 回り込むようにしてジールの視界に入ってくるヒソカにだんだん鬱陶しさを感じてきたジールは、捜索の手を止めてヒソカへ向き直った。

 ヒソカはうきうきしながらジールの返答を待っているようだ。

 

「……そのうち分かる、以上。」

「えーケチ♠」

 

 一時的な共犯者になったシャルナークに戦闘狂をけしかけるのは気が引ける。

 それに最初から説明しようとすると色々長くなるのだ、決して話すのが面倒だとか思ってはいない。

 時間の有効活用というものだ。

 

 ジールが机の上の捜索に戻り、これ以上は聞き出せないなと理解したヒソカはファイルの下敷きになっていた書類を引っ張り出しジールに渡した。

 

「はい、ここにあるよ♠そんなに気になることが書いてあるの?」

 

 無理だと分かればひとつの事に執着しないヒソカはさっさとここから出る方向に意識をチェンジした。

 

「……ありがとう、まあな。」

 

 手渡された書類を途中から読み始めたジールは、感心しながらその内容を追っていく。

 

『ラケルスス家当主への要請』

 

 そこに書かれていたのは、死亡扱いになったジールをラケルスス家から無傷で解放する要求であった。

 

(つまり誰かが裏から俺を助けてくれたと……。)

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 盗難届けやラケルススの悪事に関する証拠の数々を纏めて国のお偉いさんの所へ郵送したジール達は、書斎の横の部屋にいるジブットの前に立っていた。

 

 この後やってくる刑務所関係者にジブットを引き渡す為に拘束しにきたようだ。

 

 ヒソカの視線の先、血溜まりにボロボロの衣服を纏って倒れているジブットは死んでいるようにしか見えない。

 しかし、近づいて見てみれば眉間にある火傷の跡や折れた片足以外に外傷は無いようだった。

 

 手加減したのかとも考えたが、あれほどのオーラを使った兄が本気でないことはまず無いだろうと、その考えは否定される。

 

「これどうするの♣︎」

 

 仰向けにひっくり返されたジブットを見下ろしながらジールの方を見たヒソカは、最高に悪どい表情をしている兄を見た。

 

「……これを使う。」

 

 そう言って取り出されたのは、今朝ヒソカが袋に仕舞った激臭の食べ物だった。

 顔をオーラで覆っているジールにならい自身もオーラで鼻と目元を覆ったヒソカは、厳重な装備で取り出されるタオルを目で追っていく。

 

「……ささやかな悪戯だ。」

 

 窒息死しないよう鼻先に当てられたタオルはきっとあの悪臭が強く染み込んでいるのだろう。臭いが漏れないよう嬉々としてフィルムを巻き付けている兄を見ながら、なるべく恨まれるような事はしないようにしようとヒソカは五分間だけ気持ちを入れ替えた。

 

「……よし。」

 

 

 ジールは満足な仕上がりになったジブットを引き摺りながら玄関まで運んでいく。

 綺麗なカーペットをジブットの血で汚しながら考えるのはこの後の事だ。

 

(ハンターのコネを使って調べあげた刑務作業や看守がキツいなど諸々の好条件、是非とも満喫して欲しい。人気だから牢屋の予約取るのも大変だったんだぞ。)

 

 ジーッと来客を告げるベルの音に、迎えが来たことを察知したジールは足早に玄関のホールへ向かい、その扉を開けた。

 

「ハーディスヘル監獄所外遊担当の者です。」

 

 無駄な雑談はしない。3mに届きそうな高身長に頑丈そうな体躯をしている男はその身を制服に包み、直立不動に立っていた。

 

「……これが申請した男だ。顔の物は邪魔なら取ってくれ。」

 

 ジブットに繋がっている縄を男に渡せば、その縄は相手の方へと渡っていく。

 

「お気遣いありがとうございます。それでは失礼しました。」

 

 一礼し、ジブットを担いで去っていく男は敷地の前に止められていたトラックに乗り込んでいった。

 その様子を一歩も動かず眺めていたジールは、トラックが発進した後も暫く外を眺めている。

 

 長年の目標がひとつ達成された。

 先程まで、おっさんの悲惨な未来を思い描き心の内をすっきりさせていたジールだったが、いざ終わった瞬間に嬉しさを感じる事は無かった。

 強いて言うなら感じたのは安心と脱力感だろう。

 

(意外と終わりはあっさりしたもんだ。復讐なんて初めてやったが、案外達成感も薄いな。)

 

 紫とオレンジが混ざっているような夕焼けに、飛ぶ鳥を目で追いかけるジールはボーッとしながら終わった復讐について考えてみたが、精々刑務所で己の生き様を悔やんで欲しいぐらいだった。

 

 手元を離れた憎しみの対象に感じるのはもしかしたら喪失感かもしれない。しかし、ジールは自分がジブットのことについて思い悩むなど死んでも御免だった。

 

(終わったんだから、おっさんのせいで出来た喪失感なんて気持ち悪いものは埋めてしまおう。なに、もう俺を縛るものは何一つないんだ……そう、例えるのなら初めての一人暮らし。夜遅くまでゲームをしても怒られない最高の環境だ。これからはメディアに顔が映ることも、やらかして新聞に名前が出ることも気にしなくて良いんだぞ。)

 

 

 考えてみればこれからの人生は今までよりもずっと自由なのだ。

 

 あっさりした復讐の終わりよりも、今後のことを考える方が断然楽しい。

 買おうと思っているゲームも、来年のオークションも全てジールが頑張れば可能な範囲に落ちている。だんだんと喜びが勝ってきたジールは内から湧き上がる歓喜を抑えることなく漏らした。

 

「ははっ、最高だな。……フッ、アハハハハッ!」

 

 玄関の扉にもたれかかり腹を抱えて笑うジールの元へ、様子を見に来たヒソカが顔を出す。

 

「珍しい♥良いことでもあった?」

 

 楽しそうにしているジールを見て嬉しそうに笑うヒソカは、兄の元まで近寄るとその様子を近くで観察し始めた。

 

 サングラスを押し上げながら目尻を拭ったジールは下から覗き込んで来るヒソカと視線を合わせる。

 最高に気分が良いジールは、直して欲しい所は多々あれど可愛く見えてしまうヒソカを甘やかしたくて仕方がなかった。

 

 まだ自身よりも低い位置にある弟の頭を撫でながら、呼吸を整えたジールは気前よく宣言する。

 

「……片付けたら戦闘するか。」

「うん♥」

 

 機嫌の良さが天元突破している兄からのサービスに先程とは違う笑顔を見せながら頷いたヒソカは、早く終わらせようと後片付けに向かった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 エピローグ

 

 使用人を一箇所に集め、引渡しの作業を終えたジールは書斎で見つけた書類について考えていた。

 

 自分を殺そうとしてきたおっさんは、ジールを殺せないから諦めたのではなく何処かから掛けられた圧力によってジールを解放したらしい。

 

 では自身を助けてくれた人は誰なのか、気にならないと言えば嘘になるが、ジールは血眼になって探そうとまでは思っていなかった。

 

(何かあるなら向こうからやってくるだろうし、何より俺は自由になったのでやりたい事が山積みなんだよね。)

 

 会えたときに菓子折りを渡せばいいかなと、緩く考えながら最後のひとりを護送車に突っ込んだジールは、ふと後ろから掛けられた声に振り返る。

 

「兄さん、この子ってどうするの?」

 

 ヒソカの手に収まっているのは眠っている幼児だった。そう、ジール達の従兄弟に当たるジブットの息子だ。

 

 飛行船の事件に関係ありそうな人物は纏めて警察署に送る(ジブットは除く)つもりだったジールだが、その時に生まれてなかった従兄弟の事を捕まえるつもりは無かった。

 その為ヒソカには雑に扱わないように伝えていたが、護送のタイミングで一緒に入れてもいいのか聞きに来たらしい。

 

「……あぁ、どうするか。」

 

 母親や使用人も全員捕まえてしまう為、従兄弟の面倒を見る人がいなくなってしまうのだ。

 珍しく煮え切らない返事をしたジールは暫く考える仕草を見せた後に携帯を取り出した。

 

『プルプルプルプルプル』

「……。」

『プルッ、――はい!こちらティリーです!』

 

 困った時のベレーくんだ。

 

「……ジールだが。」

『はい、お久しぶりですね!』

 

 携帯から掛けられているのだから誰かなど分かっているだろう。しかし、ベレーくんは緊張気味のジールに優しく対応してくれる。

 ジールはベレーくんを大切にした方がいい。

 

「……子供を預ける先を探している。」

『なるほど!孤児院とかですか?それとも里親を探している感じですか?』

「どちらでもいい、環境が良ければ。」

『それでしたら僕が少しだけお世話になっていた孤児院があるんですけど、そちらでも大丈夫ですか?』

「…………ああ。」

 

(待って、ベレーくんって施設育ち?少しだけって言ってたから関係者とかかな!!)

 

 驚いて携帯をぶん投げるところだった。自分から掛けておいて電話を切る(物理)など失礼すぎて目も当てられない。

 

『ではこちらで手続きは進めておくので、子供の情報だけ後で送ってください!多分施設の職員が迎えに行くのでよろしくお願いしますね!』

「ありがとう、とても助かる。」

『いえいえ!ジールさんのお力になれて嬉しいです!またお話しましょうね!』

 

 用件を済ませ、なおかつ癒しを貰えたジールはホクホクだった。ベレーくんが孤児院出身かもしれないなど些細な事だ。

 

 ロティーの言っていたえげつない孤児院の話で敏感になっているんだな、と自身を落ち着けながら決まった事をヒソカに伝える。

 すると、屋敷の中の人は子供で最後だったらしい。片付けも終わったと喜ぶヒソカは危うく子供を落とす所だった。

 

 慌てて受け止めたジールは、ヒソカの喜び様に戦闘の約束を思い出す。

 いつもなら過去の自分を問い詰めるレベルのやらかしだが、今回ばかりは別だ。

 

『えっ?一緒に屋敷に行く理由かい?…もう一回兄さんが死んだら困るからね♦しっかり見張っておこうと思って♥』

 

 ガーランド街に到着した時の会話だ。

 いつものように軽いテンションで話していたが、ヒソカが本気なのは見ていて気づいた。

 

 わざわざ強い相手も居ないラケルススまでついてきてくれた可愛い弟へのお礼に苦はない。

 眠ったままの子供を安全な所へ寝かせたジールはオーラを練りながらトランプで遊んでいるヒソカに向き直る。

 

「……条件を決めるぞ。」

「えー、制限無しがいいな♥」

 

 

 しかし、命を捨てたわけではない。

 

(まだひー君に負けるつもりは無いけど、死にかけるつもりもないからな!あと、ここ街中!)

 

 ぶすくれたヒソカと条件を擦り合わせているうちに日は完全に沈んだ。

 後日、荒野まで移動した兄弟がいたとかいなかったとか。

 

 

 

(……やっぱり暫く戦闘はお預けにしよう。)




ラケルススの話はここで終わりです。
次章はヒソカ捜索中に立ち寄った流星街の話から始まります。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
感想、評価、ここすき等励みになります。

《人物紹介》
ジール=モロウ
現在17歳、晴れて自由になったハッピーボーイ。
なお戸籍(国民総背番号)は死亡中。
△弟に秘密にしていること
発の切り札の存在
プロハンターになったこと


ヒソカ
現在14歳、死んだと思っていた兄と再会出来たハッピーボーイ。
兄とお揃いの操作系はちょっと羨ましい。
△兄に秘密にしていること
ドッキリテクスチャーの存在
兄を強者ホイホイとして利用していること
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